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学園編

なぜ殿下がここに…?

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「んーぅ…?」

ふと意識が浮上しまだ閉じたがっている瞼を強引に持ち上げる。
真っ暗だと思っていたそこは足元だけが明るい。なんでだろう?と身体を持ち上げようとして直ぐに撃沈した。

あー…。熱…下がってない…。

やだなー、と思いながら再びベッドに沈めばそれだけで僕が起きたことが分かったのだろう。足元からぱたん、と本を閉じる音が響いた。
部屋が静かだから少しの音でも響くんだよ。ましてやほぼ四方向が分厚い生地のカーテンで仕切られてるからなおさら。

「起きたのか?」
「はえ?」

この部屋にいてはいけない人の声に思わず間の抜けた声を上げてしまった。
え? 何でここにいるの?
プチパニックを起こしながら「え? え?」と口にすれば「熱は?」と言って額に掌が乗せられた。
おお…流石に大きいな。僕の手とは大違い。

じゃなくて。

「あの…なぜふりーどりひでんかがぼくのへやに?」
「まだ少し高いな。氷を持ってこさせよう」
「んー?」

もしもーし。聞いてますかー?
でも首筋に手が触れると冷たくて気持ちがいい。
そのひんやりとした感覚に瞼がまた落ちてくる。いや、どれだけ寝るの。

「私のことが気になるか?」
「いえ…べつ、に…」

ああ。眠い。
頬に汗で張り付いた髪を払ってもらったらしいが、僕は眠くて仕方がない。
というかなんか声が甘くない? 気のせい?
学園では冷たく刺々しかったけど、今は砂糖みたいに甘い。あ、あれか? プライベートは違うのか?
んなこたぁどうでもいい。とにかく眠い。

バイトで疲れ切って一日中寝ていた、なんてこともあったけどそれに近い。けどそれ以上に眠気がすごい。
なんだこれ?
あ、でもちょっと喉が渇いたかも。

「みず…」
「ああ、喉が渇いたのか。少し待っていろ」

僕の小さな声もこの静かな部屋でははっきり聞こえる。助かったー。
これで聞こえてなかったらどうしようかと…。

「コップに水を一杯。冷たいものを頼む」
「かしこまりました」

フリードリヒの言葉に侍女さんの言葉が続き、気配が動いた。そしてうとうとと微睡み始めた僕に、小さな笑い声が上から降ってきた。

「もう少し起きていてくれないと水が飲めないぞ?」

その言葉に、閉じそうになる瞼を叱咤しなんとか開かせると「良い子だ」と頭を撫でられた。
んんー?
これだけで褒められるとか何事だ?!
バイトしてた時は叱られる事はあっても決して誉めてはくれなかったぞ?!
やって当たり前、だったからな。
まぁ…お金もらってる以上文句は言えなかったけど。

「お待たせいたしました」
「ああ」

すると侍女さんが水を持ってきてくれたのだろう。フリードリヒがそれを受け取ったらしい。うん、今の僕は受け取ることなんかできないからね! 助かります!

「水がきたが…はて」
「おきあがりたい…けどむりです」
「先程見ていたからそうだろうな。ならば」

僕の身体が一瞬沈む。すると背中とベッドの間に腕を突然突っ込まれ「ほわぁ?!」と情けない声を出してしまったが、それを気にする風でもないフリードリヒがそのまま僕の上半身を腕一本で起き上がらせた。
すごーい!と心で称賛するが途端に身体のだるさが全身を襲う。

「大丈夫か?」
「なん…とか…」

それだけで息が切れ、はふ、と呼吸を整えるとフリードリヒからコップを受け取ろうとしたが、腕が重くて持ち上がらない。
何度やってみても腕が鉛のように重く持ち上がらず困り果てていると「ふむ」とフリードリヒから声が漏れた。

「自分で飲めそうもないな」
「だい、じょぶ、れす」

あー…。まーた舌が回らなくなってきたー。
ほらー。フリードリヒが驚いた顔してんじゃんー。それに僕一人じゃ上半身が支えきれないからフリードリヒの腕にほぼ体重を預けてるのも申し訳ない。王子様なのにね。
重い腕を持ち上げようと頑張ってみてもやはり持ち上がらず。
こういう高熱ってインフル以来だなー。とか思っていたらコップの縁を唇に押し当られた。
飲ませてくれるの?と瞳で問えば、こくりと頷かれる。じゃあ、お言葉に甘えちゃおっかな。身体辛いし。

「ゆっくり飲め」
「ん…」

薄く口を開いて傾けられるのを待っていると、ぐっと上半身を支えるために腰に回された手に力が入った。
うん?
フリードリヒの顔近くない? いや、身体を支えてくれてるからかもしれないけど、なんか近い。
熱で回らない頭でも分かる程の近さ。銀髪綺麗だな…。
ぼんやりとフリードリヒを見ていると、僕の視線に気付いたのかにこりと微笑まれた。
うむ。やはり顔はいいな。
イラストレーターさん、ありがとう。
その綺麗な顔を、両手を合わせて拝みたかったけどできないのが歯がゆい。でもできなくて正解かもな。これはゲーム画面じゃないんだから。

「ほら、レイジス」
「ん」

コップを傾けられると水がゆっくりと口の中に入ってくる。熱で高くなった口腔内にひんやりとした水はそれだけで身体を冷やしていく感覚になる。
こくりと喉を動かしてそれを飲むけどなんか物足りない。
うん、ただの水だ。うー…ん、塩が欲しくなるよね。汗かいてるし。

「ふりー…どり、しお…ほし、い」
「塩?」

フリードリヒの言葉にこくりと頷くと途端に表情が険しくなり「アルシュ」と知らない名を呼ぶ。すると「いかがされましたか? 殿下」とすぐさま知らない声が聞こえた。
誰だ?と思う前になぜかフリードリヒの周りの空気がピリリと震える。肌がピリピリとして身体は熱いんだけどちょっと寒い。寒気まできちゃった?
それから二言三言短いやり取りをすると「レイジスは気にしなくてもいい」とお腹をぽんぽんと優しく叩いてくれた。
気にしなくていいっていうなら気にしないことにする。まだ頭ぐるぐるしてるし。

上半身を起こしてるだけなのに疲れる…。いや支えられているのだけれども。
しんどいから申し訳ないけどフリードリヒに凭れかかっちゃお。無駄にいい身体してそうだし。僕の体重くらいどうってことなさそう、ってことでのしっと身体を傾けて預ける。髪が首筋にあるけど大丈夫だよな? くすぐったくないよな?
何となく落ち着く場所を探してもそもそ頭を動かしてたけど、それも見つかってほっと息を吐く。なんか落ち着くー。猫になった気分ですりすりと甘えてみる。

「頼んだ」
「はっ」

するとフリードリヒとアルシュの話がまとまったみたいだ。
けどなんかばたばたし始めたけど…。なになに。一体どうしたの。

「な…に?」
「少し使いを頼んだだけだ」
「?」

にっこりと笑ってはいるけど部屋の空気がひんやりとしてるのは気のせいだろうか。さっきのは寒気じゃなくて部屋の温度が下がっただけか。よかったー。

「殿下、それをいただけますか?」
「ああ。それと代わりの物をアルシュ、お前が用意してくれ」
「はっ。すぐにご用意いたします」
「それとここには誰も入れるな」
「かしこまりました」

なんかフリードリヒの声が低くて怖い。どうしたんだろう?
それにばたばたとしていたカーテンの外が急に静かになった。
外の様子を伺ってたけど限界。ああ、ダメだ。眠い。
しっかし熱だけにしてはこの睡魔は異常だよな。寝溜めるってレベルじゃない。
まるで眠薬を飲んだような…。

「レイジス? 大丈夫か?」
「ん…だいじょぶ…」

ぺちぺちと頬を軽く叩かれ、意識が落ちそうになるのを寸でのところで止めてくれてる。
水も飲みたいけど眠ってしまいたい。もう水を飲みながら寝ることってできないかね? そんなんしたら死ぬわな。

「殿下」
「レイジス、水だ」
「しお…はいってる?」
「ああ」
「じゃあ…のむ…」

気を抜けば落ちそうになる瞼を必死になって持ち上げ、唇につけられたコップを確認すると少しだけ口を開く。すると、またしてもゆっくりと少ししょっぱいそれが口の中に広がる。
塩分うめぇー…。
昨日の昼から何も食べてないからちょっとした味の付いたものがめちゃくちゃうまく感じる。はぁー…幸せ。
それにちょっと脱水も起こしてたのかこくこくとそれを必死に飲んでいるとコップが離された。
ちょ、もっと欲しいんですけど!
ぐいっと親指で濡れた唇を拭かれ、そのままぺろりとフリードリヒが舐めた。あ、それ攻めがよくやるやつー! 受け側ならめっちゃキュンキュンするやつじゃないか!

だがきゅんきゅんしてる場合ではないのだ。
そう、僕は水が欲しいのである!
飲まず食わずはよろしくないからな! 多少無理はしても飲める時に飲んで、食える時に食わないとそれこそ悪化しちゃうから。
まぁ…それで吐いた経験は数知れず。食ったものがよろしくなかったからかもしれないけどな。でもおかゆないし重湯はあんまり吐かなかったような気がする。やっぱり昔からあるやつはすごいな、と妙に感心した覚えがある。

そういえば、水分補給をしたからか少しだけ身体が軽くなったような気がする。
さっきまで指一本動かすにも億劫だったけど、今は指全部が動かせる。それに異様な眠気も少しだけマシになったような?
流石にまだ腕は持ち上がらないけど。
やっぱり水分補給は大切だなー。

「もっと…」
「ん?」
「みず…ちょうらい…」

そんな訳で水を強請ってみたけどビックリだね!
舌が回らな過ぎて変な言い方になったけど気にしてはならない。
早く自分でコップが持てればいいんだけど、もうちょっと時間がかかりそうなんだよね。
というわけでフリードリヒ、水をくれ。

「レイジス…おまえ…」
「?」

なに、どうしたの?
なんでそんな動揺してんの? あ、さっき舌が回らなかった言い方?
こればっかりはどうしようもないんだ。あ、すっごいパンジー色の瞳が揺れてる。
へぇ、動揺するとこうなるんだ。勉強になった。

「…無自覚に煽るお前が悪いぞ。レイジス」
「え?」

じいっと揺れる瞳を見つめていたらフリードリヒが何かを呟いた。こんなにも聞き取りやすいのに聞き取れないほどの小さな言葉に首を傾げれば、なぜかフリードリヒがコップに口を付けて傾けた。
あれ? フリードリヒ喉乾いてたの?
それは悪いことをした。
なーんて思ってたらコップをサイドテーブルの上に置いて右手で顎を掴まれ上に向かされた。
あれ? この体勢…。

まずくない?

BLでもNLでもGLでも見たやつ。
でも咄嗟にでる行動はやはり分かっていてもやってしまうもので。

「な…」

に?の言葉はやはりというかなんというか。フリードリヒの口の中に吸い込まれて。
唇が重なり、開いていた隙間から温い水がゆっくりと流れ込んできた。水を所望していたのは僕。だから拒むことなんてできなくて。
口に溜まっていくそれを吐き出すことなどできないから、素直にこくりこくりと飲んでいけば唇が離れていく。それがなんだか寂しくて待ってと、服を掴めばパンジー色が少しだけ大きくなった。けれどすぐに柔らかく細められるとちゅっと触れるだけのキスをくれた。

「全て飲むまでしてやるから。そんな目で見るな」
「め…?」

目がどうしたというのか。よく分らずこくんと首を傾げれば「だから」とこつんと額と額を合わせられた。
熱、測ってくれてるのかな? そんなことしなくてもまだまだ高いよ。早く治したいんだけどさ。
でも、人に触れられるってなんか安心する。特に体調を崩して不安になっている時は。
それにふっと小さく笑えば「お前はなんだ、俺を試しているか?」と訳の分からないことを呟いている。
試す? 何を?
まだ頭がうまく働いていないから、働くようになったら考えよう。後回し後回し。
けれどフリードリヒに触れてると少しずつだけど熱が引いていく様な気がする。なんでだ?

「水、飲むんだろう?」
「のむ」

まだ舌は回らないけどだいぶ意識もはっきりしてきた。眠気も…眠いことは眠いけどさっきまでの意識が落ちそうなほどではなくなった。
やはり塩水はすごいな。なんて感心しながら水を与えられるのをひな鳥よろしく待つことにした。



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