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王都編
学園長先生とお話し
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セントアウリュウス学園。
この学園の歴史は古い。
230年前に世界を未曽有の恐怖に陥れた暗黒竜。
その暗黒竜を倒す為に選ばれた聖女はこの学園に通っていた生徒だった。
その暗黒竜を倒すべく各国の若者が聖女と戦うためにこの学園に集まり、共に過ごし旅立って行った。
そして―無事に暗黒竜は倒せたがその時に暗黒竜の呪いを受けてしまった聖女が命を落とした。
その聖女の遺髪の一部はそれぞれ各国が守り、この世界の平和を保っている。
この学園もまた、聖女の遺髪を守っているのだ。
■■■
見た目は30代くらいなんだけど、でもなんか違うような不思議な男性。
へらへらとしてるけど心から笑ってるように見えない。かといって怒っているわけでもない。
一見するといい人そうだけど、深みを探ろうとすると完全に拒絶されそう。
ちょっと怖い。
「で。学園に無断で戦闘した君たちに集まってもらったわけだが…」
学園長先生のその言葉にハッとする。ぼーっとしてた。いけない、いけない。ここは学園長室で僕は呼び出されてたんだった。
「あの…。その件なんですが」
「レイジス?」
学園長先生になぜ戦闘を開始したのか言い訳を聞いてもらおうと恐る恐る右手を小さく上げて発言してもいいかを問う。
そんな僕に眉を寄せているフリードリヒ。
うん。言いたいことはなんとなくわかるんだけどさ…。でも。
「いいだろう。レイジス・ユアソーン君。言いたいことがあるなら聞こうか」
「ありがとうございます。えと、まずは勝手に戦闘をしてすみませんでした」
「それで?」
あう。なんかフリードリヒとは違う圧がすごいよー! でもへこたれてたらダメだ! 頑張れ僕!
「コカトリスの蛇ならどうにかできるって初めに言ったのは僕なんです」
「レイジス様! それならお止め出来なかった僕も同じです…!」
「リーシャ…」
覚悟はしていたけどやっぱり辛いなぁ…。僕が「どうにかできる」って言ったのがまずかったんだよね…。
「それならば先に剣を抜いた私にも当然責任はあります。そのまま村の方々の指示に従い逃げることもできました。しかし私は戦闘を続けることを選びました」
「…本来ならば私が止めなければなりませんでした。しかしそれをせず、生徒たちを危険にさらしました。全ての責任は私にあります。生徒たちはただ、己の身を守っただけです」
「ノア…ソルゾ先生…」
僕があの時ハルを連れて逃げていたらこんなことにはならなかったのに…。考えなしに皆を戦闘に巻き込んだ。だから責められることはあっても庇うことはないのに…。
きゅうと唇を噛んで、涙が溢れそうになるのをぐっと耐える。
すると知らず拳を作っていた僕の手を握ってくれる大きな手。それに思わずフリードリヒを見れば、にこりと微笑んでいた。
「先日もお話しましたが、レイジス様がいなければコカトリス相手に死者が出ない、なんてことはありえませんでした。それにコカトリスが山から下りてくるなんて事を知っていればあの村へは行かせませんでしたよ」
「ハーミット先生…」
「それに報告の通り、治癒魔法で重傷者数名の怪我は完治。怪我人も死者も出ない、奇跡に近い結果になりました。それでもレイジス様に…生徒に責があるとは思えません。全責任はハーミット・ブレイブ、ソルゾ・カルティスにあります」
ついにはころりと零れ落ちた涙を新しい制服の袖で拭うと「ああ、乱暴に拭いてはだめだよ」とフリードリヒがハンカチで目元を拭ってくれる。
ずずっと鼻をすすって嗚咽が漏れないように唇を噛んでいると「それで」と学園長先生の声がこちらに向いた。
「君たちは戦闘に参加していない、でいいのかな? フリードリヒ殿下。それに、アルシュ・ブラウン」
「私も戦闘をいたしました」
「ほう? それで殿下は?」
「コカトリスに止めを刺したのは私ですからね。もちろん戦っておりますよ」
「ちが…! あの時は僕がお願いしたから…!」
にっこりと笑うフリードリヒに、僕は震える声で「違う!」と言えば、学園長先生の口元が吊り上がった。
「分かりました。ではハーミット・ブレイブ、ソルゾ・カルティス。両名には一ヶ月半の謹慎、並びに減給」
「はっ」
「分かりました」
え…? それって重いの?軽いの? よく分らない処罰に混乱していると「では次に」と僕たちを見た。
「同じく一ヶ月半の謹慎。そのまま灼熱の月の長期休暇へと入ってください」
「ほへ?」
それって?
「つまり、学園に来なくてもいいってことですよ」
「……………。今までと同じじゃない?」
ノアの言葉に思わずそう答えれば、ぶばっと学園長先生が勢いよく吹き出した。うおあ?! ビックリした!
「そうそう。そうですよ。ああ、でも野外学習はちゃんと申請すれば大丈夫ですからね」
「はい?」
あっはっはっと笑いながらそう告げる学園長先生に、先程までの重い空気は霧散し全員が溜息を吐いている。
え?え? どういうこと?
「俺たちは今まで通りレイジス様と共に行動するってことだ」
「ただ、学園での仕事がなくなるので今までよりも遠くへ行っても大丈夫、ということですよ」
「遠く?」
ハーミット先生とソルゾ先生の言葉に首を傾げると「そうだ、遠くだ」と学園長先生がクイズのように僕に問う。
遠く? 先生たちが仕事をしなくても困らないくらい? そう言えばハルの所に行ったら海に行くって…?
「海?」
「正解。今まで臨時とはいえ教師である以上、学園からあまり離れられないからね。だが謹慎ならそれからも解放される」
「? じゃあ?」
「ああ。処分は減給くらいか。彼らにしてみれば罰らしい罰にはなっていないが」
「よ…よかったぁー…」
「レイジス!」
学園長先生の言葉に安心したら一気に足の力が抜け、へたりこみそうになる身体をフリードリヒが支えてくれた。
「ありがとうございますー…」
「気にしなくていい」
あはは、と笑えば頭を撫でてくれた。はわー。癒されるー。
「さて、これで終いだ。戻っていいぞ」
結局僕たちは今まで通りでいいってことだよね? よかったー。
「ああ。レイジス君。君だけはここに残る様に」
「はわ?!」
「なっ?!」
僕が驚くのと同時にフリードリヒの手が止まった。それはアルシュ、リーシャ、ノア、それに先生たちも同じで。
「ぼ、ぼぼぼ僕何かしましたか?!」
「レイジスはまだ本調子ではない! レイジスが残るのならば私もここに残らせてもらう!」
動揺しすぎて思わずフリードリヒに抱き付けば、フリードリヒもまた僕を抱き締めてくれていて。
ぎゅうぎゅうと『離してなるものか』というくらいの強さで抱き締めてくるからちょっと痛いんだけどね。でも、僕も知らない人と二人きりになるのは怖かった。
今まで部屋で、大切に大切にされてきたんだなって分かった。
きっとコカトリスだって一人だったら怖くて逃げだしてた。でも、皆がいたからできるって思った。
僕は一人になったらきっと何もできない。
そう考えたら一人で何かをしていたレイジスは強い人だったんだな。一人でやるくらいの強い気持ちがあったんだ。
例えそれが『憎しみ』であったとしても。
「レイジス君は何かと報告を受けているからその確認だよ」
「なら…!」
「だから、一人で残ってほしいのだ」
すっと学園長先生の瞳が細くなり僕を見る。その瞳にびくりと身体を震わせると、フリードリヒが僕を隠すように背中を向けた。
怖い。
かたかたと震える身体を大丈夫、と言うようにアルシュが背中を撫でてくれてる。
ふえええ。安心するよおぉぉぉっ!
しかし、そんな緊迫した空気の中、突然学園長室の扉が勢いよく開いた。
何?! 今度は何?!
背中を撫でてくれていたアルシュが反応し僕たちの前に出る。そして先生たちもリーシャもノアも戦闘態勢に入る。
だが聞こえてきた声は安心できるもので。
「おいコラおっさん! レイジスが怯えてんじゃねーか!」
あ゙あ゙ん?!とドスの聞いた声で、呆気に取られてる僕らにわき目を振らずに一直線に学園長先生の元へと歩いていく。
「メ…トル君…?」
「ああ、悪ぃな。フリードリヒもそう警戒すんな。こいつの悪い癖だ。ったく。レイジスはまだ他人に慣れてないっつっただろうが!」
なんか…メトル君がかっこいい…。
じゃなくて。
学園長先生とどういう関係なの? 学園長先生のことおっさんって言ってたけど…。
「ほら! さっさと謝れ!」
「え?! そんなに怖かった?! いつもより押さえてたんだけど…」
「現に震えてんだろーが!」
メトル君と学園長先生のやり取りをぽかんとしながら見守っていると、粗方言いたいことが言えたのかすっきりしてるメトル君が僕を見た。
「悪いな。レイジス。このおっさん、俺の叔父だよ」
「ふええええええええええええ?!」
「どうも。メトル・オリバーンの叔父です」
てへ、と笑いながらお茶目にそう言われても…。
ちょっと待ってね。一回整理するから。
学園長先生はメトル君の叔父さん。
うん。簡単だった。
「ってえええええええええ?!」
「いちいちうるさい」
「うるさいとは何だ」
「…スミマセンデシタ」
フリードリヒの腕の中で大声を出してメトル君にそう言われるまで気付かなかったけど、だいぶうるさいよね。僕。
ごめん。
えっと…フリードリヒの耳は大丈夫かな?
「殿下。フリードリヒ殿下」
「ん? どうしたんだ?」
「僕、大きな声出しちゃったけど耳は大丈夫ですか?」
「ああ。平気だ。可愛い声が聞こえるから私のことは気にしなくてもいいぞ」
フリードリヒが男前すぎて泣きそう。
ごめん。今度から気を付けるね。
「ごめんね」とフリードリヒの両耳を両手でなでなでと撫でれば「これでまたよく聞こえるようになるな。ありがとう」と微笑まれればきゅんとしないわけがなく。
「っていうかいちゃいちゃするのもいいけど、俺たちいるからな?」
「むはっ?!」
「何、私たちのことは放ってもらっておいて結構だが? なんならこのまま退散しようか」
「なら、レイジス君だけは置いていってもらおうか」
メトル君の言葉の通り、僕を抱きしめたまま学園長室から出ていこうとする僕たちを止めたのは勿論学園長先生。ううう。このまま逃げても追いかけてきそうなんだよなー…。
しょうがない。けどメトル君がいるなら平気かな…? ちょっと怖いけど。
「フリードリヒ殿下」
「なんだい?」
「えと、メトル君と一緒ならいいですか?」
「………………」
あ。ダメっぽい。にっこりと笑ってはいるけど後ろからヤバいのがあふれ出てる。でもさ、話だけならいいと思うんだよ。
「何かあったら大声で助けを呼びますから、ね?」
「…何かされそうになっても大声で呼ぶか?」
「勿論です! 噛まないように気を付けます!」
なんだかんだ言って毎回助けを呼ぶと必ず噛むんだよね…。何かの呪い?
でもこのままだと埒が明かないことはフリードリヒも理解してるみたいだし。
「…分かった。メトル・オリバーンと一緒なら認めよう」
「わ! ありがとうございます!」
「ただし!」
「ふえ?」
そこで一度言葉を切ったフリードリヒが、ぎゅうっと抱き締めてくる。なんだかよく分からないけど僕もぎゅうって抱き締め返せば離れていった。
「戻ったら私を構うこと。いいな?」
「はい!」
元気よく返事をすれば、最後に頭を撫でられる。ふふー。嬉しいなー。
「メトル・オリバーン!」
「はいはい。なんですか。レイジスバカのフリードリヒ殿下」
もうやけになってるメトル君の言葉に「ぶはっ」と僕が吹き出せば、リーシャも同じように「ぶはっ」と吹き出してる。もしかしてリーシャもそう思ってたの?
「レイジスに手は出すなよ?」
「当たり前だ。レイジスには指一本触れない。ついでにおっさんにも触れさせない。これでいいだろ?」
至極面倒くさそうにそう言うメトル君に、学園長先生がうんうんと頷けば両手を軽く上げた。
「もちろん生徒に手は出しませんよ」
「…分かった」
「でしたら隣の応接室で皆さん待っていてはいかがですか?」
「…………」
「もちろん会話は遮らせていただきますが」
「っち!」
わお! フリードリヒの貴重な舌打ち! カッコイイ!
「ああ、レイジスにしたわけではないからな?」
「はい! カッコイイです!」
にこにこと笑いながらそう言えば、またしてもぎゅってしてくれる。ふふー。
「あー、はいはい。そうと決まればあんたたちはそっちに行ってくれ」
「私たちは隣にいるからね。何かあったら大声で叫ぶんだよ?」
「分かりました!」
「あんたはレイジスのおかんか」
「何か言ったか?」
「いいえー? 別にー?」
フリードリヒとメトル君のやり取りにくすくすと笑えば「本当に気を付けるんだぞ?」と最後に言われ、またくすくすと笑う。
皆に一度退室してもらって、残された僕はやっぱりちょっと心細くて。でも、メトル君がいるから大丈夫。
「残ってもらって悪かったね。レイジス君」
「えと…それで話って?」
「ああ、その前に空間を移動しようか」
「はい?」
突拍子もない学園長先生の言葉に首を傾げた瞬間、空気が変わった。え?え? 何?
きょろきょろと周りを見回しても変化はない。けれど、確実に空気が変わった。
「ああ。心配すんな。おっさんの配慮だ」
「配慮?」
どういうこと?と首を傾げれば、メトル君がにいっと口元を歪めた。
「まずは自己紹介をしようか。レイジス君」
「はえ?」
自己紹介って…さっきしてくれたはずじゃ?
かくんと反対方向に首を傾げれば、学園長先生がにっこりと笑う。今度は感情がこもった笑みで。
「初めまして、レイジス君。私は『神』もしくは『創造主』と呼ばれる者だよ」
「はい?」
僕の頭は学園長先生の言葉が理解できず『ぷしゅう』と煙が出るまで時間はかからなかった。
この学園の歴史は古い。
230年前に世界を未曽有の恐怖に陥れた暗黒竜。
その暗黒竜を倒す為に選ばれた聖女はこの学園に通っていた生徒だった。
その暗黒竜を倒すべく各国の若者が聖女と戦うためにこの学園に集まり、共に過ごし旅立って行った。
そして―無事に暗黒竜は倒せたがその時に暗黒竜の呪いを受けてしまった聖女が命を落とした。
その聖女の遺髪の一部はそれぞれ各国が守り、この世界の平和を保っている。
この学園もまた、聖女の遺髪を守っているのだ。
■■■
見た目は30代くらいなんだけど、でもなんか違うような不思議な男性。
へらへらとしてるけど心から笑ってるように見えない。かといって怒っているわけでもない。
一見するといい人そうだけど、深みを探ろうとすると完全に拒絶されそう。
ちょっと怖い。
「で。学園に無断で戦闘した君たちに集まってもらったわけだが…」
学園長先生のその言葉にハッとする。ぼーっとしてた。いけない、いけない。ここは学園長室で僕は呼び出されてたんだった。
「あの…。その件なんですが」
「レイジス?」
学園長先生になぜ戦闘を開始したのか言い訳を聞いてもらおうと恐る恐る右手を小さく上げて発言してもいいかを問う。
そんな僕に眉を寄せているフリードリヒ。
うん。言いたいことはなんとなくわかるんだけどさ…。でも。
「いいだろう。レイジス・ユアソーン君。言いたいことがあるなら聞こうか」
「ありがとうございます。えと、まずは勝手に戦闘をしてすみませんでした」
「それで?」
あう。なんかフリードリヒとは違う圧がすごいよー! でもへこたれてたらダメだ! 頑張れ僕!
「コカトリスの蛇ならどうにかできるって初めに言ったのは僕なんです」
「レイジス様! それならお止め出来なかった僕も同じです…!」
「リーシャ…」
覚悟はしていたけどやっぱり辛いなぁ…。僕が「どうにかできる」って言ったのがまずかったんだよね…。
「それならば先に剣を抜いた私にも当然責任はあります。そのまま村の方々の指示に従い逃げることもできました。しかし私は戦闘を続けることを選びました」
「…本来ならば私が止めなければなりませんでした。しかしそれをせず、生徒たちを危険にさらしました。全ての責任は私にあります。生徒たちはただ、己の身を守っただけです」
「ノア…ソルゾ先生…」
僕があの時ハルを連れて逃げていたらこんなことにはならなかったのに…。考えなしに皆を戦闘に巻き込んだ。だから責められることはあっても庇うことはないのに…。
きゅうと唇を噛んで、涙が溢れそうになるのをぐっと耐える。
すると知らず拳を作っていた僕の手を握ってくれる大きな手。それに思わずフリードリヒを見れば、にこりと微笑んでいた。
「先日もお話しましたが、レイジス様がいなければコカトリス相手に死者が出ない、なんてことはありえませんでした。それにコカトリスが山から下りてくるなんて事を知っていればあの村へは行かせませんでしたよ」
「ハーミット先生…」
「それに報告の通り、治癒魔法で重傷者数名の怪我は完治。怪我人も死者も出ない、奇跡に近い結果になりました。それでもレイジス様に…生徒に責があるとは思えません。全責任はハーミット・ブレイブ、ソルゾ・カルティスにあります」
ついにはころりと零れ落ちた涙を新しい制服の袖で拭うと「ああ、乱暴に拭いてはだめだよ」とフリードリヒがハンカチで目元を拭ってくれる。
ずずっと鼻をすすって嗚咽が漏れないように唇を噛んでいると「それで」と学園長先生の声がこちらに向いた。
「君たちは戦闘に参加していない、でいいのかな? フリードリヒ殿下。それに、アルシュ・ブラウン」
「私も戦闘をいたしました」
「ほう? それで殿下は?」
「コカトリスに止めを刺したのは私ですからね。もちろん戦っておりますよ」
「ちが…! あの時は僕がお願いしたから…!」
にっこりと笑うフリードリヒに、僕は震える声で「違う!」と言えば、学園長先生の口元が吊り上がった。
「分かりました。ではハーミット・ブレイブ、ソルゾ・カルティス。両名には一ヶ月半の謹慎、並びに減給」
「はっ」
「分かりました」
え…? それって重いの?軽いの? よく分らない処罰に混乱していると「では次に」と僕たちを見た。
「同じく一ヶ月半の謹慎。そのまま灼熱の月の長期休暇へと入ってください」
「ほへ?」
それって?
「つまり、学園に来なくてもいいってことですよ」
「……………。今までと同じじゃない?」
ノアの言葉に思わずそう答えれば、ぶばっと学園長先生が勢いよく吹き出した。うおあ?! ビックリした!
「そうそう。そうですよ。ああ、でも野外学習はちゃんと申請すれば大丈夫ですからね」
「はい?」
あっはっはっと笑いながらそう告げる学園長先生に、先程までの重い空気は霧散し全員が溜息を吐いている。
え?え? どういうこと?
「俺たちは今まで通りレイジス様と共に行動するってことだ」
「ただ、学園での仕事がなくなるので今までよりも遠くへ行っても大丈夫、ということですよ」
「遠く?」
ハーミット先生とソルゾ先生の言葉に首を傾げると「そうだ、遠くだ」と学園長先生がクイズのように僕に問う。
遠く? 先生たちが仕事をしなくても困らないくらい? そう言えばハルの所に行ったら海に行くって…?
「海?」
「正解。今まで臨時とはいえ教師である以上、学園からあまり離れられないからね。だが謹慎ならそれからも解放される」
「? じゃあ?」
「ああ。処分は減給くらいか。彼らにしてみれば罰らしい罰にはなっていないが」
「よ…よかったぁー…」
「レイジス!」
学園長先生の言葉に安心したら一気に足の力が抜け、へたりこみそうになる身体をフリードリヒが支えてくれた。
「ありがとうございますー…」
「気にしなくていい」
あはは、と笑えば頭を撫でてくれた。はわー。癒されるー。
「さて、これで終いだ。戻っていいぞ」
結局僕たちは今まで通りでいいってことだよね? よかったー。
「ああ。レイジス君。君だけはここに残る様に」
「はわ?!」
「なっ?!」
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「なら…!」
「だから、一人で残ってほしいのだ」
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怖い。
かたかたと震える身体を大丈夫、と言うようにアルシュが背中を撫でてくれてる。
ふえええ。安心するよおぉぉぉっ!
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何?! 今度は何?!
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だが聞こえてきた声は安心できるもので。
「おいコラおっさん! レイジスが怯えてんじゃねーか!」
あ゙あ゙ん?!とドスの聞いた声で、呆気に取られてる僕らにわき目を振らずに一直線に学園長先生の元へと歩いていく。
「メ…トル君…?」
「ああ、悪ぃな。フリードリヒもそう警戒すんな。こいつの悪い癖だ。ったく。レイジスはまだ他人に慣れてないっつっただろうが!」
なんか…メトル君がかっこいい…。
じゃなくて。
学園長先生とどういう関係なの? 学園長先生のことおっさんって言ってたけど…。
「ほら! さっさと謝れ!」
「え?! そんなに怖かった?! いつもより押さえてたんだけど…」
「現に震えてんだろーが!」
メトル君と学園長先生のやり取りをぽかんとしながら見守っていると、粗方言いたいことが言えたのかすっきりしてるメトル君が僕を見た。
「悪いな。レイジス。このおっさん、俺の叔父だよ」
「ふええええええええええええ?!」
「どうも。メトル・オリバーンの叔父です」
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うん。簡単だった。
「ってえええええええええ?!」
「いちいちうるさい」
「うるさいとは何だ」
「…スミマセンデシタ」
フリードリヒの腕の中で大声を出してメトル君にそう言われるまで気付かなかったけど、だいぶうるさいよね。僕。
ごめん。
えっと…フリードリヒの耳は大丈夫かな?
「殿下。フリードリヒ殿下」
「ん? どうしたんだ?」
「僕、大きな声出しちゃったけど耳は大丈夫ですか?」
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「っていうかいちゃいちゃするのもいいけど、俺たちいるからな?」
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「えと、メトル君と一緒ならいいですか?」
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「ただし!」
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「はい!」
元気よく返事をすれば、最後に頭を撫でられる。ふふー。嬉しいなー。
「メトル・オリバーン!」
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「レイジスに手は出すなよ?」
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「もちろん生徒に手は出しませんよ」
「…分かった」
「でしたら隣の応接室で皆さん待っていてはいかがですか?」
「…………」
「もちろん会話は遮らせていただきますが」
「っち!」
わお! フリードリヒの貴重な舌打ち! カッコイイ!
「ああ、レイジスにしたわけではないからな?」
「はい! カッコイイです!」
にこにこと笑いながらそう言えば、またしてもぎゅってしてくれる。ふふー。
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「分かりました!」
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皆に一度退室してもらって、残された僕はやっぱりちょっと心細くて。でも、メトル君がいるから大丈夫。
「残ってもらって悪かったね。レイジス君」
「えと…それで話って?」
「ああ、その前に空間を移動しようか」
「はい?」
突拍子もない学園長先生の言葉に首を傾げた瞬間、空気が変わった。え?え? 何?
きょろきょろと周りを見回しても変化はない。けれど、確実に空気が変わった。
「ああ。心配すんな。おっさんの配慮だ」
「配慮?」
どういうこと?と首を傾げれば、メトル君がにいっと口元を歪めた。
「まずは自己紹介をしようか。レイジス君」
「はえ?」
自己紹介って…さっきしてくれたはずじゃ?
かくんと反対方向に首を傾げれば、学園長先生がにっこりと笑う。今度は感情がこもった笑みで。
「初めまして、レイジス君。私は『神』もしくは『創造主』と呼ばれる者だよ」
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そんな主人公が前世を思い出したことで自分の行動を反省し、行動を改め、友達を作り、婚約者とも仲直りして愛されて幸せになるまでの話。
【完結】悪役令息の従者に転職しました
*
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。
依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。
皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ!
本編完結しました!
『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく、舞踏会編、はじめましたー!
他のお話を読まなくても大丈夫なようにお書きするので、気軽に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
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