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朔月

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「3人との生活はどう?」
「楽しい!」

シモンの部屋からあの3人の一軒家に転がり込んで早1週間。
共同生活はやっぱり楽しくて、寂しさも感じなくなっていた。それと同時にあの謎の胸の痛みもなくなっていた。

その痛みは俺だって知っている痛みなのだから。

だからそんなことを忘れるようにして、明るく、楽しく生活している。
それに。

「あいつら俺をまだ子供だと思ってんだぞ?」
「いいじゃないー。その方がー」
「…悪くはないけど」
「ハルトって実はツンデレとかじゃないよね?」
「違うぞ?」

なんだよツンデレって。大体俺はツンなんかしてないぞ。
ジト、とハワードを見てから目の前にあるタルトを食う。

「うっま…」
「なんかさー。テレンスがレパートリー増やしちゃってさー」

そう言いながらぱくぱくとタルトを食べていく。
ハワードの方がよっぽどツンデレっぽい気がするんだけどなー。
そんなことを思いながら、タルトを食う。

「そうそう。ところでダンジョンのことなんだけどさ」
「んむ」

タルトを食ってて忘れそうになったけど、今日はダンジョンのことについて聞きに来たんだった。
俺たちが裏ダンジョンを発見してから、各階で裏ダンジョンへと続く扉が現れたそうだ。その扉は俺達が出てきた扉にそっくりだから、そうじゃないかと結論付けたらしい。
ちなみに中は調査中だとか。
騎士団が中に入って一応は確認している。
けれど、騎士団はあくまで国と国民を守るためにある、ということらしいから、残りの調査は冒険者にゆだねられるそうだ。
ダンジョンがゆえに、迷路になってないといいけど。

「まだ踏破の報告は上がってないけど、近いうちに上がると思うからその時は中に入ってもいいからね」
「中にって…」
「踏破されたら一応は安全だから」
「なるほど?」

そう言えばあの扉の先には…。あの映像を思い出しぶるりと震えると思い出さないように頭を振る。

「そこでね。ハルトに知ってほしいことがあるんだ」
「うん?」

そこでハワードが口元にクリームをつけたまま、じっと俺を見つめてくる。
なんか…間抜けだな。

「ハワード」
「なに?」
「クリームついてる」
「嘘!」

とんとんと指で自分の口元を叩けば、ハワードが慌てふためきながらナプキンで口元を拭く。
…なんだろう。癒され…ないぞ。ああ。癒されるわけがない。
うん。だまされるな。

「ごめんねー。真面目な雰囲気は合わないからこのままいくねー」
「そうしてくれ」
「よし。それで、こないだハルトが『魔物も自由に生みだせるのか?』って聞いてきたよね?」
「んあー…? ああ。言ったような気がする」

確か裏ダンジョンのことについて話してた時だよな。不自然に話しを逸らされたことを思い出す。

「ハルトは『朔月』って知ってる?」
「『朔月』…」

『朔月』。
確か人食いダンジョンでトレバー、グレン、ヒューの誰かがそんなこと言ってたな。その時はダンジョン攻略で聞きそびれちゃったけど。

「ダンジョン攻略中に名前だけは」
「そっか。名前だけは知ってるのか。なら説明するね」

そう言って、どこか悲しそうな辛そうな色が瞳に映ったがそれはすぐに消えた。そして、ゆっくりとハワードの口が開いた。

「『朔月』っていうのはいわば魔物の大量発生のことなんだ」
「大量発生…」
「そ。しかもいつ、どこで、どの規模で起こるか予測不可能なんだよ」
「なんだそれ…」

いつ、どこで、どの規模で起こるか予測不可能。
日本では地震に近いのか?
あれも予測は不可能だしな。

「えっと…君たちの世界の『ジシン』っていうのがそれに近いのかな?」
「え?」
「うん?」

ハワードの言葉に思わず声を上げれば「なに?」というように首を傾げる。
地震のことはハワードに言われる前にオレも思っていたことだ。
いや。けど地震はどこにでもあるはずだ。そんなに驚くことじゃないだろ。

「続けても大丈夫?」
「ん? ああ。大丈夫だ」
「そ? なら続けるね。それでその予測不可能な『朔月』は各国で起こるんだ。しかも起こってからじゃないと対処ができないから、各国は騎士団を常に最高の状態で保っておかないとだめなんだ」
「第一騎士団が魔物退治の仕事ってそういうことか」
「そうそう。それでね、その『朔月』…大規模な『朔月』が7年前ここ、ルーセントヌール国で起こった」
「あ」

そこで3人の会話を思い出した。

「25階の中央部分」
「なんだ。そこまで知ってたの?」
「3人が会話してたのを思い出しただけ」
「なるほど? やっぱりあの3人はありがたいなぁ」
「おい」

知らずに教えてくれるのは俺も助かるけど。

「それで?」
「ああ。それでね。7年前の『朔月』は本当に突然だったんだ。ダンジョンから魔物があふれて、街中にまで現れてね。それを何とかしようと頑張ったのが第一騎士団だった」

そこで一度瞳を伏せるハワードに、この話がいかに辛いことなのかが見て取れた。
それでも俺に教えてくれるために、自ら傷を開けている。それが申し訳なくて「もういいよ」と言いたい。けれど。

「第一騎士団が、どうかしたの?」
「ん。ごめん。当時の第一騎士団団長だったのがシモンのお父君だったんだ」
「なるほど」
「それと、君と同じマップ能力を持っていたルカ…ルカ・バルチェローナが『朔月』の発生場所の25階、中央部分まで様子を見に行ったんだ。そしたら…」
「…やられた、と」
「…そ。当時の王太子も巻き込まれて、ね」

そこまで告げると、きゅうと組んだ指に力を籠めるハワードの手に、ハワードが何者なのかが何となく見えた気がした。
だから俺に…俺たちにここまでよくしてくれるのか。

「そっか。『朔月』って各国で起こってるって言うけど結構頻繁に起きるのか?」
「んー…。そうだなぁ。うちは1か月に1回位、かな? 多くて2回位?」
「1か月に1回…多くて2回。なんか月みたいだな」
「月? それって空に浮かんでるアレ?」
「そうそう。『朔月』って『新月』って意味もあるんだよ」
「新月…新月って確か月が見えないことだよね?」
「そう。俺たちの世界じゃ、地球と月と太陽が一直線になることなんだけどね」
「へぇー。面白いね。でもそれと『朔月』と何か関係があるの?」

『朔月』と聞いた時に一番初めに思い当たったことがこの『新月』のことだった。
でもこっちじゃ意味が違ってそうだから聞きたかったんだけどね。それがまさか『魔物が大量発生』することなんて思わないじゃん。

「『新月』って何もない状態だろ? そこから徐々に膨らんでいくから『生まれる』って意味もあるんだよ」
「なるほど…。だから魔物が『生まれる』と?」
「その辺は分かんないけどさ。でも、もしも『朔月』が『新月』ならそうなのかなって」
「………………」

そこまで言ったらハワードがテーブルの一点を見つめたまま黙ってしまった。
うう…なんか恥ずかしい。
どれもこれもネット小説や漫画とかで得た知識なんだよ。でも、自分でも不思議に思って調べてたこともあるんだぞ?

「ハルト」
「うん?」

中二病を発症した俺が一人羞恥で、もだもだしていると黙って動いていなかったハワードがテーブルに両手をついて身を乗り出して見つめていた。
うお?! びっくりした…。
思わず身体を後ろに引くと、ガッと左手を掴まれた。

怖ぇ!
俺は今、使える腕が一本しかないから、それが使えなくなったらめっちゃ怖いんだよ!

するとぶんぶんとなぜか左手を掴んだ状態で上下に振られて、俺はぽかんとしてしまう。
なんなんだ? 一体…。
ハワードの奇行に付いていけず、したいようにさせれば、満足したのか再び左手を両手で握る。

「ハルトのおかげで何となく『朔月』のヒントが分かったよ! ありがとう!」
「お、おう…」

俺はさっぱりだけどな、という言葉を飲み込んでそう返せば、手を離してソファに座る。
そして、ふんすと鼻息を荒くして俺を見るハワードの瞳は輝いている。それに、どこか興奮してるようにも見えた。

「あのさ。もう一つ聞きたいんだけど」
「なに?」
「大規模な『朔月』って頻繁に起こるの?」
「いや。大規模な『朔月』は早くて数十年、長いと数百年に一度あるかどうかだね」
「なるほど。数百年に一度規模なのか」

と、なるとニュースとかでよく聞いていた『数百年に一度の災害』レベルと同じになるわけで。

「でもなんで第一騎士団がやられたって分かったんだ?」
「地上で魔物を倒してたら、急に消滅したんだよ。それで急いで『朔月』が起きたと思われる25階へと向かったら誰もいないし、魔物の姿もなかったんだ」
「だからやられた、と判断したのか」
「だってそうでしょ? ダンジョンは一定時間動かないものを飲み込み、栄養とするんだ。そこにいた物すべてが飲み込まれたって考えた方が自然じゃない?」
「まぁ…そうだけど…」

一定時間動かないものを飲み込む光景を俺は見ている。だから納得できちゃうんだよなー。

「に、してもハワードは詳しいんだな」
「ん? だって僕、7年前まで騎士団にいたんだもん。『朔月』のときもシモンと一緒に戦ってたし」
「んえ?!」

意外なハワードの過去に驚いてまじまじと見れば「やっだー☆ 見すぎだよー」と恥ずかしそうに身をくねらす。おい。

「意外だった?」
「…うん」
「あはは。そうだろうね。今はここで魔道具の開発と研究してるんだから」
「まぁ…」

にひっと笑うハワードに頷くと、ふとある疑問が浮かんだ。

「そういや25階って、前はああじゃなかったのか?」
「そうだよー。とはいっても面影は残ってる」
「面影?」
「うん。25階は元々、1日ごとに路が変わるダンジョンだったんだ。それが『朔月』の影響か分からないけど、ああなっちゃったんだ」
「でも1日ごとに路が変わるんなら大変じゃなかったのか?」
「そこで、ルカだよ」
「ルカ…さんって、俺と同じマッピング能力を持つって言う?」
「そうそう」

ルカ。
シモンが大切に持っているペンダントトップの持ち主。
そして『朔月』でお父さんと一緒に喪っただろう人。

シモンにとって、そのルカさんってどういう人だったんだろう。

そこまで考えて、ふとシモンの言葉を思い出した。

「知り合いに似てたものだから」

確か俺が初めてポーションを飲んだ時にそんなことを言っていた…はず。
じゃあ、その知り合いって…ルカさん?

「それでルカが、日付が変わる前に25階へ行って地図を描くんだ。それを冒険者や騎士団に配ってたんだ」

ハワードの言葉にはっとすると、どこか懐かしそうな瞳で微笑む。

「ルカさんって…ハワードとどんな関係だったの?」
「んー? 僕とルカは幼馴染だったよ。シモンもそうだね」
「幼馴染…」
「そ。でもシモンとの関係はちょっと違ったけどね」
「え?」

ハワードが「おっとっと」と慌てて手で口をふさぐ。

「これ以上は僕からは話せないから、シモンに聞いてみてよ」
「…うん」

ルカさんはハワードとシモンと幼馴染。けど、シモンはルカさんとはそれ以上の関係?
ハワードの言葉がぐるぐると頭を回ると同時に、胸がずきずきと痛みだす。
違う。俺は。
たぶん、仲のいい友達が俺以外の友達と遊んでるときと同じだ。

だから。違う。

「ハルト」
「――――…ッ?!」

名前を呼ばれて、顔を上げればハワードが心配そうに俺を見つめていた。

「大丈夫? 顔色が悪いよ?」
「だ、いじょうぶ…。へいき」
「そ? でも今日は疲れちゃったでしょ? 帰る? それともどこかで休む?」
「…かえる」
「分かった。今日はありがとうね」
「ん…。こっちこそ…」

自分の気持ちが分からないまま、ソファから立ち上がると足元がもつれて倒れそうになった。
受け身を取らなきゃ、と思うのに身体が動かない。
ゆっくりと倒れる自分の身体を見ていると、左側に衝撃が走った。

「あ…」
「やっぱり大丈夫じゃない」
「だいじょうぶ…だから」
「そんなふらふらでどうするの。トレバー呼ぶからちょっと待ってて」
「うん…」
「よし。いい子」

ハワードに抱き留められたまま、トレバーが呼ばれ何事かと慌てて部屋に入ってきた彼が驚いて、俺を背負ってくれた。
そしてそのまま部屋を出れば、グレンとヒューがぎょっとした表情を浮かべた。テレンスさんも、少し驚いたように見えたけど、見間違いだろう。

「ハルト?!」
「どうした? 顔色が悪いぞ?」
「ん…ちょっと…」
「ごめんごめん。空気が悪いところで話し込んじゃったからさ。今日は休ませてあげてね?」
「もちろん。ハルト、気持ち悪いとかないか?」
「ない」

3人の顔を見たら、少しだけ気持ちが楽になったような気がする。でも、少し頭に痛みが走り、トレバーに体重をかけると「眠いなら寝ろ」と言われそれに頷くと、ヒューに頭を撫でられた。

「じゃ、オレら帰るわ」
「分かったよー。明日はハルトの体調が悪かったら来なくていいからねー」
「分かった。じゃあな」

話しが進んで、このまま帰れるのかとほっと息を吐けば「ちょっと待て」と声をかけられた。
この声は…。

「ハル坊。これを持って行け」
「ハル坊?」
「ほら。体調がよくなったら食え」
「? ありがとう…ございます?」

テレンスさんの言葉にお礼だけを言えば、グレンが何かを受け取っている。それは四角い箱と…?

「張り切りすぎてたくさん作りすぎちゃったから食べてねー」
「ハワード!」

にゃははーと笑うハワードと怒鳴るテレンスさんに「ふはっ」とたまらず笑えば、ヒューが背中を撫でてくれた。

「それじゃあな」
「じゃあねー。気を付けてねー」

ハワードに見送られて魔道具開発部を出ると、頭痛が酷くなって目を閉じる。
それを見たヒューに「おやすみ」と言われると、不思議なことに意識がゆっくりと落ちていく。

そしてそのまま俺は眠りにつき、起きたら夜。
俺にあてがわれた部屋で目が覚めた時には頭痛はすっかりと良くなっていて。
ベッドから降りて、閉められたカーテンを開ければ窓の外にはたくさんの光。そして。

「世界樹の挿し木…」

煌々と光る大きな樹を見つめてから右腕を見つめる。
この右腕には、大精霊様がいる。そしてその大精霊様は俺を見ている。

「なんでルカさんを…」

そこまで言いかけて、ぎゅっと唇を噛む。
シモンはきっとルカさんを忘れられていない。
そして俺はきっと…。

そこまで考えて、ぶるぶると頭を振るとコンコンとノックがされた。返事をする前にドアが開き、入ってきたのはトレバーだった。

「起きて大丈夫なのか?」
「ん。もう平気。ごめん。今日の予定…」
「気にすんな。ダンジョンは明日でもいいさ」
「ありがと」
「それより腹、減ってるだろ。夕飯にしよう」
「ん」

カーテンを閉めて、ベッドまで行くとトレバーが布を持って待っててくれた。
右腕を吊ってから、部屋を出る。
そこでふわりと香る、石鹸の香り。

「あれ? 風呂入ったの?」
「ん? ああ。ちょっと汗かいたからさ。それよりハルト、風呂入りたいだろ? もう一回入るから心配すんな」

わしわしと頭を撫でられ、髪をぼさぼさにされる。
それに「もー!」と怒れば「悪い悪い」と笑う。

この時に気付けばよかったんだ。
夕飯前に風呂に入るなんてこの1週間なかったこと。そして、少し疲れていることに。
それに気付かない愚かな俺は、トレバーの背を追う。
その時、中央で聞いた「リィン」という鈴の音が聞こえたような気がして振り返れば、トレバーに「どうした?」と聞かれた。
それに「なんでもない」と笑って階段を降りる。

その音が右腕から聞こえることを隠しながら。



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