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学園編

閑話 ぬいぐるみの真意

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※フリードリヒ視点になります。



くまのぬいぐるみと戯れるレイジスを見ながらカップを傾ける。
起きている時間が短かったころを思い出せば、ずいぶんと元気になった。食はまだ細いが。
それに私が「詫び」としてプレゼントしたぬいぐるみを随分と気に入ってくれたことに嬉しく感じる。
だが本人は気付いていないのだろう。レイジスの性格が変わってしまう前にプレゼントしたのもうさぎのぬいぐるみであったことを。
あの時も初めはものすごく嫌な顔をして「僕は女の子じゃないんだからいらない!」と言ってぷいっと顔を背けた。だが「でもフリードリヒ殿下が悲しそうな顔するのは嫌だからもらってあげる」とそれを手にしてもっふりと顔を埋めたことを今でも鮮明に覚えている。

記憶がないのかはたまた気付かないふりをしているのかは定かではないが、あの時と同じような流れを感じて懐かしくなってしまった。
くまのぬいぐるみ? それは選んだ奴に聞いてくれ。だが、可愛い婚約者が可愛いものを持っていたら最高に可愛いだろう?
そんな軽い気持ちで選ばせ渡してみたが予想以上の可愛らしさに、アルシュからの鋭い視線も気にならない。
それにあの侍女頭は気付いていたようだしな。行儀が悪いとは分かっていてもうさぎのぬいぐるみを側に置くことを許したのも、そんな過去を思い出したからかもしれない。
うさぎのぬいぐるみを贈った後「片時も離さずに側にありますわ」とユアソーン夫人にこっそりと教えてもらった時は嬉しすぎて天にも昇る気分だった。

そのうち「このうさぎにリボンを付けたいな」なんて言われたらどうしようか。
耳の付け根ではなく首に巻くと思うから赤いレースのリボンか絹の赤いリボン。それかレイジスの髪の色よりも濃い緑でもいいな。

「フリードリヒ殿下」
「ん? どうした?」

十分にもふもふできたのか、レイジスがいつの間にか私を見つめていた事に気付かなかったことに驚いた。これはもったいない。
それほどまでに過去は美しかったのだ、と思うと悲しみも深くなる。今のレイジスはあの頃のレイジスではないと、どうしたら私自身も納得できるのだろうか。

「あの…この子用にリボンが欲しいんです…けど」
「………っ?!」

よいしょとうさぎのぬいぐるみを前に出し、こくりと首を傾げるレイジスに思わず口元を覆う。可愛い。私の婚約者はなぜこんなにも可愛いのだろうか。思わず涙が出そうになるが、ぐっと堪える。
すると「大丈夫ですか?」と心配そうに眉を下げているレイジスに「ああ、大丈夫だ」と表面は冷静でも中は大変なことになっていることを必死に隠す。それが手に取るようにわかるのだろう。アルシュからとてつもない視線を感じるが気にしない。

「生地は何にする? 色は?」
「フリードリヒ殿下」
「別にいいだろう。リボンくらいなら」
「あの、リボンは僕が買うのでどこに売っているか教えていただきたいのです」

ちょっとだけ焦ったような言葉に、私は固まる。
なん…だと?!
レイジスが自ら買いに行くだと?! そんなことはさせられるわけがないだろう?!
それに驚いたのは侍女頭も同じようで「レイジス様」と声をかけている。それに「あ、そっか。侍女さんに聞けばよかったのか」と言っている時点で何も分っていない。
レイジスが外に出るということはこの愛らしさを晒すことだ。それだけは避けねば。

「フリードリヒ殿下、考えが駄々漏れですよ」
「そうか。一大事だな。アルシュ」
「まぁ…ある意味一大事ですけどね」

あなたを護衛するのは我々なんですよと視線が訴えているが、懸念はレイジスの方にある。下町ならば多少なりとも見る目は違うだろうが恐らくはそうもいかない。
貴族中が知っているということは下町にも当然流れているわけで。今、レイジスが街を出歩けばどんな視線が待っているか。
それを考えただけで肝が冷える。
だからこそそれを避けるためにも商人を呼ぶのだが、レイジスはその考えすらも至らない事には眉を寄せる。
ユアソーン家ならば商人が来てもおかしくはない家柄だ。それを小さいころから見ているだろうレイジスが買い物は自分でするものだと考えている事に疑問を感じる。

やはり記憶が曖昧になっているのか、はたまた錯乱したレイジスが言う通り「この世界ではない」レイジスがいるのか。

「え? 外に出ちゃダメなの?」
「はい。学園内は自由ですが、街へは許可が必要でございます」
「…そっかー」

そんなことをぼんやりと考えていたら侍女頭からそう言われ、しょんぼりと肩を落とすレイジスがやけに小さく見えて、思わず腰を浮かせると「んんっ」と後ろで咳払いが聞こえた。おのれアルシュ…!

「まだお金も持ってないし、働いてお給金もらったら買おうかな」

またとんでもない爆弾発言がレイジスから零れ、これにはさすがのアルシュも固まった。
今、レイジスはなんと言った? 働く? どこで?
まるで王妃になどなれないかのような言葉に、じっとレイジスを見れば慌てて口を押えている。そしてちらりとグレープフルーツ・グリーンの瞳が叱られた子供のようにそろりそろりと私を捉える。そしてそれを誤魔化すように「えへへ」と笑う。
その笑みに先程の言葉を聞かなかったことにして、にこりと笑う。

「ではまずは色だけでも決めておいたらどうだ?」
「色…」

「色かぁ…」とぬいぐるみをまたよいせと持ち上げ今度は睨めっこを始める。それについ笑みをこぼせば、侍女頭も溜息を一つ吐いてはいたがその瞳はどこまでも優しい。どうやら彼女はレイジスがちょっとやそっとのことでは錯乱しないだろう事をこの二週間で知ったのだろう。
他の侍女たちも少しずつではあるがレイジスに対する態度が柔和になっている。
だがもう一つの疑念がある。どうもその精神が幼くなっているような気がするのだ。
そう、例えば性格が変わる前の10歳前後の精神に。
高熱でそうなったのか、または錯乱して記憶が混ざっているのか。それは本人に聞いてみるしかなさそうだがその本人は今、リボンの色を決めるために悩み中だ。

「で、レイジス様は何をそんなに悩んでいるんですか?」
「リーシャ」
「ただいま戻りました」

所用で出かけていたリーシャとノアが戻るとアルシュと並んで私の背後に立ち、うんうんと唸っているレイジスを不思議そうな瞳で見つめている。

「あれにリボンを付けたいそうだ」
「ああー…確かに付けたがりそうですもんね」
「それで悩んでおられるのか」
「レイジス様、あまり悩まれるとまた頭から煙が出ますよ」
「あ、リーシャとノア」

そこでようやく二人がいることに気付いたらしい。可愛いな。隙だらけで。
にっこりと笑みを浮かべて「おかえりなさい」なんて言われているが羨ましくなんかないぞ。ああ、羨ましくなどない。
するとグレープフルーツ・グリーンが私を通り越し後ろへと向けられた。

「この子には赤いリボンがいいと思うんだけど、こっちの子は何色がいいのかなって」
「くま?」
「フリードリヒ殿下にプレゼントされました」
「あ、そう」

にこにこと笑っているレイジスにそう短く返すリーシャに対し、ノアは何か真剣にぬいぐるみを見つめている。

「どうかしたのか?」
「いえ。リボンを付けるならその結び目にブローチを付けてもよろしいかと」
「ブローチ?」

また色で悩みそうなことをさらっと告げるノアを睨めば「差し出がましいことを」と言って黙ってしまった。リーシャも興味がなくなったのか口を噤んでいる。
興味を失ったように見えるリーシャだが、くまのぬいぐるみを強く推してきたのは実は彼なのだ。そのうちノア推しのライオンとアルシュ推しの猫がレイジスにプレゼントされるだろう。震えそうになる肩を必死に我慢していると「ブローチかぁ」とくまを見ながら呟くレイジスの瞳が楽しそうに煌めいている。うさぎもいいがやはりくまもいいな。うん。と一人頷いていると「あの!」とレイジスが口を開いた。

「決まったのか?」
「はい! えっと…うさぎは赤から緑のリボンに変えて紫色のブローチ、こっちのくまは白色のリボンに黄色のブローチにしようかと」
「なぜその色の組み合わせを、と聞いても?」

ノア。レイジスが決めたんだ。口を挟むんじゃない。
そう言葉を乗せてじろりとノアを睨むがにこにこと笑っているだけでダメージはない。こういう時、長年一緒にいると困るんだよ。

「えと…くまはそこまで深く考えてなくて何となくで決めちゃいました。こっちのうさぎの色はその…」

そこまで告げるとすす、と顔をうさぎのぬいぐるみの背に隠した。可愛いな。

「その?」

レイジスの言葉の続きを促すノアに、睨むと同時に私も気になったそれを待つことにする。

「えと…フリードリヒ殿下の…瞳の色と僕の髪の色を…その…」

もごもごと語尾を小さくしたレイジスに、侍女頭が「まぁ」と驚き瞳を丸く大きくしている。そして私はレイジスの言葉の意味が頭に入ってこず固まった。
いま、なんと?

「レイジス、今…今なんと?」
「あぅ…その、もう一度言わなきゃダメ…ですか?」

恥ずかしいからやめてほしいという雰囲気をビシビシと感じながらも、レイジスの口から聞かなければ意味がない。
興奮しそうになる呼吸を押しとどめレイジスを見つめれば、どことなく涙目になっている。可愛いを通り越すと危険だな。
うむ、と一人納得するように頷けばそれを「そうだ」と取ったらしいレイジスが「だから」と小さな声でもう一度説明をしてくれた。

「リボンは僕の髪の色で、ブローチは…その、フリードリヒ殿下の瞳を…イメージしました」

そう言い終えると恥ずかしかったのか、ぴゃあ!とうさぎの背中に顔を隠してしまった。ぎゅうと抱き締める腕の力でうさぎの腹が凹んでいるが気にしてはいけない。レイジスも男なのでそれなりに力はあるのだ。可愛らしい顔に騙されやすいが。
しかし…そうか。私の瞳とレイジスの髪の色か…。そうか…。

「ちょっと殿下、もうちょっと顔を引き締めてくださいよ」
「まぁまぁ、リーシャ。暗にフリードリヒ殿下を意識してますって告白したようなものなのだからな」
「はぁー…ホント変わったよね、レイジス様」

やれやれと呆れたような声で呟くリーシャだが、その頬が緩んでいる事は誤魔化しきれていないぞ。
そんな会話を聞きながら恐らく真っ赤になっているレイジスをリーシャ曰く、引き締まっていない顔で見つめていた。


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