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本気ですか?

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「随分と仲がよろしいですわね」
「はぁ…」

突然現れた王子様の婚約者。何の用だ?と警戒すれば「そんなに警戒なさらないで」と上品に笑う。

オレはいいがクルトは?とちらりとそちらに視線を向ければ特に気にすることもなく、もぐもぐとご飯を食べている。
おいー?!

「ああ、お食事を続けてくださって構いませんわ」
「どうも?」

婚約者様の言葉に簡単に礼を言うクルトにオレはやばい、と肝を冷やす。
オレが死んだあと、こいつにはいいところで働いてもらいたいからだ。こいつはまぁ…オレに対して容赦はないが、他の人間に対してはそれなりに対処しているからな。他の所でも十分働ける。

「クルト」
「なんですか」
「言葉を慎め」
「はいはい。それよりご飯食べてるんですから話しかけないでくださいよ」

そう言ってじとりと見つめてくるクルトに、大きなため息を吐くと婚約者様に謝る。

「申し訳ございません」
「構わないわ。それに、用があるのはあなたですもの。」

言いながら視線が捉えたのは食事中のオレの侍従。
おい、頬にクズがついてるぞ。
とんとんと自分の口元を指で叩けば「スヴェン様が取ってくれればいいのにー!」とわめく。うるさい。というかオレは一応お前の主人だ。
不満そうに唇を尖らせながら、しぶしぶナプキンで口元を拭くクルトに肩を竦める。
おっと。そういえばオレはまだ口輪マズルガードをしていなかったな。仕方ない。

「クルト。口輪を」

一応口輪をするように食事をしているクルトにそう言えば「喜んで」といいながらにこにこと上機嫌でそれをつける。というかフォークを咥えたままはどうかと思うんだが。
それに緩めた紐もきつく結び直されると「できましたよー」とのんびりと告げる。ぐっぐっときちんと結び直されているかを確認するために手首を捻るが緩む気配はない。よし。

「お待たせして申し訳ございません」
「気にしなくていいわ。急に話しかけてしまったのはわたくしの方なのだから」

お嬢様らしくにこりと微笑むその笑顔に胡散臭さを感じながら、オレもにこりと笑えば給仕がカップを置いていく。サービスか。

「それで?」
「ええ。ここで話す話でもないのだけれど」
「申し訳ございません。私が動けないもので」
「そうね。だからここでもいいと思うのだけれど」

そう言ってちらりと周りを見れば、すでに生徒の姿はほとんどない。どうやら午後の授業が始まるようだが…。この人はいいのか?そんな疑問が伝わったのか「お気になさらないで」と笑う。

「むしろサロンなど人がいない所には行けないでしょう?」

ふふっと上品に笑う婚約者様にそれもそうか、と思う。なんせ他の生徒は午後の授業のためいなくなった。ということは人がいないということで。食堂なら給仕もいる。他人の目があるからここでもいいだろう、ということか。
婚約者様には悪いがそうさせてもらおうか。オレも動けないしな。

「では、ここで」
「ところでクルトに用がある、とは?」
「そのことなのだけれど」

ちらりとクルトを見るその瞳にはどこか信じられないものを見るようなもので。それにオレは眉を寄せるが、デザートを嬉しそうに頬張るクルトは気にしていないようで。
こいつ…、肝っ玉が太いのかなんのか。

「あなた、どこかでお会いしたことがありませんか?」

はい?
思いがけない言葉に、ぎょっとする。

「いえ。わたくしの勘違いならばよいのですけれど」
「勘違い?」
「ええ。その…一度だけお会いしたことがあるような気がしたもので」

言葉を濁す婚約者様にオレは首を傾げれば、隣から「やだ! スヴェン様可愛い!」という嬉しそうな声が上がる。おい。

「クルト」
「なんですか? スヴェン様」
「ええい! によによとした、だらしない表情をするな!」
「えー。だって口輪つけてるスヴェン様可愛いんだもーん」
「もーんじゃない!」
「ふふっ」

ぎゃんぎゃんとクルトといつものように会話をしていたが、小さな笑い声で我に返った。しまった。今は2人だけじゃなかった。

「いえ。お気になさらず」
「いえ。申し訳ない。それで、クルト?」
「この方と会ったことがあるかどうかならありませんよ?」
「なぜそう言い切れますの?」

すぱっと会話に入り込む婚約者様に、クルトがあからさまに眉を寄せる。おい。

「だって私『男爵』ですからね」
「え?」
「そういえばお前の家のことは初めて聞いたような気がするな」
「そうでしょう? もっと私に興味を持ってくれてもいいんですよ! スヴェン様!」
「だから! じゃれるな!」

口輪と手を拘束しているから動けないオレに横から抱きつき、すりすりと頬擦りするスヴェンに少しだけ殺意を覚える。だがこいつを殺すくらいならオレが死にたい。

「…本当ですか?」
「嘘をついて何かいい事でもありますか?」
「…失礼ですがあなたは長子では?」

なんだ? やけにクルトのことを聞いてくるな。
というかオレもこいつのことを聞くのは初めてな気がする。…まぁ他人に興味がないからな。仮に知ったとしても、死にゆくオレには関係ないし。

「クルトはいくつだっけ?」
「えー。私の年齢聞いちゃいますー? 興味持ってくれたんですね! 嬉しいです!」
「ええい! いちいち喜ぶな!」
「だってスヴェン様が私に興味を持ってくれたんですよ?! 喜ばずにはいられませんよ!」
「いや。お前に興味があるのは…ローザ公爵令嬢ですからね?」
「ちぇー」

こいつは…! 何でもかんでもオレに絡めてくる必要はないだろうが!
すると、婚約者様―ローザ公爵令嬢が眉を寄せてクルトを見つめている。うん?

「それで? お前の年齢は?」
「もうすぐ23になりますね」
「…マジか」
「はい。あれ? お祝いしていただけるんですか?!」
「んなわけないだろ?!」
「残念ー」

がっくりと肩を落とし「せっかくスヴェン様におめでとうって言ってもらおうと思ったのに」としょげるクルトに、オレは何とも言えない気持ちになる。
そういえばクルトの誕生日なんか知らないもんな。オレ自身の誕生日は毎回盛大に祝われるが。
というよりも1年間生存したことの喜びが大きいようで、誕生日になると侍女も侍従も盛大に祝ってくれる。
両親なんかはオレを抱きしめてわんわん泣くからな。いい大人がそこまで泣くか?ってくらい泣くんだよ。
そしてオレはまた1年無駄に生き延びたな、という実感を得る。
はぁ…。早くおさらばしたいんだけどな。

「失礼ですがお名前は?」

すーりすーりとオレに頬擦りするクルトを放置していたら、ローザ嬢が寄せた眉をさらに深くしている。綺麗な顔してるんだからそんなことしちゃダメだって。

「ローザ公爵…」
「あのさ」

オレがローザ嬢に声をかけた上からクルトが遮った。おい。
しかもすんごい失礼なことしてねぇか? お前。

「いい加減にしてもらってもよろしいですか? ローザ公爵令嬢」
「―――ッ?!」

初めて聞いた低く冷たい声に、ローザ嬢もオレも息を飲む。こいつもこんな声出せるのか。
そんな頓珍漢な関心をしていると、クルトがにぱりといつものだらしのない表情をオレに向ける。

「怯えるスヴェン様も可愛い」
「うるせぇ!」

にまにまとしているクルトについいつも通り突っ込んだが、目の前でカタカタと震えているローズ嬢が視界に入る。おっと。そうだった。
べ…別に忘れていたわけじゃないぞ?

「申し訳ない。ローザ嬢」

怯えているローズ嬢に頭を下げれば「スヴェン様?!」とクルトが焦る。
お前のしたことはダメなことだ。お前の主はオレなのだから。
それに、ご令嬢なのだからそんな威圧的になられたこともないだろうし。
いわば、街中で怖いお兄さんにいきなり文句を付けられた、というところだろうか。

「あ、いえ…」
「侍従が失礼なことをしました」

下げた頭をさらに垂れれば、逆に困惑したような視線が向けられる。
クルトは何も言わないけど、恐らくは顔を青くしているだろう。

「頭を上げてください。スヴェン様」

ローザ嬢の言葉に、頭を上げると困ったような表情が目に入った。

「わたくしも失礼なことを聞きましたわ」
「お気になさらないでください」

にこりと微笑みながらそう告げれば「そうですわ」と両手をパン、と合わせる。

「わたくしもスヴェン様も同じ公爵家。家名ではなく、名前で呼んでいただけませんか?」
「よろしいので?」
「もちろんですわ。私はお名前でお呼びしていますし」
「そう言われれば」

ローザ嬢はオレのことを「スヴェン様」と呼んでいたな。
仲良くもないやつにいきなり名前呼びされると「何だこいつ」となるのと一緒だが、ローザ嬢はそれを感じさせないのは、マナーがあるからだろう。

と、いうかオレの家、公爵家だったのか。
そもそも公爵とか爵位とかよく分からないのだが。

「…申し訳ございません」
「え?」

いきなり謝られてオレは驚く。どこに謝る要素があったのか分からなかったから。

「名前で呼んでほしい、だなんて…」
「ああ、いえ。少し考え事をしていましたもので。こちらこそ申し訳ない」

再び頭を下げると「頭を上げてください」と慌てて言われてしまう。
なんとも微妙な空気に、わざとコホンと横を向いて咳ばらいをする。

「では、ヴェルディアナ嬢」
「ふふ。ありがとうございます。スヴェン様」

ローザ…ヴェルディアナ嬢がふわりと微笑むと、彼女の周りに花が咲いたようだ。
可愛らしいな、と頷くとなぜかクルトの手が口輪のベルトを外した。せっかく付けたのに何してんだ。こいつは。
すると口輪を外し終えたクルト手が顎の下にもぐりこみ、くいと持ち上げられた。
そしてどこか不貞腐れているような表情のクルトの顔が近付いてくると、そのまま唇を重ねられた。
それに驚き、口を薄く開けると途端に流れ込む液体。
その正体は紅茶なのだが、何も今じゃなくてもいいだろう?!
目の前で男同士のキスを見せられているヴェルディアナ嬢は今、どんな気持ちなんだろうか。
不快になっていなければいいが。

「ん?!」

液体を飲み干したあと、くちゅ、と舌を絡められたとこに瞳を大きくすると、オレをじっと見つめてくるストロベリー・レッドの瞳。
その瞳はどこか怒っているようにも見えて。

「んぐ!」

だが、それは呼吸が苦しくなったことでどこかへ吹き飛ぶ。
いい加減にしろ、と両手の拳で腹を殴れば「んぶ?!」という声と共に舌が出ていく。
はーはーと肩で大きく息を吐きながら、腹を押さえて「ぉぉぉぉぉ…」とうずくまって悶えるクルトを無視してヴェルディアナ嬢を慌てて見る。
するとそこには。

口を手で隠して、ぱちぱちと瞬きをしているヴェルディアナ嬢。

お年頃の…しかも純潔を保つことをよしとする世界。
同性同士のキスを見て驚いたのだろう。

「も、申し訳…!」
「あ、いえ。事情はお聞きしておりましたから」

頬を染めながら、慌てて両手をぴこぴこと左右に振るヴェルディアナ嬢は大変可愛らしい。

「その…近くで見ると刺激がちょっと強かったものですから」
「す、すみません…!」

何度目かの頭を下げると「ふふ」と柔らかな笑い声が聞こえた。

「いえ。わたくしの勘違いでした」
「勘違い?」
「はい。クルト…様。申し訳ございません」

クルト…? たかだか侍従に様を付けた?
頭を下げるヴェルディアナ嬢の言葉に気になったが、よろよろと椅子に捕まって立ち上がるクルトの方に意識が向いた。

「…反省したか?」
「しました…。ものすごく…」
「ならいい」
「…はい」

腹を押さえながら、どことなく顔色を悪くしているクルトに肩を竦めると「くすくす」とヴェルディアナ嬢が笑う。

「あの」
「はい?」
「明日、こちらで食事をしてもよろしいですか?」

ヴェルディアナ嬢の言葉に。今度はオレが驚く。

「食事…とはいっても私の食事風景は…」

お嬢様に見せられるものではないんですけどね。と言外に含ませてみたが、ヴェルディアナ嬢はにこりと微笑む。

「事情は分かっております。それも踏まえて、ですわ」
「まぁ…不快でなければ…」
「ふふ。では明日、こちらの席で」
「は、はい」
「それと」
「なんでしょう?」

ふわりと微笑むヴェルディアナ嬢になんだか嫌な予感がしたが、顔に出さないようにする。

「明日とは言わず、お昼はご一緒してもよろしいでしょうか?」
「は?!」

そのとんでもない言葉に目を剥くが、ヴェルディアナ嬢はにこにことしていたのだった。


■■■


やはり、あのクルトという侍従。わたくしの勘違いではなかった。
あの瞳をわたくしは知っている。

かつかつと食堂から出て廊下を歩きながら、わたくしは先ほど話したスヴェン様とクルト様を思い出す。

スヴェン様のことは殿下のを選定するパーティで会った事はありましたが、あの会場であんなことをする方だと貴族中に広まっていますし。
けれど侍従である、クルト様は謎が多い。
あのスヴェン様を溺愛しすぎている侍従。人を使って調べても先ほど聞いた答えと同じ。

ですが…。
実際に会ってみてそれが間違いだと分かっただけでもよしとしましょう。

角を曲がったところで、人影が見えたことに少しだけ驚く。
今は授業中。それなのに人影がある、ということは。

「先ほどぶりですね。ローザ様」
「ク…ルト様」

にこにこと人好きのする笑顔を私に向けてはいますが、どこか寒々しく、ぶるりと寒気が襲う。
それでも身体がしっかりとこうするように、と覚えているようでスカートを摘まみカーテシーをする。

「いかがされました? 私はたかが侍従ですよ?」
「い、いえ…」

咄嗟にカーテシーをしてしまいましたが、彼は侍従。
本来ならばそんなことをする必要はないのです。



先ほどは驚いてすっと視線を逸らしましたが、彼の側に主がいないことに気付きました。
あれほど溺愛にも等しい愛情を注ぐスヴェン様をおひとりにした?

「ご心配なさらずともスヴェン様なら少しされてますよ」
「そ、そう…なんですね」
「大丈夫だよ」
「え?」

その言葉に顔を上げれば、瞳が笑っていない笑顔を張り付けたまま私を見つめていて、ぞわりとしたものが襲う。

「何かあれば『彼ら』が動くから」
「――――ッ!」
「だからローザ嬢」

かつ、かつと近付いてくる靴音に身体が震え始める。
怖い。
あの方とは違い、圧倒的な威圧がわたくしを包みます。
かち、と淑女らしくもない歯が合わなくなる音もそのままに、頭を下げれば足音がわたくしの隣で止まる。

「私の『正体』は内緒だからね」

そう耳元で囁かれると、こくりと頷く。恐怖で声が出ないわたくしはそれだけで精一杯で。
それを見たクルト様は「よかった」と明るくおっしゃると「それでは」と告げ、遠ざかっていく。
かつ、かつという靴音が小さくなったところで、その場にしゃがみ込むと自分の腕で身体を抱く。

今まで感じた恐怖は子供騙し。

あれが本当の恐怖だと理解したわたくしは、しばらく自分の身体を抱いたまま声を殺して泣いていた。



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