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フーディ村編

急襲! コカトリス 前

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「うーん…やっぱり蛇さんは変温動物だったかぁー…」

氷魔法でコカトリスの周りを急激に冷やした後、僕は鼻をすすりガチガチと歯を鳴らしながら突き攻撃をかわしている。
その間にリーシャとソルゾ先生が水魔法でコカトリスに水をかけている。かかった瞬間、ぴしぴしと水が凍るから視界を奪われたコカトリスが手あたり次第に突っつく。
それが僕の方にくれば氷魔法で分厚い氷を作って盾にしたりするりと避けたりする。けど、氷の盾で嘴を受けると綺麗に砕いてくれるから突っつかれたら危ないなぁなんて呑気に思っていると、ソルゾ先生が火魔法で僕たちを温めてくれる。

ほわぁ…温かいー…。

ゴマを回収しながら新しい食材、生姜やニラなんかを僕の食材センサーがキャッチしてぴこぴことそれが示すところを手当たり次第探す、ということをしていた時だった。
村の外れにまで来た僕たちは、手じゃ持ち切れない程の食材を見かねた村の人に籠を貸してもらってそこへ入れた。ずっしりと重くなったそれをノアが持ってくれたけど、制服が汚れちゃったから後で浄化魔法を教えてもらいながら汚れを落としちゃおう、と考えていた時。
ズズズ、と小さな振動が足の裏から伝わってきて「地震かな?」なんて思っていると、リーシャとソルゾ先生、そして侍女さん2人がなぜか戦闘態勢に入った。
ハルはきゅうと僕の制服の端を掴んで震えている。

「どうしたの?」
「レイジス様は私の後ろに。絶対に前に出ないでください」

籠を離れた場所に置いて戻ってきたノアが僕の前に立つと剣を抜き、前を見ている。
リーシャもソルゾ先生も緊張した面持ちでじいっと前を見つめている。侍女さん達にも下がるように言って下がってもらうとノアの後ろに隠れてもらう。

なに? 何が起きているの?

ぎゃあぎゃあと鳥たちが騒ぎながら慌てて逃げていく。そこでようやく僕もただ事ではないことを肌で感じる。
ズズズ、という小さな振動が次第に大きくなったと思ったら、僕の目にもようやくそれを捉えた。

「鳥さん?」
「コカトリス…なんで山を下りてきたんだ?」
「コカトリス?」
「鶏の身体と蛇の尻尾を持つ魔物です。突かれたら人間の頭など簡単に穴が開きます」
「穴?!」

と、いうことはばあちゃんちにいた鶏のコッコちゃんたち(僕の踝をなぜか執拗に突くからちょっと怖い)ならば突かれた瞬間に足に穴が開く、ということか。

怖すぎない?

ハルもそりゃ怖がるよー…。
というかハルは一度アンギーユさんに襲われてるからね…。魔物は怖いよね…。僕も怖いけど大丈夫。ぎゅうとハルを抱きしめて「だいじょぶ、だいじょぶ」と背中を撫でる。

「お姉ちゃん…」
「ノアとリーシャ、先生に任せておけば大丈夫だからね」

ぎゅうと抱き付いてくる頭を撫でながら、じりじりと後退し距離を取る。怪我はさせたくないからね。
僕の前には侍女さんがいるけど、僕よりハルを守ってほしいなーなんて考えていた瞬間。

「後ろへ!」
「―――っ!」

ノアの声と共に身体が動いた。
ハルの腕を掴んで後ろへと走る。すると途端に聞こえてくる剣戟の音。ぐっと唇を噛んで走る。道が真っ直ぐだから走りやすいけど、ブーツだと走り辛い!
それでもハルを逃がすことだけを考えて走れば侍女さん達も付いてきてくれる。数十メートル離れたのか、剣戟と魔法の音が少しだけ遠ざかるとそこで止まる。騒動に気付いた村の人たちがざわつき始め「どうした?!」「何があった?!」と聞いてくる。それに「コカトリスが出ました」と簡潔に伝えると村の人たちの顔色が変わった。

「直ぐに村長に知らせろ!」
「子供たちはこっちに!」

畑仕事をしていた人たちがすぐに対応できるのはすごいことだ。普段からこういうことしてるんだろうなー。と感心しているとおばちゃんがハルの元へと駆け寄ってきた。

「ハル!」
「おば…ちゃん」
「怪我は?!」
「だいじょぶ」
「あんたも怪我はなさそうだね。さ、早く逃げるよ!」

そういうと、僕の腕を掴んで逃げようとするおばちゃん。

「ちょ、ちょっと待ってください!」
「良いから早く! 何かあった時は戦えないやつは逃げろって言われてんだ!」

そういってぐいぐいと引っ張られ、引き摺られそうになる僕。おばちゃん力強いな?! 侍女さん達がものすごい顔してるけどダメダメ! ステイ!

「あ、あの! 僕戦ってる人たちの手伝いを…!」
「こんな細腕で何ができるって言うんだい?! ほら! 逃げるよ! そっちのメイドさん達も!」

おばちゃんが強くて僕泣きそう。流石畑仕事してる女性は力強い!
じゃなくて!

「2人ともこのことを報せながら村の人達の避難を手伝ってあげて!」
「かしこまりました」
「ハル、君もおばちゃ…お姉さんと一緒に逃げて?」
「お姉ちゃんは?」
「僕はノアとリーシャと先生の手伝いをしてくるから」
「で、でも…」

こんな会話をしてるけど実はおばちゃんに引きずられながらである。情けないけど力じゃ勝てない。それに「お姉さん」発言に少しだけ止まってくれたから今のうち、今のうち!

「少なくとも遠距離なら攻撃はできるから。それに早く知らせた方がいい」
「………。分かった」

納得できません、って顔をしているハルには申し訳ないけど僕もちょっとだけならお手伝いできるのは本当だからね。

「ハルをよろしく」
「…レイジス様もお気をつけて」
「ありがと。お姉さん、ハルと侍女さん達をお願いします」
「ちょ、ちょっと…!」

手首を捻って拘束を解くと、するりと抜け出す。

「お願いねー!」

そう叫んで来た道を戻れば、剣戟の音が近くなる。けれどその音が増えている事に眉を寄せる。
戦える人が来たのかな?なんて思いながらひいひい言いながら走れば、そこにはリーシャが光の浄化魔法で倒れている人を診ていた。
シャアア!なんて声にびくりと肩を震わせると、突き攻撃を避けた所を蛇が噛み付こうとしている。

「危ない!」

思わず氷魔法を噛まれようとするその人の前に展開。そして蛇が氷の塊を口に入れると、ばきりとそれをかみ砕いた。

ひええええ! 顎の力どうなってんの?!

キリンよりもちょっと大きいでかさだもんね?! そりゃ蛇さんの顎の力もすごいよね!

「レイジス様?!」
「大丈夫?」
「なんで戻ってきたんですか!」
「う…僕だって少しはお手伝いができるかもって思って…」

僕を見て驚いた表情を浮かべたけど何も言わず、蛇をあしらうノア。うわわ…こわー…。

「できることなんて何もありませんよ!」
「この人は?」
「…蛇の毒にやられた人ですよ。毒は光魔法でどうにかなりましたけど噛まれたところの怪我が酷くて」

そう言ってちらりと腹を見れば、いまもどくどくと赤が流れ出している。とりあえず止血を、と制服のよく分らない部分を脱ごうとしたけどそれをリーシャが止めた。

「レイジス様。この制服は何があっても絶対に脱がないでください」
「う、うん。分かった」

脱ぎかけた制服を着直すと怪我をした人が僕たちのところにやってきた。
どうやら腕を怪我したらしく、赤を流しながら僕たちを見る。

「さっきはありがとな。助かった」
「あ。大丈夫ですか?」

この人、さっき氷魔法で助けた人だ。腕の痛みが酷いのか、表情が歪んでいる。

「そいつを助けてやりたいが…」
「あの…蛇さんさえどうにかすれば楽になるんですか?」
「は?」

リーシャとその人の声が重なる。さっき見たけど鳥さんの突っつき方は直線か三方向のどちらか。それに鶏が餌を食べるように頭が動くからばあちゃんちにいたコッコちゃんをよく見ていた僕にしてみれば動きはなんとなくわかる。突きをした後に蛇さんが襲い掛かるから、蛇さんさえいなければ鳥さんだけになる。

それに。

「毒さえなければ近距離も楽になるでしょ?」
「まさか…」
「そりゃそうだが…お嬢ちゃん何か考えがあるのか?」

またしても女の子に間違えられているけど気にしない。もう宿命だとしよう。

「さっき氷を噛ませたら少し動きが鈍ったので、寒くしてあげれば動かなくなりそう」
「待って、待ってください。なぜそんなことが分かるんですか?!」

リーシャの理解力を超えたのか、頭を振っている。けどこうやって話してる間も鳥さんと蛇さんの連携攻撃は続いているのだ。

「とにかく。蛇さんは変温動物だから寒さに弱いんだよ」
「へんお…?」
「変温動物。体温が気温によって左右される動物のこと。冬に蛇はあんまり見ないでしょ?」

異世界だから冬に元気になる蛇とかいそうだけど、大体の蛇さんは冬眠してるはず。…だよね?

「よく…分かりませんが…。氷魔法でならなんとかなるんですね?」
「うん。あ、そうだ。氷」

氷なら止血程度にならなるかもしれない。冷たいし早めに溶かさないと凍傷とかになりそうだけど、応急処置ならなんとかなるかな。

「リーシャ。その人の怪我はお腹?」
「え? はい」
「じゃあ、ちょっと失礼します」

すっと両手を真っ赤に染まったお腹に近付けさせ、氷魔法を発動させる。範囲はお腹全体。どこを怪我してるか分からないから苦肉の策。
ぱき、ぺきと服の上から徐々に氷を張らせるとすぐに赤が氷を溶かしていく。ならもう少し厚く。慎重に、けれど迅速に。
再び氷がお腹を覆うと、今度は赤が流れ出して来ない。

「よし」
「す…ごい…」
「腕の怪我、よければこの人と同じように処置しますけど…」
「じゃあ、お願いしようか」
「分かりました」

差し出された腕に氷を同じように張って止血すると「すげぇ…」という声が漏れた。

「でもこれは一時的に止血をしているだけなので早めに氷を溶かしてください。最悪凍傷になりますから」
「分かった。これなら走れそうだけど、こいつを運ぶには…」

意識を失っている成人男性。どう考えてもリーシャや僕、それにソルゾ先生が運べそうにない体躯をしている。

「ノアなら運べそうだけど…」
「やっぱり蛇さんをどうにかして鳥さんだけにすれば、僕たちだけでもなんとかなりそうじゃない?」
「そう簡単に言いますけどね…!」
「リーシャ!」

リーシャの名前を呼んでこちらに駆けつけてきたのは先程名前が上がったノアだった。僕の顔を見て眉を寄せたけど何も言わない。たぶん言っても無駄だって分かってるんだろうなー。

「ノア! この人を運びたいんだけど僕たちじゃ無理だから…」
「代わりに私が運べ、と」
「うん…」

この状況でノアに頼むことなどそれしかないだろう。一人は腕を怪我し、氷で応急処置をしているのだから。

「お願い…できる?」
「…レイジス様の命とあらば、このノア・ブラントルお受けいたしましょう」
「命令って…お願いじゃダメなの?」
「私はレイジス様をお守りするためにここにおりますので、お願いでは動けません」
「ううう…」

友達に命令なんて嫌だよぉ…。でも早く治療しなきゃいけないし…。でもそんな悩みはガキン、という剣戟の音で吹き飛んだ。
そうだ、今も戦ってる人がいるんだ。
きゅうと唇を噛んで嫌だという気持ちを抑え込むと、キッとノアを見る。

「ノア。この人を治療できるところまで運んで」
「それがレイジス様の命とあらば」
「ハルと侍女さん達が避難を呼びかけてるから合流できたらそのまま避難させて。それとフリードリヒ殿下にも報告を」
「かしこまりました。その命、お受けいたします」
「ありがとう」

左胸に拳を置いて敬礼するノアに咄嗟に「ごめんね」と言いそうになった言葉を飲み込み感謝の言葉に変える。謝ってもノアは喜ばない。ならば、とそう告げればやれやれとリーシャが肩を竦めている。

「できればここにいる全員を避難させたいんだけど…」
「無理でしょうね」
「なら蛇さんを早くなんとかしないと」

ふんす、と一人息を荒くしているとノアが腹を怪我した人を背負い、腕を怪我した人と話しをしているようだ。けど、直ぐに話が終わったのか僕に向く。

「この方と共に避難を呼びかけながら治療ができる場所まで運び、殿下にこのことをお伝えして参ります。…レイジス様」
「なに?」
「くれぐれも無茶だけはなさらないでください」
「ん。分かった」
「リーシャ。無茶をなさるようなら魔法を放ってでもお止しろ」
「りょうかーい!」

ぴっと左胸に拳を乗せリーシャが笑顔で敬礼をすると、ノアが心配そうに一度僕を見た後「では、失礼いたします」と頭を下げてゆっくりとそれでも速足で道を歩いていく。
その背中を見送り、剣戟と魔法の音がする方へと向くとリーシャが「どうするんですか?」と聞いてくる。
どうするもこうするもやることは一つ。

「季節を冬に戻そうか」

そんなわけでこの辺り一帯は真冬の気温。この制服、どうやら魔法がかかってるらしくてちょっとだけ温かいんだけどやっぱり寒いものは寒い。
白い息を吐きながら突っつきを避けては水魔法を放つ。
ノアがフリードリヒ殿下を呼んで来てくれるまで持てばいい。それにちょっと試したいことがあるけどそれにはアルシュの協力が必要になる。
そう思ってたら初めに会ったおじさまが駆けつけてくれたけど、この寒さに「どういうことですか?!」と問われた。

あれ? フリードリヒ殿下は?
一緒じゃないの?と首を傾げてそう仕草で問うた時だった。

「レイジス様!」

ソルゾ先生の声にハッとしたと同時に振り向く。いや、振り向いてしまった。
その動作が無駄だというのに。
目の前にあったのは鋭い嘴。

瞳を閉じる前に腕を引っ張られると、ばつん!と嫌な音がすぐ後ろで聞こえた。

「っこの!」

リーシャがすかさず水魔法をかけると途端に氷が張り、視界を塞ぐ。それに怒った鳥さんが三方向へと嘴の突きを放つ。
どん、と強かに鼻をぶつけた瞬間「全く」という怒りの声が降ってきた。
肩を掴まれ身体を剥がされると、そこには怒りを露わにしたおじさま。だって名前知らないんだもん。

「いいですか。戦っている時は相手から目を離さないでください」
「は、はい…。すみません」

ついそう謝れば「はぁ…」と大きな溜息を吐かれた。わぁ。息が白いからものすごい大きな溜息だー。

「あ。フリードリヒ殿下は一緒じゃないのですか?」
「殿下は少し込み入った話の途中ですので、私が先に参りました」
「ハーミット先生も?」
「はい」

うーんそっかー…。アルシュがいないとたぶん無理だからもうちょっと待つしかないのかー。

「レイジス様」
「うん?」

すらりと剣を構えて、視界を塞がれ怒り狂ってる鳥さんに向くおじさまに名前を呼ばれるとちょっと不思議な感覚。
僕の名前を呼ぶのはフリードリヒとアルシュ、ノアにリーシャ。それにソルゾ先生とハーミット先生。あとジョセフィーヌと侍女さん達だけだったからさ。
ハロルド先生にも呼ばれたけどその時は転生したばっかりで馴染んでなかったから、不思議な感覚はなかった。ハルは…近所の子の感覚だからすんなりと受け入れられたけどね。
でもこうやって全く知らない人から名前を呼ばれるのはなんだかくすぐったい。

「なぜ攻撃をなさらないのですか?」
「なぜって…えと、鳥さんの素材とか売れるのかなぁなんて思ってて…」
「それだけのために殺さないのですか?」
「…むやみに傷付けるのは嫌なので」

そう。素材が売れるのかなんてただの言い訳。本当は元いた場所へ戻せるのならば戻してあげたい。
でもばあちゃんが言ってた。

『普段見ない動物が降りてくる時は山に何か異変があった時だ』と。

だから山に何か異変があったんだろう。だからといって放っておけば近くの村を襲うかもしれない。

「…お優しいんですね」
「僕のわがままです」

おじさまの「優しい」は皮肉だということは声色から分かっているから腹が立つことはない。
そう。これは僕のわがままなのだ。

「できるなら…一撃で倒したいんです」
「苦しまないように、ですか」
「…我儘でしょう?」

えへ、と笑いながらそう返せば「…そうですね。わがままですね」と返ってきた。
本当は殺したくない。けれどここで殺せば人間に被害はない。

ちなみに一緒に戦ってくれていた人たちは真冬の気温に身体が動かなくなって避難してもらった。
だからここにいるのはおじさまと2~3人の剣を持ってる人だけ。

「ソルゾ先生! 辛くなったら引いてください!」
「…ありがとうございます。レイジス様」

僕がリーシャと話してる間もずっと戦ってくれてたソルゾ先生。魔力は普通だと言っていたからそろそろ魔力切れを起こしそう。
僕の目的はフリードリヒ達が来るまで持たせること。

「しかし…」
「ん?」
「コカトリスをこのようにして戦うなど聞いたことがありません」
「あはは。厄介なのは蛇さんの毒ですからね」

話しながらもターゲットを取ってくれるおじさま。その鳥さんに水魔法をぶつけるだけの僕。氷魔法を使いながら水魔法が使えることが分かっただけでも十分な収穫なうえ、試したいことへの期待が高まる。

でも…さむーい!
早く来てー! フリードリヒー!


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