事務職員として異世界召喚されたけど俺は役に立てそうもありません!

マンゴー山田

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急転

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※前半トレバー視点、後半ハワード視点になります。
※身体的に痛い表現がありますので、苦手な方はご注意ください。





ハワードさんからダマスカス鋼を譲ってもらって、鍛冶屋で武器の依頼をした帰り道。
ハルトが疲れてるから夕飯も肉がいいか、なんて話しながら戻ってきたらドアから兄さん…第一騎士団長のシモンさんが出てきた。
それにおれもグレンもヒュームも眉を寄せたが、兄さんだからまぁいいだろう。

ハルトがカギを開けたかもしれないからな。

「兄さん。どうした?」

おれの言葉に、なぜかハッとした様子でおれ達を見る兄さんは、少し様子がおかしい。
なんだ?
違和感はあるけれど、疲れているだけなのかもしれない。
なんせ普段の兄さんは知らないからな。

兄さんだし、警戒をする必要はないとは思うが…。

「何? ハルトの様子でも見に来たのか?」
「ああ。そんなところだ」
「寝てた?」
「ぐっすり寝ていたから戻ろうとしていた」
「ふぅーん…?」

やはり違和感を覚える兄さんの受け答えだけど、気に留めるだけにする。

「オレは戻る」
「あ、ああ。ハワードさんによろしく」
「ああ」

短く返事をして、おれ達の横を通り過ぎる兄さんを見送るが、ふわりと香った…嗅ぎなれてしまったそれに胸騒ぎがする。
ダンジョンに潜ったが戦闘はしていない。
だとしたら兄さん自身の怪我? いや。あれだけ危なげない戦闘をしているのに怪我をした? だとしたらいつ?

嫌な予感が膨らみ、慌てて家の中に入る。

シン、とした家は変わりない。部屋を荒らされた形跡もないし、ハルトが食べたであろう空の皿とコップがテーブルに置かれている。
それに変わりはない。いつも通りだ。
けれど、どこかおかしい。

「トレバー、血の匂いがする」
「兄さんとすれ違った時もかすかに臭ったよな?」

すん、と鼻を動かすグレンと、ヒュームも血の匂いを感じ取ったようだ。
そして、それは2階から漂ってくるような…? 今現在、2階にいるのは…。

「ハルト!」

それに気付いた瞬間、3人で競うように階段を駆け上がる。するとますます強くなる血の匂いに、どくんどくんと鼓動が早くなっていく。

違う。絶対に違う。
今頃ハルトはベッドでただ眠っているだけだ。

そう言い聞かせながら、バン!と勢いよく扉を開ける。

「――――ッ?!」

すると途端にむせかえる程の血の匂いが肺に入り込む。
そして。

「ハルト!」
「なんだよ…これ…」

ヒューが中へと入り、グレンが小さく声を震わせながら部屋の惨状を見つめている。

「おい!ハルト! 大丈夫か?! どこか怪我を…!」

ベッドでうつ伏せになっているハルトを中心に飛び散る赤を呆然と見ながら、ヒューの切羽詰まった声が不自然に途切れたことにハッとする。

「ヒュー、どうし…」

た、というおれの言葉もそこで途切れる。
ハルトの右側。いや正確には右腕があったであろう所。そこから赤が流れ出し、右腕は…。

「ヒュー! ポーションを飲ませろ!」
「――っ! 分かった!」
「トレバー! お前は急いで兄さん…いやハワードさんに報告しに行け!」
「…分かった!」

グレンの言葉に動揺し、思考が停止していたおれはハッと我に返る。
ポーションをグレンに渡し、踵を返す。そして部屋を飛び出すと、城に向かって駆け出す。

なんでだ…?
なんでハルトの右腕がなくなっている…?

そんなことを考えながら、誰かにぶつかって文句を言われた気もするが今はそれどころではない。
とにかく早く、ハワードさんに報告をしなければならないのだ。

「ハルト…! おれが戻るまで生きててくれ…!」

ハルトのことはあの2人がいれば何とかなる。
最悪なことにはならないはずだ。
それでも、もしもがあったなら――。

そこまで考えてぐっと唇を噛む。
最悪なんて考えてどうなる。

とにかく今はハルトの右腕がどこに行ったのか報告をしなければ…!


■■■


「あれー?」

裏ダンジョンから戻って魔道具開発部へうっきうきで戻ったら、ふとした違和感に気付いた。
机に出しっぱなしにしていた、作りかけのあの魔道具がないことに。

どこかに落としたかな?なんて思いながら、あっちこっち探してみるけどやっぱり見つからない。

「うーん? どこにいったんだろう?」

研究中の魔道具。
ハルトの『幻』と『幻惑』という言葉からヒントを得て、試しに作ってみたもの。
数十分だけ姿が変えられる魔道具。蛍石が手に入ったから、もうちょっと長くできるかも、とうっきうきで戻ってきたんだけど…?

「なぁーんでないのぉー?」

あの魔道具、試作品というより作りかけだから魔力の消費とかなーんにも考えてない。だからめちゃくちゃ危ないんだよねー。
ヘタすると魔力をごっそり持っていかれるんだよ。ホント危ないから僕しか触れないようにその辺に置いておいたはずなんだけど…。

「分からん」

あっちこっち探したけど見つからない。
もう諦めて聞いてみるか…。
怒られそうだけど。

「テレンス~…」
「なんだ。ハワード。またなんかなくしたのか」
「ううう…」

なくした物を見つけるのうまいんだよねー…。テレンス。
そんでいつも怒られる。部屋を綺麗にしろって。でもほら、部屋にものが多いとなんか安心しない?

「今度は何をなくしたんだ」
「テーブルの上に置いといた作りかけの魔道具~…」

怒られるの覚悟でそう聞けば、テレンスの肩がぴくっと跳ねた。おや?
何か知ってるのかな?

「…ゴミかと思って捨てた」
「うっそー!」

ぎゃあああ!と叫びながら部屋に戻って、ゴミ箱を漁るけど魔道具は見つからず。
えええええ! なんでないのー!

「ないよぉー!」
「ゴミならさっさと捨てたぞ」
「あぎゃあああああ!」

せっかく作ったのにー!
しょんぼりと肩を落としながらすんすんと泣く。
でもあれ悪用されると困るんだよね。

「よし。ゴミを漁りに行こう」
「やめろ!」
「なんでー? だってアレやばめのやつなんだもーん」
「もうないから諦めろ」
「うん?」

なんだかテレンスの様子がおかしいな。そういえばさっきも肩が跳ねてたな。
珍しとは思ったけど…。

「まさか」

小さくそう呟いて、ユナを見る。
僕の視線に気付いたユナが、ぺこりと頭を下げるとにっこりと笑う。

「ねぇねぇ、ユナー」
「ハワード!」
「テレンスは黙って。僕は今ユナとお話し中なんだから。ね?」
「……………」

にこりと綺麗に笑えば、言葉を詰まらせて黙る。なるほど?何か隠してるわけだ。

「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いい?」
「私にわかることであれば」
「そかそか。それじゃあ…」

そこで一度言葉を切って、テレンスの気配を見つつ聞いてみる。

「ハルトに関して何か取りに来た人、いない?」
「――――っ!」

それに分かりやすく反応したのはテレンス。
やっぱりね。
しかもあの魔道具を知ってるってことは、テレンスが手引きしたか。

「古宮さんに関して…ですか?」
「そ。ハルトに渡したいものがあるからーみたいなこと言って僕の部屋に入った人」

そう問えば、ユナが「ああ」と頷いた。

「確か…テレンスさんが対応してましたが、騎士と思しき方が2人入っていきました」
「そっか、ありがと。さて。テレンス」

僕の声に、びくりと肩を跳ねさせるテレンス。

「君、何をしたか分かってる?」
「…分かっている」
「そう。じゃあ…何かが分かるまで君はここから出ないこと」
「ハワードさん?」
「ユナ。悪いけど今日はお終いにしていいよ」
「え? いいんですか?」
「いいよ。それよりたぶんハルトに危険が迫ってる」
「古宮さんに?」
「うん」

僕の言葉にユナの表情が驚き、困惑している。そして、テレンスを見れば顔色は青を通り越して真っ白。
何をしたか分かってるね。

「あの…。古宮さんに危機って…」

ユナがそう告げた時、魔道具開発部のドアがやや乱暴にノックされた。
それに「入って」と告げれば、ドアが開き入ってきたのはシモン。
その表情に焦りが見えるのはきっともうすでに起こったのだろう。

「ハルトに何かあったの?」
「…ハルトの右腕が何者かに持ち去られた」
「なっ?!」

ユナの短い悲鳴を聞きながら、ギリと親指を噛む。

「持ち去られた…って、どういうことですか?」

ユナの震える声に、シモンも怒りを抑えているのかその声は低い。

「トレバー達が家を空けた間にハルトの右腕が切断され、なくなっていた、と」
「それは誰から聞いたの?」
「城門で取り乱したトレバーがいて、話を聞いた」
「なんで直接こなかった?」
「…門番が中に入れてくれない、と」
「はぁああああああ…」

そこまでくれば、ハルトの右腕がどこにあるのかが分かってしまう。
そして、テレンスが逆らえなかったことも。

「あんのクソが」

ギリ、と奥歯を噛んで見えないクソ兄を睨む。
とりあえずトレバーを呼んで状況確認してから、ハルトの容体を…。

「ハワード」
「なに?」

これからのことを考え始めた時に、シモンが口を開いた。それに面倒くさそうな態度になったけど、シモンなら僕が今どういう状態なのか理解しているはずだから気にしないはず。

「トレバーと一度、彼らの家に戻る」
「分かった。第一と第二は任せといて」
「頼んだ。と、その前にポーション持って行くぞ」
「ああ」

シモンが頷くと、棚に入れておいたポーションを適当に掴んで出ていく。
その姿を見送った後に残ったのは沈黙。

「右腕を手に入れただけじゃ、どうにもならねぇよ」

思わずそう呟いてから、大きなため息を一つ。
あの大精霊様はあいつの手に負えるものじゃない。それが分からないんだから困ったものだ。

「テレンス」
「はっ」
「事情は大体わかった。でも処分は後。今はハルトの右腕を返してもらう」
「…はっ」

事情が呑み込めずに困惑するユナには悪いけど、今は大人しく戻ってもらおう。ユナができることはないのだから。

「あの」
「なに?」
「古宮さんの様子を見に行きたいのですが…」
「………………」

落ち着いたその声はきっとあの3人と、シモンにとって冷静さを取り戻すことができるかもしれないな。
ふむ、と考えてから、こくりと頷く。

「分かった。シスターの服に着替えたらすぐに向かってくれ」
「分かりました」

ユナも頷き、席を立つとシモンに先に行かせたのは失敗だったなと舌打ちをする。
こことハルトのいる家まではシモンの全力で15分。彼女の足なら30分以上はかかる。
なら。

「テレンス」
「はい」
「ユナをハルトの所まで送って行って」
「…分かりました」

いくらあのバカの命だったとしても、僕の作った魔道具で誰かを傷つけるなんて許せない。
あの日、兄上に誓ったこととは正反対のことなのだから。
それに腹が立って仕方がない。

「くそが」

僕の魔道具を勝手に使った挙句、ハルトに大けがをさせた。そんなやりきれない怒りを自分の拳に向ける。
ぐっと力いっぱい握りしめたのか、爪が皮膚を傷つけ赤が流れた。
けれどそんな痛みなど感じないほど、僕はただただ怒りを兄へと向けていた。


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