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遥都の本音

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「あー…暇だー…」

次のダンジョン行きが決まるまで「おとなしくしててね☆」とハワードに言われ、シモンの私室の寝室でダラダラ中。
右腕は三角巾で吊るようにしてもらって、バランスはそれなりに取れるように。それに片腕生活にも大分慣れて、本くらいは読めるようになった。

不便だけど。

風呂もできるだけシモンに負担が掛からないように、と週2回にしてもらった。
本当なら毎日入りたいんだけど、それは右腕が元に戻るまでお預け。
あれから何事もなく、シモンには世話をしてもらっている。抜き合いもあの時だけ。
1人で処理したいときはそれとなく伝えれば、風呂を出て行ってくれるし。
会社に行ってるときは「1日中ダラダラしてぇ~」なんて言ってたけど、実際ダラダラするとめっちゃ暇だったりする。
日本ならゲームや映画なんかの娯楽が豊富にあるから1日が早く過ぎそうだけど、ここにはそんなものはないから1日がめっちゃ長く感じる。
かといってシモンの仕事の手伝いや、ハワードの仕事の手伝いも無理。

書類を持って行くことができないからな。

それにシモンもなぜか仕事を隣の部屋、執務室でしている。これは俺の世話をするために、ここですることを決めたらしい。
トイレは何とかなるけど、飯がなぁ…。
なんとか左手でフォークを持って、ぷるぷると震わせながら食うこともできる。けど、今度は飯のスピードが落ちてすぐに腹がいっぱいになる。そうなると、変な時間に腹が減ってシモンにお世話になる、というルーティンができてしまっていた。
それならシモンに飯を食わせてもらった方が、負担が少ない。と、いうわけで三食シモンに給餌されている。

でもまぁそうなると騎士団から不満が出てくるわけで。

俺だってできればシモンに迷惑はかけたくない。実際、飯以外は何とかなっているんだ。
けど「部屋を出たい」とシモンに言ったら「悪いがそれは出来ない」と言われるだけ。

理由は分からない。

この部屋に引っ越した時もハワードが「厄介ごとに巻き込まれないように」とのことだったから、その「厄介ごと」がどうにかなれば部屋から出られるはずだ。
いつになるかは分からないけれど。

「ほんっと、暇だぁ…」

ばすんとベッドに倒れこんで、読んでいた本は腹の上。
ハワードが「暇つぶしにどうぞー」と言って持ってきてくれたものだ。内容は所謂冒険譚。
こっちでいうライトノベルみたいなもの。
普段本を読まないから、少し読んでは飽き、少し読んでは飽きと繰り返していたけど、部屋に軟禁されている10日間ほどで1日1冊読めるようにはなった。
もう少しでこの軟禁は2週間ほどになる。

カーテンは開いてるから、太陽の光は浴びられるし窓も開けられる。
風も感じられるけど、地面は歩けない。

はぁ、とため息を吐いてごろりと横になると、コンコンとノック音が響く。

「はいよー」

この扉を叩くのはシモンだけだ。
だから返事も適当でいい。

「ハルト。客だ」
「客?」

俺に客なんぞいないはずだけど?
誰だ?と首を横にすると、シモンの身体が一度見えなくなる。
そして。

「お久しぶりです。古宮さん」
「花村さん?!」

ドアから現れたのは、一緒にこっちに来た花村さんだった。
あ、やべ。今すげーだらしない格好してる。
慌ててベッドから起き上がり、座ると「そのままで結構ですよ」と言われる。
うわー、変なところ見せちゃったな。

「その腕だと着替えも大変でしょうし」
「ア、ハイ」

なんか姉ちゃんにダラダラしてるところを見られた感覚。
気恥ずかしい。

「そのまま…だとあれだな。着替えたら、応接室に行くぞ」
「分かった」
「では私は先に戻っていますので」
「ああ」

ぺこりと俺とシモンに一礼してから部屋を出る花村さんと変わるように、シモンが入ってくる。

「さて、早めに着替えるか」
「そだね」

てきぱきと着替えを済ませて、花村さんを待たせているであろう応接室へと向かう。もちろん肩は抱かれてないぞ?
さっきまでいた騎士団の人の姿はすでになく、執務室を通り過ぎる。

「お待たせしました」
「ハルトー! 元気してたー?」

応接室のドアを開ければ、ハワードの声が聞こえてきて。
それに驚いて花村さんを見れば、静かにカップを傾けていた。

「ハワードもいたのか」
「もちろん。俺はユナの上司だからね」

ふふんと胸を張るハワードだけど、花村さんは気にしていない様子。
あー…。これ、俺が触れなきゃダメなやつ?

「なら俺の上司でもあるな」
「そうだぞー。俺はハルトの上司でもあるからね☆」

ばちこん☆とウインクをされるけど、あははと乾いた笑いしか出てこない。
なんせ昨日も会ってるしな。

「ほら、早く座れ」
「あ、うん」

ハワードに意識を取られてたけど、後ろにシモンがいたんだった。
背中を軽く押され、ソファに促されると大人しく座る。シモンは?と見上げれば「俺は用事がある」と言われた。
珍しい。

「ハワード。用事があるんだろう?」
「あー、そうそう! そうだった!」

もっしゃぁとクッキーを食べていたハワードが、カップを一気に傾ける。その慌ただしさに呆れながら、俺もカップを持ち上げる。
いつも紅茶を入れてくれるのは、侍女さん。クッキーも彼女が準備してくれるらしい。
俺がクッキーをやけ食いした後から、なぜか大量にクッキーを用意してくれるようになった。
飽きた、とも言い出しにくい状況で、俺は用意されているクッキーを摘まむ。

「じゃ、ハルト! シモン借りてくねー!」
「俺の許可、いらなくないか?」
「いるいる! そいじゃ、半刻ほどで戻るからー」

じゃあねー!と何か言いたげなシモンの背中をぐいぐいと押して、部屋から出て行った。
それをぽかんと見つめる俺。

嵐…嵐が去った…。

急に静かになった部屋。シン、と沈黙の音が聞こえそうな静寂に、どうしたものかと考えをめぐらす。
しかし。

「右腕のこと、ハワードさんから聞きました」
「あ。そう…なんですか」

花村さんから話題を振られ、あたふたとしてしまう。同じ世界から来た人だけど、初対面だったから良く分からない。
1週間くらいしか一緒にいなかったからな。

「え、と…。花村さんは忙しいんですか?」
「そうですね…。毎日が充実してます」

そう言ってにこりと笑う花村さんだけど、疲れが見て取れる。
毎日書類と戦ってんだな…。

「お疲れ様です」
「いえいえ。私より古宮さんの方が大変だと思いますが…」

つ、と視線が向かったのは吊られた右腕。
その右腕に左手を乗せると、三角巾の上からそっと撫でる。

「いえ。だいぶ慣れてはきてるんですよ。それに両手を利き手にできたらカッコいいじゃないですか」
「ふふっ。そうですね」

心配しないでください、と笑って見せれば、花村さんも上品に笑う。やっぱり花村さんって大人の女性って感じだな。

「ああ。ごめんなさい。古宮さんが大変なのに」
「いえいえ。それよりもハワードのお守りの方が大変だと思うんですけど」
「そうでもないですよ? きちんと書類のチェックはしてくれますし」
「…チェックだけなんですか?」
「まぁ…処理は私たちがやってますけどね」

花村さんとのたわいない会話は楽しくて、久しぶりに心から笑えたような気がする。
監視されている、という事実に少しだけ憂鬱になっていたのも確か。
でもハワードが毎日のように、ここに来てくれることが嬉しくて、楽しくて。
シモンは何も言わないけど、時折口元が緩んでるから嬉しそうなのだ。

最近はどうだ、だの、ダンジョンの中はどうなっていたのか、だのと話しをしているうちに、花村さんの顔が少し曇った。
おっと。ダンジョンの中の話しはきつかったか?
調子に乗って話し過ぎた?と思ったけど「ごめんなさい」となぜか謝られた。

「古宮さんだけに危険なことを押し付けてしまって…」

花村さんの言葉はきっとこの右腕に向けられたものだろう。
けれど。

「これは花村さんのせいじゃないですよ。寧ろここにいるための代償…みたいなものですから」
「代償?」

つい本音がぽろりとこぼれ出たのは、花村さんだからだろうか。
シモンやハワードには絶対に零せない本音。
会話が楽しくて、心の枷が緩んだみたいだ。

「本当は誰にも言うつもりはなかったんですけどね」
「古宮さん…」

ははっ、と小さく笑ってから、きゅうと唇を閉じる。

「ここには私と…彼女しかいませんから」
「…………」

彼女、とは侍女さんのことだ。
俺たちの会話を黙って聞いているだけ。時折紅茶を入れてくれたり、クッキーを補充してくれたりとしてくれている。
仕事をしているだけなのだろうが、やはり「話すんじゃないか」という疑念は晴れない。

「彼女も古宮さんが「言わないで」と言えば他言することはありません」
「…そう、ですか」
「はい。彼女は私の相談にもよく乗ってくれるんです」
「……………」

ちらり、と侍女さんを見れば、無表情で立っているだけ。けれど、視線が合うと一礼をされた。
他言はしない。
それが俺の心の枷を完全に外した。

「…いつか」
「はい」
「いつか…ここから出ていけ、と言われるのが怖くて…」

そう。自分の立場を理解したのは、召喚された翌日。
ハワードに「事務処理手伝ってー」と泣きながら言われたときだった。
花村さんはすでにコツをマスターしたのか、席について黙々と書類をめくっていく。けれど俺は昨日、ハワードに連れ出されこの世界のことを聞いたり、陛下との謁見で1日が潰れてしまった。
だから何をすればいいのか分からず、指示をもらおうとして召喚されてすぐに怒鳴ってきた厳つい顔の人に視線を移した。けれどその人も書類を見ていたりして、とても声をかけられる状態ではなかった。
ならハワードは、と視線を向ければ、こちらもまたものすごいスピードで書類を処理していく。
完全に出遅れ、やることがない俺はその場で立ち尽くす。
よく「仕事は自分で作れ」なんていうけれど、全く分からない状態ではそれすら叶わない。かといって花村さんやハワードたちの邪魔はしたくない。
なら、どこかへ持って行くであろう書類が出来上がるまで待つしかないと思い、近くにあった椅子に座る。
時間が経つにつれて積み重なっていく書類を見て、立ち上がる。

「これ、どこに持って行けばいい?」

俺の言葉に顔を上げたハワードが「え?」と口にした。
そして。

「ああ。ごめん、ごめん。じゃあ、これを…」

そう指示をもらって、書類を手にして部屋を出る。
パタン、とドアが閉じた時に俺は少し動揺した。

ハワードの目は、俺がいたことなど忘れていたようだった。

当然か。一言も話さず、書類が出来上がるまで待っていただけなのだから。
一瞬泣きそうになったけれど、今は書類を届けることが仕事なのだ。
そうしてその日は書類を運ぶだけで終わった。
その後、花村さんと夕飯を食べて部屋に戻った時に感じたのは焦燥感。
書類を置いて部屋に戻った時に、厳つい顔の人からの視線は「なんでお前はここにいるんだ」というものだった。
それにひるみそうになったが、なんとか1日が終わってよかった。

そして俺はハワードの言葉を思い出していた。

『事務処理が滞ってたから、ちょーっと異世界から事務処理が得意な人間を呼んだだけだよ?』

そう。ハワードが召喚した理由は「事務処理が得意な人間を呼んだ」こと。
なら、事務処理ができない俺はここにいる理由がない。

事務処理ができないのならばいらない、と言われるんじゃないかって不安になったのはこの時だ。

ならば、事務処理ができない俺が安全なここにいられるためにはどうすればいいか。
そう考えた時にハワードに「ダンジョンに行きたい」と言っていたことを思い出した。そして「いつかダンジョンに潜ってもらうね」という言葉に縋った。

ダンジョンを踏破すれば、俺に価値ができるのではないか。

そう考えたら、不安が少しだけ和らいだ。
事務処理ができないのならば、ダンジョンを踏破して価値を見出してもらうしかない。
その為にはまず、媚びを売ることにした。
ハワードの言うことをよく聞き、決して逆らわず従順でい続ける。そして、あの第一騎士団団長であるシモンにも媚びを売っておけば少なくともすぐには追い出されないだろうと踏んでのことだ。

良く分からない世界で放り出されれば、マッピング能力しか持っていない俺は直ぐに野垂れ死ぬだろう。

死なないためにも、従順であれば飯も眠れる場所も用意されているここから追い出されるわけにはいかない。
その為には、例え怪我をしようが死ぬ寸前まで行こうが、とにかくダンジョン踏破に役に立つことを印象付けなればならないのだ。

だから。

「だから右腕がこうなって、実は少し安心してるんです。これで…追い出されないぞ、って」
「古宮さん…」
「でも、もうここにこだわる理由もあんまりなくなってきたんですよね」
「それはどういう…?」

俺がダンジョンに潜る前はここしか頼れる人も、場所もないと思っていた。
けれどダンジョンに潜ったからこそ、見えたものもあった。

「右腕が治ったら、ここを出てあの3人の所にお世話になってもいいかな、なんて思い始めたんです」

ダンジョンの中で出会ったあの3人。
あの3人なら、俺の居場所を作ってくれるかもしれないのだ。
…まぁ、あくまで予想なんだけど。

そこまで言った時にドン!と部屋が揺れた。それに合わせて「ガシャン!」という大きな音がすぐ側で聞こえたことに驚く。

「し、失礼いたしました!」

どうやら「ガシャン!」という音は、侍女さんがお皿を割ってしまった音らしい。顔を青くして、慌てて割れたお皿を拾っている。

「そんなに急いで拾わないくてもいいですよ」
「しかし…!」
「怪我しちゃうから、さ?」

皿を割って、焦って欠片を拾おうとすると指先を切ることはよくあることだ。
俺も一度、マグカップを割って慌てて拾おうとしたら指を切った経験がある。
スパッと切れるならいいけど、破片が傷口に入るのはまずいからな。

「この世界にも地震ってあるんですね」
「そう、ですね」

地震は慣れているけど、やっぱり突然だから心臓に悪い。まだ揺れるのかと警戒したけど、揺れはあの一回だけらしい。
それにほっと息を吐くと、侍女さんを見る。すると、最後の破片を拾っていた。

「怪我はないですか?」
「はい。大丈夫です」

無表情だった侍女さんの顔が綻んでいるように見えて、俺もにこりと笑い返す。

「フルミヤ様、クッキーのお代わりはいかがですか?」
「じゃあ、お願いします」

割れた皿を触った後だけど問題ないだろう。なんせこの部屋、埃一つ見えないんだから。
本音を吐き出した後だからか、皿に盛られたクッキーがおいしそうに見える。

「いただきます」

そう言ってから、アーモンドが乗ったクッキーを摘まむのだった。


■■■


「ちょっと! 何してんの?!」
「…ッ!」

ハルトの本音を部屋の外で聞いていると、シモンが近くの柱を拳で殴りつけた。
いくら強度がある石でできている柱だからって言っても、限度があるからね?!
現にちょっとひび割れてるし!

シモンが壁を殴ったせいで一帯が揺れて、部屋の中では「ガシャン!」という音が聞こえてきた。
どうやら侍女がうまくごまかしてくれたらしい。

「ハルトは…」

そこまで言って唇を噛むシモン。
それは僕だって同じだよ。

「腹に一物を抱えてるとは思ったけど…まさか『追い出されない』ため、だったとは…」

しかも僕のしたことを覚えていたとは…。
僕は全く覚えてないんだけど。

「でもハルトがなんであんな無茶をしたか、理由が分かってよかったよ」
「だからと言って自分を傷つけるなんて…!」

シモンは近くでハルトの無茶を見ているからねぇ…。
ダメージが大きいのも仕方ない、か。

「それを言ったら責任は僕にあるよ。ハルトとユナにああ説明したのは僕だし」
「? どういうことだ?」
「んー…、ちょっと、ね?」

ハルトとユナを召喚した理由はほかにもあるんだけど、これはまだシモンにも秘密。
が作り出してくれた、最初で最後のチャンスだったんだから。

「だがハルトは本当にあの3人の元に行くつもりなのか?」
「それは…僕ら次第じゃない?」

ハルトをここに繋ぎとめておけるかどうかは、本当に僕ら次第なんだから。
ハルト自身はすでにここじゃない場所でも生きていけるって知っちゃったし。

…こんなことになるならダンジョンに向かわせるんじゃなかった。

後悔先に立たず。
が教えてくれた言葉。本当にその通りだね。

「なら…あれもここにいたいからした、ということなのか?」
「……………」

シモンの言葉に僕は何も言えない。
それはハルトが「そう」だと教えてくれたから。

せっかく溶けかけた氷だったのに…。

けど、こうなったのは全部僕の責任。
ならその責任を取ろうじゃないか。

「とにかく。まずはその顔をどうにかすること。いいね?」

ハルトの本音を聞いてました。なんて顔で出て行ったらハルトがここを去るかもしれない。
あの人食いダンジョンを残して。
それだけは絶対に避けなければならない。

その為に、に協力してもらったのだから。

「ほら!しゃきっとしろ! ルーセントヌール国、第一騎士団団長!」

バシッと背中を叩いて気合を入れさせれば、ショックから少し抜け出せたよう。
でもこんなところでくよくよしている場合じゃないんだ。兎にも角にもハルトの存在がこの国を左右するんだから。

「もう逃がさないよ。ハルト」

この国を出たいといっても、ね?


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