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知らなきゃよかった!
しおりを挟む「風呂入ってくる」
ヴェルディアナ嬢と話した後。
オレは急激な睡魔に襲われ、眠っていた。
もちろんテーブルに突っ伏して寝ていたわけではない。医務室的なところでベッドに横になり、すやすやしていたらしい。
意識が浮上した時、椅子に座ってだらしない表情でオレを見つめていたクルトに思わずチョップをかました。
頭を押さえながら「スヴェン様ひどーい!」と言うクルトを半眼で見れば「スヴェン様からの熱視線!」と訳の分からないことを言いながら頬を染めた。
それはいつものことだから無視して、起き上がると両腕と背筋を伸ばす。
「よく眠れましたか?」
「うん? まぁ…」
「それはよかった。最近スヴェン様お疲れだったから眠くなってしまったのかもしれませんね」
「…それはいいが。授業は?」
「先生には事情を説明して後日、となりましたからご安心を」
椅子に座ったままだが、胸に手を当て頭を下げるこいつに小さく息を吐く。
「ああ。それと」
「なんだ」
「授業は終わっておりますので、屋敷に戻りましょうか」
にっこりと笑いながらそう告げるクルトは外されていた皮の紐をびん、と両手で引っ張った。
屋敷に戻ってきたら、父と母が泣きながらオレに抱きつかれた。
それにうんざりしながら「只今戻りましたよ」と告げれば「倒れたと聞いて心配していたぞ!」と父が半泣きでそう言えば、母も「スヴェンちゃん! 怪我は?!」と半泣きだ。
メルネス家の執事も目元を涙でぬぐっているし、侍女長もハンカチで目元を覆っている。
子供の頃、いつも自殺を試みていたオレを知ってるからだろうな。
申し訳いとは思うが、オレも必死なんだ…。
半泣きの父と母を引きはがして執事と侍女長に任せてから、自室へと急ぐ。
クルトがいないとドアすら開けられないからな。
ドアを開けてもらって、急いで中に入ると「はああぁ…」と大きく息を吐いた。
そして冒頭の言葉だ。
授業をさぼって家に戻ってきたから、時間はある。
昼寝をしたから、眠気もない。
なら、風呂に入ってさっぱりとしたいと思って言ってみたんだが…。
「待ってください。スヴェン様。私も一緒に入ります」
「…子供じゃないんだ。1人で入れる」
「あっはっは! スヴェン様は冗談もお上手で、私、面白すぎてお腹痛くなっちゃいます!」
そう言って、腹を抱えるクルトにムッとすれば「いいですか」と笑いをひっこめた。
「そういうのは、風呂に顔を付けて死のうとしたりしなくなってから言ってくださいね? ああ、でもスヴェン様がぐったりすれば、堂々と人工呼吸という名のキスができるのでは…?!」
「ええい! やめろやめろ!」
いかにオレに怒られずに触れようとするのはいつものことだ。
それに。
「あ、でもお風呂入ってる間は触りたい放題ですからねー」
「はぁ…風呂の時だけ違うやつにしてもらえるか聞いてみるか」
「何言ってんですか! スヴェン様!」
「あ?」
つい低い声でそう言えば、クルトはにこにこと笑っている。
「スヴェン様を止められるのは、私だけなんですよ?」
「だから嫌なんだよ」
「さぁさぁ! お風呂に入りましょうね~」
「はぁ…。仕方ない…」
ここでごねてもこいつと風呂に入らなければならない事実は変わらない。
なら、さっさと入ってしまった方が精神的にも楽なはずだからな。
だが、なんか嫌な予感がするんだよな…。
そう思いながら、風呂に移動したのはよかったが…。
「だー! 触るな!」
「なに言ってるんですか! ここも綺麗にしないとダメですから! ね?! スヴェン様!」
「ぎゃああああ! 息! 息が荒いんだって!」
「当たり前でしょう?! スヴェン様のこことか、ここ、触れるのは今しかないんですから!」
「本音が出過ぎだ! ばか!」
とまぁ…。
オレのあれや、自分でもなかなか触ることのしない所を石鹸で洗われるんだ。
しかも毎回な?
お陰で風呂だけで疲れる。
おかしいな。疲れをとるために風呂に入るんだけど。
しかも。
「今更じゃないですか! 朝、元気なスヴェン様のスヴェン様をぺろぺろして抜いてるじゃないですか!」
「初めて聞いたぞ?! お前そんなことしてんのか?!」
「え? スヴェン様、気付いてると…。あ、じゃあ…」
「お前…」
こいつの変態っぷりは理解していたつもりだが、本当につもりだった。
まさかオレの息子を寝てる間に犯されていたとは…。
少し引き気味にクルトを見れば、ふんと開き直った。
「スヴェン様の種を知らない誰が持ち去るより、私に飲まれた方がいいでしょう?!」
「アホか! オレの種を誰が持ち去るんだよ!」
「あー…スヴェン様は知らないですもんね…」
そこでクルトがやれやれと肩を竦めた。
知らない? 何がだ?
「いいですか。スヴェン様。自殺癖があってあんまり人が寄ってこないとお思いですけどね、顔はいいんですよ」
「顔はって…」
「それにメルネス家は公爵家。うっかり女性を孕ませれば、その方が夫人になるんです」
「それで?」
「スヴェン様の種だけ欲しい、っていうご令嬢…いや家があるんですよ」
「まさか」
そんな突拍子のない話なんかあるわけないだろ。
クルトの話を鼻で笑い飛ばしたが、じっと見つめてくるストロベリー・レッドに少したじろぐ。
「だから言ったじゃありませんか。スヴェン様は知らないです、と」
「――――ッ?!」
真面目な表情でそう告げるクルトに、ぞわりと背中に悪寒が走る。
まさか、そんな。
そう否定はしたが、もしも。もしも本当にそうだとしたら?
そんな考えが頭をよぎると、こくりと息を飲む。
「…本当、なのか?」
「本当ですよ。スヴェン様に婚約者がいないことをいい事に、そう考える家もあるんです」
「………………」
今まで家のことや婚約者のことなど気にしていなかったが、まさかそんなことになっているとは…。
いや、待て。
「子供がいても問題ないのでは?」
「はい?」
オレの言葉に、ぽかんとしているクルト。
なんだ。
「まぁ…オレとしては、結婚は無意味だからな」
「は?」
「だが、父や母は寂しいだろう? なら子供がいた方がいいのではないか?」
「ちょ…スヴェン様?!」
だんだんとクルトが焦りだすが、そんなことは些細なこと。
オレが死んでしまったら、残された父と母はどうなるのか。
そんなことを考えていなかった。
ならば、子供…孫がいれば寂しくないな。うむ。
「クルト」
「は、はい?」
「今すぐ、種を欲しい家にあげてくれ」
「はいー?!」
驚くクルトに、オレも驚く。
それにびくりと肩を跳ねさせると、クルトが「チッ」となぜか舌打ちする。
「クルト?」
「嘘ですよ」
「は?」
「スヴェン様の種が欲しい家があるなんて嘘です」
「…なんでそんな嘘を吐いたんだ?」
腕を組んでそう尋ねれば、唇を尖らせたクルトが話し出す。
拗ねるな。
「ああ言えば、種を外に出すのがまずいと思うでしょう?そしたら私に処理を頼むと思ったんですよ」
「…つまり、オレの種が欲しいから嘘を吐いた、と?」
「そうですよ」
ふん、とこれまた開き直ったクルトに頭が痛くなる。
なんでこいつはオレに関することになると、こんなにもおかしくなるんだ。
「さっき言ってだろ」
「なにがです?」
「オレのをペロペロしている、と」
「言いましたね」
それが何か?と首を傾げるクルトに、ますます頭が痛くなる。
「つまりフェラをした後、飲んでるんだな?」
「フェラ、というのが口淫のことならそうですね」
「はぁぁぁぁ…聞きたくなかった…」
もうやだこの侍従。
さめざめと泣けば「ちょっとクルト様! 涙がもったいないので、舐めさせてください!」なんて言う始末。
本当にこいつを雇ったのは誰だよ。
「オレのどこがいいんだよ」
「え? スヴェン様だからに決まってるじゃないですかー」
クルトのその言葉に、少しだけきゅんとしたのは気の迷いだろう。
にこにこと笑うその顔に、もう一度盛大にため息を吐いた。
「そう言えばスヴェン様」
「なんだ?」
風呂から上がって夕飯を食べた(家でもクルトの口移し)後。
部屋に戻ってきたオレに、クルトが話しかけてきた。
「スヴェン様って、大体のことをしてるじゃないですか」
「大体のこと?」
「自死のことですよ」
「あぁ」
赤子の頃から続けている自殺チャレンジ。
今のところはすべて失敗しているが。
「えーっ、と…。首吊りに、轢死、焼死、水死、転落に毒。いろいろされてますけど、他に何かあるんですか?」
「他…?」
「はい。スヴェン様って、1人で死ぬことを前提としてるじゃないですか。2人でできるのってないんですか?」
「なんだ。急に」
「いえ。少し気になっただけですよ」
にこにことしているクルトに眉を寄せて、ベッドに座る。
「あることはあるが…」
「あるんですか?!」
「あるぞ。嘘か本当かは知らないが」
「あ、ちょっと気になるかも」
そわっとしたクルトに苦笑いを浮かべると、頭の片隅にあるそれを口にする。
「腹上死、と呼ばれるものだな」
「フク…?」
「腹上死」
「それってどういうものなんですか?」
きらきらと瞳を輝かすクルトを見て、しまったと口に手を乗せる。
「ねー、スヴェン様ー」
「やる、とは言っていない」
「なんでですか? 2人なら、私がいるじゃ…」
「オレは!」
クルトの言葉を遮るようにそう叫ぶと、瞳を大きくしている彼を見る。
「お前を巻き込むつもりはない」
「でも…」
「でもじゃない。いいな? 今度は誰にも迷惑をかけたくはないんだ」
「今度ってどういう…!」
クルトの言葉を無視してベッドに転がると、シーツに包まる。
「スヴェン様!」
「うるさい。オレはもう寝るから、お前も適当に寝ろ」
「…分かりました」
しっしっと手を動かすと、納得していない声でそう告げるクルト。
珍しくそのまま出て行ったクルトに、シーツに包まったまま「はぁ」と大きなため息を吐く。
「オレはお前を罪人にはしたくないんだよ」
ぽろりとこぼれた言葉はオレ以外の誰にも拾われることなく、床へと落ちていった。
「…スヴェン様のばか」
聞こえてしまったスヴェン様の言葉に、ずるずると背中を凭れさせたまま蹲る。
そんな私を見た侍女がびくりとしていたが、気にすることもなくそそくさと仕事に戻っていく。
「スヴェン様が死ぬときに瞳に映るのは俺だけでいい」
ゆらりと胸の奥に揺らめいた暗い欲望。
それは初めて会った時と同じで。いや、いまはそれ以上に闇に染まっているが。
「スヴェン様は俺の物なのに」
がりっと親指の爪を噛んで、漆黒の欲を瞳に湛えたまま扉を見つめる。
「愛しい愛しいスヴェン様。あなたが死ぬときは俺も一緒ですからね?」
くくっと喉で笑うと、立ち上がる。
そして。
「さて! 明日も忙しくなりそうだなー」
明るくそう独り言を告げると、私も寝る準備のために私室へと向かうのだった。
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