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いいですか。落ち着いて聞いてください
しおりを挟む熱い…。身体が…、いや右肩が燃えるように熱い。
それにくらくらする。なんでだ? なんでこんなに熱いんだ?
分からない。何も分からない。
ただ分かるのは呼吸が浅くて、なんだか右側が軽くなったような気がすることだけ。
はぁはぁと息を乱しながら、だた熱さに耐える。
そして朦朧とする意識で見えたものは、シモンが何かを持って笑うところだった。
それを見た後、霞んでいく視界がブラックアウトした。
「ぅ…」
意識が戻った、と自分でも認識できるのは何度経験しても不思議なものだと思う。
例えば、朝起きた時。
自然と意識が持ち上がるのが不思議だ。
そんなことを思いながら、俺の上半身が何かにもたれかかっていることに気付いた。
なんだ?と思いながら身じろぎをしようとして、違和感に気付く。
右側が異様に軽い。
意識を失う前にも感じたそれに首を傾げながら、何気なく右側を見た。
そして――。
「――え?」
右腕が…ない?
そのことに一瞬、まだ寝ぼけているのかと思ったけど、震える左手でそっと平らな肩口に手を置く。
包帯が巻かれているのか、その上に手を乗せて下へとゆっくり撫でてみる。
「ない…か」
丸みを感じることなく、すとん、と落ちてしまった左手になんだか笑いがこみ上げてきた。
「はは…っ。ないや…」
動くことはなく、重かった右手。だけど、あるべき場所のものがないということはどこか非現実で。
大精霊様が一方的に契約をしていたからか、いつしか感覚はなくなっていたことが幸いした。
右腕がないのに、その実感がない。
そして、痛みも。
痛みがないだけで、こうも落ち着いていられるのかと変に感心してしまう。
そういえば、ときょろきょろと首が動かせる範囲で周りを見てみる。
「ここ…俺の部屋じゃない…」
知らない部屋で目覚めるのはこれで3回目くらいだろうか。
多すぎじゃね?
あ。くらくらする。
なんだろう。貧血? いや、貧血になったことがないから知らんけど。
もず、と背中に感じる柔らかなものに身体を預けると、瞳を閉じる。
そういえば。
俺の右腕、どこに行ったんだろう。
くっつくかな?
それともこの先ずっとこのままなのかな?
それと。
なんでシモンは俺の右腕を斬ったんだろう。
俺のこと、邪魔になったのかな?
それとも、右腕さえあれば俺はいらないって思ったのかな?
ああ。ダメだ。
右腕がないということだけでも頭の処理が追いつかないのに、シモンのことまで考え始めれば当然パンクするわけで。
はぁ、と大きなため息を吐いてから、今度はゆっくりと息を吸い込み、また吐き出す。
深呼吸を何度か繰り返していると、睡魔が襲ってくる。
身体の一部がなくなったから休息を求めてるのかな?なんて思いながら、うとうととしているとドアが開いたような音がして、重い瞼を無理やり持ち上げれば「ハルト?」と名前を呼ばれた。
「…ヒュー?」
「ハルト?! オレのことが分かるか?!」
なんだかすごく焦った声でそう言いながら、ベッドに近付いてくる気配がする。と、いうかなんか重いものが落ちたような音がしたけど大丈夫か?
そんなことを思いながら、瞼が落ちないように堪える。
けど。
「ごめん…眠い…」
「気にするな。今は身体がしたいことを優先させろ」
「ん…ありが、と…」
ついに瞼が耐え切れなくなって、完全に落ちると俺の意識はまた闇へと沈んでいった。
その時に頭を撫でられたような気がして「俺は子供じゃない」と心で突っ込みながら。
「んぅぅー…」
意識が浮上して、身体が目覚めようとしている。
それを止めることなく、いつも通り左腕を天に向けて、ついでに背中も伸ばす。
「あだっ!」
途端「ベキッ」と音がして、背筋が少しだけ伸びたような感覚に笑う。
カーテンが閉まってるから、時間は分からない。部屋自体が少し薄暗いからなー。
っていうかここどこだろう。
一度目が覚めて、ヒューと少し会話してからどれくらい時間が経ったんだ?
ずっと寝てたからか、身体を動かしたい。
でもいきなり動くのは危険だからな。足の指を動かしてから、膝を曲げる。
よし。それから左腕を見て、右腕を…。
そこでよく見えるシーツに苦笑い。
そうだった。右腕、なかったんだ。
なんかもう癖がついちゃったよなー。動かない右腕を見ることに。
「っと。今、何時なんだろう?」
身体の怠さもあまり感じないし、熱っぽさも引いたみたいで一安心。
まぁウイルスで熱を出していたわけじゃないからなー。
「…外、見てもいいかな?」
起きてしまったら、身体が動きたくてうずうずする。
ここに来てから、じっとしてることってあんまりなかったからな。シモンの部屋にいた時でさえ、本を読んでたし。
怒られたら怒られた時だな、なんて考えながら、もぞもぞと身体を捻り左腕を駆使しながらもだもだとすること数分。これでも早い方。
動かない右腕があった時は、よっこいせと右腕を回収してから立ち上がっていたから、それがないだけでもなんだか楽。
まぁ、右腕がないのはショックだけど。
トン、と久しぶりにも感じる床の感覚ににまにまとしながら、慎重に立ち上がる。
右腕がないから感覚がおかしいはず。
「っとと」
ゆっくり立ち上がったけど、やっぱりバランスがうまく取れなくてすぐにベッドに座る。
これはなかなか大変だな。
ふぅと息を吐いてから、もう一度立ち上がる。そして少しだけそのままでいると、なんとなく体重のかけ方が分かったような気がする。
今までは右腕が重かったから、左に少し体重をかけていたけど今、それをやると確実に転ぶ。
転んだら確実に重い左側を負傷するだろう。負傷したら動けなくなるから、それだけは避けたい。
「ゆっくり、ゆっくり」
そう自分に言いながら、足をのろのろと動かして亀の歩みで移動する。
焦る気持ちを押さえながら、ゆっくりと確実に足を床に付けて歩く。
そしてようやく窓にたどり着いた時には疲労困憊で。
こんな状態じゃあ、25階の攻略なんてできないぞ!
まさかここまで体力が落ちてるとは…。
はぁはぁと肩で大きく息を吐きながら、左手でカーテンを掴んで開いてみる。
「うわっ!」
眩しい!と顔を思わず背ける。
ずっと薄暗い部屋にいたからか、ものすごく眩しい。
目を焼いた光に瞼を閉じて、その眩しさが治まるのを待ってからもう一度、今度はゆっくりと光になれさせるように瞼を持ち上げる。
そして何度か瞬きを繰り返し、光に慣れた目がその光景を教えてくれた。
「あ…」
燦燦と光り輝く世界樹。
こっちに来た時と同じかそれ以上に光っている世界樹に、しばしぽかんとする。
それが光っているから昼か夜か分からないのか。
けれど、かろうじて月が見えるからきっと今は夜…なんだろう。
というかなんでこんなに光ってるんだ?
首を傾げながら今度は街を見てみる。
皆が皆、明るい街を楽しそうに歩いている。それを見て、小さく笑みが浮かんでしまう。
ここからだと、街の様子がよく見えるな。
俺の部屋からは星空がよく見えたけど。
そんなことを思いながら街の様子をみていると、ふと誰かと視線が合ったような気がした。
まぁ、人が歩いてて上を見上げたらたまたま視線が合ったとかだろう。だから気にせずそのまま見ていると、視線が合ったと思しき人がなぜか走っている。
ええ?!
それに驚いて、慌ててカーテンを閉めてベッドへと戻ろうとして、失敗した。
「うわっ!」
つい癖で右側に力を入れたのがまずかった。
バランスを崩し、無事転倒。
目の前に机の角があってひやりとしたけど、左側から倒れこんだおかげで右側にダメージはない。
けれど、左側を受け身なしで転倒したこともあって、痛みが襲う。
痛い。めっちゃ痛い。
涙目になりながらなんとか立ち上がろうともがくけど、バランスは取れないし左側が痛い。
泣きたい。
もがもがと1人でもがいていると、バン!とドアが勢いよく開けられて、身体が跳ねた。
びびびびびっくりした…!
ドキドキと早鐘を打つ心臓を押さえながら、ばたばたとやってくる足音に「立てない…」と素直に助けを求めた。
「何をしているんだ! お前は!」
「ひえ! ごめんなさい!」
頭ごなしに怒鳴りつけられて、身体を竦める。
めっちゃ怖いけどこればかりは俺が悪い。
反省反省、と思っていると、倒れた俺の膝の裏と背中に腕が差し込まれ、そのまま持ち上げられた。
「うおおおお!」
「静かにしてろ! このバカ!」
「はい。すみません」
横抱きにされたままベッドに運ばれると、再び横にされた。
っていうかふかふかだったのは背中側に布団?が畳まれて置かれてたからか。だから完全に横になってなかったのか。納得。
「怪我は?」
「…左側がとっても痛いです」
「右側は?」
「特に痛くない」
素直にそう言えば、盛大なため息が降ってきた。
ううう。ごめんて。
っていうか。
「シモンじゃん」
「…今気付いたのか」
「うん。久しぶり?」
変わりないシモンにへらっと笑ってそう言えば、眉がものすごく寄せられた。
おおう。なんだよ。
「…怖くはないのか?」
「うん? シモンが?」
「…ああ」
なんで怖い?という疑問が頭をよぎったけど、そう言えばおれの右腕を斬り落としたのはシモンだったな。
「うーん…。確かに右腕を斬り落とした本人に会うのはちょっとな…とは思うけど…」
「怖いなら出ていく」
そう言って本当に出ていこうとするシモンの団服をはっしと掴む。
いやいや。ちょっと待って!
「何だ?」
「何だじゃないよ。もう少しここにいてよ」
「…嫌じゃないのか?」
「特には」
俺の答えが意外だったのか、呆れたのか分からないけど、はぁとこれまた盛大なため息を吐かれまして。
なんかすまん。
「でも嫌じゃない」
「…そうか」
うん。やっぱりなんかすごく安心できる。
あの時のシモンとは全然違う。まるで別人だ。
「ところで」
「うん?」
「なぜ窓の外を見ていた?」
「なぜって…目が覚めて身体を動かしたかったし、今何時だろうと思って」
そうシモンに答えれば「ああ。そうか」と納得していた。
なんだよ。
「今は闇の刻。それと、お前は一週間眠っていた」
「はい?」
なにその一時ネットでめちゃくちゃ流行ってた『いいですか、落ち着いて聞いてください』は。
って…うん?
「一週間?」
「ああ。一週間だ」
「マジか…」
「ああ」
俺よりもシモンの方が何となく動揺してるのはなんでなんだよ。
でもそっかー。一週間かー。
大分寝てたなー。HAHAHA。
「って一週間?!」
「そうだ」
え?! まじで一週間寝てたの?! やばくない?!
「あ、めまいがする」
「無茶をするからだ!」
一週間寝ていたということを聞いて、途端に頭がくらくらとし始める。
それに怒られながらも、左手を握ってくれる手に嬉しさがこみ上げるのだった。
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