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フーディ村編
長い一日の終わり
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「うま!」
「ふふふ。そうじゃろそうじゃろ」
ハルがそれを口にして一言そういうと、そこにいた子供たちが我先にとそれをフォークで切っては口へと運ぶ。その度に「おいしい!」とか「甘い!」とかそれぞれ感想が聞けて僕の頬も緩みっぱなしだ。
むふむふと口元を緩めながら僕もそれを口にする。ホイップバターが溶けて染み込んでうままー。
「お姉ちゃんなにこれうまい!」
「むふふー。よかったー。チョコソースとかベリーソース、カスタードとかキャラメルとかあったらもっと良かったんだけどね」
「なんかよく分んないけどうまそう!」
にぱっと笑ってそれを頬張るハルを見ながら僕もそれを頬張る。
ふわふわうまままー。
ふわっふわのスフレパンケーキ。
某珈琲店みたいにはできないけど、侍女さんが頑張ってメレンゲと生クリームを泡立ててくれたことに感謝する。
生クリームとかは冷やした方が早く泡立つから、村の人に無理を言ってクズ石をもらって氷の魔石を即席で作った。それを見たリーシャに「何してるんですか?!」ってすごく怒られた。
「さっき魔法が暴走したのをお忘れですか!」ってものすごい剣幕で怒られて、そのことをすっかりと頭の外に放り出してた僕は「ごめんなさい」って謝ったけど食事の間、話してくれなかった。
ここまで怒らせたことがなかったからどうしようって思いながらご飯を食べてたけど、デザートが用意できましたって侍女さんの言葉で機嫌が直ったみたいで、目をキラキラさせてた。
うん。今度から気を付けます。本当に。
侍女さんがふわふわぷるぷるのスフレパンケーキを運んでるときにふと視線を感じて窓を見たら村の子供たちが窓に張り付いて僕たちを見てた。それにびくっと肩を跳ねさせるとフリードリヒに「気にするな」って言われたんだけど見たこともない食べ物だからねー…。気になるよねー…。
それにハルに心配かけちゃったからお詫びに一緒にふわふわぷるぷるのスフレパンケーキ食べたいなーってことをフリードリヒにそれとなーく言ってみたら、少し考えて「…構わないだろう」と言ってくれた。それに「ありがとうございます!」ってうきうきしながら侍女さんに話して大急ぎでスフレパンケーキを焼いてもらうことに。
その時、村のおばちゃん達が「あたしたちも手伝うよ」と申し出てくれた。その申し出を断ることはせず手伝ってもらうことに。ありがとー!
しかしさすがおばちゃん。一回の説明でコツを掴んだのかじゃんじゃん焼いていく姿は職人にも似て。
それから準備ができて窓にくっついてた子供たちを呼ぶとテーブルにつかせて焼きたてのスフレパンケーキを置いて切ったフルーツやジャム、蜂蜜をビンごと置いてもらう。
少しでも入れ物が変わってたりすると緊張しちゃって美味しくなくなちゃうからね。普段通りでいいんだよ。
僕は全く気にしないけどフリードリヒは気にするかな?ってフリードリヒを見れば、こういったことは初めてなのかちょっとそわそわしてて可愛い。アルシュもノアもリーシャも同じようにそわそわしててくすりと笑う。ソルゾ先生とハーミット先生もふわふわぷるぷるのスフレパンケーキに興味津々みたいだ。
「フリードリヒ殿下。マナーはなくても大丈夫ですよね?」
「そうだな。好きに食べるといい」
「と、いうわけでマナーはなし! 好きに食べていいよ」
僕がそうハルやどこか緊張してる子供たちに言えば、頷いたものの手を付けようとしない。リーシャはすでにスフレパンケーキをナイフで切って頬張っている。早い!
それを見てソルゾ先生とハーミット先生、それにアルシュもノアも手を付ける。僕はホイップバターを載せてフォークで切る。スフレパンケーキにフォークを入れるとさっくりと、けどぷるぷるなそれに「はわぁ…」とつい口をしてしまう。さらにそこに蜂蜜をかけて…。
ぱくり!
はわわわわわー! ぷるぷるうまままままー!
幸せー。
うっとりと幸せを感じていると、フリードリヒがホイップバターをそこに載せて僕と同じようにナイフを使わずフォークで切っている。おあ?
噛まなくても溶けていくそれを飲み込んでフリードリヒを見ていると切ったパンケーキを口に運んでいる。
それを見たハルが恐る恐るパンケーキに手を付ける。同じようにホイップバターを付けてフォークで切ってパクリ。
「――――~っ?!」
言葉にならない声を上げると蜂蜜を垂らす。そして二口目。またしても声にならない声をあげて食べ始めると、それを見た子供たちがようやく食べ始める。
それからは皆無言。蟹のごとく無言。でも手は止まらない。
蜂蜜をたっぷりかけて食べる子。ホイップバターをたっぷり載せて食べる子。フルーツと一緒に食べる子。それぞれ思い思いの食べ方をしながらみんな食べていく。
そんな様子を僕はにこにことしながら見ているとリーシャも蜂蜜とホイップバター、さらにフルーツを載せて食べている。贅沢! 僕も!僕も!
リーシャのマネをして贅沢にパンケーキを食べていると、パンケーキを食べ終えたのかフリードリヒが立ち上がった。
ん? どうしたの? 美味しくなかった?
「ああ、レイジスはそのまま食べていてくれていい。ノア」
「はい」
「?」
フリードリヒがノアを呼ぶ。ノアも食べ終えていたらしくついでにハーミット先生も立ち上がってる。
え? え? どうしたの?
「心配するな。少し話してくるだけだ」
「ふぁい…」
「レイジス様。食べてるときに話しちゃダメですよ」
「んぐ」
ノアに優しく言われて頷くと「後は頼んだ」とソルゾ先生とアルシュ、リーシャにそういうと食堂を出ていった。
話しってなんだろう? もぐ、とパンケーキを食べながらフリードリヒが消えたドアを見つめていると「次が焼き上がりましたよ」という侍女さんの声に子供たちのわっという歓喜の声に意識を移した。
話しを終えて戻ってきたフリードリヒの表情はどこか明るく、一緒に出てきたおじさま(シュルツさんっていうらしい)の表情もどこか憑き物が落ちたように明るくなっている。
一体何があったのかなーんて考える余裕はなく、僕はふかふかのソファで既に寝落ちしそうになっている。
フリードリヒがいなくなって子供たちもお腹いっぱい食べて、残った僕たちはそれでも足りない分を食べてお茶を飲んで満足したら、次の欲求は睡眠だよね。
アルシュやリーシャ、ソルゾ先生は平気みたいだけど僕はもう限界が近い。ちなみにハルは「親父いないしちょっと新しい食材ないか見てくる!」と元気に駆けだしていった。強いなぁ…。
「眠いか?」
「少し…」
こしこしと油断すると閉じそうな瞼を擦っていると「ああ、擦るな擦るな」とフリードリヒがどこか慌てたような様子で僕の手首を掴む。
んー、滅茶苦茶眠いんだよー。
お腹いっぱいだし心地いい疲労でもう限界…。
「すまない。レイジスが限界のようだ」
「そのようですね。ハルには私から伝えておきます」
「ああ。そうしてくれ」
なんかフリードリヒがシュルツさんと話してるけどよく分んない…。
でもフリードリヒがいない間、パンケーキを作るのを手伝ってくれたおばちゃん達にアンギーユ丼のタレを教えたし川魚の甘露煮を教えた。さらに炊き込みご飯も教えた。なんかあの川、お魚が結構獲れるけど焼くことしか知らなかったみたい。だからハルと一緒に取ってきた中にあった生姜の使い方を教えたらものすごく感動された。
なんでも子供があんまり食べないらしくてこれならいけるかも、と期待に満ちていた。お魚美味しいからいっぱい食べてね。
ふかふかのソファの魔力に勝てなくてそのままずるずると身体が下がっていく。寝ちゃいそう。
けどまだ学園に帰らなきゃいけないんだよね。あー…でももう無理。10分したら起きるからそれまで寝かせてー。
「レイジス?」
「あと10分…」
「ああ、これだめですね。起きる気配は全くないです」
どこか諦めにも似たリーシャの言葉を最後に、こてんと頭を隣に座ったフリードリヒの腕に預けると僕は直ぐにすとんと意識を手放した。
「んー? むぅ…?」
なんかすっごい硬い枕…。あれ? いつもはもっとふかふかの枕だったような気がするけど…? でも毛布は温かい。
むにゅむにゅと口を動かしていると、頭を撫でられる感触。んんんー。気持ちいいー。もっと撫でてー。
すりすりと頬を硬い枕に擦りよせて撫でて撫でてと強請れば、撫でてくれる。
ほわー。また眠れそうー。
猫ってこんな感じなのかなー?
くふくふと一人で笑っているとふとその硬い枕が温かいことに気付いた。
おや?
ふわふわしていた意識がゆっくりと戻ってくる。微睡みながらゆっくりと瞼を持ち上げればそこは僕の知らない部屋。
あれ? ここ…どこだっけ?
えっと?
確かご飯とパンケーキを一杯食べて眠くなって? いやいや。その前だよ! えっと…今日は確か…。確か?
「ハルの…村だ」
「ああ。おはよう。目が覚めたかい?」
ん? フリードリヒの声がやけに近い…というか真上から降ってきてる?
どういうこと?
「あ、起きたんですか?」
「ああ。ちょうど30分だな」
「20分オーバーですね」
んんん?
「レイジス様ー? 寝ぼけてますー?」
「リーシャ。レイジス様はお疲れなんだ。もう少し寝かせてあげてくれ」
「もー! アルシュまで甘やかしたら誰が怒るのさ!」
「リーシャが怒るから私たちが甘やかすことができるんですよ」
「はぁ?! ならノアが怒ればいいじゃんか! 僕だって…!」
「僕だって?」
「―――…っ! 何でもない!」
そう言ったリーシャの顔が赤くなってぷいっとそっぽを向く。そんなリーシャが可愛くてにんまりしちゃう。
ほわんほわんとしている意識の中で交わされる会話に、ふふっと笑えば頭を撫でられる。んんー…気持ちいいー。
「まるで猫だな」
「うっとりしてますね」
今ならごろごろと喉を鳴らすことができるかもしれない。それくらい気持ちがいいんだよー。すりすりと硬い枕に頬を擦りよせて、むにゃむにゃと口を動かせば「んんっ!」と頭の上から声が降ってきた。それと同時に頭が撫でられなくなってちょっと寂しい。
どうしたのー? 撫でてー、頭撫でてー。
ころんと寝返りを打って上を見れば、頬を赤く染めて口元を手で押さえて身悶えているフリードリヒ。
うん? フリードリヒ?
そこでようやく脳みそが起き出す。おはよう。僕の脳みそ。
「殿下」
「まだ平気だ。まだ…」
「…いえ。治めてきたほうがよろしいのでは?」
なんだかよく分からない会話を聞きながら瞬きをすると「うぐっ」とくぐもった声が聞こえる。大丈夫? どこか怪我したの?
手を伸ばしてフリードリヒの頬に触れた瞬間、びくりと肩が跳ねた。
あれ? なんかヤバそう?
「レイジス様。それ以上されますと殿下が悶え死にそうです」
「もだえ…死…?」
「あ。起きましたね。ほらほら。ちゃんと起きてください。じゃないと帰りがまだ遅れるんですよー」
帰りが遅れる? あ、そっか。
リーシャの言葉に脳みそが完全に覚醒すると、ようやく状況が飲み込めた。
そっか。お腹いっぱいになって寝ちゃってたんだ。
ううーん。お腹がいっぱいになってすぐに眠くなるとか赤ちゃんかな?
でも魔法いっぱい使ったの初めてだったし。仕方ないね!
「レイジス様?」
「ん…平気。まだ眠いけど起きれる…」
「では起こしましょうか」
「んー…ありがとー…」
脳みそは覚醒しても身体はまだ眠たいようで、ちょっとだけ重い。そんな僕の身体を難なく支えてソファに座らせてくれるアルシュにふにゃっと笑えば、にこりと笑い返された。
「殿下に膝枕させるのはレイジス様くらいですね」
ソファに座ってぼんやりしているとソルゾ先生がお茶を用意してくれた。あれ? 侍女さん達は?と思ったら「レイジス様がお休みの間にハーミット先生が学園まで送られていきましたよ」とノアが教えてくれた。なんでもものすごく離れがたかったらしいけどお夕飯の準備に取り掛かりたいから泣く泣く戻ったらしい。
部屋に戻ったらまたお礼言わないと! ハーミット先生にも「ありがとうございます」を。
ソルゾ先生が入れてくれたお茶を受け取ってちびちびと飲んでいるとようやく身体も起きた。
お茶ってすごいねー。
じゃなくて。
今なんと?
「ひざ…まくら?」
「ええ。膝枕です」
「え?」
ニコニコとしてるノアとにやにやしてるリーシャにぱちりと瞬きを一つした後、横にいるフリードリヒを見ればいつも通りの表情だ。
僕の視線に気付き、にこりと笑うその顔にぼばっと瞬間湯沸かし器みたいに顔が熱くなる。
え?! じゃあ硬い枕だと思ってたものはフリードリヒの膝だったの?!
「あ、気付いてなかった」
「私は殿下の膝だから安心して寝ているのかと…」
「ぎゅってズボン握ってましたもんね」
それぞれの言葉を聞きながら、ますます顔が熱くなっていく僕。あばばば。恥ずかしいー!
ぼぼぼ、と熱くなった顔をどうにか鎮めようかとカップを置いて頬に両手を押し当てる。すると隣から「ぐうっ?!」と苦しそうな声が聞こえて慌ててフリードリヒを見れば、左胸を掴みながら俯いている。
「だだだ大丈夫ですか?! えと…えと…治癒とかいります?!」
「ちょっとレイジス様! 魔法は使っちゃダメだって言いましたよね?!」
パニック状態の僕を窘めるリーシャ。それに左胸を掴んだままずるずると前かがみになるフリードリヒ。きゃんきゃんと子犬の騒ぎと静かに見守るアルシュとノア。それにソルゾ先生。
そんな空間にシュルツさんと呆れ顔のハーミット先生が来て「帰りが遅くなりますよ?」と言われてしまうのだった。
■■■
「あーあー。もう真っ暗に近いじゃないですかー」
「うううう…ごめん…」
シュルツさんに「お前ら早く帰れ」と何周にも遠回しに言われて、お礼を告げてハルにも「またね」とバイバイをして学園への道を歩いている。
けど街灯なんてものはないからあるのはリーシャの光魔法のみ。のみ、とはいっても滅茶苦茶明るい。懐中電灯くらいの明るさだけど全員の姿がはっきり見える大きさ。
魔法って便利だなーと思いながら歩いてる。たまにふらふらと僕がどっかいっちゃうからって理由でフリードリヒが手を繋いでくれてるんだけど、結構恥ずかしいんだよー?
まるっきり子供と一緒だもん。
まぁ…珍しいものがあるとふらふら~っと引き寄せられる僕も僕なんだけどさ…。だって気になるじゃん! 食べられるかもしれないし、もしかしたらハーブかもしれないし!
手を繋ぐという首輪をされた僕は案の定ふら~っと行きそうになる足をフリードリヒの手が引っ張って止める。
うううう…。あの場所気になるー!
「明るいうちならいいけどね。今はダメ。いいかい?」
「はぁーい…」
まるっきり落ち着きのない子供のようにフリードリヒに窘められる。じゃあ明るいうちにまた連れてきてもらおう!とふんすとしているとなぜか腕を引っ張られ、抱き締められた。
えええ?! なに?!
突然の出来事に頭が付いてこれずにフリードリヒの胸で目を白黒させていると「あの…お花」と小さな可愛らしい声が聞こえた。
こんな暗いのに女の子がお花売ってるの?! 大丈夫なの?!
「悪いが他を当たってくれ」
「ええええ! 可哀相じゃないですかー!」
ハーミット先生が冷たくそう言ったことに僕が思わずそう言えば「黙ってろ」と鋭い視線が刺さる。
痛い! けど負けてられない!
「お兄ちゃん、お花買ってくれるの?」
こてんと首を傾げる少女…というより幼女に近いその子に僕は瞳を丸くすると「フリードリヒ殿下」とぽんぽんと抱き締められている腕を叩く。僕の前にはノアがいるから女の子からは僕が見えてない。
とにかくここから抜け出さないとどうにもならないからね。
「…ノアの近くならいい」
「ありがとうございます」
「甘すぎますよ。フリードリヒ殿下」
呆れた声のハーミット先生の声に「そうだな」と笑うフリードリヒの腕からもぞもぞと抜け出すとその場にしゃがんで女の子と視線を近くする。
すると、ぱぁっと頬を赤く染めて愛らしい笑顔を向けてくれる。かっわいいなぁ。
「えっと…お花?」
「うん! お兄ちゃんお花いらない?」
「ううーん…ちょっと見せてもらってもいい?」
「いいよ! はい!」
そう言って腕にかけている籠を僕の鼻先にずいっと差し出してくれる。おおう。
あ、でもいい匂い。これ全部バラ?
赤にピンクに白。あ、オレンジもある。
「たくさん色があるんだね」
「うん!」
可愛いなぁ…。小さい子の笑顔って、なんでこんなに癒されるんだろう。
ほわんほわんとしながら籠の中にある薔薇を見ているとふと、下の辺りにカラフルな色とは違い少し暗い色の物を見つける。
ひっそりと隠れるようにあるそれ。
なんとなくそれが気になって手を伸ばすとその手を大きな手が掴んだ。
「ノア?」
「お怪我をされます」
「え? でも…」
どこか表情が硬いノアに困惑しながら女の子を見れば顔色が悪い。え、大丈夫?
「大丈夫?」
「え?」
「顔色がよくないから…」
僕の言葉にびくりとあからさまに怯えられる。あ、ごめんね。僕とノア以外皆立ってるから怖いよね。
「えと…」
「その籠の花、全部もらおう。いくらだ?」
「え?」
「籠の花を全部買う、と言っているんだ」
そこにハーミット先生がそう言いながら僕と一緒で膝をつき女の子と視線を合わせる。すると女の子の身体がガタガタと震えだした。
本当に大丈夫? ハーミット先生おっきいけど優しいよ? というかお父さんかお母さんは近くにいないの?
きょろ、と首を動かして周りを見るけど暗くてよく見えない。
「えと…全部で100ギル…です」
「ほら」
女の子が震えた声でそう言うとハーミット先生が女の子にお金を渡すと、薔薇が入った籠を奪うように持ち上げる。
ちょっ! この子が怯えちゃうじゃないですか!
「ソルゾ。これ持って早く戻れ」
「…分かった」
「あ、僕がその籠持ちます」
「ノア。この子を送っていくぞ」
「分かりました。リーシャ、アルシュ。殿下をお願いします」
え? え?と僕を置いてサクサクと決まる状況についていけずきょろきょろと首を動かす僕の横にフリードリヒが来ると手を差し出される。それに掴まって立ち上がるとハーミット先生とノアが女の子を真ん中にして歩いていく。暗闇をものともしない2人。強い。
3人の姿が暗闇に消えるとソルゾ先生が「さ。就寝時間までに戻らねばなりませんからね。急ぎましょう」と告げる。
就寝時間なんてあったんだ、なんて思って歩き出そうと踏み出した瞬間。
「ほへ?」
「レイジス!」
「レイジス様?!」
全員の声が重なる。
かくん、と足に力が入らず崩れ落ちるところをフリードリヒの腕が引っ張ってくれた。
僕は一瞬何が起きたのか分らず呆然とする。
「何やってんですか! 怪我は?!」
「あ、え? ごめん?」
リーシャが怒りながら近付こうとしてその足を止めた。ん? どうしたの?
代わりにソルゾ先生が駆けてきて僕の身体を確認してくれる。
あ、怪我はないです。大丈夫。
「どうした?」
「あ、なんか急に足に力が入らなくなって…」
「……………」
というより身体から力が抜けた感じ? だけどこう…寝落ちする寸前みたいな?
ううーん…。でも心配かけたくないし…。どうしようと悩む。
「まだ眠いんだと思います」
えへへとそう苦し紛れに言えばふむ、とフリードリヒが何やら考え込む。あ、なんか嫌な予感ががががが。
すると腕を引っ張られ再び腕の中へ。にこりと笑うフリードリヒにへらっと笑い返すと姿が見えなくなったかと思えば、膝裏に掌が触れて…。
「うわっ!」
「立ったまま寝られたら困るからね」
「だ、だからって…!」
あっという間に横抱きにされ持ち上げられてた。繋いでいた手はいつ離されたか分んなかった!
お姫様抱っこされてその恥ずかしさにフリードリヒの胸に顔を埋めると「行こうか」と爽やかに告げられる。
ええー?! このままですかー?!
恥ずかしいー!
たぶん耳まで真っ赤だろうけど見えないからまだまし…かな?
というかこのまま帰るんですか?! 他の生徒とかに出会ったら恥ずか死ぬー!
それだけは避けたいと顔を胸に押し当てると、ちゅっと頭にキスを落とされた。
「レイジスは恥ずかしがりやだね」
ちーがーうー! ぐあー! 恥ずかしいー!
ますます恥ずかしくなって顔があげられなくなった僕はそのままフリードリヒに運ばれたのだった。
こうして僕の人生で3回目の外出は終わりを告げた。
僕たちの後ろでリーシャが光魔法を使って僕と薔薇を浄化していることなど露しらず。
「ふふふ。そうじゃろそうじゃろ」
ハルがそれを口にして一言そういうと、そこにいた子供たちが我先にとそれをフォークで切っては口へと運ぶ。その度に「おいしい!」とか「甘い!」とかそれぞれ感想が聞けて僕の頬も緩みっぱなしだ。
むふむふと口元を緩めながら僕もそれを口にする。ホイップバターが溶けて染み込んでうままー。
「お姉ちゃんなにこれうまい!」
「むふふー。よかったー。チョコソースとかベリーソース、カスタードとかキャラメルとかあったらもっと良かったんだけどね」
「なんかよく分んないけどうまそう!」
にぱっと笑ってそれを頬張るハルを見ながら僕もそれを頬張る。
ふわふわうまままー。
ふわっふわのスフレパンケーキ。
某珈琲店みたいにはできないけど、侍女さんが頑張ってメレンゲと生クリームを泡立ててくれたことに感謝する。
生クリームとかは冷やした方が早く泡立つから、村の人に無理を言ってクズ石をもらって氷の魔石を即席で作った。それを見たリーシャに「何してるんですか?!」ってすごく怒られた。
「さっき魔法が暴走したのをお忘れですか!」ってものすごい剣幕で怒られて、そのことをすっかりと頭の外に放り出してた僕は「ごめんなさい」って謝ったけど食事の間、話してくれなかった。
ここまで怒らせたことがなかったからどうしようって思いながらご飯を食べてたけど、デザートが用意できましたって侍女さんの言葉で機嫌が直ったみたいで、目をキラキラさせてた。
うん。今度から気を付けます。本当に。
侍女さんがふわふわぷるぷるのスフレパンケーキを運んでるときにふと視線を感じて窓を見たら村の子供たちが窓に張り付いて僕たちを見てた。それにびくっと肩を跳ねさせるとフリードリヒに「気にするな」って言われたんだけど見たこともない食べ物だからねー…。気になるよねー…。
それにハルに心配かけちゃったからお詫びに一緒にふわふわぷるぷるのスフレパンケーキ食べたいなーってことをフリードリヒにそれとなーく言ってみたら、少し考えて「…構わないだろう」と言ってくれた。それに「ありがとうございます!」ってうきうきしながら侍女さんに話して大急ぎでスフレパンケーキを焼いてもらうことに。
その時、村のおばちゃん達が「あたしたちも手伝うよ」と申し出てくれた。その申し出を断ることはせず手伝ってもらうことに。ありがとー!
しかしさすがおばちゃん。一回の説明でコツを掴んだのかじゃんじゃん焼いていく姿は職人にも似て。
それから準備ができて窓にくっついてた子供たちを呼ぶとテーブルにつかせて焼きたてのスフレパンケーキを置いて切ったフルーツやジャム、蜂蜜をビンごと置いてもらう。
少しでも入れ物が変わってたりすると緊張しちゃって美味しくなくなちゃうからね。普段通りでいいんだよ。
僕は全く気にしないけどフリードリヒは気にするかな?ってフリードリヒを見れば、こういったことは初めてなのかちょっとそわそわしてて可愛い。アルシュもノアもリーシャも同じようにそわそわしててくすりと笑う。ソルゾ先生とハーミット先生もふわふわぷるぷるのスフレパンケーキに興味津々みたいだ。
「フリードリヒ殿下。マナーはなくても大丈夫ですよね?」
「そうだな。好きに食べるといい」
「と、いうわけでマナーはなし! 好きに食べていいよ」
僕がそうハルやどこか緊張してる子供たちに言えば、頷いたものの手を付けようとしない。リーシャはすでにスフレパンケーキをナイフで切って頬張っている。早い!
それを見てソルゾ先生とハーミット先生、それにアルシュもノアも手を付ける。僕はホイップバターを載せてフォークで切る。スフレパンケーキにフォークを入れるとさっくりと、けどぷるぷるなそれに「はわぁ…」とつい口をしてしまう。さらにそこに蜂蜜をかけて…。
ぱくり!
はわわわわわー! ぷるぷるうまままままー!
幸せー。
うっとりと幸せを感じていると、フリードリヒがホイップバターをそこに載せて僕と同じようにナイフを使わずフォークで切っている。おあ?
噛まなくても溶けていくそれを飲み込んでフリードリヒを見ていると切ったパンケーキを口に運んでいる。
それを見たハルが恐る恐るパンケーキに手を付ける。同じようにホイップバターを付けてフォークで切ってパクリ。
「――――~っ?!」
言葉にならない声を上げると蜂蜜を垂らす。そして二口目。またしても声にならない声をあげて食べ始めると、それを見た子供たちがようやく食べ始める。
それからは皆無言。蟹のごとく無言。でも手は止まらない。
蜂蜜をたっぷりかけて食べる子。ホイップバターをたっぷり載せて食べる子。フルーツと一緒に食べる子。それぞれ思い思いの食べ方をしながらみんな食べていく。
そんな様子を僕はにこにことしながら見ているとリーシャも蜂蜜とホイップバター、さらにフルーツを載せて食べている。贅沢! 僕も!僕も!
リーシャのマネをして贅沢にパンケーキを食べていると、パンケーキを食べ終えたのかフリードリヒが立ち上がった。
ん? どうしたの? 美味しくなかった?
「ああ、レイジスはそのまま食べていてくれていい。ノア」
「はい」
「?」
フリードリヒがノアを呼ぶ。ノアも食べ終えていたらしくついでにハーミット先生も立ち上がってる。
え? え? どうしたの?
「心配するな。少し話してくるだけだ」
「ふぁい…」
「レイジス様。食べてるときに話しちゃダメですよ」
「んぐ」
ノアに優しく言われて頷くと「後は頼んだ」とソルゾ先生とアルシュ、リーシャにそういうと食堂を出ていった。
話しってなんだろう? もぐ、とパンケーキを食べながらフリードリヒが消えたドアを見つめていると「次が焼き上がりましたよ」という侍女さんの声に子供たちのわっという歓喜の声に意識を移した。
話しを終えて戻ってきたフリードリヒの表情はどこか明るく、一緒に出てきたおじさま(シュルツさんっていうらしい)の表情もどこか憑き物が落ちたように明るくなっている。
一体何があったのかなーんて考える余裕はなく、僕はふかふかのソファで既に寝落ちしそうになっている。
フリードリヒがいなくなって子供たちもお腹いっぱい食べて、残った僕たちはそれでも足りない分を食べてお茶を飲んで満足したら、次の欲求は睡眠だよね。
アルシュやリーシャ、ソルゾ先生は平気みたいだけど僕はもう限界が近い。ちなみにハルは「親父いないしちょっと新しい食材ないか見てくる!」と元気に駆けだしていった。強いなぁ…。
「眠いか?」
「少し…」
こしこしと油断すると閉じそうな瞼を擦っていると「ああ、擦るな擦るな」とフリードリヒがどこか慌てたような様子で僕の手首を掴む。
んー、滅茶苦茶眠いんだよー。
お腹いっぱいだし心地いい疲労でもう限界…。
「すまない。レイジスが限界のようだ」
「そのようですね。ハルには私から伝えておきます」
「ああ。そうしてくれ」
なんかフリードリヒがシュルツさんと話してるけどよく分んない…。
でもフリードリヒがいない間、パンケーキを作るのを手伝ってくれたおばちゃん達にアンギーユ丼のタレを教えたし川魚の甘露煮を教えた。さらに炊き込みご飯も教えた。なんかあの川、お魚が結構獲れるけど焼くことしか知らなかったみたい。だからハルと一緒に取ってきた中にあった生姜の使い方を教えたらものすごく感動された。
なんでも子供があんまり食べないらしくてこれならいけるかも、と期待に満ちていた。お魚美味しいからいっぱい食べてね。
ふかふかのソファの魔力に勝てなくてそのままずるずると身体が下がっていく。寝ちゃいそう。
けどまだ学園に帰らなきゃいけないんだよね。あー…でももう無理。10分したら起きるからそれまで寝かせてー。
「レイジス?」
「あと10分…」
「ああ、これだめですね。起きる気配は全くないです」
どこか諦めにも似たリーシャの言葉を最後に、こてんと頭を隣に座ったフリードリヒの腕に預けると僕は直ぐにすとんと意識を手放した。
「んー? むぅ…?」
なんかすっごい硬い枕…。あれ? いつもはもっとふかふかの枕だったような気がするけど…? でも毛布は温かい。
むにゅむにゅと口を動かしていると、頭を撫でられる感触。んんんー。気持ちいいー。もっと撫でてー。
すりすりと頬を硬い枕に擦りよせて撫でて撫でてと強請れば、撫でてくれる。
ほわー。また眠れそうー。
猫ってこんな感じなのかなー?
くふくふと一人で笑っているとふとその硬い枕が温かいことに気付いた。
おや?
ふわふわしていた意識がゆっくりと戻ってくる。微睡みながらゆっくりと瞼を持ち上げればそこは僕の知らない部屋。
あれ? ここ…どこだっけ?
えっと?
確かご飯とパンケーキを一杯食べて眠くなって? いやいや。その前だよ! えっと…今日は確か…。確か?
「ハルの…村だ」
「ああ。おはよう。目が覚めたかい?」
ん? フリードリヒの声がやけに近い…というか真上から降ってきてる?
どういうこと?
「あ、起きたんですか?」
「ああ。ちょうど30分だな」
「20分オーバーですね」
んんん?
「レイジス様ー? 寝ぼけてますー?」
「リーシャ。レイジス様はお疲れなんだ。もう少し寝かせてあげてくれ」
「もー! アルシュまで甘やかしたら誰が怒るのさ!」
「リーシャが怒るから私たちが甘やかすことができるんですよ」
「はぁ?! ならノアが怒ればいいじゃんか! 僕だって…!」
「僕だって?」
「―――…っ! 何でもない!」
そう言ったリーシャの顔が赤くなってぷいっとそっぽを向く。そんなリーシャが可愛くてにんまりしちゃう。
ほわんほわんとしている意識の中で交わされる会話に、ふふっと笑えば頭を撫でられる。んんー…気持ちいいー。
「まるで猫だな」
「うっとりしてますね」
今ならごろごろと喉を鳴らすことができるかもしれない。それくらい気持ちがいいんだよー。すりすりと硬い枕に頬を擦りよせて、むにゃむにゃと口を動かせば「んんっ!」と頭の上から声が降ってきた。それと同時に頭が撫でられなくなってちょっと寂しい。
どうしたのー? 撫でてー、頭撫でてー。
ころんと寝返りを打って上を見れば、頬を赤く染めて口元を手で押さえて身悶えているフリードリヒ。
うん? フリードリヒ?
そこでようやく脳みそが起き出す。おはよう。僕の脳みそ。
「殿下」
「まだ平気だ。まだ…」
「…いえ。治めてきたほうがよろしいのでは?」
なんだかよく分からない会話を聞きながら瞬きをすると「うぐっ」とくぐもった声が聞こえる。大丈夫? どこか怪我したの?
手を伸ばしてフリードリヒの頬に触れた瞬間、びくりと肩が跳ねた。
あれ? なんかヤバそう?
「レイジス様。それ以上されますと殿下が悶え死にそうです」
「もだえ…死…?」
「あ。起きましたね。ほらほら。ちゃんと起きてください。じゃないと帰りがまだ遅れるんですよー」
帰りが遅れる? あ、そっか。
リーシャの言葉に脳みそが完全に覚醒すると、ようやく状況が飲み込めた。
そっか。お腹いっぱいになって寝ちゃってたんだ。
ううーん。お腹がいっぱいになってすぐに眠くなるとか赤ちゃんかな?
でも魔法いっぱい使ったの初めてだったし。仕方ないね!
「レイジス様?」
「ん…平気。まだ眠いけど起きれる…」
「では起こしましょうか」
「んー…ありがとー…」
脳みそは覚醒しても身体はまだ眠たいようで、ちょっとだけ重い。そんな僕の身体を難なく支えてソファに座らせてくれるアルシュにふにゃっと笑えば、にこりと笑い返された。
「殿下に膝枕させるのはレイジス様くらいですね」
ソファに座ってぼんやりしているとソルゾ先生がお茶を用意してくれた。あれ? 侍女さん達は?と思ったら「レイジス様がお休みの間にハーミット先生が学園まで送られていきましたよ」とノアが教えてくれた。なんでもものすごく離れがたかったらしいけどお夕飯の準備に取り掛かりたいから泣く泣く戻ったらしい。
部屋に戻ったらまたお礼言わないと! ハーミット先生にも「ありがとうございます」を。
ソルゾ先生が入れてくれたお茶を受け取ってちびちびと飲んでいるとようやく身体も起きた。
お茶ってすごいねー。
じゃなくて。
今なんと?
「ひざ…まくら?」
「ええ。膝枕です」
「え?」
ニコニコとしてるノアとにやにやしてるリーシャにぱちりと瞬きを一つした後、横にいるフリードリヒを見ればいつも通りの表情だ。
僕の視線に気付き、にこりと笑うその顔にぼばっと瞬間湯沸かし器みたいに顔が熱くなる。
え?! じゃあ硬い枕だと思ってたものはフリードリヒの膝だったの?!
「あ、気付いてなかった」
「私は殿下の膝だから安心して寝ているのかと…」
「ぎゅってズボン握ってましたもんね」
それぞれの言葉を聞きながら、ますます顔が熱くなっていく僕。あばばば。恥ずかしいー!
ぼぼぼ、と熱くなった顔をどうにか鎮めようかとカップを置いて頬に両手を押し当てる。すると隣から「ぐうっ?!」と苦しそうな声が聞こえて慌ててフリードリヒを見れば、左胸を掴みながら俯いている。
「だだだ大丈夫ですか?! えと…えと…治癒とかいります?!」
「ちょっとレイジス様! 魔法は使っちゃダメだって言いましたよね?!」
パニック状態の僕を窘めるリーシャ。それに左胸を掴んだままずるずると前かがみになるフリードリヒ。きゃんきゃんと子犬の騒ぎと静かに見守るアルシュとノア。それにソルゾ先生。
そんな空間にシュルツさんと呆れ顔のハーミット先生が来て「帰りが遅くなりますよ?」と言われてしまうのだった。
■■■
「あーあー。もう真っ暗に近いじゃないですかー」
「うううう…ごめん…」
シュルツさんに「お前ら早く帰れ」と何周にも遠回しに言われて、お礼を告げてハルにも「またね」とバイバイをして学園への道を歩いている。
けど街灯なんてものはないからあるのはリーシャの光魔法のみ。のみ、とはいっても滅茶苦茶明るい。懐中電灯くらいの明るさだけど全員の姿がはっきり見える大きさ。
魔法って便利だなーと思いながら歩いてる。たまにふらふらと僕がどっかいっちゃうからって理由でフリードリヒが手を繋いでくれてるんだけど、結構恥ずかしいんだよー?
まるっきり子供と一緒だもん。
まぁ…珍しいものがあるとふらふら~っと引き寄せられる僕も僕なんだけどさ…。だって気になるじゃん! 食べられるかもしれないし、もしかしたらハーブかもしれないし!
手を繋ぐという首輪をされた僕は案の定ふら~っと行きそうになる足をフリードリヒの手が引っ張って止める。
うううう…。あの場所気になるー!
「明るいうちならいいけどね。今はダメ。いいかい?」
「はぁーい…」
まるっきり落ち着きのない子供のようにフリードリヒに窘められる。じゃあ明るいうちにまた連れてきてもらおう!とふんすとしているとなぜか腕を引っ張られ、抱き締められた。
えええ?! なに?!
突然の出来事に頭が付いてこれずにフリードリヒの胸で目を白黒させていると「あの…お花」と小さな可愛らしい声が聞こえた。
こんな暗いのに女の子がお花売ってるの?! 大丈夫なの?!
「悪いが他を当たってくれ」
「ええええ! 可哀相じゃないですかー!」
ハーミット先生が冷たくそう言ったことに僕が思わずそう言えば「黙ってろ」と鋭い視線が刺さる。
痛い! けど負けてられない!
「お兄ちゃん、お花買ってくれるの?」
こてんと首を傾げる少女…というより幼女に近いその子に僕は瞳を丸くすると「フリードリヒ殿下」とぽんぽんと抱き締められている腕を叩く。僕の前にはノアがいるから女の子からは僕が見えてない。
とにかくここから抜け出さないとどうにもならないからね。
「…ノアの近くならいい」
「ありがとうございます」
「甘すぎますよ。フリードリヒ殿下」
呆れた声のハーミット先生の声に「そうだな」と笑うフリードリヒの腕からもぞもぞと抜け出すとその場にしゃがんで女の子と視線を近くする。
すると、ぱぁっと頬を赤く染めて愛らしい笑顔を向けてくれる。かっわいいなぁ。
「えっと…お花?」
「うん! お兄ちゃんお花いらない?」
「ううーん…ちょっと見せてもらってもいい?」
「いいよ! はい!」
そう言って腕にかけている籠を僕の鼻先にずいっと差し出してくれる。おおう。
あ、でもいい匂い。これ全部バラ?
赤にピンクに白。あ、オレンジもある。
「たくさん色があるんだね」
「うん!」
可愛いなぁ…。小さい子の笑顔って、なんでこんなに癒されるんだろう。
ほわんほわんとしながら籠の中にある薔薇を見ているとふと、下の辺りにカラフルな色とは違い少し暗い色の物を見つける。
ひっそりと隠れるようにあるそれ。
なんとなくそれが気になって手を伸ばすとその手を大きな手が掴んだ。
「ノア?」
「お怪我をされます」
「え? でも…」
どこか表情が硬いノアに困惑しながら女の子を見れば顔色が悪い。え、大丈夫?
「大丈夫?」
「え?」
「顔色がよくないから…」
僕の言葉にびくりとあからさまに怯えられる。あ、ごめんね。僕とノア以外皆立ってるから怖いよね。
「えと…」
「その籠の花、全部もらおう。いくらだ?」
「え?」
「籠の花を全部買う、と言っているんだ」
そこにハーミット先生がそう言いながら僕と一緒で膝をつき女の子と視線を合わせる。すると女の子の身体がガタガタと震えだした。
本当に大丈夫? ハーミット先生おっきいけど優しいよ? というかお父さんかお母さんは近くにいないの?
きょろ、と首を動かして周りを見るけど暗くてよく見えない。
「えと…全部で100ギル…です」
「ほら」
女の子が震えた声でそう言うとハーミット先生が女の子にお金を渡すと、薔薇が入った籠を奪うように持ち上げる。
ちょっ! この子が怯えちゃうじゃないですか!
「ソルゾ。これ持って早く戻れ」
「…分かった」
「あ、僕がその籠持ちます」
「ノア。この子を送っていくぞ」
「分かりました。リーシャ、アルシュ。殿下をお願いします」
え? え?と僕を置いてサクサクと決まる状況についていけずきょろきょろと首を動かす僕の横にフリードリヒが来ると手を差し出される。それに掴まって立ち上がるとハーミット先生とノアが女の子を真ん中にして歩いていく。暗闇をものともしない2人。強い。
3人の姿が暗闇に消えるとソルゾ先生が「さ。就寝時間までに戻らねばなりませんからね。急ぎましょう」と告げる。
就寝時間なんてあったんだ、なんて思って歩き出そうと踏み出した瞬間。
「ほへ?」
「レイジス!」
「レイジス様?!」
全員の声が重なる。
かくん、と足に力が入らず崩れ落ちるところをフリードリヒの腕が引っ張ってくれた。
僕は一瞬何が起きたのか分らず呆然とする。
「何やってんですか! 怪我は?!」
「あ、え? ごめん?」
リーシャが怒りながら近付こうとしてその足を止めた。ん? どうしたの?
代わりにソルゾ先生が駆けてきて僕の身体を確認してくれる。
あ、怪我はないです。大丈夫。
「どうした?」
「あ、なんか急に足に力が入らなくなって…」
「……………」
というより身体から力が抜けた感じ? だけどこう…寝落ちする寸前みたいな?
ううーん…。でも心配かけたくないし…。どうしようと悩む。
「まだ眠いんだと思います」
えへへとそう苦し紛れに言えばふむ、とフリードリヒが何やら考え込む。あ、なんか嫌な予感ががががが。
すると腕を引っ張られ再び腕の中へ。にこりと笑うフリードリヒにへらっと笑い返すと姿が見えなくなったかと思えば、膝裏に掌が触れて…。
「うわっ!」
「立ったまま寝られたら困るからね」
「だ、だからって…!」
あっという間に横抱きにされ持ち上げられてた。繋いでいた手はいつ離されたか分んなかった!
お姫様抱っこされてその恥ずかしさにフリードリヒの胸に顔を埋めると「行こうか」と爽やかに告げられる。
ええー?! このままですかー?!
恥ずかしいー!
たぶん耳まで真っ赤だろうけど見えないからまだまし…かな?
というかこのまま帰るんですか?! 他の生徒とかに出会ったら恥ずか死ぬー!
それだけは避けたいと顔を胸に押し当てると、ちゅっと頭にキスを落とされた。
「レイジスは恥ずかしがりやだね」
ちーがーうー! ぐあー! 恥ずかしいー!
ますます恥ずかしくなって顔があげられなくなった僕はそのままフリードリヒに運ばれたのだった。
こうして僕の人生で3回目の外出は終わりを告げた。
僕たちの後ろでリーシャが光魔法を使って僕と薔薇を浄化していることなど露しらず。
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