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処刑までの序曲
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「よし」
きゅっと白の手袋をはめて支度が終わったことにほっと息を吐く。
あれから変わることのない毎日を過ごし、ついに卒業までこぎつけた。その間にヴェルディアナ嬢にクルトのことを任せる説得をしたが、結局はいい返事を貰えなかったのが心残りだが。
支度を終え、鏡の中のオレを見る。
「お似合いですよ。スヴェン様」
「ありがとう」
にこりと侍従に鏡に向かって微笑めば、なぜか頬を染められる。
いや、お前もクルトの影響受けてんのかい。
「クルトはいないんだな」
ぽつりとこぼれ出た言葉にハッとする。
尻尾を振ってオレの着替えを手伝うクルトが今はいない。父に用事でも言い渡されたのか? 前髪を上げたオレを見てあいつはどう思うのだろうか。
そんなことを思いながら、きゅっと鏡に手を付いて瞼を伏せる。
“やぁ。スヴェン君”
「…お節介」
耳元で聞こえた声に眉を寄せれば、にこにこと変わらず笑みを浮かべているお節介。
後ろにいた侍従はどうした?と振り向けば、オレ一人だったようだ。
感傷的になってしまったと思ってか、それともこのお節介が何かをしたのかは分からないが。まぁ、だからこのお節介が出てきたんだろう。
“まずは卒業、おめでとう”
「…ああ。卒業できるまで生き延びちまったけどな」
“あっはっはっ! スヴェン君は相変わらずだねぇ”
大きな口を開けて笑うお節介に少しだけイラついたが、これも最後かと思えばどことなく寂しくて。
“今日はおしゃれさんだね”
「これから卒業パーティだからな」
“そっかー。楽しんでおいでね”
「…そうだな」
こいつの言う「楽しんでね」とオレの考える「楽しんでね」は、意味が違うがまぁ問題ないだろう。
ようやくここまで来たのだから。
“その顔だと決めたみたいだね”
じっとオレを見つめるお節介の言葉にドキリとする。
ヴィリの刻印。
それを持っているから、王家と結婚しなければ国が滅ぶ。
それを知った時はオレの死に大勢を巻き込んでいいものかと葛藤した。けれど、時間が経つにつれてどんどんと関係のない人を巻き込めないと感じていった。
“君の決めたことだ。私はどうこう言わないよ”
「――――ッ」
にこりと微笑むヴィリに、オレはさっと視線を逸らす。
すると、ふわりと隣に移動したヴィリの手が優しく顎を掴む。
「おまえ…」
そして、ちゅっと左瞼に柔らかいものが触れた。
「な…?!」
“卒業祝い”
にひ、と笑うお節介…ヴィリにぽかんとしてしまう。
“うはは!初めて見るスヴェン君の顔だ! クリ…じゃない、クルト君に自慢しちゃおー!”
「おい! それだけは…!」
やめろ!という言葉と同時に消えてしまったヴィリにはきっと聞こえていないだろう。
「あいつにんなこと言ったら…ッ!」
色々面倒だから、と考えたことに苦笑いを浮かべる。
もうそんなことを考えなくていいのにもかかわらずに、だ。
随分とこちらの世界に染まったもんだ、と思いながら消えたヴィリに肩を竦めると、ノック音がされた。
「おう」
「失礼いたします」
そう言って入ってきた侍従の手には、なにやら盆のようなものに乗せられたもの。
「どうした?」
「こちらを」
「うん?」
こちらを、と言われても?
首を傾げながら盆らしきものの上に乗ったものを見れば、そこにはシンプルだが重々しい指輪が乗せられてて。
「指輪?」
「クルトからの伝言です。『魔力を押さえる加工がしてあるので、口輪の代わりにこちらを』とのこと」
「あいつ…」
卒業パーティに口輪を付けていくのかと思われていたのかと呆れながらも、ここにいないあいつに眉を下げる。
そっとそれを手にすると、とりあえず指輪を色々な角度から見てみることにした。
そしてそれをなんとなしに、右の薬指にはめようとして手袋をしていることに気付く。
「手袋をしていると指輪が付けられないな」
「でしたら手袋を外しましょうか」
「うーん…そう、だな…」
言いながら自分で手袋を外し、盆のようなものに乗せる。そして指輪を右の薬指にはめると、頬がゆるんだ。
「お似合いですよ」
「ありがとな」
にこにこと微笑んでいる侍従に照れながら短くそう告げると「旦那様と奥様がお待ちです」と言われてしまった。
侍従に連れられて部屋を出て、玄関へと向かえばなぜか屋敷にいる全員がそこにいて。
「これは…」
「スヴェン。卒業おめでとう」
「スヴェンちゃん、おめでとう」
集まっている皆も頬を緩めながらオレを見つめている。
散々迷惑をかけたのにも関わらず、こんなにも愛されていたんだな、と改めて思う。じんわりと喉の奥が熱くなり、視界がにじむのを耐えながらオレは頭を下げる。
「父さん、母さん。それにみんな。今までお世話になりました」
別れの言葉。
きっともうここには戻ってこれないから。
だからこそ、今言うしかないと思ったのだ。
だが。
ぽん、と肩を叩かれビクリと身体が跳ねた。
「スヴェン」
頭の上から父の優しい声が降ってくる。
それにゆっくりと頭を上げればあの日見た、呆れたような表情を浮かべていて。母もまた「あらあら」と困ったように笑っている。
「父さん…?」
「スヴェン。お前はここに戻ってくる。だから、そんなことは言うな」
「いえ。今日あのバ…じゃない、アルトゥル殿下に断罪をされますから」
「はぁ…」
じっと父さんを正面から見つめれば、困ったように笑う。
「スヴェン。お前の好物を作ってもらうから、早く戻っておいで」
「そうよ。クルトも混ぜてお食事しましょう」
ちっともオレが処刑されることを信じていない父と母に、さっきまでの感傷的なものはどこかへ飛んで行った。それに侍従や侍女、料理長でさえもオレの話を信じていないようだ。
「…戻ってこれるなら」
「そうか。では、待っている。パーティを楽しんでおいで」
「いってらっしゃい。スヴェンちゃん」
にこにこと送り出してくれる両親にため息を吐きながら、用意してくれた馬車へと乗り込む。
そして、馬車が目的地へと動き出した。
「お待たせしました」
「まぁ! スヴェン様!」
扇子で口元を隠してはいるが、瞳がキラキラと輝いているヴェルディアナ嬢にオレは苦笑いを浮かべる。
お腐れ様3人も扇子で口元を隠しているが、視線はオレを貫いている。痛い。
「皆、素敵ですね」
にこりと微笑みながらそう素直に褒めれば、お腐令嬢たちは顔を真っ赤にして「はわ…はわわ」と震えてしまった。
…いつも通りで安心する。
だが、そんなオレをヴェルディアナ嬢が瞳を大きくして固まっている。どうしたんだ?
すると、すすっとオレの隣に移動したヴェルディアナ嬢がこそりと耳打ちをする。
「あの…。スヴェン様」
「どうしました?」
「いえ…その…ヴィリ様にお会いになりましたか?」
「ええ。屋敷で」
彼女の質問に肯定すると「ヴィリ様ったら…」とどこか怒っているようにも、呆れているようにも見える。
どうしたんだ?
「ヴェル…」
ヴェルディアナ嬢、と呼びかけようとした所で、オレ達生徒が入ってきた場所からではない所から3人の男性が現れた。
「ええと?」
あれ? 今日の参加は生徒だけじゃなかったのか?
オレの疑問をくみ取ってくれたヴェルディアナ嬢が「あら」と微笑む。
なんだ?
「あの、ご紹介しますわ。私の…婚約者です」
しゅぼぼと頬を染めながらヒューワー嬢が男性を紹介してくれる。
なるほど、婚約者か。
「婚約者?」
「…はい」
え?とヒューワー嬢の隣にいる彼を見つめれば、なぜか頬を染められる。いや、なんでだ。
じゃない。
「こういっては何ですが…。婚約者、いらしたんですね?」
「あらスヴェン様! 失礼ですわよ!」
じろりとヴェルディアナ嬢に睨まれて、慌てて「すまない」と謝れば「おおお気になさらず!」とヒューワー嬢が顔をさらに赤くする。
「いつもわたくしたちと一緒にいるから、そう思ったのも無理はないでしょうけど」
「本当に申し訳ない」
失礼極まりないことをしでかした自覚はあるから、もう一度謝れば「お気になさらないでください」と男性からも言われてしまう。
「失礼しました。私はサラの婚約者ディーノ・ダルトワと申します」
「アメリアの婚約者イヴァン・ノリエと申します」
「サマンサの婚約者グレッグ・イーストウッドと申します」
「スヴェン・メルネスです。先ほどは大変失礼なことを申し上げました」
にこりと微笑んでから、もう一度謝ればなぜか6人が息を飲んだ。
お腐れ様たちよ…。なぜあんた達まで…。
「ところでスヴェン様」
「はい?」
こてりと首を傾げるヴェルディアナ嬢が凛とした態度とは違い可愛らしい。
「今日のスヴェン様はいつもに比べて色気がマシマシですわね」
「マシマシ…」
なにその野菜、にんにくマシマシみたいな言い方は…。というかたまに変な言葉使いをするのはなぜなんだ?
そんな疑問を抱きながらも「そうですか?」と笑えば「はうっ!」という言葉と共にヒューワー嬢が倒れた。だが、その倒れた彼女を、婚約者のディーノが受け止めた。
「大丈夫ですか?」
「はひ。だいじょうぶです」
「大丈夫そうですね」
優しく微笑むディーノに、ヒューワー嬢もこくりと頷く。素敵な方じゃないか。
お互い見つめ合っている空気を壊すのも悪い。さて、どうしたものか、と思いながら垂れた髪を耳にかけると「ふぐっ!」という2人分の声と共に、それぞれの婚約者が倒れた2人を抱き留めている。
「すみません!」
「いつもこうなので…ご気分を悪くされましたら…!」
ご令嬢2人を抱き留めながら告げるイヴァンとグレッグに「大丈夫ですよ」と微笑めば、こちらもこちらで「ぐぅっ!」という声が漏れた。
微妙に前かがみになるのはなぜなんだい?
「もう、スヴェン様。無意識に色気を垂れ流すのはおやめくださいませ」
「…すまない」
なぜかオレが怒られるが、前かがみになっている2人は大丈夫だろうか。入場する前にお手洗いにいけるようにアシストしておこう。
「スヴェン様。その指輪は?」
「ああ。これですか。クルトからの卒業祝い?ですね」
「まぁ!素敵ですわ! クルト様の瞳の色の宝石ですわね」
「え?」
「え?」
ヴェルディアナ嬢の興奮した声に、聴き間違いか?と彼女を見れば、彼女もまた瞳を丸くして首を傾げている。
「もしかしてスヴェン様…」
「あ、うん。気付かなかった…」
「スヴェン様ですものね」
くすくすと笑うヴェルディアナ嬢に、苦笑いを浮かべると改めて指輪を見つめる。
真ん中にはめられたストロベリー・レッドの宝石。こんなものがあるのか、なんて感想しか出てこないのはオレがあまりにこういったものに興味がないからだろうか。
「クルト様もこんな重いものを贈るなんて」
うふふと笑うヴェルディアナ嬢に、ふと違和感に気付く。
「ヴェルディアナ嬢」
「はい」
「クルトになぜ『様』を付けるんですか?」
「あら」
手で口を押さえる仕草に、彼女が無自覚でそう呼んでいたことに驚く。
するとにこりと綺麗に微笑んだ。
「それもこれから分かることですわ」
綺麗に微笑むその顔は『ヴェルディアナ』ではなく『公爵令嬢』としてのもので。
誤魔化されたような気もするが、これから分かるようなので黙っておくことにした。
「さて。入場する前にお手洗い、行きません?」
前かがみで大変な2人にそう告げれば、こくこくと頷かれるのだった。
きゅっと白の手袋をはめて支度が終わったことにほっと息を吐く。
あれから変わることのない毎日を過ごし、ついに卒業までこぎつけた。その間にヴェルディアナ嬢にクルトのことを任せる説得をしたが、結局はいい返事を貰えなかったのが心残りだが。
支度を終え、鏡の中のオレを見る。
「お似合いですよ。スヴェン様」
「ありがとう」
にこりと侍従に鏡に向かって微笑めば、なぜか頬を染められる。
いや、お前もクルトの影響受けてんのかい。
「クルトはいないんだな」
ぽつりとこぼれ出た言葉にハッとする。
尻尾を振ってオレの着替えを手伝うクルトが今はいない。父に用事でも言い渡されたのか? 前髪を上げたオレを見てあいつはどう思うのだろうか。
そんなことを思いながら、きゅっと鏡に手を付いて瞼を伏せる。
“やぁ。スヴェン君”
「…お節介」
耳元で聞こえた声に眉を寄せれば、にこにこと変わらず笑みを浮かべているお節介。
後ろにいた侍従はどうした?と振り向けば、オレ一人だったようだ。
感傷的になってしまったと思ってか、それともこのお節介が何かをしたのかは分からないが。まぁ、だからこのお節介が出てきたんだろう。
“まずは卒業、おめでとう”
「…ああ。卒業できるまで生き延びちまったけどな」
“あっはっはっ! スヴェン君は相変わらずだねぇ”
大きな口を開けて笑うお節介に少しだけイラついたが、これも最後かと思えばどことなく寂しくて。
“今日はおしゃれさんだね”
「これから卒業パーティだからな」
“そっかー。楽しんでおいでね”
「…そうだな」
こいつの言う「楽しんでね」とオレの考える「楽しんでね」は、意味が違うがまぁ問題ないだろう。
ようやくここまで来たのだから。
“その顔だと決めたみたいだね”
じっとオレを見つめるお節介の言葉にドキリとする。
ヴィリの刻印。
それを持っているから、王家と結婚しなければ国が滅ぶ。
それを知った時はオレの死に大勢を巻き込んでいいものかと葛藤した。けれど、時間が経つにつれてどんどんと関係のない人を巻き込めないと感じていった。
“君の決めたことだ。私はどうこう言わないよ”
「――――ッ」
にこりと微笑むヴィリに、オレはさっと視線を逸らす。
すると、ふわりと隣に移動したヴィリの手が優しく顎を掴む。
「おまえ…」
そして、ちゅっと左瞼に柔らかいものが触れた。
「な…?!」
“卒業祝い”
にひ、と笑うお節介…ヴィリにぽかんとしてしまう。
“うはは!初めて見るスヴェン君の顔だ! クリ…じゃない、クルト君に自慢しちゃおー!”
「おい! それだけは…!」
やめろ!という言葉と同時に消えてしまったヴィリにはきっと聞こえていないだろう。
「あいつにんなこと言ったら…ッ!」
色々面倒だから、と考えたことに苦笑いを浮かべる。
もうそんなことを考えなくていいのにもかかわらずに、だ。
随分とこちらの世界に染まったもんだ、と思いながら消えたヴィリに肩を竦めると、ノック音がされた。
「おう」
「失礼いたします」
そう言って入ってきた侍従の手には、なにやら盆のようなものに乗せられたもの。
「どうした?」
「こちらを」
「うん?」
こちらを、と言われても?
首を傾げながら盆らしきものの上に乗ったものを見れば、そこにはシンプルだが重々しい指輪が乗せられてて。
「指輪?」
「クルトからの伝言です。『魔力を押さえる加工がしてあるので、口輪の代わりにこちらを』とのこと」
「あいつ…」
卒業パーティに口輪を付けていくのかと思われていたのかと呆れながらも、ここにいないあいつに眉を下げる。
そっとそれを手にすると、とりあえず指輪を色々な角度から見てみることにした。
そしてそれをなんとなしに、右の薬指にはめようとして手袋をしていることに気付く。
「手袋をしていると指輪が付けられないな」
「でしたら手袋を外しましょうか」
「うーん…そう、だな…」
言いながら自分で手袋を外し、盆のようなものに乗せる。そして指輪を右の薬指にはめると、頬がゆるんだ。
「お似合いですよ」
「ありがとな」
にこにこと微笑んでいる侍従に照れながら短くそう告げると「旦那様と奥様がお待ちです」と言われてしまった。
侍従に連れられて部屋を出て、玄関へと向かえばなぜか屋敷にいる全員がそこにいて。
「これは…」
「スヴェン。卒業おめでとう」
「スヴェンちゃん、おめでとう」
集まっている皆も頬を緩めながらオレを見つめている。
散々迷惑をかけたのにも関わらず、こんなにも愛されていたんだな、と改めて思う。じんわりと喉の奥が熱くなり、視界がにじむのを耐えながらオレは頭を下げる。
「父さん、母さん。それにみんな。今までお世話になりました」
別れの言葉。
きっともうここには戻ってこれないから。
だからこそ、今言うしかないと思ったのだ。
だが。
ぽん、と肩を叩かれビクリと身体が跳ねた。
「スヴェン」
頭の上から父の優しい声が降ってくる。
それにゆっくりと頭を上げればあの日見た、呆れたような表情を浮かべていて。母もまた「あらあら」と困ったように笑っている。
「父さん…?」
「スヴェン。お前はここに戻ってくる。だから、そんなことは言うな」
「いえ。今日あのバ…じゃない、アルトゥル殿下に断罪をされますから」
「はぁ…」
じっと父さんを正面から見つめれば、困ったように笑う。
「スヴェン。お前の好物を作ってもらうから、早く戻っておいで」
「そうよ。クルトも混ぜてお食事しましょう」
ちっともオレが処刑されることを信じていない父と母に、さっきまでの感傷的なものはどこかへ飛んで行った。それに侍従や侍女、料理長でさえもオレの話を信じていないようだ。
「…戻ってこれるなら」
「そうか。では、待っている。パーティを楽しんでおいで」
「いってらっしゃい。スヴェンちゃん」
にこにこと送り出してくれる両親にため息を吐きながら、用意してくれた馬車へと乗り込む。
そして、馬車が目的地へと動き出した。
「お待たせしました」
「まぁ! スヴェン様!」
扇子で口元を隠してはいるが、瞳がキラキラと輝いているヴェルディアナ嬢にオレは苦笑いを浮かべる。
お腐れ様3人も扇子で口元を隠しているが、視線はオレを貫いている。痛い。
「皆、素敵ですね」
にこりと微笑みながらそう素直に褒めれば、お腐令嬢たちは顔を真っ赤にして「はわ…はわわ」と震えてしまった。
…いつも通りで安心する。
だが、そんなオレをヴェルディアナ嬢が瞳を大きくして固まっている。どうしたんだ?
すると、すすっとオレの隣に移動したヴェルディアナ嬢がこそりと耳打ちをする。
「あの…。スヴェン様」
「どうしました?」
「いえ…その…ヴィリ様にお会いになりましたか?」
「ええ。屋敷で」
彼女の質問に肯定すると「ヴィリ様ったら…」とどこか怒っているようにも、呆れているようにも見える。
どうしたんだ?
「ヴェル…」
ヴェルディアナ嬢、と呼びかけようとした所で、オレ達生徒が入ってきた場所からではない所から3人の男性が現れた。
「ええと?」
あれ? 今日の参加は生徒だけじゃなかったのか?
オレの疑問をくみ取ってくれたヴェルディアナ嬢が「あら」と微笑む。
なんだ?
「あの、ご紹介しますわ。私の…婚約者です」
しゅぼぼと頬を染めながらヒューワー嬢が男性を紹介してくれる。
なるほど、婚約者か。
「婚約者?」
「…はい」
え?とヒューワー嬢の隣にいる彼を見つめれば、なぜか頬を染められる。いや、なんでだ。
じゃない。
「こういっては何ですが…。婚約者、いらしたんですね?」
「あらスヴェン様! 失礼ですわよ!」
じろりとヴェルディアナ嬢に睨まれて、慌てて「すまない」と謝れば「おおお気になさらず!」とヒューワー嬢が顔をさらに赤くする。
「いつもわたくしたちと一緒にいるから、そう思ったのも無理はないでしょうけど」
「本当に申し訳ない」
失礼極まりないことをしでかした自覚はあるから、もう一度謝れば「お気になさらないでください」と男性からも言われてしまう。
「失礼しました。私はサラの婚約者ディーノ・ダルトワと申します」
「アメリアの婚約者イヴァン・ノリエと申します」
「サマンサの婚約者グレッグ・イーストウッドと申します」
「スヴェン・メルネスです。先ほどは大変失礼なことを申し上げました」
にこりと微笑んでから、もう一度謝ればなぜか6人が息を飲んだ。
お腐れ様たちよ…。なぜあんた達まで…。
「ところでスヴェン様」
「はい?」
こてりと首を傾げるヴェルディアナ嬢が凛とした態度とは違い可愛らしい。
「今日のスヴェン様はいつもに比べて色気がマシマシですわね」
「マシマシ…」
なにその野菜、にんにくマシマシみたいな言い方は…。というかたまに変な言葉使いをするのはなぜなんだ?
そんな疑問を抱きながらも「そうですか?」と笑えば「はうっ!」という言葉と共にヒューワー嬢が倒れた。だが、その倒れた彼女を、婚約者のディーノが受け止めた。
「大丈夫ですか?」
「はひ。だいじょうぶです」
「大丈夫そうですね」
優しく微笑むディーノに、ヒューワー嬢もこくりと頷く。素敵な方じゃないか。
お互い見つめ合っている空気を壊すのも悪い。さて、どうしたものか、と思いながら垂れた髪を耳にかけると「ふぐっ!」という2人分の声と共に、それぞれの婚約者が倒れた2人を抱き留めている。
「すみません!」
「いつもこうなので…ご気分を悪くされましたら…!」
ご令嬢2人を抱き留めながら告げるイヴァンとグレッグに「大丈夫ですよ」と微笑めば、こちらもこちらで「ぐぅっ!」という声が漏れた。
微妙に前かがみになるのはなぜなんだい?
「もう、スヴェン様。無意識に色気を垂れ流すのはおやめくださいませ」
「…すまない」
なぜかオレが怒られるが、前かがみになっている2人は大丈夫だろうか。入場する前にお手洗いにいけるようにアシストしておこう。
「スヴェン様。その指輪は?」
「ああ。これですか。クルトからの卒業祝い?ですね」
「まぁ!素敵ですわ! クルト様の瞳の色の宝石ですわね」
「え?」
「え?」
ヴェルディアナ嬢の興奮した声に、聴き間違いか?と彼女を見れば、彼女もまた瞳を丸くして首を傾げている。
「もしかしてスヴェン様…」
「あ、うん。気付かなかった…」
「スヴェン様ですものね」
くすくすと笑うヴェルディアナ嬢に、苦笑いを浮かべると改めて指輪を見つめる。
真ん中にはめられたストロベリー・レッドの宝石。こんなものがあるのか、なんて感想しか出てこないのはオレがあまりにこういったものに興味がないからだろうか。
「クルト様もこんな重いものを贈るなんて」
うふふと笑うヴェルディアナ嬢に、ふと違和感に気付く。
「ヴェルディアナ嬢」
「はい」
「クルトになぜ『様』を付けるんですか?」
「あら」
手で口を押さえる仕草に、彼女が無自覚でそう呼んでいたことに驚く。
するとにこりと綺麗に微笑んだ。
「それもこれから分かることですわ」
綺麗に微笑むその顔は『ヴェルディアナ』ではなく『公爵令嬢』としてのもので。
誤魔化されたような気もするが、これから分かるようなので黙っておくことにした。
「さて。入場する前にお手洗い、行きません?」
前かがみで大変な2人にそう告げれば、こくこくと頷かれるのだった。
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