事務職員として異世界召喚されたけど俺は役に立てそうもありません!

マンゴー山田

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小さな違和感

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右腕泥棒―ルスが消えて、謁見の間を追い出された翌日から3日。
俺は熱を出していた。
ハワードが慌てふためき、ひとまずはシモンの部屋でお世話になっている。
不味くないポーションを飲みながら給餌され、身体を休めている。

ハワード曰く『無理しすぎ』とのこと。

身体の一部がなくなっているのに、ほいほい外に出たのがダメだったらしい。
ハワードの小言を聞きながら、ベッドで横になっているとトレバー達が見舞いに来てくれたとシモンに言われ、着替えて移動。

「大丈夫か?」
「平気。熱も下がったし」
「もー。無理しすぎだってばー」
「何度も聞いたって。それ」

熱を出したときに、傷口がどうなっているかと城にいる医者と思しき人が俺の右腕を見てくれた。
その時の表情が少し驚いていたから、どうなっているのかちょっと嫌な想像をした。
けど「綺麗に斬られているので傷口も綺麗ですよ」と言われたときは、どう反応したらいいのか分からなかったけど。
でも傷口は塞がっているらしくて、風呂も長風呂をしなければいいらしい。
そしてその医者が言うには、腕が切り落とされてからすぐにポーションを飲んだことがよかった、とのこと。
その時の俺はすでに意識がなかったから、トレバー達が必死に俺を生かしてくれたんだろう。
本当に感謝しかない。

そしてテレンスさんのことなんだけど。

「テレンスは1週間の謹慎…って言いたいんだけど、ハルトがケーキ食べたそうだから1週間はひたすらケーキを作ってもらうことにした」
「俺は嬉しいからいいんだけど、事務処理は…」
「それもバカたちに丸投げ。ちょっとは僕の苦労を知ればいいんだ」

そう言って「んべ」と舌を出したハワードに笑ってしまって。

「テレンスさんって俺のこと嫌いじゃなかったのか?」
「初めは使えないって愚痴ってたけど、25階から生還した時に変わったらしい。でも右腕に大精霊様がいるかもって話したらダメになったみたいだね」
「…もしかして俺が嫌われてるのって」
「そ。あの時は誰も彼も25階は大精霊様のせいだって思ってたからね。それを連れてきたハルトのことを少なからず憎んでたみたい」
「『朔月』についてもそう思ってるのか?」
「そうだねー。だから騎士団もハルトじゃなくて、その右腕を忌々しく思ってたみたい」

ハワードからそう聞かされて、大きなため息を吐いた。
なるほど。嫌われてたのは俺じゃなくて右腕だったのか。

全ては7年前の『朔月』。
そして人食いダンジョン。

それらの原因であると思っていたルスを連れてきた俺。
そりゃ憎まれるわな。
でもある意味、この世界じゃない俺でよかったと思う。
この世界の人ならルスについてよく知っているから、と考えてぞっとする。

でもまぁ、冤罪らしいけど。
多分ルスも冤罪を晴らすために動いてるんだろうけどさ。それにしても丸投げ過ぎない?

「でもテレンスさん、前ケーキくれた時に「ハル坊」って呼んでくれたよな?」
「あー…。たぶん、ルカのことを思い出したんだろうね」
「ルカさん?」
「うん。テレンスはルカのお父さんだからねー」
「ふーん…。は?」

だから大事なことをさらっと言うな。
普通に流しそうになったわ。

「ルカさんの…お父さん?」
「うん。元第一騎士団の人だよ」
「そうなのか…」
「年も近いし、同じスキルを持つハルトをルカと重ねちゃったんだろうね。息子が生きてたら…って」
「だから。なんで。そんな重要なことをさらっと言うんだ」
「うん?」

なにが?って顔してるけど、知らない情報をぽんぽん放り投げられてそれを受け止めるのに必死なわけなんですよ。

「というかルカさんって男性だったのか」
「そだよー。あれ? ハルトは女の子だと思ってた?」
「名前的に」
「ダメだよー。名前で判断しちゃ」
「…気を付ける」

ってなんで怒られてんだ?
理不尽に怒られてちょっとだけ不機嫌になったけど、ルカさんとシモンの関係がますます分からなくなって。
でもルカさんは幼馴染だって前、ハワードが言ってたよな?

「ハワードもルカさんからペンダント貰ったの?」
「んにゃ? もらってないよ?」
「じゃあ、あのペンダントはシモンにだけ?」
「まぁその辺はシモンに聞いてね☆ 教えてもいいけどシモンの気持ちもあるし」
「あ、うん。分かった」

にゃははーと困ったように笑うハワードになんとなくルカさんとシモンの関係性が見えた気がして、チクリと胸が痛んだ。
それもきっと近くにいる人が取られるんじゃないかっていうだけ。
そうだよ。シモンだってきっとそう。
チクチクと痛む胸を慰めてる俺を、ハワードが優しく見ていたことに気付かなかった。

…と、まぁそんな訳でテレンスさんは1週間、俺専属のパティシエらしい。
嬉しいんだけど、なんか複雑。

「ほら。いつもの果物」
「やったー! これ、テレンスさんに渡してなんか作ってもらお!」
「というかおれ達までもらっていいのか?」
「いいんじゃない? なぁ、ハワード」
「いいよー。果物はハルトのお見舞いのものだし、1日に10個とか作られても食べきれないし」
「だってさ」
「そいじゃ、ありがたく貰うよ。ありがとな」
「こちらこそ、いつもありがとな」

お互い頭を下げてから「それで」とシモンが口を開く。

「冒険者たちの様子はどうだ?」
「みんなやる気満々だ」
「防具とか武器屋も予約でいっぱいらしい」
「ふわー。すげー」
「武器屋とか防具屋は右腕が戻ったら連れてってやるからな」
「やった!」

興味はあったけど、非戦闘員の俺が行ってもいいか迷ってたんだよ。
トレバー達にくっついていけば冷やかしだと思われないよな。
ダンジョン攻略後の楽しみができたぞ!

「そうそう。1週間後のダンジョン攻略まで、ハルトはこっちで預かるね」
「分かった」
「そうだ。俺の部屋、どうなった?」
「血は浄化されたけど、ベッドとかの家具はダメだな。新しくするしかない」
「あー…マジかー…。あれ気に入ってたのにー」

そう。俺の部屋は血まみれで使えた物じゃなくなってたらしい。
だから急遽、ヒューの部屋で寝てたみたい。
それで戻った時に使えるか聞いたらこれ。
ベッドも皆で選んだものだから捨てるのもったいないな。

「それと、ハルトは部屋を変えようと思うんだが、いいか?」
「え? なんで?」
「なんでって…。腕を切られた部屋だぞ? 嫌じゃないのか?」
「ああー…まぁそうか…」

腕を切られたことは、幸いにもトラウマにならずにすんでる。けど部屋に戻ってそれを思い出すことになると厄介だ。

「しょうがないか…」
「そう落ち込むな。また星空が見える部屋にしてやるから」
「え?! まじで!」

星空が見えると聞いて瞳を輝かせば、なぜかシモンに頭を撫でられる。
まぁさっきまで給餌されてたからな。膝の上に横向きで座ってるぞ。
なんかもうトレバー達にこういう姿を見せるのは慣れてきた。たぶんトレバー達も慣れてきてる。

…嫌な慣れだな。

「ハルトはなんかほしい物とかないか?」
「いやいや。果物も毎日貰ってるのにこれ以上もらえないよ」
「何言ってんだ。金のことなら心配ないぞ?」
「んー…でもさ…」
「あ、そうだ。ハルトに言ってなかったけどさ」
「うん?」

もっしゃもっしゃとクッキーを食べてたハワードが急に話すものだから聞き逃すところだった。

「あの扉、僕らだけでも入れるようになったから」
「うん?」

え? あの扉…って?

「10階の最奥の扉のことか?」
「そうそう。あのおっきな扉」
「マジか」
「マジマジ。それに、扉の中に扉ができてた」
「あ…。ああー…」

やりやがった。
あの時言ったことをマジでやりやがった。
心当たりがあるから、思わず視線を逸らせばハワードに突っ込まれた。

「もしかして大精霊様になんか言ったの?」
「あー…うん。まぁ…」
「なんて言ったのさ?」
「こんなでかい扉を開けるんじゃなくて、人が入れるだけの扉を付ければいいのに、って」
「あははは! それで大精霊様がそれを実行しちゃったってわけか!」
「まさかマジでやるとは思わなかったんだよ…」

こんなに実行力があるとは思わなかったけどな。
というか。

「俺がいなくても入れるなら、ハワード調査し放題じゃん」
「そうでもないんだよねー」
「は?」
「条件付き」
「条件?」
「そ。大精霊様が認めた人間しか入れないんだって」
「そらそうだろ」

認めた人間以外がほいほい入れたら大変だろう。若木もあるし。

「そこでさ、大精霊様が気になること言ってたんだけど…」
「何だ?」

にこにこ、ふにゃふにゃしてたハワードが急に真面目になるものだから、俺も背を伸ばす。

「ハルトに忠告はしたって言っててね。何か思い当たることはない?」
「忠告…?」

ルスにそんなもんされてたか?
というかざっくりしてんな。もうちょっとこう…。
まぁいいや。えーっと…忠告、忠告。

「あ」
「あるんだね?」
「あれか? ハワードたちと扉の奥に行った時に、後ろの人たちに悪意があるから入れるなって言ったことか?」
「それは聞いたけど、ハルト自身に関しては?」
「俺自身?」

えーっと?
あ、そういや後ろに付いてくる奴らがなんやかんやってことか?

「もしかして『右手を切り落とそうとしておるぞ』って言ってたやつ?」

そういやそんなこと言われてたな。
だから右腕が斬られてもそこまでショックじゃなかったのかもしれない。

「ハルト」
「なに?」

あ、あれ? なんか滅茶苦茶怖いんですけど?

「なんで言わなかったの?」
「え?」
「…お前がそれを言っていたら一人にさせなかった」
「推測で話されても困ると思って…」

ハワードとトレバー達の怒りがにじみ出していることに焦る俺。
え? え?

はああぁぁぁ…と大きな大きなため息を吐くハワードに、ただ困惑すればトレバー達の視線が鋭いことに気付いた。

「あのね。ハルトに危機が迫ってることを言ってくれれば対策は出来たの。分かる?」
「分かるけど…。でも俺のことだし…」
「そうじゃない」
「え?」

今まで黙って聞いていたシモンが口を開いたことに驚いて見上げれば、その瞳にも微かな怒りが見えた。

「ハルト。お前は自分のことだから、と黙っていたのが間違いだ」
「でも…」
「でもじゃない。ここにいる奴らは少なくともお前が戦えないことを知っている」
「………………」
「オレたちは信用できなかったか?」

ヒューのその言葉に、思いっきり首を横に振る。

「ハルト」

トレバーに名前を呼ばれてびくりと肩を震わせる。

「お前にとっては『推測』かもしれない。けど、おれ達はその『推測』も視野に入れて動いている。分かるな?」

トレバーの言葉にこくりと頷くと「分かればいい」と笑う。

「分かればよろしい」
「…ごめん」
「まぁハルトの危機感なんてゴミみたいなものだからねー」
「ゴミて…」
「違うの?」
「…違わないかも」

現代日本で生きていると危機感なんて感じたことないしな…。
大穴で車が突っ込んできたりするくらいだし。

「そういや」
「うん?」
「俺の話、誰から聞いたんだ?」
「大精霊様だけど?」
「え? ハワードたちも聞こえるようになったのか?」
「うんにゃ? 聞こえないよ?」
「なら…」

どうして、と口を開いたらそこにケーキを突っ込まれた。
それにもぐもぐと口を動かせば、ハワードがにっこりと笑う。

「ダメもとで扉を開けようとしたら大精霊様が現れてね。そこでお話しをしたんだ」

むぐむぐとケーキを食べてからごくんと飲み込んで、突っ込んでみる。

「右腕と?」
「まさか! 本来のお姿で、だよ」
「本来の姿?」
「そうだよ。大精霊様は鳥のお姿なんだ。だからハルトの右腕に羽が生えたでしょ?」
「あ…あー…。生えたな」

あの時はシモンも焦ってたからよく覚えてる。
ばっさばっさと動かしたら、グレンとヒューがおかしくなったんだよな。
うん。

「っていうかあいつ本来の姿は鳥なのか」
「そうだねー」
「…右腕(本来の姿)」
「可愛いモンスターを集めてボールに入れるゲームの話はやめなさい」
「なぜバレたし」
「いや。君、がっつり口に出してたからね」
「マジかー」
「マジよー」

うふふと笑うハワードに、恥ずかしくて顔を背けるとふとおかしなことに気付いた。

…この世界にがあるのか、と。

小さな違和感を覚えたけれど、シモンが空いた俺の口にどんどんとケーキを突っ込んでくるからそれどころではなくなって。

「兄さん」
「なんだ」
「ハイペースだと思う」
「…悪い」

そんな会話を聞きながら、必死に口の中のケーキを食べるのだった。



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