事務職員として異世界召喚されたけど俺は役に立てそうもありません!

マンゴー山田

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臆病な心

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※前半シモン、後半ハワード視点になります。



「ハルトの姿は見られた?」
「――…ッ?!」

城門からではなく、裏門から城内へと戻った。誰もいないことを確認して、人気のない廊下をこそこそとまるで悪党の小物のように歩く。
注意深く歩いていたというのに柱の陰から声をかけられた。それに驚いたと同時に、その声に「チッ」と舌打ちをする。

「ふふー。今の君の姿を見たら騎士団が来ちゃうねー」
「…お前よりはマシだろう」
「えー?」

そんなことないでしょー?とフードを被ったままのハワードが言うけれど、夜見ればお前の方が怪しいと思うが?
そんなことを思いながら、ハワードを置いてさっさと歩き出せば「ちょっとー!」と言いながら付いてくる。

「…なぜ付いてくる?」
「んー? 君のアリバイ作り?」

みゃは☆と笑うハワードにまたもや舌打ちをしたくなったが、とにかく今は着替えを済ませたい。

「なんでフードとか被ってこなかったのー?」
「別にいいだろ」
「むふふ。ハルトがいたら気付いてもらえないもんねー」
「……………」

によによと笑いながら告げるハワードに、若干イラつきながら足を止めることはしない。
とにかく早く血まみれの身体を綺麗にしたい。

「それで? 見れた?」

部屋に着いたタイミングでそう問いかけるハワードの瞳は楽しそうで。
それに「チッ」と盛大に舌打ちをする。

「…分かってて聞いてるだろう」
「まぁねー☆ って待ってよー!」

ハワードの答えを聞く前にドアを閉めて鍵をかけたが、こいつの前ではそんなものは無意味だ。

「なーんで鍵までかけちゃうかなー?」
「はぁ…」

ぷんこぷんこと怒るハワードの手には、たくさんの合い鍵。
こいつ…。

「職権乱用とはいかがなものですよ。ハワード殿下」
「うっわ! キモ! シモン気持ち悪ッ!」

ぎゃあ!と叫んでから両手で自分の身体を抱きしめるハワードに「いい気味だ」と思いながら、血まみれの服を脱ぐ。

「もー。いくら相手が僕だからってー」
「うるさい。顔を見に来たのならもういいだろう。戻れ」
「なにそのモンスターが傷ついてボールに戻れ、みたいな言い方ー」
「は?」

「やだー」と告げるハワードをとりあえず無視して、そのまま風呂場へ向かう。
服を脱ぎ、シャワーコックを捻れば温かな雨が降り注ぐ。血の匂いをまとっていた髪と身体を洗えば、幾分すっきりとする。
温かな雨に打たれながら息を吐くと、ハルトがいなくなって以来、使わなくなった浴槽を見つめる。
それと同時にペンダントトップが視界に入り、頭を振る。

何を考えているんだ。オレは。

お湯から水に切り替え、頭を冷やす。水を浴びて身体が冷えたところでシャワーを止めると、風呂から出て髪も碌に乾かさず私室へと戻る。すると、なぜかハワードが杯を傾けていた。
なんでまだいるんだ。しかも酒を…?

「もー。髪くらいちゃんと乾かしなよー」
「…別にいいだろ」
「ハルトの時はきちんと乾かしてたくせにー」
「…何で知ってる」
「ひゃだ☆ 当てずっぽうで言ったのに…! まさか当たってたの?!」

杯を持ったまま「きゃあ☆」と両手を頬に当てるハワードに、しまったと思ったがすでに手遅れで。
これ以上何かを言われないために、髪を乾かす。

「なんでここで酒を飲んでるんだ。お前は」
「えー? だってあっちだとテレンスがうるさいんだもーん」
「…仕事が終わっていればうるさくはないんだがな」
「だってー。面倒なんだもん」
「仕事は大抵面倒くさい物だろうが」
「ぶーぶー。シモンは楽しそうなくせにー」

ああもう。本当に面倒くさい。
けれど話を聞かなければこいつは戻らないだろう。わざわざ酒なんて小道具を用意しているのだ。
髪を乾かした後、渋々椅子に座れば「はい。シモンの分ねー」と言ってそれを渡してくる。

「これは?」
「んー? んふふー。可愛いでしょ? この杯」

にまにまとしながら杯を持ち上げるハワードは酔っているわけではない。
心から楽しそうなのだと気付くには十分で。
渡された杯を少し見てから、中身を煽る。

「この杯ね。ハルトが選んでくれたんだよー」
「ハルトが?」
「うん。ほら、ハルト今、街で暮らしてるじゃない? だからここじゃ見ない珍しい杯を頼んでおいたんだよねー」
「そしたらこれだった、と」
「そ。まさか木製のものを選ぶとは思ってなくてさ。でもこれを渡されたとき「俺、酒飲まないから適当だぞ」ってぶっきらぼうに言われたんだよねー」

んふんふとその時を思い出すように笑うハワードに、瞳を細くする。
酒を飲んでいるのに、腹が冷える。

「可愛かったなー。僕がこれを見るまでそわそわしてたし」
「…それで?」
「それで、これを見て「ありがとー!」って言ったらさ、すっごくほっとした顔でね! 思わず抱きついちゃったよね!」
「……………」

にゃはーと上機嫌で酒を飲みながら話すハワードとは逆に、不機嫌になるオレ。
ハルトが部屋を出て行ってから、色あせた私室を見て酷く不安になった。今までいた人がいなくなるのはこれで2度目。
いや。正確には違うが。
けれどオレにとっては姿が見えないだけで不安に駆られる。
――7年前からずっとそれは消えずにいる。

「でねー…って聞いてる?!」
「聞いてる、聞いてる」
「うわ。絶対聞いてないじゃん」

ぶすーっと不機嫌になったハワードが、ぽいっとナッツを口へと放り込む。
そんな彼を見ていると、思い出すのはやはりハルトで。食事の時はもぐもぐと小さな口を動かして食べていたな、と思いながら杯を傾ければ「あ。笑ってる」と指摘された。

「笑った? そんなわけないだろ」
「笑ったから言ってんの。っていうか、絶対ハルトのこと思い出してたよね?」

びしっと指を鼻先に突きつけられるが、その指を手で払う。

「違う」
「あのさー…」

酒を飲み始めたら、喉が渇いていたようでボトルを掴んで杯へと注ぐ。
そしてハワードが用意した、つまみという名の食事もありがたく食うことにした。
一仕事終えた腹は思った以上に空腹だったようで、料理を食べる手が止まらない。そしてワインで流し込み、再び料理へ。

「ルカのこと、思い出してないでしょ?」
「そうでもないさ。ルカがいたら楽しいだろうな、とは思っている」

ハワードの言葉にドキリとしたが、思っていたことは間違いではない。
言葉を飲み込むように杯を傾ける。
だが、そんなことはハワードにはすでにお見通しのようで、にやにやとしながら頬杖をつきながらオレを見つめている。

「嘘つかなくてもいいのにー」
「…嘘ではない」
「またまたー」

にひにひと笑うハワードをじとりと睨めば「きゃあ☆」と怖がるふりをする。そんなハワードを無視してボトルを手にすると、ふっと笑った。

「…まだ、怖い?」
「………………」

その質問は今まで避けていたものだ。
オレも、ハワードも。

「お前はどうなんだ?」
「質問を質問で返すのはどうかと思うけど…まぁ僕はほら。一度ぶっ壊れちゃってるからさー」

にゃはは☆と明るく笑うハワードに心が痛む。

「だから恐怖は麻痺しちゃってるかなー? 発作で出るくらいなだけ」
「…強いな。お前は」
「そうでもないって。ぶっ壊れた僕をここまでにしてくれたのは君なんだからー」

あははと笑いながら杯を傾けるハワードに、心を壊して人形のようになってしまった面影はない。
オレも、ハワードがああだったからこそ、なんとかなっていた。
杯を置いて、揺れる中身を見つめる。

「…置いていかれる痛みはなかなか消えないな」
「君は特にね。だから騎士団なんか辞めればよかったのに」
「そうはいかないだろ。あの時は誰かが引き継ぐしかなかった」
「僕はよかったけど、君は跡継ぎだろ? 今からでも遅くないよ? 第二騎士団に…」
「それだと」

ハワードの言いたいことも分かる。
けれど。

「それだと、守れない」
「そ…っか。守りたい人がいるんだもんね」
「ああ。今度こそ守り抜きたい」
「…そ」

ぐっと拳に力を込めて、この杯を持ってきたハルトの顔を思い出す。
守るべき相手。
それだけでいい。それ以上の感情を抱いてはいけない。

…大切なものを作るべきではない。
置いていかれる痛みはもう…十分だから。

「でもさっき君が普段着で飛び出したのは、ハルトに会いたかったからでしょ?」
「…城でも会える」
「会えないから、僕がハルトの状態をわざわざ君に教えてあげてるんじゃないか。あからさまに避けられてるし」
「……………」

うすうすは感じてはいたがそうだろうな。その原因がルカのペンダントだということも。

「目の届く範囲に置いておかないと、誰かに横から掻っ攫われるよ?」

言われなくとも分かっている。
けれど、どうしてもルカのことが忘れられない。こんなオレだからこそ、ハルトは離れていったのだろう。

「ルカだって許してくれるよ」
「なぜそう言い切れる?」
「なんでだろうね?」
「…許してくれるだろうか」

零れ落ちたその言葉にハワードの瞳が大きくなる。けれどすぐに元に戻り、にっこりと微笑んだ。

「7年も頑張ったもん。許してくれるよ」
「…そうだといいな」

ペンダントを握り「前に進んでもいいだろうか」と問えば、ほんのりとそれが温かくなったような気がした。
まるでルカが「何やってんの。前に進みなよ」と言っているようで。

「吹っ切れたみたい?」
「…そうだな。ルカのことなら吹っ切れそうだ」
「あとは臆病な心をどうにかしなきゃねー」
「そうだな。お前もな」
「僕のことはいいでしょー!」

ぷん!と怒るハワードに小さく笑えば「笑ったー!」と驚かれる。
そんなハワードに「オレだって笑うぞ?」と返せば「っかー! 吹っ切れたシモン可愛くなーい!」と騒ぎながら、杯を傾けた。



■■■



「そんなわけでシモンは前に進めそうだよー」
“そうか。ようやく前に進めたか”

安心したような声に、僕も嬉しくなる。
シモンと一緒にお酒を飲んでご飯を食べて。
そこでようやくシモンがハルトを『庇護対象』から『大切な人』に気持ちが切り替わった。
でもやっぱり心の傷はまだまだ深くて。

“ハワードのおかげだね”
「そうでもないよー。君のおかげだよー。それにハルトのことも」
“遥都のことは…本当に申し訳ないと思ってるんだ”
「僕らにとってはすごくありがたいけど」
“本人の了承を得ずに、そちらに飛ばしてしまったからね…。謝れるなら謝りたい。それに魔力のことも謝りたいしね”

彼が本当に申し訳なさそうにそう告げる。
ハルトに関しては僕も関与してるから、できるだけハルトの要求は叶えてあげたい。
それが贖罪になるとは思えないけど。

「でも…本当にこっちに戻ってこなくてよかった?」
“そうだね。そちらだと私は死んでいるからね。死んでいる人間が戻っても混乱させるだけだ”

するとそこで「リィン」という鈴の音が聞こえてきた。

「もうお終いみたい」
“そうだね。じゃあ…またね”
「うん。じゃあまたね」

そう告げると、耳に当てていた受話器を置く。
デンワ、と呼ばれるものを彼に教えてもらって魔動具で作ってみたけどなかなかに便利なものだねー。
ちょっとだけ条件があるけど。
もう繋がらないデンワを見てから、窓の外を見る。

「『朔月』の時にしか繋がらないデンワ、か」

ふ、と小さく笑ってからそのままソファへと横になる。今日はもうここで寝てしまおうと、ふあと大きなあくびをすれば酔いも手伝ってそのまま瞼を閉じる。

「明日になったらシモンがどう出るか…楽しみだねー」

その小さな呟きは誰にも届くことなく、ふわりと消えていった。



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