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王都編

ブローチと万華鏡 前

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「父様! 今日は街に出てもいいんですよね?!」

ふんふんと鼻息を荒くして父様に聞けば、今まさに口へと運ぼうとしていたキャベツたっぷりなハムサンドをしずしずと降ろし「レイジス…父様もお腹空いたよ…」としょんぼりと肩を落としている。
ごめんね父様! 僕もお腹空いた!
ぐぅーとタイミングよくなった僕のお腹に父様が「そうだね」と苦笑いを浮かべる。

「街へ行っても大丈夫だけど、父様との約束は守れるかい?」
「はい! えと…移動する時はノアと手を繋ぐこと、何かあったらすぐに憲兵さんに助けを求めること、夕方までには戻ること」

ええとええと、と指を折りながらそう言えば「よくできました」と頭を撫でてくれた。
うふふー。

「それさえ守ってくれれば父様はレイジスが街へ行くことは大歓迎だよ!」
「もちろん守ります!」

ふんすと両手で拳を作って父様を見れば、その瞳はどこまでも優しくて。それにえへへーと笑えば「さて、ご飯を食べようか」と浄化魔法で手を綺麗にして食べようとしたマヨネーズで和えたキャベツたっぷりハムサンドへと父様が手を伸ばす。
それに僕も手を伸ばし、ぱくりと一口齧り付いたところで「レイジス、入るよ」とフリードリヒが部屋にやってきた。

久しぶりにマヨネーズを作ったハムサンドはとってもおいしくて、もぐもぐと2皿をぺろりと食べてじゃがいものポタージュもうまうました後。
「レイジス。お小遣いは足りているかい?」と父様に問われ「お小遣いですか?」と首を傾げながらうさうさバッグからうさうさ財布を取り出してひっくり返してみる。
すると硬貨が勢いよく飛び出し、テーブルを弾き慌ててリーシャとアルシュが落ちないようにしてくれた。あばば!ごめん!

「もう! お金を粗末に扱わないでください!」
「ごごごごごめん」

ぷんすこと怒るリーシャに謝りながら硬貨をそれぞれ分けていく。
その分けた硬貨を見ながらリーシャが計算してくれた。

「家一軒買わなきゃ十分な金額ですね」
「ぶっ!」

家一軒?! 何言ってんの?!
え?!という瞳をリーシャに向ければ「なんですか?」と首を傾げた。

「家一軒って…冗談だよね?」
「冗談言ってどうするんですか。というかお小遣いにしては多いですよね」
「多いってレベルじゃないよ?!」

リーシャの言葉に思わず突っ込めば「そうか…レイジスにとってはこれが多いのか」とフリードリヒが頷いている。
それに「え?!」とフリードリヒの方を見れば「これでも少ない方だと思うが?」と言われてしまった。

い…意味が分からない…!

ぽかんと口を開けてしまった僕の顎を下から持ち上げて閉じさせてくれるフリードリヒ。にっこりと笑っているけど僕は理解ができないよ…。
っていうかこの財布、これだけ硬貨が入ってても音すらしないし重さもあんまり感じない。一体どうなってるんだろう?

「ブローチを買うんだろう? ならもう少し持っていてもいいと父様は思うんだけど」
「いらない! 十分だよ!」
「でも宝石のブローチを買うんだろう?」
「ふぇ?!」

父様から出た言葉に思わず「何言ってんの?!」と言えば「違うのかい?」と首を傾げられた。
ええー?! なにその僕がおかしい、みたいな反応?!

「もともとブローチはプラスチックみたいな軽くて丈夫なものにしようと…」
「ぷらすちっく?」
「おっふ…えっと…えっと…」

そうだった。この世界プラスチックなんて便利なものなかった。女の子が好きそうなアクセサリーが入った食玩のアクセサリーみたいなやつでよかったって言いたかったんだけど…。
そういえばあのガラスをくれた男の子、不思議な色を持ってたな。

「ねぇ、リーシャ」
「何ですか?」

それよりプラスチック何ですか?って顔してるけどそれはまた今度ね。

「魔法の属性って火・水・風・土・光・闇、複合で氷と雷であってるよね?」
「どうしたんですか? 突然」
「えっとね、雷は紫色で僕とアルシュが持ってるんだけどそれとは違うこう…金色ー!って感じの色は何?」
「なんですかそれ」

もっとよく分る様に言ってくださいよ、と言う表情をしてるけど僕も表現のしようがないんだよ! でもとにかく金色!って感じの輝かしい色なんだよ!

「それは魔法じゃなくてスキルかもしれないね」
「スキル?」

父様がふむ、と顎に手を乗せて呟く。
え? じゃああの金色のもやもやはスキルだったの?

「それはどこで見たんだい?」
「え? えと…ガラス売ってた男の子を見た時に」
「ああ、あの時ですか」

『神の目』がうっかりと発動してフリードリヒが咄嗟に僕を抱きしめてくれたあの時。
あの時見えちゃったんだよね。

「もしかしたら彼は『金』のスキルを持っているのかもしれないね」
「『金』?」

父様の言葉に全員の声が重なる。あれ? みんなも知らない物なの?

「私も聞いただけで申し訳ないが、宝石の加工や防具、鎧とかの加工には必須なスキルらしい」
「宝石の加工…」

あ。もしかして。

「それってガラスとかでも使えるってことですか?」
「恐らくね。ガラスや宝石は土魔法でどうにかなるけれどその加工はできる者とできない者の差が激しいんだ」
「では、宝石を加工している者のほとんどはその『金』のスキルを持っている、と」
「たぶんね」

ほへー。なるほど。確か陰陽五行だと金も入るからその派生かな?
金は風というか木に強くて火に弱いんだっけ…? となると金を持ってる人は土魔法も持ってるのか。

「あれ? そうなると『金』のスキルを持つ人は鉱石とか生み出せるんじゃない?」

鉱石ってざっくり言えば岩でしょ?土魔法で岩も作りだせるんだからその『金』スキルをうまく組み合わせれば宝石なんか作りたい放題じゃ?

「ん? どうしたの?」

可能性はあるよね、って話をしただけなのにみんな固まっちゃった。んん? なんか変なこと言った?

「レイジス…今言ったことは可能なのかい?」
「うーん…どうなんでしょう? やろうと思えばできちゃうかもですね」
「マズイな…それが可能となれば鉱山の価値が下がってしまう」

フリードリヒの呟きでどうしてみんなが固まったのかようやく理解した。
そっか。人工的に作りだせる宝石が出たら天然の宝石の価値が落ちるのか。でも人工宝石と天然宝石があったあっちの世界はお値段の差がすごいよね。

「人工宝石は所謂平民向けで天然の宝石は貴族向けでいいんじゃないんですか?」
「え?」
「もし宝石が魔法で作りだせるのならお小遣い稼ぎにはぴったりですし、お値段が下がるなら平民にも手が出せると思うんです」
「なるほど…。つまり今採掘している宝石の価値は落ちない、と」
「はい。貴族ならそれなりにお金持ってるでしょうし、たぶんスキルを持っていても宝石の違いが出ると思うんです」
「ふむ」

人工宝石ができれば女性は大喜びだろうしね。金メッキがないこの世界なら宝石じゃなくて装飾品とかで差が出そうだ。

「そのことは父上に言っておこう。もしもそれが本当なら考えねばならないからな」
「あ、なんかすみません」
「いや。レイジスのおかげで魔法の使い方も多様になる」

ありがとう、と頭を撫でられふへーと笑えば「殿下とレイジスの仲が良くて父様嬉しいよ」となぜか涙ぐむ父様。
父様の頭撫で撫でも好きですよー。

「ですが、このことは私から陛下に伝えておきます」
「そうか、助かる」
「いえ」

そうだ! 夕方までしか街にいられないんだった!
はっと気づいた僕が「街! ブローチ!」とフリードリヒに言えば「じゃあまずはお金をしまおうか」と言われ、硬貨を出しっぱなしにしていた事に気付く。
慌ててうさうさ財布に全ての硬貨を入れ終えると「よし。なら行こうか」とフリードリヒに手を差し伸べられる。それに手を乗せ一緒に立ち上がると父様に「気を付けて行っておいで」と言われ「はい!」と元気よく返事をする僕だった。


■■■


「ううーん…あの子いないかなぁ…」
「あの子ってあのガラス売りの子ですか? …じゃなかった、あの子?」
「うん」

僕の中の何かを刺激してくれたあの子。呪いがかかっていたっていうことだけど、どうやらその呪いはあの子の才能に嫉妬した兄弟子がかけたものだったらしい。ノアにこっそり教えてもらった。
それに元々その子が修行していた工房はよく物が無くなってたらしい。その犯人は工房の持ち主。つまり師匠であるその人が修行と偽っていいものを作らせてそれを売りさばいてたらしい。当然作った人にはお金なんか渡さない。
前々から調査をしていたらしいけど証拠はない。だからなかなか調査ができなかったんだって。そんな中、あの子が憲兵に掴まったのが結果的によかったみたい。あの子にとっては嫌なことだっただろうけど。

その子が作ったガラスでブローチを作ろうと思って来たんだけど見当たらない。ううーん…困った。

「そのガラスじゃないとダメなのかい?」
「ダメ…じゃないですけど…」

ノアに言われてふるりと首を振る。でもとっても綺麗だったからペンダントとかにしたいなって思っただけ。と言えば「また今度来ましょうね」と言われてしまった。
いないならしょうがないか…。

「でも本当に僕が知ってる宝石店でいいんですか?」
「うん」

こくんと頷いてからリーシャは本当にいろんなお店に顔があるなぁと、むふりと笑う。

「レジィ? お腹でも空いた?」
「ううん。まだ大丈夫」
「そっか。じゃあお腹がすいたら言ってね」
「はーい」

ノアに向かって元気よく返事をすると、リーシャの知っている宝石店へとみんなで歩くことになった。
露店の少年がいた場所から歩いて20分くらいの大通りにあるちょっと古ぼけたお店に僕たちはいた。宝石店、というより雑貨屋さんみたい。窓から見える店内を身体を上へ下へ、右へ左へと動かしながら見れば僕好みで落ち着けない。

ああー! いい! おばあちゃん店主さんがいた手芸店もいい感じだったけどここもいい感じ! 好き!

むふーむふーと興奮していると「何やらレジィが興奮しているが…?」とセイラン―フリードリヒに言われてしまった。
おっと、興奮しすぎました。

「入っていいよ」

すると先に入って何やら話していたリーシャがドアを開けてくれる。それに「おじゃましまーす」とつい言えば「レジィは礼儀正しいね」とノアに褒められる。
あー…なんかノアに褒められるの嬉しいなー。むふふーとノアに向かって笑えば、頭を撫でてくれた。珍しい!

「そのうさぎの子か?」
「うん、そう。落ち着きのない子」
「うさぎの子?」

僕のこと?と指を指せばにこにこと微笑まれている。あー…ほんわかするー…。

「レジィ。宝石じゃなくてもいいんだよね?」
「うん! 宝石とかは怖くて持てないからね」
「ふはっ」

このお店の店主さんかな? 強面だけど優しそうなおじさま。
なんか現場にいそうな人だなー。こう…現場監督みたいなそんな感じの人。でも僕は好感がすごい。

「今日はガラスが欲しいって聞いたけど」
「あ、はい!」
「どんな感じのガラスがいいんだ?」
「えっとえっと、こう…楕円形のものがいいです!」

興奮しすぎてどもっちゃったけど、おじさまは「楕円形だね?」と笑いながら後ろにあるたくさんの棚を開けている。

「レジィ。ちょっとは落ち着いたら?」
「だってだって!」
「レジィ。落ち着いて」

ふんすふんすと握った両手を上下に動かせばアルシュにも言われてしまう。だってー!

「こんにちは。ガラス、持って来たよ」

ふんふんとしていると、ハンチング帽をかぶった小さな子がお店に入ってきた。おお?

「ああ。ありがとな。そこに置いておいてくれ」
「はい」

おっと。荷物はガラスかー。危ないから隅に移動しておこうっと!
それにしても前見えてるのかなー? 大丈夫かなー?
ふらふらもしないでしっかりとカウンターに歩いていくその子を見ていると、おや?と僕は首を傾げる。

んんんんん?

「レジィ?」
「あ、セイラン兄様」

どうかした?と近寄ってきてくれたフリードリヒに何でもないです、と言おうとしたら「レジィ?」という声が耳に届く。
あれ? この声…。
荷物をカウンターに置き振り向いたその子はまさに僕が探していたあの子で。

「「あーっ!」」

お互い声が重なると「おや? アレクトスの知り合いかい?」とおじさまが僕たちを見て言う。

「レジィ…なんでここに?!」
「僕はリーシャに付いてきただけだけど…。でも偶然だね!」
「―――…っ!」

会えてよかったー!と笑えば、またもや頬を真っ赤にしてハンチング帽を目深に下げる。おお? 大丈夫かい?
するとなぜかフリードリヒに手を掴まれ引っ張られ抱きしめられる。おおおお? どうしたどうした?

「レジィはやらんぞ」
「何言ってるんですか。セイラン兄様」

がるる、と威嚇するフリードリヒの頭を撫でながらそう言えば「べ…別にいらない!」と大きな声でそう言うアレクトス君。
あ、そう言われるとちょっと悲しい。
しょんと肩を落とせば「ち、ちが…!」と慌てふためいてるアレクトス君。うん、大丈夫。分かってるよ。

「アレクトス。お前さん、このうさぎの子と知り合いだったのか」
「知り合いって言うかなんて言うか…」

まぁ確かに。ざっくり言えば客と店主みたいな感じだったからね。

「レジィがこの子のガラスを買ったんだよ」
「ああ。なるほど。うちの工房でも一番腕がいいからな」
「工房?」
「なんだ、リーシャ。話してないのか?」

どういうこと?と首を傾げればおじさまがにんまりと笑う。

「前の工房がなくなったからうちで引き取ったんだ」
「ほへー」

前の工房がなくなって今はおじさまの工房で修行中なんだ!
それでもその工房の中でも一番腕がいいのかー! すごーい!

「すごいね! アレクトス君!」
「べ、別に…」

唇を尖らせてぷいっとそっぽを向くアレクトス君。可愛いー!
ふすふすと興奮しているとリーシャから冷たい視線が向けられる。けど気にしないもんね!

「今うさぎの子がガラスを欲しがっていてね。お前のガラスを見せてあげたらどうだい?」
「え?」
「ブローチが欲しくてさ」
「ブローチなら普通宝石じゃないのか?」
「僕、宝石とかあんまり興味ないし、それにアレクトス君のガラス好きだから」
「す…?!」

ぼばっと顔を真っ赤にするアレクトス君。大丈夫?!
近寄ろうにもフリードリヒにがっちりとホールドされてるから動けないんだけどね! もーう!離してくださいー!

「店主。これは?」

そんな僕たちを他所にアルシュが窓際に置いてあった筒を手にした。
おやおや?

「ああ。それはずっと置いてあるんだが何に使うか分らなくて放置しているものだ」
「綺麗ですね」
「ああ」

筒を手にしているアルシュの瞳が細まっている。欲しいのかな? あれ。

「アルシュ兄様、それ僕も見たいです」
「ん? ああ、いいよ。はい、どうぞ」

ばたばたと両手をばたつかせて「見たいよ」と言えば、アルシュがそれを僕に渡してくれた。

あれ? あれれ?
渡してもらったそれをくるくるといろんな角度から見るけど、これってアレだよね?

「これ、万華鏡だ」
「これが何なのか分かるのかい?!」

おおう?! どうしたの?!

おじさまの食いつきがすごくてびくりと肩を跳ねさせると「大丈夫かい?」とフリードリヒが落ち着かせてくれる。
近付いてきたおじさまにはい、と万華鏡を渡せば大切そうに、そして懐かしそうにそれを手にした。
アレクトス君もどこか驚いた様子でおじさまを見てる。

「これは私の曾爺様が作ったものらしいんだが、私はよく知らなくてな」
「そうなんですか」

でもなんで万華鏡?

「このマンゲキョウ?とやらは一体何なんだい?」
「えと…口で説明するより見た方が早いです」
「見る?」
「はい。これは『見る』物なんですよ」

僕の肩に顎を乗せて首を傾げるフリードリヒに説明すれば「それで?」とおじさまがわくわくしている。可愛いなー。

「穴があいてると思うんですけどそこから窓の方を見てください。できれば明るい所で見た方が楽しいですよ」
「ふむ。なら少し失礼して」

そう言いながらカウンターから出て窓の近くに寄るおじさま。そして万華鏡を覗くと…。

「これは…?!」
「不思議でしょう?」
「確かに…。だが綺麗だ…」
「あ、それくるくる回すともっと綺麗ですよ」
「まわ…す?」

半疑問形になりながらもくるりとそれを回すおじさま。
一回ではなく、何度も何度も回すたびに声にならない声をあげている。

その背中は子供みたいで可愛いなぁと思いながら僕はほんわほんわとするのだった。


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