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いい知らせか悪い知らせ

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“さて。ハルト”

ルスの呼びかけにハッとすると、バサリと羽音が聞こえて。
はらりはらりと光の羽根を落としながら現れたのは、一羽の大きな光る鳥。
それが目の前にいる。

“まずは礼を言わせてもらおう。ありがとう”
「え?」

なぜルスに礼を言われなければならないのか分からない俺は焦る。
どうしたら、とトレバー達を見ても首を捻っているから、彼らも心当たりがないのは分かった。

“さて。ハルトよ”
「っは、はい!」
“くかか。なぜそのような言葉遣いをしている”
「いや…だって…」

神々しい光を纏うルスの姿を見て今まで通り話せって言う方が無理だと思うけど…。

“ふむ。これがダメなら右腕の姿になるが…”
「ぜひこのままでお願いします」
“仕方ない”

くかかと笑うルスに俺も変な緊張はなくなって、ふとシモンに摘ままれている妖精はどうなった?と視線を向ければ、ぐずぐずと泣いている。
あー…。なんか可哀想だよなー…。そろそろ離してもいいんじゃ…?

「なぁ、ルス…」
“さて、ハルト”

またもや俺の言葉にかぶせてくるルスにちょっとだけイラっとするけど、何か言いたいのだろうと譲ることにする。
仕方ない。

「なんだよ」
“ダンジョン踏破の褒美は何がいい?”
「は?」

踏破の褒美?
眉を寄せてルスを見れば“そうだ。褒美だ”と頷いている。

「…右腕?」
“それは確定報酬だ。他だ”
「あ、右腕は確定報酬だったのね」
“そうだ”
「えーっと…褒美は俺だけ?」
“まさか。トレバー、グラン、ヒューム、シモンにも与えるぞ”
「そっか。よかった」

俺だけ確定報酬があるから一つ多くなっちゃうけど。

「でも、おれ達は踏破扱いにはならないんです。ルス様」

すっと右手を上げて話すトレバーに「あ、そうだった」と言えば「忘れんな」とグレンに突っ込まれた。
それにルスが“かかか”と豪快に笑う。

“それは人間側が決めたことだろう。我には関係ない”
「ええー…」
“ほれほれ。遠慮せずに言ってみろ”

えー。そうはいっても急には思い浮かばないよなー…。
トレバー達は?と見れば、トレバー達も同じように悩んでいる。
だよなー。

「決まってから、っていうのは?」
“ふむ。まぁ仕方ない。決まったら言うがいい”
「そうするよ。っていうかそろそろ離してあげてよ」
「そうは言ってもな…」

そう。ずっと泣いてる子が気になって気になって…。
それにシモンの指も辛そうだし…。

“そうだな。抵抗しない、と言えば離してやってもいいぞ”
「って言われても…」
「する! 抵抗しないし、ここも出てく!」
「お兄ちゃん…」

鼻水と涙でぐちゃぐちゃの子をお兄ちゃんと呼ばれた子が、頭を撫でている。
あ、なんかちょっと泣きそう。

“では離してやってくれ”
「はい」

ルスの言葉でようやく解放された子が、お兄ちゃんに飛びつきわんわんと泣いている。
お兄ちゃん、か。
兄ちゃんも姉ちゃんも元気かな。俺がこっちに来てから向こうの世界のことを知るのが怖くて聞いてないけど。

「ハルト?」
「ごめん。兄ちゃんと姉ちゃんのこと思い出して…」

知らず泣いていた俺は、ずずっと鼻をすする。

「そういや、ハルトには兄ちゃんと姉ちゃんがいたんだっけか」
「うん。だから兄ちゃんとか姉ちゃんとかに弱くて…」

ずびびと再び鼻をすすれば、トレバーに無言で頭を撫でられた。

“いい所を邪魔して悪いが…”
「あ」

すっかり目の前のルスを忘れてた。
すっごい目立つのに。

「ごめん」
“謝ることでもないだろう”
「あ! そうだ」
“どうした?”
「俺の報酬、聞いてもらってもいい?」
“なんだ。決まったのか?”
「おうよ」

そうだよ。俺の報酬はなくても構わない。むしろないと思ってたからさ。

「この妖精たち、このままここにいることは出来るか?」
“ふむ。それが報酬だというのなら構わんが…”

そう言ってちらりと妖精を見るルス。その妖精が俺に気が付くと、なぜか睨まれた。
なんだよ。

「お前も何か企んでるんだろ!」
「え? いや、別に…」
「父ちゃんと母ちゃんがいなくなったのも人間のせいだろ!」
「いなくなった?」

それは大変じゃないか!
驚く俺とは逆に、ルスは“くかか”となぜか笑っていることにムッとすれば“すまんすまん”とまた笑う。

“なに。こ奴らの親が消えたのは『朔月』に巻き込まれたからだ”
「『朔月』に?」
“以前話しただろう? 『朔月』は25階の物を一切合切飲み込んだ、と”
「そういえば」
“それに巻き込まれた後、こ奴らたちも探しに来て親がいなくなったと知って泣きわめいてな。住む場所も追われた、と聞いたからここに一時的に住まわせたのだ”
「ホントに『朔月』は災害と同じなんだな」
“そうさな。それが何を勘違いしたのか、勝手に魔物と契約し妖精を襲わない代わりに人間を餌に差し出しおった。さすがに我も口を出したが、先の『約束』を取り付けていたからな。強く出れなくなってしまったのだ”
「はぁー…なるほど。それで人食いダンジョンの出来上がり、か」
“そうなるな。だから我はお前のようなスキルを持つ人間を待っていた”

人食いダンジョンが出来上がったのはルスじゃなくて妖精のせいだったわけだ。
じゃあ。

「壁は幻術でいいのか?」
「…そうだよ。幻術だよ」
「そっかー…。じゃあ、俺が右手を突っ込んだ感覚は幻術だったからか」
「感覚?」
「うん。ハワードには伝えたんだけど、固いものにぶつかるんじゃなくて突き抜ける感覚がしたんだ」
「突き抜ける…。なるほど。それでハルトは壁が本物じゃない、と気付いたのか」
「そうなんだけどさ…」

そこまで言って、右腕を見る。

「トレバー達がその時、言ってたじゃん。『食われた』影響だって」
「ああ。確かに」
「だから右腕が動かなくなった時『食われた』からこうなった、って思ったんだよ」
「けど実際はルス様が契約をしたからだった、と」
「うん。なぁ、ルス」
“なんだ?”
「お前、俺の右腕が壁に吸い込まれたときに契約したのか?」

ずっと気になっていたこと。
それを聞いてみれば“ふん”と鼻で笑われた。

“そうだな。我が路を変えても、こ奴らが幻術で壁を作っても正確にここを目指すハルトに興味を持って契約した”
「はぁー…。これでようやく納得できたわ…」

ずっと気になっていた『契約』。いつどこでルスと接触したのか考えていたけど、ダンジョンに一番近くで接触したのはこの時だけ。
休憩の時も、背中に壁が当たらないようにしてくれてたしなんなら『食われた』後はシモンの背中にずっといたし。

“だが、その時はマーキングを付けただけだがな”
「マーキング?」
“ああ。壁に吸い込まれたときはただのマーキングだ。契約はしていない”
「え? じゃあ…?」
“契約をしたのは入り口でお前が気を失った時だな”
「うーん…その時は全く覚えてないんだけどさ」
“お前のスキルを見て、契約した”
「なるほど」

ルスが契約した時のことはこれで情報がそろったし、妖精のことも問題ない。
報酬はどうなるんだろうな、と思っていると“してハルトよ”とルスが声をかけてきた。

“良い知らせ悪い知らせ。どちらが聞きたい?”
「はい?」

良い知らせ悪い知らせ、じゃなくて良い知らせ悪い知らせ?
それって一つしか選べないじゃんか。

“どうする?”
「ううーん…じゃあ悪い知らせ」
“ふむ? そっちでいいんだな?”
「いいよ」

俺がそう頷くと、口を開きかけたトレバーが噤んだ。
言いたいことはなんとなくわかるけどさ。

“なぜ悪い知らせにしたか聞いても?”
「悪いことを聞いておけば、後はいい事しか残らないと思ったから」

そう答えるとルスが“くははは!”と口を開けて笑う。
おおう。びっくりした。

“そうかそうか。では悪い知らせだ”
「おう」

一応心の準備はしたけど、ショックがないとは言ってない。
ものすごいショックを受けたらシモンに慰めてもらおう、なんて邪な思いを抱きながらルスの言葉を待つ。

“お前の右腕、我と同等のものになった”
「はい?」

ルスの言葉の意味が分からず首を傾げると“くかかかか!”という笑い声が響く。

「もう一度」
“ハルト”
「おう」
“お前の右腕は我と同等…大精霊クラスになった”
「聞き間違いじゃなかった…!」

聞き間違いでありたかった…!
俺の右腕…大精霊クラスになっちまったのか…。遠くへ行っちまったな…。

「じゃなくて!」
「おわ?!」
「どういうことだよ! 俺の右腕!」
“くかかか。そう怒るな”
「怒るなって言う方が無理だろ!」
「あー…まぁ、なぁ…」

ちょっとだけ引いてるトレバー達に「だろ?!」と言えば“仕方ないだろう”とルスが言う。

“まさか我の魔力がここまで馴染むとは思っていなかったのだからな”
「馴染むって…! っと、そう言えばアラクネもそんなこと言ってたような…?」
「そうなのか?」
「うん。俺の魔力は直ぐに変換されるとかなんとかかんとか」
“かかか。そうだ。ハルトの魔力は他の者の魔力に馴染むのが早い”
「ええー?」
“右腕だけでこれなのだ。もう少し長く一緒にいたら、ハルト自身が我と同等になっていたな”
「それって…」

大精霊であるルスと同じってことだろ?

「…俺まだ人間辞めたくねぇんだけど」
“そうだ。そこで問おう”
「何を?」

ばさりと一度羽を広げてから収めるルスの雰囲気が変わった。
それに知らずこくりと喉を鳴らすと、細められた瞳で俺を見つめてくる。

“ハルト。右腕を戻してほしいか?”
「…ちょっと質問」
“いいだろう”
「右腕を戻したら俺は…人間でいられるか?」
“そうだな…。数か月は人間でいられるだろうな”
「…最終的に人間を辞める、ってことか」
“そうなるな”

かかっと笑うルスに少し怒りが湧くが、その怒りはため息と共に流してしまおう。

「ルスは…こうなると分かってて仮契約したのか?」
“いや。これは我も予想外だった。我ら…大精霊と契約しても数十年かけてゆっくりと同調する。これほどまでに短時間での同調は我も初めてだ”
「原因は分かるか?」
“分からぬ。が、先も言ったがハルトの魔力が同調しやすいことにあるのかもしれぬな”
「そんじゃもう答えは一つしかないじゃんか…」
“かかか。だが我はお前の口から聞かねばならん”
「分かったよ…」

はぁ…ともう一度ため息を吐いてから、ルスを見る。

「右腕は要らない」
“そうか。だが、こうなってしまったのは我の責でもある。すまない、ハルト”

そう言って頭を下げるルスに、シモンが息を飲む。そして妖精も驚き目を見開いているから、ルスが謝ること自体がありえないのだろう。

「いいよ。ルスも予想外だったんだろ? あ、右腕がなかったらまた世話にならなきゃ…」
「気にするなって! お前の世話するの楽しいし! な!」
「ヒュー…」

ばんばんと背中を叩きながらそう言うヒューに、へらりと笑うと野原が消えていく。
そして、ざわざわとした人の声が聞こえはじめて俺たち以外がここに到達したことを知らせてくれた。

ルスもばさりと羽を広げると、そのまま飛び立ち俺たちの頭の上をぐるりと旋回してから消えてしまった。
それを見た冒険者たちがざわめいているのを聞きながら、これでようやくダンジョン25階…人食いダンジョンの攻略が終わったことにほっと息を吐いたのだった。



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