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オレの我が儘で国が滅びるかもしれん
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「ちょっと! なんでいじめに来ないのよ!」
腰に両手を当てて般若のような顔でやって来たのはこのゲームのヒロイン、シャルロッタ。
そんな彼女にぱちりと一度瞬きをすると、特に気にすることもなくカップを傾ける。
「今日のおやつは?」
「本日はスコーンです。ちゃーんとクロテッドクリームもあります」
「水分が多少多くても問題ないやつだな」
「仕方ないでしょう? スヴェン様は口移しでしか食べられないんですから」
まぁ、そうかと思いながらカップを置けば、顎を持ち上げられそのまま…。
「ちょっと! ホモの食事風景なんか見たくないんですけど?!」
「……………」
むっきゃーと怒るシャルロッタに、はぁと大きなため息を吐くと、クルトが口に入れていたそれを食べるように告げておく。
むぐむぐとそれを食べている間に、オレはシャルロッタの方を見る。
「突然アポなしで来て、それはいかがなことかと思うが?」
「そんなの関係ないでしょ?! あたしにはあたしのタイミングがあるんだから!」
つまり。
「自分の都合に合わせろ、か。全く」
「そんなことより早く教科書を破いたり、殴ったりしなさいよ!」
「殴るのはいかがなものかと思うが…」
「何でもいいからやりなさいよ!」
きゃんきゃんと叫ぶ甲高い声にイラっとしていると、シャルロッタがふん!と鼻を鳴らす。
「あんた、処刑されたいんでしょ?!」
「まぁ、そうだな」
「ならさっさと言われたことをしなさいよ!」
そう怒鳴るように叫んだ後、バタンと大きな音を立てドアを閉める。その音に肩を竦めると「スヴェン様、大丈夫ですか?」とクルトが聞いてくる。
それに「問題ない」とだけ告げると、シャルロッタが出て行った扉をクルトが睨みつけている。
「なんですか、あいつは」
「まさかあそこまで非常識な奴だとは思わなかった」
ははっと笑うと、何とも言えない表情を浮かべるクルトにまた笑いがこみ上げてきた。
「相当苛立ってましたが…」
「恐らくはイベントか何かが発生していなくて、イラついてるんだろう」
クルトに淹れなおしてもらった紅茶を飲めば、イラついた感情が徐々に治まっていく。
「今までヴェルディアナ嬢や令嬢たちとしか話していなかったから、久々に会うと強烈だな」
「あんなのを王妃にしたいと思っているアレは、どうかしているとしか思えませんね」
うえ、と不味いものを食べた時のように舌を出すクルトに「おい」と咎める。
「別にいいでしょう」
「ダメだ。オレがいなくなったらヴェルディアナ嬢の所に雇ってもらえないか、考え中なんだ」
「もー。スヴェン様は分かってないじゃないですかー!」
やだーと言いながら俺の首に腕を回してすりすりと頭に頬擦りするクルトに、肩を竦めれば「あ、そうだ」と何かを思い出したように言葉が漏れた。
「スヴェン様」
「何だ?」
肩越しに聞こえる声とは反対側に首を傾げれば「可愛い」という言葉に、じろりと睨めば「ここではだめですよー?」と笑われた。
誰が教室で腹上死チャレンジなんかするか!
「後で覚えておけよ?」
「もちろんですよ! スヴェン様のお言葉は一字一句忘れませんとも!」
ふんふんと鼻息を荒くするクルトに毒気を抜かれる。まぁいい。
「それで?」
「ああ、そうだ。一週間前、食堂で起きた騒ぎの時に眠っちゃったじゃないですか」
「それがどうかした?」
そう。オレの色気がなんだのの騒ぎ。あれから一週間が経ち、落ち着きを見せてはいるがやはりまだオレを見た生徒が度々倒れる。
それを重く受け止めたらしい学園側から家に連絡があったようで、オレの食事は教室で食べることになった。あの特別な部屋でも問題ないのでは?との疑問があったが、オレが自死チャレンジのほとんどができなくなっていることは伝えていない。
その為、あの部屋ではオレが何をしでかすが分からない、とのことで何があってもすぐに対処できる教室でとることになった。まぁ、昼になればヴェルディアナ嬢をはじめお腐れ様たちがここに来てくれるのだが。
そこまでしてオレと昼食を共にする理由は分からな…いや、分かる。オレの食事する姿が見たいらしいご令嬢達。
けれどシャルロッタのような嫌悪は全くないのが、きちんと礼儀をわきまえているからだろう。
現代日本でもあの性格なら苦労しそうだが。
この世界だから許されるのか、猫を被るのが相当うまいのか、そのどちらもか。
あれこれ考えていても時間の無駄だから、シャルロッタのことは放り投げる。
「魔法を使うと左目が痛い、とおしゃってることです」
「焼身自殺の時に目に怪我を負ったからじゃないのか?」
オレの魔力を図った後…つまりは焼身自殺から助けられた後日からオレは魔法を使うことを一切許されなかった。
まぁ、当然と言えば当然なんだけど。
その時にクルトが封印魔法を使えるとのことで、オレはクルトによって魔法自体を封印、管理されている。だから魔法を使う時はクルトの許可がいるのだ。
それにオレ自身、魔法を使うと左目が痛くて仕方がないから使いたいとも思わないのだ。まぁ…生活魔法と呼ばれるものならば痛みはないんだけど。
その時にクルトから言われたことがあった。
「スヴェン様は魔法を使うと、焼いてしまった影響で左目に治癒の跡が浮かぶんです」
と。治癒の跡なんかでるのか、とその時は信じていたし、治癒魔法を使った後のことなど聞かなかった。
だから、クルトに言われた言葉の意味に首を傾げるしかなかった。
「実はですね。スヴェン様の左目、魔法を使うとヴィリ様の刻印が浮かぶんです」
「うん?」
なんだって?
「クルト」
「はい」
「もう一回言ってくれ」
「何度でも構いませんよ。スヴェン様の左目に、ヴィリ様の刻印があります」
「聞き間違いじゃなかった…ッ!」
って待て待て。
「ヴィリの刻印って…なんだ?」
「ですよねー。そうなるとお勉強になりますがよろしいですか?」
「勉強? なんでまた?」
「実はヴィリ様の刻印については、子供の頃に絵本で教わるんですよ」
「へー」
そうなんだ、と感心したところで、オレは子供の頃から勉強よりも自死チャレンジに精を出していた。
と、いうことは。
「スヴェン様は知らなくて当然です」
「なるほど? だから勉強、なのか」
「はい」
今更そんなことを勉強してもなー…とは思うが、ヴィリの刻印という名前が気になる。
「よし、勉強しよう」
「さすがスヴェン様!」
「褒めても頭を撫でることくらいしかできないぞ?」
「最高の誉れです」
わふわふと尻尾を左右に振るクルトの頭を撫でてから「それで?」と続きを促す。
「ヴィリ様の刻印、というのはその名の通りヴィリ様の紋になります」
「あいつに紋があったのか…」
「あるんですよー。それでですね、ここから先は王家と公爵家しか知らないお話になるので、理解しても他では話さないでくださいね?」
「話したら?」
にやりとそう意地悪く言えば、クルトからぞっとした気配が溢れた。
「スヴェン様はそんなことなどしないと、私は信じてますからね」
「――…ッ!」
顔はにこりと笑っているのに、目が笑っていない。そんなクルトの手がするりと喉を撫でる。
「今のは冗談ですよね?」
指先で喉を下から上へと撫でられると、そのまま頬を撫でられた。
「別に怖いことをするわけじゃありませんから、安心してくださいね?」
「あ…ああ…」
喉から絞り出した声でそう言えば、ちゅっと頬にキスをされた。
「まーったく、スヴェン様の冗談は面白いんですからー」
にこっと笑うクルトの顔に詰まった息を吐き出す。
「当然だろ…? 面白かったか?」
「ええ! とっても!」
すりすりと頬擦りするクルトに恐怖を感じながら、小さく震える手を握りしめる。
「それでですね。ヴィリ様の刻印というのはとっても珍しいものなので、旦那様にも奥様にも言わないでくださいね?」
「なんでだ?」
「旦那様、奥様に知られてしまうと、スヴェン様自身がとても窮屈になります」
「窮屈?」
「はい。監禁に近い生活になりますね」
「…それって今までと変わらなくないか?」
監禁だろ? 屋敷でも学校でも監禁に近い生活を送っているが?
違うのか?と思っていると、クルトが「全然違いますよ!」と力説する。
「いいですか? 今はまだ緩い方です。これが知られてしまうと、学園にも屋敷にも帰れなくなります」
「うん?」
屋敷に帰れない? どういうことだ?
「王宮に押し込められますね。確実に」
「王宮…。なんか堅苦しそう…」
「ええ。堅苦しいというものじゃありませんよ。常に人の目がありますからね」
「今でもあるけどな」
監視という名の。
「それに、それが知られると王族に嫁がなくてはならなくなるんです」
「はい?」
今何と?なんかとんでもないこと言われたんだけど…。
「王家に…嫁ぐ?」
「はい」
「オレ、男よ?」
「性別は関係ありません。ヴィリ様の刻印があるものは王族と結婚をしなくてはならないんです」
「覆すことは?」
「ヴィリ様との盟約を破棄し、この国が滅びれば」
「それ、あかんやつや」
国を滅ぼしてまでわがままは言えねぇ。
「って、王家と結婚?」
「そう言えばスヴェン様は王家について知りませんもんね」
「ああ」
「現在、王の子供は2人。第一王子のアホ王j…じゃない、アルトゥル。そして第二王子のルイスですね」
「んで、歳が近いのはアホ…じゃない、アルトゥルってことで、ヴェルディアナ嬢が婚約者なっている、ということか」
「さすがスヴェン様! かしこい!」
わしわしと頭を撫でられ褒めてくれるクルトに、ちょっとだけ胸を張る。いやいや。違うから。
「その第二王子は何歳なの?」
「3歳です」
「はい?」
「3歳です」
「あー…」
3歳と18歳。これはなかなかに犯罪臭い…。いや、完全に犯罪じゃねぇか。
18歳になるまで15年。と、なるとオレは33歳? あ、それは無理だわ。
「ですから、アルトゥルと結婚したくなければヴィリ様の刻印は黙っていた方がいいんです」
「あー…まあ、そうなるわな」
あ、なんか頭痛くなってきた。
でも光源氏計画にならなくてよかった…!
と、いうか。
「結構詳しいのね。お前」
「当たり前じゃないですか! スヴェン様のお力になれるなら、ありとあらゆる情報網を使って調べ上げますよ!」
ふんすと鼻息を吐くクルトに苦笑いを浮かべると、そろそろいいかな、なんて思ったり。
「クルト」
「はい!」
「いい加減重いんだが?」
「はわわ! スヴェン様の匂いって、ずっと嗅いでいたくなっちゃいますので!」
すんすんと頭の匂いを嗅ぐクルトはやっぱり犬みたいだ。
大型犬だな。
なんて諦めの境地にいると「コンコン」と扉がノックされる。
それに「どうぞ」と告げれば「失礼しますわね」とおっとりとした声が聞こえ、知らず力の入っていた肩から力が抜けた。
「あら、スヴェン様。今日もクルト様と仲がよろしいのね」
うふふと笑うヴェルディアナ嬢に片手を上げて挨拶をすると「ほわー! い…いちゃいちゃしてますぅー!」という声が聞こえてきた。
いちゃいちゃとは心外だが、このご令嬢達なら嫌な気分にはならない。
お腐れ様だからか?
「お待ちしておりました。ローザ嬢」
「おい。いい加減に離せ」
「あー…! スヴェン様ー…!」
ぐいぐいと頬を手で押せば、泣きそうになるクルト。
そんなオレ達のじゃれ合いに、ヴェルディアナ嬢たちの視線が温かいことに、なんだかくすぐったさを感じたのだった。
■■■
「るぅもさー、可哀想だよねー」
「あー、確かにー」
「オトマワのDLが配信される日に死ぬなんてさー」
「でもさー、DLしなくてよかったんじゃない?」
「あはは! 確かに!」
そう言いながらディスプレイを見れば、そこにはDL中の画面。
「あの子、異様にヒロインに固執してたじゃん?」
「ちょっと怖かったよねー」
「今は悪役の方が人気なのにねー」
「だからこれをやらなくてよかったんじゃない?」
きゃはは!と笑いながら雑誌に載っている、オトマワのゲーム開発者のコメントを見た。
「もし、悪役令嬢―ソニアの代わりに、本編では出番がなかった兄―スヴェンがヒロインと同じ時間軸にいたらどうなるのか、というifの話になります。それと没にされたけれど社内で人気の高かったアルトゥルの兄も、このifの話しにねじ込みました笑」
そんなコメントを見ながら私はにっこりと笑う。
「誰がいつ『ゲーム本編の話し』なんて言ったんだろうね?」
くふりと影を含んだ笑みを浮かべると「おーい。終わったみたいだよー」と彼女も笑う。
「じゃあ、やろっか!」
「うん! すっごく楽しみ!」
シャルロッタがどんな最期を迎えるのかが、ね。
そんなことを考えているとは思わない彼女が《スタート》ボタンを押す。
そして流れる音楽と映像。それを見ながら、どんな進展があったかの報告を待つ私だった。
「あ。今度ショートケーキ送ったろ」
「誰に?」
「あ、ごめん。独り言ー」
「でっかい独り言だなwwww」
腰に両手を当てて般若のような顔でやって来たのはこのゲームのヒロイン、シャルロッタ。
そんな彼女にぱちりと一度瞬きをすると、特に気にすることもなくカップを傾ける。
「今日のおやつは?」
「本日はスコーンです。ちゃーんとクロテッドクリームもあります」
「水分が多少多くても問題ないやつだな」
「仕方ないでしょう? スヴェン様は口移しでしか食べられないんですから」
まぁ、そうかと思いながらカップを置けば、顎を持ち上げられそのまま…。
「ちょっと! ホモの食事風景なんか見たくないんですけど?!」
「……………」
むっきゃーと怒るシャルロッタに、はぁと大きなため息を吐くと、クルトが口に入れていたそれを食べるように告げておく。
むぐむぐとそれを食べている間に、オレはシャルロッタの方を見る。
「突然アポなしで来て、それはいかがなことかと思うが?」
「そんなの関係ないでしょ?! あたしにはあたしのタイミングがあるんだから!」
つまり。
「自分の都合に合わせろ、か。全く」
「そんなことより早く教科書を破いたり、殴ったりしなさいよ!」
「殴るのはいかがなものかと思うが…」
「何でもいいからやりなさいよ!」
きゃんきゃんと叫ぶ甲高い声にイラっとしていると、シャルロッタがふん!と鼻を鳴らす。
「あんた、処刑されたいんでしょ?!」
「まぁ、そうだな」
「ならさっさと言われたことをしなさいよ!」
そう怒鳴るように叫んだ後、バタンと大きな音を立てドアを閉める。その音に肩を竦めると「スヴェン様、大丈夫ですか?」とクルトが聞いてくる。
それに「問題ない」とだけ告げると、シャルロッタが出て行った扉をクルトが睨みつけている。
「なんですか、あいつは」
「まさかあそこまで非常識な奴だとは思わなかった」
ははっと笑うと、何とも言えない表情を浮かべるクルトにまた笑いがこみ上げてきた。
「相当苛立ってましたが…」
「恐らくはイベントか何かが発生していなくて、イラついてるんだろう」
クルトに淹れなおしてもらった紅茶を飲めば、イラついた感情が徐々に治まっていく。
「今までヴェルディアナ嬢や令嬢たちとしか話していなかったから、久々に会うと強烈だな」
「あんなのを王妃にしたいと思っているアレは、どうかしているとしか思えませんね」
うえ、と不味いものを食べた時のように舌を出すクルトに「おい」と咎める。
「別にいいでしょう」
「ダメだ。オレがいなくなったらヴェルディアナ嬢の所に雇ってもらえないか、考え中なんだ」
「もー。スヴェン様は分かってないじゃないですかー!」
やだーと言いながら俺の首に腕を回してすりすりと頭に頬擦りするクルトに、肩を竦めれば「あ、そうだ」と何かを思い出したように言葉が漏れた。
「スヴェン様」
「何だ?」
肩越しに聞こえる声とは反対側に首を傾げれば「可愛い」という言葉に、じろりと睨めば「ここではだめですよー?」と笑われた。
誰が教室で腹上死チャレンジなんかするか!
「後で覚えておけよ?」
「もちろんですよ! スヴェン様のお言葉は一字一句忘れませんとも!」
ふんふんと鼻息を荒くするクルトに毒気を抜かれる。まぁいい。
「それで?」
「ああ、そうだ。一週間前、食堂で起きた騒ぎの時に眠っちゃったじゃないですか」
「それがどうかした?」
そう。オレの色気がなんだのの騒ぎ。あれから一週間が経ち、落ち着きを見せてはいるがやはりまだオレを見た生徒が度々倒れる。
それを重く受け止めたらしい学園側から家に連絡があったようで、オレの食事は教室で食べることになった。あの特別な部屋でも問題ないのでは?との疑問があったが、オレが自死チャレンジのほとんどができなくなっていることは伝えていない。
その為、あの部屋ではオレが何をしでかすが分からない、とのことで何があってもすぐに対処できる教室でとることになった。まぁ、昼になればヴェルディアナ嬢をはじめお腐れ様たちがここに来てくれるのだが。
そこまでしてオレと昼食を共にする理由は分からな…いや、分かる。オレの食事する姿が見たいらしいご令嬢達。
けれどシャルロッタのような嫌悪は全くないのが、きちんと礼儀をわきまえているからだろう。
現代日本でもあの性格なら苦労しそうだが。
この世界だから許されるのか、猫を被るのが相当うまいのか、そのどちらもか。
あれこれ考えていても時間の無駄だから、シャルロッタのことは放り投げる。
「魔法を使うと左目が痛い、とおしゃってることです」
「焼身自殺の時に目に怪我を負ったからじゃないのか?」
オレの魔力を図った後…つまりは焼身自殺から助けられた後日からオレは魔法を使うことを一切許されなかった。
まぁ、当然と言えば当然なんだけど。
その時にクルトが封印魔法を使えるとのことで、オレはクルトによって魔法自体を封印、管理されている。だから魔法を使う時はクルトの許可がいるのだ。
それにオレ自身、魔法を使うと左目が痛くて仕方がないから使いたいとも思わないのだ。まぁ…生活魔法と呼ばれるものならば痛みはないんだけど。
その時にクルトから言われたことがあった。
「スヴェン様は魔法を使うと、焼いてしまった影響で左目に治癒の跡が浮かぶんです」
と。治癒の跡なんかでるのか、とその時は信じていたし、治癒魔法を使った後のことなど聞かなかった。
だから、クルトに言われた言葉の意味に首を傾げるしかなかった。
「実はですね。スヴェン様の左目、魔法を使うとヴィリ様の刻印が浮かぶんです」
「うん?」
なんだって?
「クルト」
「はい」
「もう一回言ってくれ」
「何度でも構いませんよ。スヴェン様の左目に、ヴィリ様の刻印があります」
「聞き間違いじゃなかった…ッ!」
って待て待て。
「ヴィリの刻印って…なんだ?」
「ですよねー。そうなるとお勉強になりますがよろしいですか?」
「勉強? なんでまた?」
「実はヴィリ様の刻印については、子供の頃に絵本で教わるんですよ」
「へー」
そうなんだ、と感心したところで、オレは子供の頃から勉強よりも自死チャレンジに精を出していた。
と、いうことは。
「スヴェン様は知らなくて当然です」
「なるほど? だから勉強、なのか」
「はい」
今更そんなことを勉強してもなー…とは思うが、ヴィリの刻印という名前が気になる。
「よし、勉強しよう」
「さすがスヴェン様!」
「褒めても頭を撫でることくらいしかできないぞ?」
「最高の誉れです」
わふわふと尻尾を左右に振るクルトの頭を撫でてから「それで?」と続きを促す。
「ヴィリ様の刻印、というのはその名の通りヴィリ様の紋になります」
「あいつに紋があったのか…」
「あるんですよー。それでですね、ここから先は王家と公爵家しか知らないお話になるので、理解しても他では話さないでくださいね?」
「話したら?」
にやりとそう意地悪く言えば、クルトからぞっとした気配が溢れた。
「スヴェン様はそんなことなどしないと、私は信じてますからね」
「――…ッ!」
顔はにこりと笑っているのに、目が笑っていない。そんなクルトの手がするりと喉を撫でる。
「今のは冗談ですよね?」
指先で喉を下から上へと撫でられると、そのまま頬を撫でられた。
「別に怖いことをするわけじゃありませんから、安心してくださいね?」
「あ…ああ…」
喉から絞り出した声でそう言えば、ちゅっと頬にキスをされた。
「まーったく、スヴェン様の冗談は面白いんですからー」
にこっと笑うクルトの顔に詰まった息を吐き出す。
「当然だろ…? 面白かったか?」
「ええ! とっても!」
すりすりと頬擦りするクルトに恐怖を感じながら、小さく震える手を握りしめる。
「それでですね。ヴィリ様の刻印というのはとっても珍しいものなので、旦那様にも奥様にも言わないでくださいね?」
「なんでだ?」
「旦那様、奥様に知られてしまうと、スヴェン様自身がとても窮屈になります」
「窮屈?」
「はい。監禁に近い生活になりますね」
「…それって今までと変わらなくないか?」
監禁だろ? 屋敷でも学校でも監禁に近い生活を送っているが?
違うのか?と思っていると、クルトが「全然違いますよ!」と力説する。
「いいですか? 今はまだ緩い方です。これが知られてしまうと、学園にも屋敷にも帰れなくなります」
「うん?」
屋敷に帰れない? どういうことだ?
「王宮に押し込められますね。確実に」
「王宮…。なんか堅苦しそう…」
「ええ。堅苦しいというものじゃありませんよ。常に人の目がありますからね」
「今でもあるけどな」
監視という名の。
「それに、それが知られると王族に嫁がなくてはならなくなるんです」
「はい?」
今何と?なんかとんでもないこと言われたんだけど…。
「王家に…嫁ぐ?」
「はい」
「オレ、男よ?」
「性別は関係ありません。ヴィリ様の刻印があるものは王族と結婚をしなくてはならないんです」
「覆すことは?」
「ヴィリ様との盟約を破棄し、この国が滅びれば」
「それ、あかんやつや」
国を滅ぼしてまでわがままは言えねぇ。
「って、王家と結婚?」
「そう言えばスヴェン様は王家について知りませんもんね」
「ああ」
「現在、王の子供は2人。第一王子のアホ王j…じゃない、アルトゥル。そして第二王子のルイスですね」
「んで、歳が近いのはアホ…じゃない、アルトゥルってことで、ヴェルディアナ嬢が婚約者なっている、ということか」
「さすがスヴェン様! かしこい!」
わしわしと頭を撫でられ褒めてくれるクルトに、ちょっとだけ胸を張る。いやいや。違うから。
「その第二王子は何歳なの?」
「3歳です」
「はい?」
「3歳です」
「あー…」
3歳と18歳。これはなかなかに犯罪臭い…。いや、完全に犯罪じゃねぇか。
18歳になるまで15年。と、なるとオレは33歳? あ、それは無理だわ。
「ですから、アルトゥルと結婚したくなければヴィリ様の刻印は黙っていた方がいいんです」
「あー…まあ、そうなるわな」
あ、なんか頭痛くなってきた。
でも光源氏計画にならなくてよかった…!
と、いうか。
「結構詳しいのね。お前」
「当たり前じゃないですか! スヴェン様のお力になれるなら、ありとあらゆる情報網を使って調べ上げますよ!」
ふんすと鼻息を吐くクルトに苦笑いを浮かべると、そろそろいいかな、なんて思ったり。
「クルト」
「はい!」
「いい加減重いんだが?」
「はわわ! スヴェン様の匂いって、ずっと嗅いでいたくなっちゃいますので!」
すんすんと頭の匂いを嗅ぐクルトはやっぱり犬みたいだ。
大型犬だな。
なんて諦めの境地にいると「コンコン」と扉がノックされる。
それに「どうぞ」と告げれば「失礼しますわね」とおっとりとした声が聞こえ、知らず力の入っていた肩から力が抜けた。
「あら、スヴェン様。今日もクルト様と仲がよろしいのね」
うふふと笑うヴェルディアナ嬢に片手を上げて挨拶をすると「ほわー! い…いちゃいちゃしてますぅー!」という声が聞こえてきた。
いちゃいちゃとは心外だが、このご令嬢達なら嫌な気分にはならない。
お腐れ様だからか?
「お待ちしておりました。ローザ嬢」
「おい。いい加減に離せ」
「あー…! スヴェン様ー…!」
ぐいぐいと頬を手で押せば、泣きそうになるクルト。
そんなオレ達のじゃれ合いに、ヴェルディアナ嬢たちの視線が温かいことに、なんだかくすぐったさを感じたのだった。
■■■
「るぅもさー、可哀想だよねー」
「あー、確かにー」
「オトマワのDLが配信される日に死ぬなんてさー」
「でもさー、DLしなくてよかったんじゃない?」
「あはは! 確かに!」
そう言いながらディスプレイを見れば、そこにはDL中の画面。
「あの子、異様にヒロインに固執してたじゃん?」
「ちょっと怖かったよねー」
「今は悪役の方が人気なのにねー」
「だからこれをやらなくてよかったんじゃない?」
きゃはは!と笑いながら雑誌に載っている、オトマワのゲーム開発者のコメントを見た。
「もし、悪役令嬢―ソニアの代わりに、本編では出番がなかった兄―スヴェンがヒロインと同じ時間軸にいたらどうなるのか、というifの話になります。それと没にされたけれど社内で人気の高かったアルトゥルの兄も、このifの話しにねじ込みました笑」
そんなコメントを見ながら私はにっこりと笑う。
「誰がいつ『ゲーム本編の話し』なんて言ったんだろうね?」
くふりと影を含んだ笑みを浮かべると「おーい。終わったみたいだよー」と彼女も笑う。
「じゃあ、やろっか!」
「うん! すっごく楽しみ!」
シャルロッタがどんな最期を迎えるのかが、ね。
そんなことを考えているとは思わない彼女が《スタート》ボタンを押す。
そして流れる音楽と映像。それを見ながら、どんな進展があったかの報告を待つ私だった。
「あ。今度ショートケーキ送ったろ」
「誰に?」
「あ、ごめん。独り言ー」
「でっかい独り言だなwwww」
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