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死に急ぐ悪役は処刑を望む
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「母様、本を読んでください」
「お、勉強終わったのか。よしよし」
伝説の卒業パーティから約一年。時間ってあっという間に過ぎるんだな。
あのパーティの後、色々あった。本当に、色々。
まずは「母様」と呼ぶのはクリストフェルの弟、ルイス。なんでルイス様がオレを「母様」と呼ぶのか、だけど。
アルトゥルがやらかしたのが決定打で、正妃は表から退き療養するためにローザ家の領地へ。
まぁ、体のいい幽閉だな。
そんでもってそのやらかしたアルトゥルと取り巻き3人。ヴィリが記憶改ざんしたおかげで?無事、タフィ行き決定。こっちは廃嫡…と思いきや籍は残したままだそうだ。なんか考えがあるんだろうなーと思ったら、正妃がいなくなったら抑圧から解放されたかのように、聞き分けのいいやつになった。アルトゥルもあの正妃に「失敗作にはならないように」と言われ続けていたそうなので、クリストフェルがなんともいえない表情を浮かべていた。
そしてお腐令嬢たちもタフィの貴族と結婚した。そう、あの時会った婚約者はタフィの貴族だったのだ。
さらに、お腐令嬢達の元婚約者が、あの取り巻き3人だと知った時はめちゃくちゃ驚いた。「はぁ?!」と思わず声を出すくらいには驚いた。
そんなアルトゥルと取り巻き3人だけど…。タフィのお嬢さんと婚約したらしい。
アルトゥルもシャルロッタで懲りたのか、めちゃくちゃ真面目に働いてるらしい。今ではヴェルディアナ嬢の右腕、という立場だそうだ。
それにタフィから送られてくる宝石も質のいいものが多く、今では宝石の大半をタフィから仕入れているらしい。その宝石を使って、クリストフェルがオレにアクセサリーを作ってくれる…んだけど…。
オレ、アクセサリーはあんまり好きじゃないんだよな…。申し訳ない。
それでもタフィの宝石は、今では憧れの的にまで上り詰めている。今では他の国にも出しているそうだ。
ヴェルディアナ嬢の結婚式に呼ばれたときは、クリストフェルと共に参加。
その時に、あの時渡されたストロベリー・レッドの宝石が埋め込まれた指輪を付けて行ったら、お腐令嬢たちが興奮してぶっ倒れた。これも、もう慣れたもので婚約者たちは何も言わずに嬉しそうに抱き留めていた。
そんなお腐令嬢達との交流はまだ続いていたりする。何かあると夫婦で、または令嬢3人だけで遊びに来てはオレたちを観察しては鼻血を出し、倒れながらも満足そうに笑い帰っていく。
ついでに言えば、あの本。そう、あの本は今では世界中で読まれるまでに成長。世界中にお腐れ様が爆誕しているらしい。
…知りたくなかった。
その本も、タフィに紙と印刷技術をヴィリに手伝ってもらって大量生産できるようにしたらこうなってしまった。
まぁ、自業自得なんだけど。
宝石と紙、印刷技術によって小国からあっという間に一目置かれる国へと発展。もちろんヴェルディアナ嬢や殿下の力もあって、だけどな。
アルトゥルも取り巻き3人も、今では生き生きと働いている。
そんな取り巻き3人の親もタフィへと移住。優秀な騎士団長、宰相、商会を失ったが、こちらには後継者を残してくれたおかげでそこまで混乱には陥っていない。
それよりもタフィの魔物が活発だから、こちらからも少し兵を送っていたりしている。もちろん冒険者もいるけど。
そんなこんなでヴェルディアナ嬢は幸せに暮らしていることに、オレはほっと胸をなでおろす。
ローザ家は事情が事情だから、少しだけ大人しくなっている。それでも公爵家。何かがあれば国が揺らいでしまうから、ローザ家は自浄するように、とクリストフェルに言い渡されている。
陛下は陛下で「アルトゥルがやらかしかたから、引退する」と宣言すると、さっさとクリストフェルに王位を譲り、側妃…クリストフェルの母と一緒に旅行へと出かけて行ったらしい。
アクティブ…、というより正妃を毛嫌いしていた陛下は、ようやく側妃とゆっくりできると言っていた。
それに、クリストフェルがなぜ正妃の子として育てられたのか、という話も聞いた。
なんでも子供を先に産む条件は満たしたのだから、その子を貰ってもいいだろう、という滅茶苦茶なことを言い出した正妃を陛下が止めに入ろうとした。けれど前当主、そして前国王の妨害にあい、泣く泣くクリストフェルを正妃の子として差し出したそうだ。けれどオレと出会い、王位継承権を放棄したことで捨てられた。
――というか前当主も国王も何考えてたんだか…。
それに、もしも陛下が楯突けばクリストフェルの命さえ危ぶまれたそうだ。だから当主が変わり、前国王が退いた段階で元に戻そうという動きがあったそうだが、それよりも早くクリストフェルの王位継承権放棄という言葉に陛下は頷いたそうだ。
お疲れ様です。
そして、王位を譲られたクリストフェルなんだけど…。
正式にルイスが立太子となり、次期王となった。けれど、まだ4歳。成人するまではクリストフェルが代理となった。そりゃそうだわな。
それに伴い、オレも王家へと婿入り。ルイスの教育もオレに全て任されることになったのは、王家がそうしているからだそう。珍しい。
そしてルイスはしっかりしているがまだまだ母が恋しい年齢。オレは母親の代わりになれるか不安だったが、さすがクリストフェルの実弟。人見知りなどしないその性格に助けられている。
勉強が終われば好きなことをさせているが、最近のブームはオレに本を読んでもらうことらしい。おやつを食べながら。
「今日は何を読むんだ?」
「これです!」
「ルイスは本当に冒険譚が好きだなー」
「はい! 冒険してみたいので!」
ふんすーと鼻息を荒くするルイスの頭を撫でれば、にこにこと笑う。可愛い。
「よし。なら膝の上に乗ろうか」
「はい!」
隣同士に座って本を読んでもいいが、やはり膝に乗って一緒に読んだ方がこちらとしても読みやすい。オレの言うとおりに、ちょこんと膝の上に乗ると、お気に入りの冒険譚の本を開き読み始めたのだが…。
コンコンとノックが響き、本を読むのを中断して「おう」と返事をすれば、すぐに扉が開く。
そして。
「お邪魔でしたか?」
「クルトだー!」
ひょこっと顔を出したのはクルト。本物だ。クリストフェルに人生を買われ、冒険者をしていた本物のクルト・エーゲル。今ではクリストフェルの右腕になり、あちこちと動いているらしい。その辺りオレはよく分からんが。
クルトの顔を見たルイスが、ぴょんとオレの膝から飛び降りクルトに向かって走っていくと、足に抱きついた。クルトがわしわしとルイスの頭を撫でれば、嬉しそうに笑う。
「お前が来たなら本は用済みだな」
「そうでもないでしょう」
「本よりクルトの話しの方が面白い!」
ルイスのその言葉に、苦笑いを浮かべるクルトについ笑ってしまう。
っと、そうだった。
「何か用だったか?」
「ああ、そうでした。アルガーノン様がお見えです」
「父さんが来た、ということは…」
「ソニアが来たの?!」
足にしがみついていたルイスが、瞳を輝かせてクルトのズボンを引っ張っている。
「そうですよ。ルイス様の婚約者、ソニア様がおみえです」
「母様!」
「そうだな。妹に会いに行くか」
「やったー!」
わーいと喜ぶルイスにクルトと顔を見合わせ笑うと、父さんと母さんが待つ部屋まで移動することにした。
「スヴェン」
「スヴェンちゃん」
ルイスと手を繋ぎ、ぐいぐいと引っ張られながら応接間に移動し、部屋に入れば父さんと母さんがいた。
久しぶり、というわけではない。なんせ週に4回は会っているのだから。
「母さんも無理しないでください」
「あら。無理なんかしてないわ。スヴェンちゃんのお顔が見たくて来ているのだもの」
「それならいいですが…」
相変わらずふわふわと笑う母さんに小さく肩を竦めれば、ルイスが走って母さんの元へと駆け寄る。そして、その腕に抱かれている子の顔を覗き込む。
「ソニア!」
興奮が抑えられないルイスに、父さんがソファへと座らせると妹を小さな腕へと託す。もちろん父さんが支えているから問題はなし、自分の婚約者を落とす、なんてことはしないだろう。
頬がゆるみっぱなしのルイスに、オレの頬も緩む。
そう。オレが王宮に婿入りした後すぐに、母さんが妊娠。そして妹が生まれた。
ソニア、と名付けられた妹を父さんと母さん、そしてルイスも溺愛している。ルイスは婚約者、ということもあり殊更可愛がっている。
「うー…ぶぁー…」
「あらあら。ソニアったら、お兄ちゃんがいることが分かっているのね」
オレを見ながら、うふふと微笑む母さんに苦笑いを浮かべると「あー!」と突然ソニアが泣き始める。それに驚いたのはルイス。びくりと肩を跳ねさせると、火が付いたように泣くソニアを見ておろおろとしている。
それは父も同じようで、オレと母さんを見ている。
「ソニ…ソニア…! 泣かないで…」
「あ゙ー! ぅー、あ゙ー!」
更に激しく泣き始めたソニアにルイスも涙目で。さすがに可哀想になって、ルイスからソニアを受け取ると「どうした? ソニア」と話しかけながら身体をぽんぽんと優しく叩けば「ひっひっ」としゃくりあげている。
ルイスもオレの服を掴み、ソニアの様子を見守っている。
「ソニアの大好きなルイスもいるぞ?」
「あー…、ぶぅー」
ルイスの言葉に反応したのか、あぶーと言いながらオレを見つめてくる。ふくふくの頬に涙でぬれた大きな瞳。それが可愛くて「泣き止んで偉いね」と額にキスを贈れば、先ほどまで泣いていたソニアがきゃっきゃと笑う。
「笑った…」
「大好きなルイスの顔があってびっくりしちゃったね」
「びっくり?」
「ああ。大好きな人の顔が近くて驚いちゃったんだよ」
「大好き…」
「ソニアはルイスのことが大好きだからね」
「えへへ」
「あー、ぶぅー」と手を伸ばすソニアの手をルイスが握れば、きゃあきゃあと笑う。そんなオレたちを見て、父さんがなぜか肩を落としている。
どうしたんだ?
「お父様にはあまり笑顔を見せてくれないのよ」
「ソニアは私が嫌いなのだろうか…」
本気で落ち込む父に「そんなことはないと思いますけど」と慰めるが、背中を丸める父には届かないようだ。
「大丈夫よ。スヴェンのお腹には孫がいるんですから」
「え?」
「ちょ…、ちょっと母さん?!」
母さんの爆弾発言に、父さんもルイスもきょとんとしている。母さん!と睨めば「あらあらいいじゃない。お目出度いことなんだから」と笑っているだけで。
「スヴェン…その、お前…」
「母様、お腹に何かあるのですか?」
父さんが震えながら事実か聞き、ルイスは意味が分かっていないからかオレの腹に何かがあるのかと聞いてくる。
すると。
“そうだよー。スヴェン君のお腹に、小さな命が宿ってるよー”
「ヴィリ!」
「まぁまぁ。スヴェン。そんなに怒ってはダメよ?」
「っ…ぐ!」
母親としては大先輩である母さんにそう言われて怒りを何とか抑えると、ソニアごと温かなものに包まれた。
それが一瞬何なのか理解できなかったが、クリストフェルとは違う香りに父さんに抱きしめられていることに気付いた。
「よくやった…! スヴェン!」
「父さんも落ち着いて…!」
「母様! 僕、お兄ちゃんになるんですか?!」
「ルイスも落ち着け!」
抱き締められているオレの足に感じる温もりで、ルイスが足にしがみついたのがわかった。けれど。
「ソニアが潰れるから!」
そう叫べば、父さんが直ぐに離れた。ルイスはそのままだけども。
それからソニアを母さんへと託してから、向かいのソファに座ろうとルイスにも声をかける。とりあえず落ち着いいてほしいことを話してからお互いソファに座ると、そのタイミングでお茶が交換された。
「ヴィリが言った通りだよ。オレの腹に子供がいる」
そう言って何の変哲もない腹を擦れば、ルイスの小さな手も撫でてくれた。
小さな頭を撫でてからヴィリを見れば、にまにまとしていて。
“うんうん。刑は執行中だからねー、シカタナイネ”
「はぁ…」
ヴィリの言葉に大きなため息を吐けば、ルイスが「母様、大丈夫ですか?」と心配そうに見つめてくる。それに「大丈夫だよ」と笑えば“本当にいい子だよねー”とヴィリも笑う。
「ヴィリ様。ソニアに“ヴィリ様の刻印”を授けてくださったのですね」
“うん。でもソニアちゃんの道は決まっちゃったけど”
「いえ。スヴェンには“祝福”を、ソニアには“刻印”を…。なんと御礼を申し上げれば…」
“気にすることはないよー。スヴェン君は事情が事情だからね。本当の“刻印”をソニアちゃんに付けただけだよー”
ふわふわと浮きながら話すヴィリと、すっかりとヴィリに慣れた父の様子にほっと息を吐く。
あれからオレが転生者で異世界の記憶をももっている告げ、ヴィリとの関係を素直に打ち明けた。あの時、色々ぶっちゃけたがヴィリと天ちゃんがそれぞれうまくつなげてくれたらしく、父さんも母さんもさすがに驚いてはいたが、特に拒否をされることもなかった。天ちゃんにも感謝だな。
“スヴェン君にはこれからも頑張って刑を執行してもらわないとねー”
「おう…」
そう。ヴィリの言う『刑』とは、オレの『処刑』のことだ。
悪いことはしていないから『罰』ではないが、オレが望んだのは『処刑』の為、こうなっている。
そして。
“スヴェン君には『これから幸せになる刑』を執行してもらうよ”
それがこれである。
つまりはオレが幸せでなければならない、という罰である。それに加え…。
“メルネス家を発展させること。これも君への罰だ。命を絶とうとした事への、ね”
このヴィリの言葉で、オレは更に身体を作りかえられることとなる。お前、一回しかできないとかほざいていたよな?と詰めれば“私は神ぞ?”とふふんと上から言われ、怒る気力も消え失せた。そうだった。こいつはこういうやつだったわ。
そんなことがあって、オレの身体は子供が生める身体へと変えられた。その矢先に母さんが妊娠という知らせを聞いたのだ。
まぁつまりはメルネス家はとてつもなく面倒くさく、複雑なものへと変わっていく。
まずはルイスが成人し、安定するまではオレ達はそばを離れることは許されない。
“ヴィリの刻印”があっても、地盤を固めるまではオレの“祝福”があれば大抵のことは跳ねのけられるからだ。
それほどまでに“刻印”よりもはるかに強い力を持つ“祝福”。ちなみにこの“祝福”は建国以来誰も授かったことがないそうだ。オレの特殊な事情があったからだろうな、とは思うが。
そしてソニアにも、左の手の甲に“ヴィリの刻印”が浮かんだ。つまり母さんは“ヴィリの刻印”を持つ子供を2人産んだことにまる。それにより、メルネス家の力が大きくなった。対等だったローザ家は、前当主のしたこともあり当分は大人しくなるだろう。その罰はヴェルディアナ嬢に向かったが、彼女は彼女で幸せを掴んでいる。幸せが確定している追放ではあったが。
お陰でローザ家はこれより3代は王家へ嫁ぐことは出来ない、と言われている。まぁ…仕方ない、と割り切ってもらうしかない。
そんでもってシャルロッタ。神から人間へと落ちた彼女は今、ただの平民として生きているらしい。
修道女じゃないのか、って話なんだけどさ…。ここの神、ヴィリなわけよ。人間落ちした神に祈られるのは勘弁してほしい、とエリア長に掛け合ったところ平民として生きろ、というわけ。教会とかも行けないから、怪我したら自分で治さなきゃなんないし、病気とかにかかっても自力で治すしかない。もしかしたら一番つらいかもしれないが、消滅した世界とつり合いが取れないほど軽いものだとオレは思う。
“よう”
「天ちゃんだ」
“癒されに来た”
「誰に」
そう。あの時会った天ちゃん。今では気軽にふらっと会いに来てくれている。…手土産を持って。
“お前だ、お前”
「嘘だろ…」
“正しくはお前の子供だな”
「ビビらせんな」
と、まぁオレの子供がたいそうお気に入りのようで。
つかエリア長はどうしたんだ。
“エリア長なら問題ないぞ。更に上と仲がいいからな。ゲームを一緒にする仲だ”
「うわー…」
エリア長の上と仲がいいなら、エリア長は何も言えなくなるわけで…。エリア長可哀想。
“まぁ、物語が終わったからな。好きにやらせてもらうさ”
「じゃないと困る」
『乙女は運命の歯車を回す』。
それがこの世界のベースになっている、とオレはシャルロッタから聞いた。
だが実際はそうではないらしい。
“『乙女は運命の歯車を回す』は確かにベースにしているが、主人公はシャルロッタじゃねぇ”
「違うの?」
“なんせここ、DLCの世界だからねー”
「は?」
猫ミームの声を出しながらヴィリにどういうことだ、と聞けば…。
“アレは本編だと思ってたんだけど、それだとアレにまた滅ぼされかねない。だからアレがこちらに転生…というか乗っ取った瞬間を狙って変えたんだ”
「でも乙女ゲーなんだろ? それなのに…」
“開発者が没ったものを詰め込んだらしいからな。だからDLCで出したんだよ。乙女ゲーなのに男が主人公とか意味が分からないだろ”
「確かに。『乙女』ゲーではないだろうな」
“そうそう。おかげでDLCは立派なBLゲーになってるんだよ”
「あぁ?」
今凄い言葉が聞こえたような気がするんだが…?
「once more.」
“DLCはBLゲーだった”
「……………」
“でも相当思い切った事するよねー”
“だが水柿くんの運命が入れ替わった時にちょうどいいDLCができて助かったよ。BLゲーになっちゃってたけど”
「…怒る気力もねぇ」
そしてお腐令嬢たちもこの『ゲーム』の影響だということを知った。すまん、本当にすまん。
“でも彼女たちが悪に染まらなかったのは、水柿くんとクリストフェル君のおかげなんだよ?”
「…なんか良く分からんが役に立ったのならなにより」
はぁ、と大きなため息を吐いたのは半年ほど前。
今ではすっかりと神様ズのペースにも慣れた。それはオレだけじゃない。両親もルイスもそうだ。そして。
「スヴェン様ーッ!」
こいつも。
ばぁん!と扉を壊す勢いで来たのはクリストフェル。息ひとつ乱さずここまでくる体力にビビる。
「よう。仕事は終わったのか?」
「仕事よりもスヴェン様の方が最優先ですから!」
そう。こいつの性格は一切変わらず、相変わらずオレのことをスヴェン様と呼ぶ。やめてほしいけど「癖なので」と言われてしまえば文句も言えなくて。
そしてぎゅうと両親、ルイス、神様ズの前で抱きしめてくる。
「スヴェン様のお腹の中に小さな命があると…」
「…あぁ。いるぞ」
本当ですか、という言葉を食って言えば、息を飲む音が聞こえて。
抱き締められた身体を離して、オレの腹を見る。そしてそっとルイスと同じように腹を撫でる。
「ああ…、本当に…。ここに…」
「今は何ともないけどな」
「スヴェン様…!」
「おっと」
またしてもぎゅうと抱きついてくるクリストフェルの背中をぽんぽんと叩けば、ぐずぐずと泣き始めて。
「この子には私みたいな思いはさせたくないんです」
「そうだな」
こいつの言葉にきゅっと唇を噛むと、父さんも母さんも暗い影を落とす。ルイスも何かを感じ取ったのか、不安そうな表情を浮かべているし、ソニアに至っては大泣きを始める。
「だから…」
「だから、この子はオレみたいにならないようにお前がしっかりと見てくれ」
「スヴェン様…」
お互いが滅茶苦茶な性格だ。そんなオレ達の子供がどうなるのか不安がないと言えば嘘になる。
それに、クリストフェルには大きな見えない傷が塞がり切っていない。それはオレがどうすることもできない。けれど、少しずつ治していければいいな、とは思っている。
“それにね、まだ『腹上死チャレンジ』は残ってるからね? クリストフェル君?”
「ア、ハイ」
“こないだみたく抱き潰してスヴェンを殺すなよ?”
「ゼンショシマス」
そう。実は『腹上死チャレンジ』、まだ残ってるんだよ。
それに。
“スヴェン君が寿命以外で死んだら、この世界、パーンってなるから!”
と無邪気に言われたときは、さすがに頭を抱えた。
つまりは。
「この世界の人間の命をオレ一人が握ってるのかよ…」
“そうそう! それが“祝福”の代償だからね!”
「いらねぇ…」
“なら取る?”
「できるのか?!」
“できるよー? タフィが代償だけど”
「…やめとくわ」
えげつなさ過ぎる代償に“祝福”を取るのを諦めた、ということがある。
そしてもう一つの不安は。
「刻印と祝福はさすがに子供に引き継がれないよな?」
“私の刻印と祝福はスヴェン君だけだよ”
「なら安心だな」
“私の刻印は付けれるが”
「は?!」
という会話があったからまさかとは思ったけどさ…。天ちゃんがオレの小さな小さな奇跡に付けちゃったらしい。もうメルネス家は神様の御贔屓でいっぱいだよ。
「クルトの子供じゃだめなのか…?」
「あっはっは。面白い冗談ですね、スヴェン様。男爵家からそんなもん持った子供が生まれたら、それこそ陛下の不貞が疑われますよ」
「冗談じゃないんだけど…」
「そうですよ。私はスヴェン様一筋ですから」
「はぁ…」
なんてことがあったりしたんだけどさ。クルト(本物)もいい性格してるよ。さすがクリストフェルが選んだだけはある。
「そういえばクルトのご家族は元気になったのか?」
「はい。陛下のおかげで、今は元気に働いています」
「私の治癒魔法で治ってよかったよ」
ということは、クリストフェルが家に行ったのか…。相当混乱しただろうなぁ。エーゲル家が。
ちょっとだけ遠い目をしながら聞いていたけど、クルトもクリストフェルの無茶な要求には慣れているのか、肩を竦めるだけだったしな。
「スヴェン、陛下。それにヴィリ様も天様も子供の前ですよ」
「あ」
ルイスの耳をクルトが、ソニアの耳を母がそれぞれ塞いでいて、父が半目でオレたちを見つめている。
ヴィリの契約に縛られているからか、父さんも母さんもヴィリと天ちゃんの姿が見えるように、そして会話が聞けるようになったらしい。もちろんルイスもそうなのだ。
そうそう。あのパーティの時、クリストフェルが天ちゃんに対してめちゃくちゃ警戒していたのは、どうやらその容姿が原因だったようだ。
オレには天を照らす神様みたいに長髪黒髪、そして和装だった。クリストフェルも同じ容姿が見えていたようで、混乱したらしい。まぁ、確かに洋服しか見たことがいのに、いきなり和装を見ればそうなるか。
だからクリストフェルが「危険だ」と言ったらしい。未知のものと出会えばそうなるわな。
“まぁまぁ。水柿くんにはまだまだ子をなしてもらわねばならんのだからな”
“そうだよー。それが『刑』だからねー”
にこにこと微笑む神様ズと母さん。それに肩を竦めて呆れている父さん。そして耳を塞がれているルイスとソニア。クルトも苦笑いを浮かべている。
この世界に無理やり転生させられ、魂の消滅の為だけに自死を繰り返して生きた。
死に急いだ結果、待っていた処刑はたくさんの幸せで。
望んだものとは違ったけれど、悪役が手にしたものは自身が手放した沢山の愛と、重いけれど心地のいいクリストフェルの隣だった。
「お、勉強終わったのか。よしよし」
伝説の卒業パーティから約一年。時間ってあっという間に過ぎるんだな。
あのパーティの後、色々あった。本当に、色々。
まずは「母様」と呼ぶのはクリストフェルの弟、ルイス。なんでルイス様がオレを「母様」と呼ぶのか、だけど。
アルトゥルがやらかしたのが決定打で、正妃は表から退き療養するためにローザ家の領地へ。
まぁ、体のいい幽閉だな。
そんでもってそのやらかしたアルトゥルと取り巻き3人。ヴィリが記憶改ざんしたおかげで?無事、タフィ行き決定。こっちは廃嫡…と思いきや籍は残したままだそうだ。なんか考えがあるんだろうなーと思ったら、正妃がいなくなったら抑圧から解放されたかのように、聞き分けのいいやつになった。アルトゥルもあの正妃に「失敗作にはならないように」と言われ続けていたそうなので、クリストフェルがなんともいえない表情を浮かべていた。
そしてお腐令嬢たちもタフィの貴族と結婚した。そう、あの時会った婚約者はタフィの貴族だったのだ。
さらに、お腐令嬢達の元婚約者が、あの取り巻き3人だと知った時はめちゃくちゃ驚いた。「はぁ?!」と思わず声を出すくらいには驚いた。
そんなアルトゥルと取り巻き3人だけど…。タフィのお嬢さんと婚約したらしい。
アルトゥルもシャルロッタで懲りたのか、めちゃくちゃ真面目に働いてるらしい。今ではヴェルディアナ嬢の右腕、という立場だそうだ。
それにタフィから送られてくる宝石も質のいいものが多く、今では宝石の大半をタフィから仕入れているらしい。その宝石を使って、クリストフェルがオレにアクセサリーを作ってくれる…んだけど…。
オレ、アクセサリーはあんまり好きじゃないんだよな…。申し訳ない。
それでもタフィの宝石は、今では憧れの的にまで上り詰めている。今では他の国にも出しているそうだ。
ヴェルディアナ嬢の結婚式に呼ばれたときは、クリストフェルと共に参加。
その時に、あの時渡されたストロベリー・レッドの宝石が埋め込まれた指輪を付けて行ったら、お腐令嬢たちが興奮してぶっ倒れた。これも、もう慣れたもので婚約者たちは何も言わずに嬉しそうに抱き留めていた。
そんなお腐令嬢達との交流はまだ続いていたりする。何かあると夫婦で、または令嬢3人だけで遊びに来てはオレたちを観察しては鼻血を出し、倒れながらも満足そうに笑い帰っていく。
ついでに言えば、あの本。そう、あの本は今では世界中で読まれるまでに成長。世界中にお腐れ様が爆誕しているらしい。
…知りたくなかった。
その本も、タフィに紙と印刷技術をヴィリに手伝ってもらって大量生産できるようにしたらこうなってしまった。
まぁ、自業自得なんだけど。
宝石と紙、印刷技術によって小国からあっという間に一目置かれる国へと発展。もちろんヴェルディアナ嬢や殿下の力もあって、だけどな。
アルトゥルも取り巻き3人も、今では生き生きと働いている。
そんな取り巻き3人の親もタフィへと移住。優秀な騎士団長、宰相、商会を失ったが、こちらには後継者を残してくれたおかげでそこまで混乱には陥っていない。
それよりもタフィの魔物が活発だから、こちらからも少し兵を送っていたりしている。もちろん冒険者もいるけど。
そんなこんなでヴェルディアナ嬢は幸せに暮らしていることに、オレはほっと胸をなでおろす。
ローザ家は事情が事情だから、少しだけ大人しくなっている。それでも公爵家。何かがあれば国が揺らいでしまうから、ローザ家は自浄するように、とクリストフェルに言い渡されている。
陛下は陛下で「アルトゥルがやらかしかたから、引退する」と宣言すると、さっさとクリストフェルに王位を譲り、側妃…クリストフェルの母と一緒に旅行へと出かけて行ったらしい。
アクティブ…、というより正妃を毛嫌いしていた陛下は、ようやく側妃とゆっくりできると言っていた。
それに、クリストフェルがなぜ正妃の子として育てられたのか、という話も聞いた。
なんでも子供を先に産む条件は満たしたのだから、その子を貰ってもいいだろう、という滅茶苦茶なことを言い出した正妃を陛下が止めに入ろうとした。けれど前当主、そして前国王の妨害にあい、泣く泣くクリストフェルを正妃の子として差し出したそうだ。けれどオレと出会い、王位継承権を放棄したことで捨てられた。
――というか前当主も国王も何考えてたんだか…。
それに、もしも陛下が楯突けばクリストフェルの命さえ危ぶまれたそうだ。だから当主が変わり、前国王が退いた段階で元に戻そうという動きがあったそうだが、それよりも早くクリストフェルの王位継承権放棄という言葉に陛下は頷いたそうだ。
お疲れ様です。
そして、王位を譲られたクリストフェルなんだけど…。
正式にルイスが立太子となり、次期王となった。けれど、まだ4歳。成人するまではクリストフェルが代理となった。そりゃそうだわな。
それに伴い、オレも王家へと婿入り。ルイスの教育もオレに全て任されることになったのは、王家がそうしているからだそう。珍しい。
そしてルイスはしっかりしているがまだまだ母が恋しい年齢。オレは母親の代わりになれるか不安だったが、さすがクリストフェルの実弟。人見知りなどしないその性格に助けられている。
勉強が終われば好きなことをさせているが、最近のブームはオレに本を読んでもらうことらしい。おやつを食べながら。
「今日は何を読むんだ?」
「これです!」
「ルイスは本当に冒険譚が好きだなー」
「はい! 冒険してみたいので!」
ふんすーと鼻息を荒くするルイスの頭を撫でれば、にこにこと笑う。可愛い。
「よし。なら膝の上に乗ろうか」
「はい!」
隣同士に座って本を読んでもいいが、やはり膝に乗って一緒に読んだ方がこちらとしても読みやすい。オレの言うとおりに、ちょこんと膝の上に乗ると、お気に入りの冒険譚の本を開き読み始めたのだが…。
コンコンとノックが響き、本を読むのを中断して「おう」と返事をすれば、すぐに扉が開く。
そして。
「お邪魔でしたか?」
「クルトだー!」
ひょこっと顔を出したのはクルト。本物だ。クリストフェルに人生を買われ、冒険者をしていた本物のクルト・エーゲル。今ではクリストフェルの右腕になり、あちこちと動いているらしい。その辺りオレはよく分からんが。
クルトの顔を見たルイスが、ぴょんとオレの膝から飛び降りクルトに向かって走っていくと、足に抱きついた。クルトがわしわしとルイスの頭を撫でれば、嬉しそうに笑う。
「お前が来たなら本は用済みだな」
「そうでもないでしょう」
「本よりクルトの話しの方が面白い!」
ルイスのその言葉に、苦笑いを浮かべるクルトについ笑ってしまう。
っと、そうだった。
「何か用だったか?」
「ああ、そうでした。アルガーノン様がお見えです」
「父さんが来た、ということは…」
「ソニアが来たの?!」
足にしがみついていたルイスが、瞳を輝かせてクルトのズボンを引っ張っている。
「そうですよ。ルイス様の婚約者、ソニア様がおみえです」
「母様!」
「そうだな。妹に会いに行くか」
「やったー!」
わーいと喜ぶルイスにクルトと顔を見合わせ笑うと、父さんと母さんが待つ部屋まで移動することにした。
「スヴェン」
「スヴェンちゃん」
ルイスと手を繋ぎ、ぐいぐいと引っ張られながら応接間に移動し、部屋に入れば父さんと母さんがいた。
久しぶり、というわけではない。なんせ週に4回は会っているのだから。
「母さんも無理しないでください」
「あら。無理なんかしてないわ。スヴェンちゃんのお顔が見たくて来ているのだもの」
「それならいいですが…」
相変わらずふわふわと笑う母さんに小さく肩を竦めれば、ルイスが走って母さんの元へと駆け寄る。そして、その腕に抱かれている子の顔を覗き込む。
「ソニア!」
興奮が抑えられないルイスに、父さんがソファへと座らせると妹を小さな腕へと託す。もちろん父さんが支えているから問題はなし、自分の婚約者を落とす、なんてことはしないだろう。
頬がゆるみっぱなしのルイスに、オレの頬も緩む。
そう。オレが王宮に婿入りした後すぐに、母さんが妊娠。そして妹が生まれた。
ソニア、と名付けられた妹を父さんと母さん、そしてルイスも溺愛している。ルイスは婚約者、ということもあり殊更可愛がっている。
「うー…ぶぁー…」
「あらあら。ソニアったら、お兄ちゃんがいることが分かっているのね」
オレを見ながら、うふふと微笑む母さんに苦笑いを浮かべると「あー!」と突然ソニアが泣き始める。それに驚いたのはルイス。びくりと肩を跳ねさせると、火が付いたように泣くソニアを見ておろおろとしている。
それは父も同じようで、オレと母さんを見ている。
「ソニ…ソニア…! 泣かないで…」
「あ゙ー! ぅー、あ゙ー!」
更に激しく泣き始めたソニアにルイスも涙目で。さすがに可哀想になって、ルイスからソニアを受け取ると「どうした? ソニア」と話しかけながら身体をぽんぽんと優しく叩けば「ひっひっ」としゃくりあげている。
ルイスもオレの服を掴み、ソニアの様子を見守っている。
「ソニアの大好きなルイスもいるぞ?」
「あー…、ぶぅー」
ルイスの言葉に反応したのか、あぶーと言いながらオレを見つめてくる。ふくふくの頬に涙でぬれた大きな瞳。それが可愛くて「泣き止んで偉いね」と額にキスを贈れば、先ほどまで泣いていたソニアがきゃっきゃと笑う。
「笑った…」
「大好きなルイスの顔があってびっくりしちゃったね」
「びっくり?」
「ああ。大好きな人の顔が近くて驚いちゃったんだよ」
「大好き…」
「ソニアはルイスのことが大好きだからね」
「えへへ」
「あー、ぶぅー」と手を伸ばすソニアの手をルイスが握れば、きゃあきゃあと笑う。そんなオレたちを見て、父さんがなぜか肩を落としている。
どうしたんだ?
「お父様にはあまり笑顔を見せてくれないのよ」
「ソニアは私が嫌いなのだろうか…」
本気で落ち込む父に「そんなことはないと思いますけど」と慰めるが、背中を丸める父には届かないようだ。
「大丈夫よ。スヴェンのお腹には孫がいるんですから」
「え?」
「ちょ…、ちょっと母さん?!」
母さんの爆弾発言に、父さんもルイスもきょとんとしている。母さん!と睨めば「あらあらいいじゃない。お目出度いことなんだから」と笑っているだけで。
「スヴェン…その、お前…」
「母様、お腹に何かあるのですか?」
父さんが震えながら事実か聞き、ルイスは意味が分かっていないからかオレの腹に何かがあるのかと聞いてくる。
すると。
“そうだよー。スヴェン君のお腹に、小さな命が宿ってるよー”
「ヴィリ!」
「まぁまぁ。スヴェン。そんなに怒ってはダメよ?」
「っ…ぐ!」
母親としては大先輩である母さんにそう言われて怒りを何とか抑えると、ソニアごと温かなものに包まれた。
それが一瞬何なのか理解できなかったが、クリストフェルとは違う香りに父さんに抱きしめられていることに気付いた。
「よくやった…! スヴェン!」
「父さんも落ち着いて…!」
「母様! 僕、お兄ちゃんになるんですか?!」
「ルイスも落ち着け!」
抱き締められているオレの足に感じる温もりで、ルイスが足にしがみついたのがわかった。けれど。
「ソニアが潰れるから!」
そう叫べば、父さんが直ぐに離れた。ルイスはそのままだけども。
それからソニアを母さんへと託してから、向かいのソファに座ろうとルイスにも声をかける。とりあえず落ち着いいてほしいことを話してからお互いソファに座ると、そのタイミングでお茶が交換された。
「ヴィリが言った通りだよ。オレの腹に子供がいる」
そう言って何の変哲もない腹を擦れば、ルイスの小さな手も撫でてくれた。
小さな頭を撫でてからヴィリを見れば、にまにまとしていて。
“うんうん。刑は執行中だからねー、シカタナイネ”
「はぁ…」
ヴィリの言葉に大きなため息を吐けば、ルイスが「母様、大丈夫ですか?」と心配そうに見つめてくる。それに「大丈夫だよ」と笑えば“本当にいい子だよねー”とヴィリも笑う。
「ヴィリ様。ソニアに“ヴィリ様の刻印”を授けてくださったのですね」
“うん。でもソニアちゃんの道は決まっちゃったけど”
「いえ。スヴェンには“祝福”を、ソニアには“刻印”を…。なんと御礼を申し上げれば…」
“気にすることはないよー。スヴェン君は事情が事情だからね。本当の“刻印”をソニアちゃんに付けただけだよー”
ふわふわと浮きながら話すヴィリと、すっかりとヴィリに慣れた父の様子にほっと息を吐く。
あれからオレが転生者で異世界の記憶をももっている告げ、ヴィリとの関係を素直に打ち明けた。あの時、色々ぶっちゃけたがヴィリと天ちゃんがそれぞれうまくつなげてくれたらしく、父さんも母さんもさすがに驚いてはいたが、特に拒否をされることもなかった。天ちゃんにも感謝だな。
“スヴェン君にはこれからも頑張って刑を執行してもらわないとねー”
「おう…」
そう。ヴィリの言う『刑』とは、オレの『処刑』のことだ。
悪いことはしていないから『罰』ではないが、オレが望んだのは『処刑』の為、こうなっている。
そして。
“スヴェン君には『これから幸せになる刑』を執行してもらうよ”
それがこれである。
つまりはオレが幸せでなければならない、という罰である。それに加え…。
“メルネス家を発展させること。これも君への罰だ。命を絶とうとした事への、ね”
このヴィリの言葉で、オレは更に身体を作りかえられることとなる。お前、一回しかできないとかほざいていたよな?と詰めれば“私は神ぞ?”とふふんと上から言われ、怒る気力も消え失せた。そうだった。こいつはこういうやつだったわ。
そんなことがあって、オレの身体は子供が生める身体へと変えられた。その矢先に母さんが妊娠という知らせを聞いたのだ。
まぁつまりはメルネス家はとてつもなく面倒くさく、複雑なものへと変わっていく。
まずはルイスが成人し、安定するまではオレ達はそばを離れることは許されない。
“ヴィリの刻印”があっても、地盤を固めるまではオレの“祝福”があれば大抵のことは跳ねのけられるからだ。
それほどまでに“刻印”よりもはるかに強い力を持つ“祝福”。ちなみにこの“祝福”は建国以来誰も授かったことがないそうだ。オレの特殊な事情があったからだろうな、とは思うが。
そしてソニアにも、左の手の甲に“ヴィリの刻印”が浮かんだ。つまり母さんは“ヴィリの刻印”を持つ子供を2人産んだことにまる。それにより、メルネス家の力が大きくなった。対等だったローザ家は、前当主のしたこともあり当分は大人しくなるだろう。その罰はヴェルディアナ嬢に向かったが、彼女は彼女で幸せを掴んでいる。幸せが確定している追放ではあったが。
お陰でローザ家はこれより3代は王家へ嫁ぐことは出来ない、と言われている。まぁ…仕方ない、と割り切ってもらうしかない。
そんでもってシャルロッタ。神から人間へと落ちた彼女は今、ただの平民として生きているらしい。
修道女じゃないのか、って話なんだけどさ…。ここの神、ヴィリなわけよ。人間落ちした神に祈られるのは勘弁してほしい、とエリア長に掛け合ったところ平民として生きろ、というわけ。教会とかも行けないから、怪我したら自分で治さなきゃなんないし、病気とかにかかっても自力で治すしかない。もしかしたら一番つらいかもしれないが、消滅した世界とつり合いが取れないほど軽いものだとオレは思う。
“よう”
「天ちゃんだ」
“癒されに来た”
「誰に」
そう。あの時会った天ちゃん。今では気軽にふらっと会いに来てくれている。…手土産を持って。
“お前だ、お前”
「嘘だろ…」
“正しくはお前の子供だな”
「ビビらせんな」
と、まぁオレの子供がたいそうお気に入りのようで。
つかエリア長はどうしたんだ。
“エリア長なら問題ないぞ。更に上と仲がいいからな。ゲームを一緒にする仲だ”
「うわー…」
エリア長の上と仲がいいなら、エリア長は何も言えなくなるわけで…。エリア長可哀想。
“まぁ、物語が終わったからな。好きにやらせてもらうさ”
「じゃないと困る」
『乙女は運命の歯車を回す』。
それがこの世界のベースになっている、とオレはシャルロッタから聞いた。
だが実際はそうではないらしい。
“『乙女は運命の歯車を回す』は確かにベースにしているが、主人公はシャルロッタじゃねぇ”
「違うの?」
“なんせここ、DLCの世界だからねー”
「は?」
猫ミームの声を出しながらヴィリにどういうことだ、と聞けば…。
“アレは本編だと思ってたんだけど、それだとアレにまた滅ぼされかねない。だからアレがこちらに転生…というか乗っ取った瞬間を狙って変えたんだ”
「でも乙女ゲーなんだろ? それなのに…」
“開発者が没ったものを詰め込んだらしいからな。だからDLCで出したんだよ。乙女ゲーなのに男が主人公とか意味が分からないだろ”
「確かに。『乙女』ゲーではないだろうな」
“そうそう。おかげでDLCは立派なBLゲーになってるんだよ”
「あぁ?」
今凄い言葉が聞こえたような気がするんだが…?
「once more.」
“DLCはBLゲーだった”
「……………」
“でも相当思い切った事するよねー”
“だが水柿くんの運命が入れ替わった時にちょうどいいDLCができて助かったよ。BLゲーになっちゃってたけど”
「…怒る気力もねぇ」
そしてお腐令嬢たちもこの『ゲーム』の影響だということを知った。すまん、本当にすまん。
“でも彼女たちが悪に染まらなかったのは、水柿くんとクリストフェル君のおかげなんだよ?”
「…なんか良く分からんが役に立ったのならなにより」
はぁ、と大きなため息を吐いたのは半年ほど前。
今ではすっかりと神様ズのペースにも慣れた。それはオレだけじゃない。両親もルイスもそうだ。そして。
「スヴェン様ーッ!」
こいつも。
ばぁん!と扉を壊す勢いで来たのはクリストフェル。息ひとつ乱さずここまでくる体力にビビる。
「よう。仕事は終わったのか?」
「仕事よりもスヴェン様の方が最優先ですから!」
そう。こいつの性格は一切変わらず、相変わらずオレのことをスヴェン様と呼ぶ。やめてほしいけど「癖なので」と言われてしまえば文句も言えなくて。
そしてぎゅうと両親、ルイス、神様ズの前で抱きしめてくる。
「スヴェン様のお腹の中に小さな命があると…」
「…あぁ。いるぞ」
本当ですか、という言葉を食って言えば、息を飲む音が聞こえて。
抱き締められた身体を離して、オレの腹を見る。そしてそっとルイスと同じように腹を撫でる。
「ああ…、本当に…。ここに…」
「今は何ともないけどな」
「スヴェン様…!」
「おっと」
またしてもぎゅうと抱きついてくるクリストフェルの背中をぽんぽんと叩けば、ぐずぐずと泣き始めて。
「この子には私みたいな思いはさせたくないんです」
「そうだな」
こいつの言葉にきゅっと唇を噛むと、父さんも母さんも暗い影を落とす。ルイスも何かを感じ取ったのか、不安そうな表情を浮かべているし、ソニアに至っては大泣きを始める。
「だから…」
「だから、この子はオレみたいにならないようにお前がしっかりと見てくれ」
「スヴェン様…」
お互いが滅茶苦茶な性格だ。そんなオレ達の子供がどうなるのか不安がないと言えば嘘になる。
それに、クリストフェルには大きな見えない傷が塞がり切っていない。それはオレがどうすることもできない。けれど、少しずつ治していければいいな、とは思っている。
“それにね、まだ『腹上死チャレンジ』は残ってるからね? クリストフェル君?”
「ア、ハイ」
“こないだみたく抱き潰してスヴェンを殺すなよ?”
「ゼンショシマス」
そう。実は『腹上死チャレンジ』、まだ残ってるんだよ。
それに。
“スヴェン君が寿命以外で死んだら、この世界、パーンってなるから!”
と無邪気に言われたときは、さすがに頭を抱えた。
つまりは。
「この世界の人間の命をオレ一人が握ってるのかよ…」
“そうそう! それが“祝福”の代償だからね!”
「いらねぇ…」
“なら取る?”
「できるのか?!」
“できるよー? タフィが代償だけど”
「…やめとくわ」
えげつなさ過ぎる代償に“祝福”を取るのを諦めた、ということがある。
そしてもう一つの不安は。
「刻印と祝福はさすがに子供に引き継がれないよな?」
“私の刻印と祝福はスヴェン君だけだよ”
「なら安心だな」
“私の刻印は付けれるが”
「は?!」
という会話があったからまさかとは思ったけどさ…。天ちゃんがオレの小さな小さな奇跡に付けちゃったらしい。もうメルネス家は神様の御贔屓でいっぱいだよ。
「クルトの子供じゃだめなのか…?」
「あっはっは。面白い冗談ですね、スヴェン様。男爵家からそんなもん持った子供が生まれたら、それこそ陛下の不貞が疑われますよ」
「冗談じゃないんだけど…」
「そうですよ。私はスヴェン様一筋ですから」
「はぁ…」
なんてことがあったりしたんだけどさ。クルト(本物)もいい性格してるよ。さすがクリストフェルが選んだだけはある。
「そういえばクルトのご家族は元気になったのか?」
「はい。陛下のおかげで、今は元気に働いています」
「私の治癒魔法で治ってよかったよ」
ということは、クリストフェルが家に行ったのか…。相当混乱しただろうなぁ。エーゲル家が。
ちょっとだけ遠い目をしながら聞いていたけど、クルトもクリストフェルの無茶な要求には慣れているのか、肩を竦めるだけだったしな。
「スヴェン、陛下。それにヴィリ様も天様も子供の前ですよ」
「あ」
ルイスの耳をクルトが、ソニアの耳を母がそれぞれ塞いでいて、父が半目でオレたちを見つめている。
ヴィリの契約に縛られているからか、父さんも母さんもヴィリと天ちゃんの姿が見えるように、そして会話が聞けるようになったらしい。もちろんルイスもそうなのだ。
そうそう。あのパーティの時、クリストフェルが天ちゃんに対してめちゃくちゃ警戒していたのは、どうやらその容姿が原因だったようだ。
オレには天を照らす神様みたいに長髪黒髪、そして和装だった。クリストフェルも同じ容姿が見えていたようで、混乱したらしい。まぁ、確かに洋服しか見たことがいのに、いきなり和装を見ればそうなるか。
だからクリストフェルが「危険だ」と言ったらしい。未知のものと出会えばそうなるわな。
“まぁまぁ。水柿くんにはまだまだ子をなしてもらわねばならんのだからな”
“そうだよー。それが『刑』だからねー”
にこにこと微笑む神様ズと母さん。それに肩を竦めて呆れている父さん。そして耳を塞がれているルイスとソニア。クルトも苦笑いを浮かべている。
この世界に無理やり転生させられ、魂の消滅の為だけに自死を繰り返して生きた。
死に急いだ結果、待っていた処刑はたくさんの幸せで。
望んだものとは違ったけれど、悪役が手にしたものは自身が手放した沢山の愛と、重いけれど心地のいいクリストフェルの隣だった。
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