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これはつまりそういうことなのか?
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※前半スヴェン、後半アルトゥル視点になります。
「まぁ」
久しぶりに、ひたりと首にナイフを押し当て躊躇いなく滑らせてみた。
しかし滑らせた瞬間に皮膚とナイフの間に薄い膜が張られ、皮膚を傷つけることはなかった。
「やっぱり無理…か」
「もー。諦めてくださいよー」
「いや。何か穴があるかもしれないだろ?!」
なんとかして自死ができないかとチャレンジ中。
クルトと令嬢たちの前で。
彼女たちになら、自死ができなくなったという話をしてもいいだろう、と判断した。
もちろんクルトも了承している。
それに。
「本当に自死ができなくなってしまわれたのですね」
「そういうことです」
ことりと首に滑らせたナイフをテーブルに置けば、それをクルトが手にして指の腹へと滑らせる。
すると、途端にあふれ出す赤。
それを見た瞬間、ヴェルディアナ嬢の表情が強張ったが見慣れない他人の血に対して強張ってしまったのだろう。
他のご令嬢たちも少しだけ表情が強張っている。
「クルト」
「はい」
傷を治すように告げてからご令嬢たちに向き直せば「事情は分かりましたわ」とヴェリディアナ嬢が頷いた。
今は昼。昼食の時間である。
毎日オレの教室に来ては、一緒に昼食を食べることが当たり前になった。
たわいもない話をしたり、お腐れ様の悶える姿に苦笑いを浮かべたりの毎日の中でクルトと話し合い、自死ができなくなったことを告げた。
一見は百聞に如かず。
その言葉の通り、言うよりも見せた方が早いと判断してこうしたわけだ。
オレが使うと切れないナイフも、クルトが使えば普通に切れる。
それを証明したのだが…。
「あの…スヴェン様…」
恐る恐る小さく手を挙げるヒューワー嬢に「いかがされましたか?」とにこりと笑えば「はぅっ!」と胸を押さえて仰け反る。
それをシンプソン嬢が支え元に戻す。
これももう慣れたもので、にこりと何事もなかったかのように微笑む。
「失礼いたしました。それでですね」
「はい」
「お食事は…どうなされるのですか?」
ああ。なるほど。
お腐れ様たちはオレの食事風景を楽しみにしていたようだしな。
けれど。
「もうクルトに食べさせてもらわないと違和感しかありませんからね」
「では…!」
ぱぁっと破顔させてオレを見つめるヒューワー嬢。ヴェルディアナ嬢。あなたも少しは隠してください。
「今まで通り、となりますね」
「よかったぁ…っと。も、申し訳ございません!」
ほっとしたヒューワー嬢の本音がこぼれたことに謝られたが、オレはなんとなく分かっていたからな。
こんなことじゃ怒らないから。
「いえ、お気になさらず」
「でもスヴェン様とクルト様のお食事風景が見られなくなると、午後からの授業に身が入りませんものね」
「はい。それに…」
そこまでスミス嬢が口にすると「んんっ」とクルトが咳払いをする。
それにはっとしたスミス嬢が「な、なんでもありませんわ!」とわざとらしく「ほほほ」と笑っている。…目が泳ぎまくってるが。
「ああ、そうだ。スヴェン様」
「はい?」
今度はヴェルディアナ嬢がなぜか小さく手を挙げた。
何故挙手制?
すると、なにやらごそごそと何もない空間に手を突っ込んでいる。
あれ? それって…。
もしかして?という考えが伝わったのか、ヴェルディアナ嬢がにこりと微笑むと「ああ、ありました」となにやら空間から引っ張り出す。
「スヴェン様、こちらを」
「? ああ」
ヴェルディアナ嬢から渡されたのは3冊の本。
表紙も結構凝ってるな。
渡された3冊を一度テーブルの上に置いて、上の本を手に取ってぱらぱらと流し読みをする。
「んぶぅ?!」
「スヴェン様?!」
すると突然ばーん!と目に飛び込んできたのは濡れ場。
しかも…。
「ヴェルディアナ嬢?!」
「その絵、素敵でしょう?」
「ぐ…!」
にこにこと微笑む彼女に「このお腐れ様!」と言いそうになった言葉をぐっと飲みこむ。
よく声を出さなかった。偉いぞ。オレ。
「今、貴族の方々に読まれている本ですの」
「へ、へぇ…?」
ひくりと口元を引きつらせて否定をせず、とりあえず話を聞くことにする。
さっき見たイラストの衝撃からまだ抜け出せず、思考停止ともいうのだけれども。
「先日発売されたのですけれどね」
「へぇ…」
「わたくし達も読ませていただいたのです!」
きらきらと瞳を輝かせて力説するスミス嬢。
確かに…お腐れ様は好きなものだよな。
なんせ。
濡れ場ありのBL本なのだから。
つかがっつり濡れ場を絵にするな。めちゃくちゃビビったぞ?!
薄い本が発行されているだけでもなかなかの破壊力なのに、それが貴族に…一般人に読まれている衝撃。
どうしてこうなったのかと頭を抱えたくなるが、ご令嬢たちのオタク話は続く。そんな話を右から左に流しながら、愛想笑いを浮かべる。
「で、どう思われます?」
「あ、あー…っと?」
やべぇ、聞いてませんでした。
助けを求めるようにちらりとクルトを見れば、そっと耳打ちをしてくれる。
「この本、どう思われますか?」
「ああ、助かった」
こそりと教えてくれたクルトに礼を告げるが、ちゅっと耳にキスをするのはいかがなものかと思うんだよ。
ばっと耳を手で覆ってクルトを睨めば、にこにことしている。くそ…!
けれどそれを押さえ込みながら、ご令嬢たちに向き直る。
そして勢い良く閉じた本を再び開くと、イラストがない部分でほっとした。
「まぁ…迷惑が関わらなければいいのでは?」
とはいっても物語の人物なんて架空なんだし、誰に迷惑をかける、なんてことはあり得ないんだが。
けれど。
「め、迷惑がかからなければ問題ない、と?」
「あ、ああ…。そう、ですね?」
なんだ? シンプソン嬢の食いつきがすごいぞ。
ずずい、と前のめりになりオレに迫ってくる。
「サマンサ。スヴェン様がお困りよ?」
「っは!」
ヴェルディアナ嬢の言葉にハッとすると「こほん」と咳払いをする。
な…なんだったんだ?
「失礼しました。スヴェン様」
「あ、いえ…」
「それで。迷惑がかからなければ世に出ても問題ない、と」
「まぁ、そうですね?」
というかなんでそんなことをオレに聞くんだ?
そんな疑問を抱えながら首を傾げれば「スヴェン様、可愛い!」とクルトが口元を手で覆う。そんなクルトを睨むだけにしておく。
「しかし…」
ぺらぺらと先ほどと同じように捲ってイラストが見えそうになると、そこを飛ばして捲っていく。
「この表紙といい、紙といい…。いいものを使っているんですね?」
オレのその言葉に、なぜかオレ以外の全員が固まる。というかなんでクルトまで固まってんだよ。
「ス…スヴェン様は、その…よくお分かりですね?」
「? そうですか? まぁ、本は好きな方なので」
「あ、そう…なんですね…?」
なんだ? 急にご令嬢たちが焦り始めたんだが…?
「スヴェン様、お茶のお代わりはいかがですか?」
「ん? もらおうか」
「わかりましてございます」
「クルト?!」
こいつもなんかおかしいな?
なんだか良く分からないまま、クルトにお茶を入れてもらうのだった。
しかし…。
「エリカ・フォン・アキン、ね」
これを書いた人物のPNであろう名前を指で撫でると「ふぐぅ!」という声が前方から上がる。
それに慌てて顔を上げれば、ご令嬢たちが胸を押さえてうずくまっていて。
これは発作か?と思いながらもクルトを見れば、こいつもなぜか胸を押さえていて。
「おい。大丈夫か?」
「大丈夫です…。スヴェン様…そんなえっちな指使いをいつの間に…」
「放っておいても平気だな」
うん。と頷きヴェルディアナ嬢を見ればなぜか、かたかたとカップを持つ手が震えていて。
「ヴェ…ヴェルディアナ嬢。その…中身が…」
「だだだだだだ大丈夫ですわ」
「全然大丈夫じゃないでしょう」
顔は澄ましているのに、動揺しているのがまる分かりなのはいかがなものなのか。小刻みに震える手に連動して、紅茶がこぼれてますよ?
というか。
「ここにはオタクしかいねぇのな」
その呟きは誰の耳にも届かず、床に落ちていった。
■■■
「シャルロッタがまた医務室に運ばれた?」
「はい。そのようですね。彼女のクラスメイトに話を聞いたところ、ほぼ毎日医務室に運ばれているようで…」
その報告に怒りが湧き、奥歯を噛み締める。
ヴェルディアナとは違い、ころころと感情に任せて変わる表情、それに砕けた言葉使いに惹かれた彼女。
あんな公爵家、というだけで婚約者になったつまらない女なんかよりも、楽しいと思わせてくれるシャルロッタ。
そんな彼女がどうやらいじめを受けているようだ、と報告が入った。それは偶然、彼女のクラスメイトが教室で何かをしていたところを見たからだろう。
「何でもスヴェン・メルネスの手伝いをしているだけだと」
「スヴェン・メルネスの?」
「あの死にたがりですか」
スヴェン・メルネス。
俺の側近になるはずだったが、子供の頃からの特殊癖によって外された。そして、こともあろうことか王宮で池の中に入って死にかけた奴。
お陰で俺を褒めるための華々しいパーティーは中止。それからというもの、俺はあいつが気にくわない。
ヴィリ様との盟約というくだらないしがらみのために、なぜ俺が犠牲にならなければならないんだ。
ただメルネス家に生まれただけなのに。
父上からは仲良くするように言われているが、いつ自殺を試みるかもわからない人間と仲良くするなどこちらに益がないではないか。
それに…。
スヴェンの側に常に側にいるクルトと名乗る侍従。
行き過ぎた世話に、そう言った関係なのかと怪しむ者が多い。
だがあのクルトという侍従…。底知れぬ闇と共に、何かを感じるのは気のせいだろうか。
まるで俺を監視…いや、何かを見定めるかのような視線を受けたことは何度もある。それは食堂の給仕もそうだが。
今度あのような視線を向けるようなら、母上に言って辞めさせてやろう。母上は俺に甘いからな。父上は俺には厳しいくせに、弟には優しく接している。
何故父上は俺に厳しいのだ、と母上に聞いたことがあったが、その時には「あなたが次の王になるからですよ」と少し闇を落とした表情で教えてくれた。
そして決まって言うのだ。
「あの失敗作と、あなたは違うのだから」
と。
失敗作とは何なのかは分からない。けれど、母上が告げる『失敗作』と俺は違う。
そう、違うのだ。
だから。
「スヴェン・メルネス…! そんなに死にたいのなら、死なせてやろうではないか」
俺のその言葉に、3人がこくりと頷く。
それに、シャルロッタにそのことを問いただしても「私が悪いんですぅ」といってかばうに違いない。
「ああ、待っていてくれ。シャルロッタ。『悪』は俺が成敗してやるから」
その言葉に、頷く3人に俺も頷くとシャルロッタのクラスメイトの聞き取りを開始した。
愛しいシャルロッタを傷つけた証拠を集めて、スヴェン・メルネスの望み通りに処刑をするために。
「あーあ。あのバカ、ついにやり始めたか」
さらりと先の会話をメモしながらそう呟くと、隣にいた影にそれを渡す。すると影は直ぐに気配を消し、父の元へ。
「さて。いい感じに舞台が揃いつつあるのは嬉しいことだね」
にやりと笑ってから、愛しいスヴェン様の元へと急ぐ。
「でも毎回お昼寝してることに何の疑問を抱かないスヴェン様は大丈夫なんだろうか…」
でもそこが可愛いんだけどね、と思いながら誰もいない廊下を鼻歌交じりで走るのだった。
「まぁ」
久しぶりに、ひたりと首にナイフを押し当て躊躇いなく滑らせてみた。
しかし滑らせた瞬間に皮膚とナイフの間に薄い膜が張られ、皮膚を傷つけることはなかった。
「やっぱり無理…か」
「もー。諦めてくださいよー」
「いや。何か穴があるかもしれないだろ?!」
なんとかして自死ができないかとチャレンジ中。
クルトと令嬢たちの前で。
彼女たちになら、自死ができなくなったという話をしてもいいだろう、と判断した。
もちろんクルトも了承している。
それに。
「本当に自死ができなくなってしまわれたのですね」
「そういうことです」
ことりと首に滑らせたナイフをテーブルに置けば、それをクルトが手にして指の腹へと滑らせる。
すると、途端にあふれ出す赤。
それを見た瞬間、ヴェルディアナ嬢の表情が強張ったが見慣れない他人の血に対して強張ってしまったのだろう。
他のご令嬢たちも少しだけ表情が強張っている。
「クルト」
「はい」
傷を治すように告げてからご令嬢たちに向き直せば「事情は分かりましたわ」とヴェリディアナ嬢が頷いた。
今は昼。昼食の時間である。
毎日オレの教室に来ては、一緒に昼食を食べることが当たり前になった。
たわいもない話をしたり、お腐れ様の悶える姿に苦笑いを浮かべたりの毎日の中でクルトと話し合い、自死ができなくなったことを告げた。
一見は百聞に如かず。
その言葉の通り、言うよりも見せた方が早いと判断してこうしたわけだ。
オレが使うと切れないナイフも、クルトが使えば普通に切れる。
それを証明したのだが…。
「あの…スヴェン様…」
恐る恐る小さく手を挙げるヒューワー嬢に「いかがされましたか?」とにこりと笑えば「はぅっ!」と胸を押さえて仰け反る。
それをシンプソン嬢が支え元に戻す。
これももう慣れたもので、にこりと何事もなかったかのように微笑む。
「失礼いたしました。それでですね」
「はい」
「お食事は…どうなされるのですか?」
ああ。なるほど。
お腐れ様たちはオレの食事風景を楽しみにしていたようだしな。
けれど。
「もうクルトに食べさせてもらわないと違和感しかありませんからね」
「では…!」
ぱぁっと破顔させてオレを見つめるヒューワー嬢。ヴェルディアナ嬢。あなたも少しは隠してください。
「今まで通り、となりますね」
「よかったぁ…っと。も、申し訳ございません!」
ほっとしたヒューワー嬢の本音がこぼれたことに謝られたが、オレはなんとなく分かっていたからな。
こんなことじゃ怒らないから。
「いえ、お気になさらず」
「でもスヴェン様とクルト様のお食事風景が見られなくなると、午後からの授業に身が入りませんものね」
「はい。それに…」
そこまでスミス嬢が口にすると「んんっ」とクルトが咳払いをする。
それにはっとしたスミス嬢が「な、なんでもありませんわ!」とわざとらしく「ほほほ」と笑っている。…目が泳ぎまくってるが。
「ああ、そうだ。スヴェン様」
「はい?」
今度はヴェルディアナ嬢がなぜか小さく手を挙げた。
何故挙手制?
すると、なにやらごそごそと何もない空間に手を突っ込んでいる。
あれ? それって…。
もしかして?という考えが伝わったのか、ヴェルディアナ嬢がにこりと微笑むと「ああ、ありました」となにやら空間から引っ張り出す。
「スヴェン様、こちらを」
「? ああ」
ヴェルディアナ嬢から渡されたのは3冊の本。
表紙も結構凝ってるな。
渡された3冊を一度テーブルの上に置いて、上の本を手に取ってぱらぱらと流し読みをする。
「んぶぅ?!」
「スヴェン様?!」
すると突然ばーん!と目に飛び込んできたのは濡れ場。
しかも…。
「ヴェルディアナ嬢?!」
「その絵、素敵でしょう?」
「ぐ…!」
にこにこと微笑む彼女に「このお腐れ様!」と言いそうになった言葉をぐっと飲みこむ。
よく声を出さなかった。偉いぞ。オレ。
「今、貴族の方々に読まれている本ですの」
「へ、へぇ…?」
ひくりと口元を引きつらせて否定をせず、とりあえず話を聞くことにする。
さっき見たイラストの衝撃からまだ抜け出せず、思考停止ともいうのだけれども。
「先日発売されたのですけれどね」
「へぇ…」
「わたくし達も読ませていただいたのです!」
きらきらと瞳を輝かせて力説するスミス嬢。
確かに…お腐れ様は好きなものだよな。
なんせ。
濡れ場ありのBL本なのだから。
つかがっつり濡れ場を絵にするな。めちゃくちゃビビったぞ?!
薄い本が発行されているだけでもなかなかの破壊力なのに、それが貴族に…一般人に読まれている衝撃。
どうしてこうなったのかと頭を抱えたくなるが、ご令嬢たちのオタク話は続く。そんな話を右から左に流しながら、愛想笑いを浮かべる。
「で、どう思われます?」
「あ、あー…っと?」
やべぇ、聞いてませんでした。
助けを求めるようにちらりとクルトを見れば、そっと耳打ちをしてくれる。
「この本、どう思われますか?」
「ああ、助かった」
こそりと教えてくれたクルトに礼を告げるが、ちゅっと耳にキスをするのはいかがなものかと思うんだよ。
ばっと耳を手で覆ってクルトを睨めば、にこにことしている。くそ…!
けれどそれを押さえ込みながら、ご令嬢たちに向き直る。
そして勢い良く閉じた本を再び開くと、イラストがない部分でほっとした。
「まぁ…迷惑が関わらなければいいのでは?」
とはいっても物語の人物なんて架空なんだし、誰に迷惑をかける、なんてことはあり得ないんだが。
けれど。
「め、迷惑がかからなければ問題ない、と?」
「あ、ああ…。そう、ですね?」
なんだ? シンプソン嬢の食いつきがすごいぞ。
ずずい、と前のめりになりオレに迫ってくる。
「サマンサ。スヴェン様がお困りよ?」
「っは!」
ヴェルディアナ嬢の言葉にハッとすると「こほん」と咳払いをする。
な…なんだったんだ?
「失礼しました。スヴェン様」
「あ、いえ…」
「それで。迷惑がかからなければ世に出ても問題ない、と」
「まぁ、そうですね?」
というかなんでそんなことをオレに聞くんだ?
そんな疑問を抱えながら首を傾げれば「スヴェン様、可愛い!」とクルトが口元を手で覆う。そんなクルトを睨むだけにしておく。
「しかし…」
ぺらぺらと先ほどと同じように捲ってイラストが見えそうになると、そこを飛ばして捲っていく。
「この表紙といい、紙といい…。いいものを使っているんですね?」
オレのその言葉に、なぜかオレ以外の全員が固まる。というかなんでクルトまで固まってんだよ。
「ス…スヴェン様は、その…よくお分かりですね?」
「? そうですか? まぁ、本は好きな方なので」
「あ、そう…なんですね…?」
なんだ? 急にご令嬢たちが焦り始めたんだが…?
「スヴェン様、お茶のお代わりはいかがですか?」
「ん? もらおうか」
「わかりましてございます」
「クルト?!」
こいつもなんかおかしいな?
なんだか良く分からないまま、クルトにお茶を入れてもらうのだった。
しかし…。
「エリカ・フォン・アキン、ね」
これを書いた人物のPNであろう名前を指で撫でると「ふぐぅ!」という声が前方から上がる。
それに慌てて顔を上げれば、ご令嬢たちが胸を押さえてうずくまっていて。
これは発作か?と思いながらもクルトを見れば、こいつもなぜか胸を押さえていて。
「おい。大丈夫か?」
「大丈夫です…。スヴェン様…そんなえっちな指使いをいつの間に…」
「放っておいても平気だな」
うん。と頷きヴェルディアナ嬢を見ればなぜか、かたかたとカップを持つ手が震えていて。
「ヴェ…ヴェルディアナ嬢。その…中身が…」
「だだだだだだ大丈夫ですわ」
「全然大丈夫じゃないでしょう」
顔は澄ましているのに、動揺しているのがまる分かりなのはいかがなものなのか。小刻みに震える手に連動して、紅茶がこぼれてますよ?
というか。
「ここにはオタクしかいねぇのな」
その呟きは誰の耳にも届かず、床に落ちていった。
■■■
「シャルロッタがまた医務室に運ばれた?」
「はい。そのようですね。彼女のクラスメイトに話を聞いたところ、ほぼ毎日医務室に運ばれているようで…」
その報告に怒りが湧き、奥歯を噛み締める。
ヴェルディアナとは違い、ころころと感情に任せて変わる表情、それに砕けた言葉使いに惹かれた彼女。
あんな公爵家、というだけで婚約者になったつまらない女なんかよりも、楽しいと思わせてくれるシャルロッタ。
そんな彼女がどうやらいじめを受けているようだ、と報告が入った。それは偶然、彼女のクラスメイトが教室で何かをしていたところを見たからだろう。
「何でもスヴェン・メルネスの手伝いをしているだけだと」
「スヴェン・メルネスの?」
「あの死にたがりですか」
スヴェン・メルネス。
俺の側近になるはずだったが、子供の頃からの特殊癖によって外された。そして、こともあろうことか王宮で池の中に入って死にかけた奴。
お陰で俺を褒めるための華々しいパーティーは中止。それからというもの、俺はあいつが気にくわない。
ヴィリ様との盟約というくだらないしがらみのために、なぜ俺が犠牲にならなければならないんだ。
ただメルネス家に生まれただけなのに。
父上からは仲良くするように言われているが、いつ自殺を試みるかもわからない人間と仲良くするなどこちらに益がないではないか。
それに…。
スヴェンの側に常に側にいるクルトと名乗る侍従。
行き過ぎた世話に、そう言った関係なのかと怪しむ者が多い。
だがあのクルトという侍従…。底知れぬ闇と共に、何かを感じるのは気のせいだろうか。
まるで俺を監視…いや、何かを見定めるかのような視線を受けたことは何度もある。それは食堂の給仕もそうだが。
今度あのような視線を向けるようなら、母上に言って辞めさせてやろう。母上は俺に甘いからな。父上は俺には厳しいくせに、弟には優しく接している。
何故父上は俺に厳しいのだ、と母上に聞いたことがあったが、その時には「あなたが次の王になるからですよ」と少し闇を落とした表情で教えてくれた。
そして決まって言うのだ。
「あの失敗作と、あなたは違うのだから」
と。
失敗作とは何なのかは分からない。けれど、母上が告げる『失敗作』と俺は違う。
そう、違うのだ。
だから。
「スヴェン・メルネス…! そんなに死にたいのなら、死なせてやろうではないか」
俺のその言葉に、3人がこくりと頷く。
それに、シャルロッタにそのことを問いただしても「私が悪いんですぅ」といってかばうに違いない。
「ああ、待っていてくれ。シャルロッタ。『悪』は俺が成敗してやるから」
その言葉に、頷く3人に俺も頷くとシャルロッタのクラスメイトの聞き取りを開始した。
愛しいシャルロッタを傷つけた証拠を集めて、スヴェン・メルネスの望み通りに処刑をするために。
「あーあ。あのバカ、ついにやり始めたか」
さらりと先の会話をメモしながらそう呟くと、隣にいた影にそれを渡す。すると影は直ぐに気配を消し、父の元へ。
「さて。いい感じに舞台が揃いつつあるのは嬉しいことだね」
にやりと笑ってから、愛しいスヴェン様の元へと急ぐ。
「でも毎回お昼寝してることに何の疑問を抱かないスヴェン様は大丈夫なんだろうか…」
でもそこが可愛いんだけどね、と思いながら誰もいない廊下を鼻歌交じりで走るのだった。
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