死に急ぐ悪役は処刑を望む

マンゴー山田

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変化

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「ん…」

もぞりと寝返りをうつと、意識が持ち上がった。
少しだけ痛む頭に憂鬱になったが、ぎゅうっと目をつむれば少しだけ和らいだ気がした。

クルトから痛みを思い出させられたことが相当きつかったようだ。

頭痛など生まれてから感じなかったが、まさか今感じるとは…。
くそ。クルトの奴。

クルトに対してぶつぶつと文句を言っていると、ふと違和感に気付いた。
いつもならば目が覚めれば「おはようございます。スヴェン様」という挨拶と同時にキスをする奴がいない。
それにほっとしつつも、毎日していたことがないと急に寂しくもなる。
いや、なんだよ。寂しいって。ずきりと痛んだ頭に眉を寄せ、それでものそりと起き上がる。

そこで違和感がクルトだけではないことに気付いた。

「あ…れ?」

クルトがいないのならば、他の誰かがいるのが常。だが、誰もいない。
部屋に一人きり。
今までこんなことはなかった。きょろ、と周りを見ても誰もいない。

なんでだ?

急にこの世界に一人きりになったような感覚に、どくどくと心臓が早鐘を打ち始める。
いや、よく考えてみればこの状況はチャンスなのでは? 誰もいないのだ。死ぬのには絶好のタイミングではないか!
誰にも迷惑をかけずに、ひっそりと逝ける。
知らず、頬がゆるむ。

さて。どうやって死のうか。
やはりここはシーツを使って首を吊るのが一番早いか。
だがここで問題が発生する。天井から吊るせない。
しかしそこはあちらの世界にあった情報を使って準備を進めることにする。
あちらの世界は芸能人だの有名人だのが死ぬと、詳細を教えてくれるのだからな。タダで自殺の方法を教えてくれるのだから感謝しかない。
重い身体を引きずって、ドアノブにシーツを絡める。そして輪を作るときちんと首が締まるかどうかチェックする。

一度チェックをしないと万が一がある。
死に損なうと面倒なのだから。
俺もそうだが両親が、だ。

さすがに死に損なった息子なぞ放棄するだろうし、放棄された場合俺は…。

ここでふと、俺は苦しいことが嫌いなのだと理解した。
電車で轢かれると一瞬で意識が刈り取られる。場所によっては死ねないのだが。
それに首吊りが一番手軽で楽な死に方なのだ。
ぐっぐっとシーツが外れないことを確認して、いそいそと輪の中に頭を入れる。尻が少し浮くように調整をしてあるから、足から力を抜けば首に全体重がかかる。

長かった…。本当にここまで長かった。

遺書は…なくてもいい。どうせ突発的にこうなった、と思われるだけなのだから。
体液諸々は申し訳ないが掃除してもらおう。
息を深く深く吸ってから、瞳を閉じる。

さよなら。世界。そして、ありがとう。


“スヴェン様だって気持ちよく死にたいでしょ?”


「――――ッ!」

足から力を抜こうとした瞬間。
クルトのその言葉にハッとした。
そして。

「な…んで?」

がたがたと身体が震えていることに気付く。いや、気付いてしまった。
それからどすん、と尻もちを付くと震えている身体を抱きしめる。

「なんでだ…? 何が怖い?」

今までだって幾度となくこうしてきたじゃないか。何を今さら怖がっているんだ?!
小刻みに震える身体を抱きしめて、膝に顔を埋めて瞼を固く閉じる。

大丈夫、大丈夫。
苦しいのは一瞬だ。だから、大丈夫。

何度も何度もそうやって自分に言い聞かせながら腕を擦っていると、だんだんと身体の震えが治まってくる。
それにほっとしつつ、ちらりと目の前のシーツの輪を見つめる。
それはオレを待っているようにも見えて。

そうだよ。大丈夫。
これが終われば、少なくとも人間であることはなくなるんだからな。

自分を抱きしめていた手をはがし、シーツの輪に手が触れた時だった。

「スヴェンちゃん? 起きてる?」
「――――ッ?!」

扉の向こう側から母の声が聞こえ、身体がびくりと跳ねると、どくどくと心臓が早鐘を打ち嫌な汗が流れる。

「気のせいならごめんなさいね。物音が聞こえたから…」

母のその声にもしかしたら、と嫌な予感がオレを襲う。
からからになった喉からは呼吸しか出てこず、はくはくと口を動かすだけ。

「スヴェンちゃん」
「………っぁ」

返事がないのをどうとらえたかは分からない。けれど、母の優しい声にぼろぼろとなぜか涙があふれ出してくる。

「お腹がすいたら、お父様と一緒に食事にしましょう?」
「母さん…」

思わず出た声に、息を飲む音が聞こえた。

「スヴェンちゃん…」
「母さん…母さん…!」

ぐずぐずと泣きながら震える声で母を呼べば、ドアが開いた。
けど、オレは忘れていた。

ドアの前に座り込んでいることを。

そして当然というかなんというか。

「い゙った!」
「あ、あら! ごめんね!スヴェンちゃん!」

ゴッ、という鈍い音と共に後頭部と背中に激痛が走る。
思わず頭を抱えて足の指を丸めれば、母が驚きと同時になぜかこちらも涙ぐんでいて。

「痛かったわね。スヴェンちゃん」
「…いたかった」

母に頭を抱き締められ、後頭部を撫でられると恥ずかしくもあるけれどなぜか肩の力が抜けて。

「スヴェンちゃんは痛いことには強いものね」
「…そう、なんでしょうか?」
「そうよ。でも、『痛い』って感じられるのはいい事よ」
「うん?」

母の言葉に引っかかりを感じ、どういうことだと聞こうとしたが、すぐにどたどたという音が近付いてくる。それが部屋の前で止まると、肩を上下に揺らし髪を乱した父が瞳をこぼれんばかりに大きく見開いていて。

「父さん…」
「スヴェン! 大丈夫か?! 何があった?!」
「あ、いえ…」

母さんが開けたドアが頭に当たりました、なんて理由を話すのが恥ずかしくてもごもごと口を動かしていると、母が俺の頭を抱き締めながら話す。

「私が慌ててドアを開けてしまったの。そしたらスヴェンちゃんの頭に当たってしまって…」
「怪我は?」
「…ちょっと後頭部が痛いだけ」
「そうか。それならよかった」

ほっと安堵の息を吐く父に何かを言おうとして、口を閉じる。
けれども父は何も言わず「立てるか?」と手を差し伸べてくれた。その手を取れば、母が頭から手を離してくれ立ち上がる。

「気分が悪くはないか?」
「大丈夫です」
「そうか」

そういえば頭をぶつけると気分が悪くなることもあったな、なんて人ごとのように思っていると母から息を飲む声が聞こえた。
それに父も視線を向けると、オレが乗せていた手に力を込めた。

「あ…」

そう。ドアノブにくくられたシーツの輪。
それを見て両親の顔から色が抜けた。

「…ごめん」

そう謝れば、父に抱きしめられた。
え?
父に抱きしめられるなど初めての経験で、身体が固まる。

「死ななかったんだな」
「え?」

父のその言葉にオレが死のうとしたが、死ななかったと思ったのだろう。
実際は、が正しいのだが。

「スヴェンちゃんが自殺をしようとして意識があるのは初めてね」
「それだけでも私たちは嬉しいぞ」

ぎゅうと抱きしめられ、オレはどうしたらいいのか分からず困惑するしかない。
それでも父の身体が小さく震えていたから、おずおずと腕を回してシャツを握ると、またもや息を飲む音が聞こえた。

「スヴェン。お前が生きているだけで私は…」
「父さん」
「スヴェンちゃんの元気なお顔を見られるだけで私も嬉しいのよ」
「母さん…」

そっとハンカチで目元を押さえる母と、言葉は少ないがかき抱かれる腕の力で気持ちを伝えようとする父。
こんな優しい両親にオレはいつも迷惑をかけていた。
あっちの世界の両親には本当に悪いことをしたと思っている。

「ごめん…」
「スヴェン」
「スヴェンちゃん…」
「ごめんなさい」

ころりと出た言葉は果たしてどちらの両親に告げたものだろうか。
いや、どちらの両親にもだ。
クルトとは違う匂いと温もりにどこか違和感を覚えながらも、オレはほっと息を吐く。
すると小さく腹が鳴った。

「あ」

それが恥ずかしくて父の胸に顔を埋めれば「まぁ!」と母の驚いた声にびくりと肩が震えた。

「まぁまぁまぁ! あなただけずるいですわ!」
「落ち着きなさい」

なにやら母が「ずるいずるい」と言いながら父の腕をぽこぽこと叩いているらしく、振動で伝わってくる。
それに「ふはっ」と思わず吹き出せば、両親が固まった。
うん? なんだ?

「ス…スヴェンが…」
「笑ったわ…」

両親のその言葉が一瞬理解できずにいたが、そう言われてみれば笑ったことなどあまりなかったな、なんてぼんやりと思う。
すると父がオレの二の腕を掴み、勢いよく引き剥がす。

「うわっ?!」
「スヴェン! もう一度! もう一度笑えるか?!」
「母様も見たいわ!」

どこか必死な両親にぽかんとしてしまったけど、それがなんだかおかしくて。

「なんだよ、それ」

そう笑えば、今度は両親に抱きつかれて。

「スヴェン!」
「可愛いわ! さすが私たちの自慢の息子ね!」

そう言いながらなぜかぎゅうぎゅうと抱きつかれ、呼吸をするのが大変だった。

「旦那様、奥様。それくらいにされないと、スヴェン様の呼吸ができなくなりますよ?」

その声にハッとした両親が慌ててオレを離すと「ふはっ!」と息を吐く。

「すまないスヴェン!」
「ごめんね、スヴェンちゃん! あまりに可愛かったら…!」

おろおろとする両親に髪を整えてもらいながらオレはまた笑う。

「父さんも母さんも。オレ、もう18だぞ?可愛いって歳でもないだろ」
「スヴェンちゃん可愛い!」
「可愛いぞ! スヴェン!」
「ぐえっ!」

18と言えばこの国ではすでに成人だ。あっちの世界でも成人だけどな。
そんなオレに両親はひたすら「可愛い」と連呼しながら頭を撫で、抱きしめた。

その様子を使用人たちが目元を覆いながら見つめていたことなど知らずに。


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