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ハワードの仮説
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「ハルトの年齢に取り乱した。すまない」
「ごめんって。…だってどっからどうみても子供なんだもん」
「……………」
不機嫌です、と態度で表しそっぽを向いていれば、ハワードとシモンに謝られる。
…ハワードは微妙だけど。
でもそこまで怒ってるわけじゃないからな。…ホントだぞ?
はぁ、と小さくため息を吐いてから話しの先を促すことにする。
「もういいよ。とりあえずは酒も飲める年齢だからな」
「それは…」
「やめといたほうがいいと思う」
なんでだよ!
ふるふると2人に首を振られてムッとするけど、俺自身あんまり酒は好きじゃないからいいんだけど。
「それで?」
「あ、そうそう! 右腕の話だったよね?」
その為にハワードを呼んだはずなんだけどなー。シモンが。
じと、とハワードを見れば「やだ☆そんなに見つめられたら恥ずかしい!」と言って、頬を押さえている。
「…なぁ。シモン」
「なんだ?」
「ハワードってこんなキャラだっけ?」
召喚されたときに会ったハワードはもう少し知的な…頼れるお兄さん、って感じだったような気がするんだけど?
「こいつはこっちが素だ」
「え? じゃあネコ被ってたの?」
「そうなるな」
ちょっとだけ呆れたように肩を竦めるシモンに「そうなんだ」とハワードを見れば、苦笑いを浮かべていて。
「まぁ、色々あるんだ」
「その辺りは詳しく聞かないけど、さ」
「そ? 興味が沸いたら聞いてね☆」
「…分かった」
ばちこん☆とウインクをされるけど、なんとなくその辺りは触れない方がよさそうだ。興味が沸いても、本人が話すまでは聞かないことにしよう。うん。
空気を読むのが日本人。そして社会人。
そんなことを思いながら、小さく息を吐く。
「さてさて。昨夜セックス…じゃなくて…えーっと、よく分かんないけどえっちなことをした後、右腕が動いたんだね?」
「…ああ」
改めて言われるとすげー恥ずかしい。
生娘じゃないんだからそこまで恥ずかしがらなくてもいいんだけど、相手が男だからか?
こう…背徳感があるのかもしれない。
「そんで、今日また動かなくなった、でオッケー?」
「うん」
右腕の確認をされてシモンと俺がそれぞれ頷くと、ハワードから「はぁぁぁぁぁ」と大きなため息が漏れた。
なんで?!
「いやー…。ごめんよー…。可能性の一つ…それも限りなくゼロに近い可能性だったからさー…」
「え? なんかやばいの?」
ずい、と身体を乗り出してハワードに寄れば、あははーと力なく笑っている。
「その可能性とは?」
「…大精霊様との契約」
「はい?」
力なくそう告げたハワードの言葉に、俺は首を傾げる。
大精霊様との契約?
なんだそれ?
大精霊…はなんとなく分かる。ゲームとかでもよく見聞きするしな。
それとの契約? どういうこと?
分からん、とシモンをちらりと見れば、口元に指を乗せて険しい表情を浮かべている。
そして。
「本当なのか?」
「君たちの報告で確信したよ。間違いない」
「????」
だから、どういうことだってばよ?
置いてけぼりの俺はハワードとシモンを交互に見る。
どっちでもいいから説明プリーズ。
「ハルトは大精霊様ってなんとなく分かる?」
「あれだろ? 各属性の一番偉い人みたいなもんだろ?」
「おおよそは間違ってないね。なら話しは早いか」
そう言って、ふざけた雰囲気を潜めた。
真面目な表情で俺をじっと見つめるハワードに、こくりと息を飲む。
「大精霊様の契約って、本来ならとても名誉なことなんだ」
「名誉?」
「そう。大精霊様は、いわば世界樹の分身ともいえる方だからね」
「へぇ」
ゲームなら世界樹は枯れてたりするのを復活させるまでの物語だ。
そして大体はその『大精霊様』の力を借りるのが多い。
こっちの世界での大精霊様も同じようなものならば、それは名誉なことだろう。
「でもね」
俺の考え事が終わるのを見計らって、ハワードがトン、とテーブルを指先で叩いた。
「ハルトの場合は、一方的な契約なんだ」
「一方的…?」
「そう。本来なら大精霊様と、契約者が合意の元で契約する」
「普通はそうだな」
契約とは元々そういうものだ。
一方的に契約させられたら、契約を破棄することも可能なはず。
日本だと一週間以内ならクーリングオフ制度があるはずだけど…。
「そこがミソなんだ」
「うん?」
どういうこと?
ハワードの言葉に首を傾げれば、シモンが瞳を閉じた。
「僕らが望もうが望まなかろうが、大精霊様は勝手に契約できてしまうんだ」
「は?」
それってつまり。
「俺の意志なんかは関係ない、と?」
「そう。この世界は世界樹によって支えられている。そしてその分身ともいえる大精霊様が各国の礎になっている」
「なるほど。だからこの国はルーセントヌール…光の神に仕える国ってことか」
「そこまで理解してるなら説明が端折れるね」
そこでようやくにこりと笑うハワードに、知らず詰めていた息を吐く。
なるほど。
でも疑問が一つ。
「その大精霊様がいつ、俺と契約したんだ?」
「そのことなんだけど」
一度そこで言葉を切って、シモンを見るハワード。
目を閉じていたシモンもいつの間にか目を開いていて、口が動く。
「壁に手を付いた時だな?」
「え?」
シモンの言葉に瞳を丸くすると、ハワードがこっくりと頷いた。
「恐らく」
「あの時?」
「そう。ハルトが眠いながらに教えてくれた『幻』とか『幻惑』って言葉が引っ掛かっててね。資料をひっくり返して読んでみたら…」
「光の大精霊様だと気付いた、と」
「ああ」
あの壁に突き抜けたことだけでそこまで分かるのか…。
というか、ハワードって何者なんだ?
「あのさ」
「どうした?」
「その…光の大精霊様?と一方的に契約させられたらどうなるの?」
ハワードのことは後回しにして、今はその契約云々だ。
もしも右腕以外に何か出るとしたら、早めに知りたかった。
「実は大精霊様が一方的に契約をすること自体が稀なんだ」
「へ?」
「そもそも大精霊様が人間に関わること自体が珍しい。他国でも何例かは報告されてるけど、それこそ何百年とかの報告しかない上にその時は国自体が危機に瀕しているときにしかなされてないんだ」
「でもこの国自体が危機に瀕しているとは思えないけど?」
ここは食べ物もあるし、シーツだって清潔だ。水は綺麗だし、危機に瀕しているとは到底思えない。
「そのことなんだけどね。実はある意味危機なんだ」
「え?」
眉を下げてそう告げるハワードに、俺は眉を寄せる。
この国が危機?
どういうことだ?
「人食いダンジョンがあるせいで、冒険者は他の国に流れてる」
「でも国民はいるんだろ?」
「いるよ。けど、お金が…ね?」
「ああ。なるほど」
つまりは、冒険者がこないから金が落ちないのか。
と、なると店とかは大打撃だな。
「ハルトってぼんやりしてそうに見えて、結構察しがいいよね」
「ぼんやりってなんだ」
「こう…のほほんと暮らしてるっていうかなんていうか」
そりゃ日々敵と戦うことなんかしないからな。
この国…世界から見ればのほほんと危険なく生きてるように見えるんだろう。間違っちゃないけど。
「ここみたいに魔物と戦う、なんてことはないし、気を付けてれば命の危険なんかもないからな」
「羨ましいね」
ハワードのその言葉には重みがある。
それはダンジョンに潜ったからこそ分かることでもあった。
だってそうだろ? 言葉じゃなくて経験したんだから。
あんなダンジョンに挑む冒険者も、その冒険者を探す騎士団も純粋にすごいと思う。
俺は安全が保障されて潜ったわけだし。
戦闘はシモンが、そしてあの3人がしてくれた。そして魔物からはハワードに渡された指輪が守ってくれた。
皆に守られているから、今こうしてここにいるのだ。
「それで。この国が危機に瀕しているのは分かったけど、それとこれと何か関係があるのか?」
重い空気になったところで話題を変える。
とはいっても話を戻しただけなんだけど。
「そうだねー…。多分関係ないと思うんだ」
「なんだそりゃ」
国の危機関係なく俺に一方的に契約しやがった大精霊様とやらは一体何を考えてんだ?
「…監視か」
「は?」
シモンの言葉に間の抜けた声が出た。
監視?
「そうだろうね」
「なんで?!」
「落ち着け。ハルト」
「落ち着けって言われても…!」
「そのことについても話すから。ちょっと落ち着いて」
2人にそう言われて、ぐっと唇を噛んで乗り出していた身体をソファの背もたれに預ける。
落ち着けっていわれても、な。
「お茶、飲もう?」
「クッキーも用意させよう」
なんで、どうしてという疑問と、監視という言葉の不安。
それがぐるぐると頭を回っている。なんとか2人が落ち着かせようとしてくれる声を聞きながら、肺にたまった空気をすべて吐き出すようにゆっくりと吐き出していく。
すると鼻孔をくすぐるいい匂いに意識を向ければ、温かな紅茶とクッキーが用意されていて。
「このクッキーおいしいんだよー。ハルトも食べなよ」
そう言いながら、ぽいっと口にクッキーを放り込むハワードと、静かにカップを傾けるシモン。
のろのろと背もたれから身体を起こそうとしたけどうまくいかなくて、シモンに助けてもらいながら起き上がる。
そして紅茶を一口飲んでから、クッキーをもそりと食べる。
「うまい」
「うんうん。よかった」
「ゆっくり食え」
「ん」
さくさくとゆっくりとクッキーを食べながら、紅茶を飲む。紅茶で身体が温まったのか、不安は多少あるものの落ち着いたように思う。
ハワードもにこにことしながら俺を見ている。
「大丈夫? 落ち着いた?」
「うん。大丈夫。落ち着いた」
「そっか。なら食べながら聞いてね?」
ハワードの言葉にこくりと頷くと「いい子だね」となぜか褒められる。だから、俺は子供じゃないって。
「監視って言ったのは大精霊様と契約すると、大精霊様が契約者の危機にいち早く気付くために身体のどこかに紋が浮かび上がるんだ。そこから契約者を見守る」
「だが、今のお前にはその紋がない」
「合意で契約すると、どこかに紋が浮かび上がるんだな?」
「そう。けど、一方的に契約されると紋は浮かび上がらず、身体の一部に支障が出るんだ」
「あー…。俺の場合はそれが右手だった、ってわけか」
だから右腕が動かなくなったわけか。そして俺はその大精霊様に監視されている、と。
「でもなんで腕が動いたんだ?」
「多分『見たくなかった』からなんじゃないかなーって思うんだ」
「『見たくなかった』?」
「そうそう。他人のセックスとか見たい?」
「あぁー…」
そういうことかー。と、いうことは?
「大精霊様が『見たくない』ことがあれば、右腕が動く?」
「君たちの話を聞いての仮説だけど、ね?」
仮説でもそれが分かればなんとなく安心…できる、な?
「それとさ」
「まだなんかあんの?」
ものすごく言いにくそうに頬を指で掻きながらハワードが告げる。
「一方的に契約されるのってその人が大精霊様にとって“危険”だと判断された時だけっぽいんだ」
「危険…」
そう呟きながら右腕を見つめる。
今も一方的に俺のことを見られている、と思えば気分がいいものではない。
「でも、逆を言えばハルトは大精霊様にとって脅威だと認識されたんだよ」
「どっちも嫌だな」
「まぁまぁ。あのダンジョンにとっての脅威であるとされたんだ。ある意味すごいことだよ」
はは、と自虐気味に笑う俺の頭を撫でてくれるシモン。
慰めてくれてるんだろな。
「それに、大精霊様が絡んでいると分かっただけでもすごい事なんだ。今までは原因が分からなかったんだから!」
「大精霊様が絡んでいるとなると、我々も動きを変えなければならないから作戦は立てやすい」
「けど、それは大精霊様に伝わるけどね」
あははと笑うハワードだけど、さらっととんでもないこと言ったな。
「映像だけじゃなくて音声も伝わってんのかよ…」
「そらそうよ。大精霊様はこの国の礎なんだもの」
「ああ…そうだった」
全く。とんでもないことをしやがったな。
その大精霊様は。
何度目かのため息を吐くのはもうしょうがない。許してくれ。
「それでね…」
「まだなんかあんのかよ…」
もう十分さっきの情報で、お腹いっぱいなんだけど。
「一方的な契約の破棄なんだけど…」
「うん」
あ、なんか嫌な予感。
「大精霊様に言わないとどうしようもないんだ☆」
「デスヨネー!」
どうせそんな事だろうとは思ってたよ! ちくしょう!
結局分かったのは、この右腕が動かせるのはまだまだ先になりそうなことだけか…。
はぁ…。
それまで誰かの助けを借りなきゃならんわけだ。
できるなら助けなしで生活したいんだけど、利き手が使えないのはかなり辛い。
着替えも満足にできなんだからな。
「だからハルトのサポートをよろしくね! シモン!」
ああ…。やっぱり。
いや。流れ的にそうじゃないかと予想はついたけど…。
ちらっと横を見れば、シモンも俺を見ていて。それからすぐに正面を向いた。
「ああ。任されよう」
「いいんだ」
「ま。そういうことだから、次のダンジョンに潜るまでお世話になってね☆」
次。
ハワードのその言葉に、俺はぎゅっと左手で拳を作った。
次、ダンジョンに潜ったらその先はどうなるか分からない。
万が一、右腕が動かないままなら俺は詰む。それだけはどうにか…いや、絶対に避けなければならない。
握った拳に力がこもり、小さく震えたことにハワードもシモンも気付いているということを知らないまま、俺はじっと空になったカップを見つめた。
「ごめんって。…だってどっからどうみても子供なんだもん」
「……………」
不機嫌です、と態度で表しそっぽを向いていれば、ハワードとシモンに謝られる。
…ハワードは微妙だけど。
でもそこまで怒ってるわけじゃないからな。…ホントだぞ?
はぁ、と小さくため息を吐いてから話しの先を促すことにする。
「もういいよ。とりあえずは酒も飲める年齢だからな」
「それは…」
「やめといたほうがいいと思う」
なんでだよ!
ふるふると2人に首を振られてムッとするけど、俺自身あんまり酒は好きじゃないからいいんだけど。
「それで?」
「あ、そうそう! 右腕の話だったよね?」
その為にハワードを呼んだはずなんだけどなー。シモンが。
じと、とハワードを見れば「やだ☆そんなに見つめられたら恥ずかしい!」と言って、頬を押さえている。
「…なぁ。シモン」
「なんだ?」
「ハワードってこんなキャラだっけ?」
召喚されたときに会ったハワードはもう少し知的な…頼れるお兄さん、って感じだったような気がするんだけど?
「こいつはこっちが素だ」
「え? じゃあネコ被ってたの?」
「そうなるな」
ちょっとだけ呆れたように肩を竦めるシモンに「そうなんだ」とハワードを見れば、苦笑いを浮かべていて。
「まぁ、色々あるんだ」
「その辺りは詳しく聞かないけど、さ」
「そ? 興味が沸いたら聞いてね☆」
「…分かった」
ばちこん☆とウインクをされるけど、なんとなくその辺りは触れない方がよさそうだ。興味が沸いても、本人が話すまでは聞かないことにしよう。うん。
空気を読むのが日本人。そして社会人。
そんなことを思いながら、小さく息を吐く。
「さてさて。昨夜セックス…じゃなくて…えーっと、よく分かんないけどえっちなことをした後、右腕が動いたんだね?」
「…ああ」
改めて言われるとすげー恥ずかしい。
生娘じゃないんだからそこまで恥ずかしがらなくてもいいんだけど、相手が男だからか?
こう…背徳感があるのかもしれない。
「そんで、今日また動かなくなった、でオッケー?」
「うん」
右腕の確認をされてシモンと俺がそれぞれ頷くと、ハワードから「はぁぁぁぁぁ」と大きなため息が漏れた。
なんで?!
「いやー…。ごめんよー…。可能性の一つ…それも限りなくゼロに近い可能性だったからさー…」
「え? なんかやばいの?」
ずい、と身体を乗り出してハワードに寄れば、あははーと力なく笑っている。
「その可能性とは?」
「…大精霊様との契約」
「はい?」
力なくそう告げたハワードの言葉に、俺は首を傾げる。
大精霊様との契約?
なんだそれ?
大精霊…はなんとなく分かる。ゲームとかでもよく見聞きするしな。
それとの契約? どういうこと?
分からん、とシモンをちらりと見れば、口元に指を乗せて険しい表情を浮かべている。
そして。
「本当なのか?」
「君たちの報告で確信したよ。間違いない」
「????」
だから、どういうことだってばよ?
置いてけぼりの俺はハワードとシモンを交互に見る。
どっちでもいいから説明プリーズ。
「ハルトは大精霊様ってなんとなく分かる?」
「あれだろ? 各属性の一番偉い人みたいなもんだろ?」
「おおよそは間違ってないね。なら話しは早いか」
そう言って、ふざけた雰囲気を潜めた。
真面目な表情で俺をじっと見つめるハワードに、こくりと息を飲む。
「大精霊様の契約って、本来ならとても名誉なことなんだ」
「名誉?」
「そう。大精霊様は、いわば世界樹の分身ともいえる方だからね」
「へぇ」
ゲームなら世界樹は枯れてたりするのを復活させるまでの物語だ。
そして大体はその『大精霊様』の力を借りるのが多い。
こっちの世界での大精霊様も同じようなものならば、それは名誉なことだろう。
「でもね」
俺の考え事が終わるのを見計らって、ハワードがトン、とテーブルを指先で叩いた。
「ハルトの場合は、一方的な契約なんだ」
「一方的…?」
「そう。本来なら大精霊様と、契約者が合意の元で契約する」
「普通はそうだな」
契約とは元々そういうものだ。
一方的に契約させられたら、契約を破棄することも可能なはず。
日本だと一週間以内ならクーリングオフ制度があるはずだけど…。
「そこがミソなんだ」
「うん?」
どういうこと?
ハワードの言葉に首を傾げれば、シモンが瞳を閉じた。
「僕らが望もうが望まなかろうが、大精霊様は勝手に契約できてしまうんだ」
「は?」
それってつまり。
「俺の意志なんかは関係ない、と?」
「そう。この世界は世界樹によって支えられている。そしてその分身ともいえる大精霊様が各国の礎になっている」
「なるほど。だからこの国はルーセントヌール…光の神に仕える国ってことか」
「そこまで理解してるなら説明が端折れるね」
そこでようやくにこりと笑うハワードに、知らず詰めていた息を吐く。
なるほど。
でも疑問が一つ。
「その大精霊様がいつ、俺と契約したんだ?」
「そのことなんだけど」
一度そこで言葉を切って、シモンを見るハワード。
目を閉じていたシモンもいつの間にか目を開いていて、口が動く。
「壁に手を付いた時だな?」
「え?」
シモンの言葉に瞳を丸くすると、ハワードがこっくりと頷いた。
「恐らく」
「あの時?」
「そう。ハルトが眠いながらに教えてくれた『幻』とか『幻惑』って言葉が引っ掛かっててね。資料をひっくり返して読んでみたら…」
「光の大精霊様だと気付いた、と」
「ああ」
あの壁に突き抜けたことだけでそこまで分かるのか…。
というか、ハワードって何者なんだ?
「あのさ」
「どうした?」
「その…光の大精霊様?と一方的に契約させられたらどうなるの?」
ハワードのことは後回しにして、今はその契約云々だ。
もしも右腕以外に何か出るとしたら、早めに知りたかった。
「実は大精霊様が一方的に契約をすること自体が稀なんだ」
「へ?」
「そもそも大精霊様が人間に関わること自体が珍しい。他国でも何例かは報告されてるけど、それこそ何百年とかの報告しかない上にその時は国自体が危機に瀕しているときにしかなされてないんだ」
「でもこの国自体が危機に瀕しているとは思えないけど?」
ここは食べ物もあるし、シーツだって清潔だ。水は綺麗だし、危機に瀕しているとは到底思えない。
「そのことなんだけどね。実はある意味危機なんだ」
「え?」
眉を下げてそう告げるハワードに、俺は眉を寄せる。
この国が危機?
どういうことだ?
「人食いダンジョンがあるせいで、冒険者は他の国に流れてる」
「でも国民はいるんだろ?」
「いるよ。けど、お金が…ね?」
「ああ。なるほど」
つまりは、冒険者がこないから金が落ちないのか。
と、なると店とかは大打撃だな。
「ハルトってぼんやりしてそうに見えて、結構察しがいいよね」
「ぼんやりってなんだ」
「こう…のほほんと暮らしてるっていうかなんていうか」
そりゃ日々敵と戦うことなんかしないからな。
この国…世界から見ればのほほんと危険なく生きてるように見えるんだろう。間違っちゃないけど。
「ここみたいに魔物と戦う、なんてことはないし、気を付けてれば命の危険なんかもないからな」
「羨ましいね」
ハワードのその言葉には重みがある。
それはダンジョンに潜ったからこそ分かることでもあった。
だってそうだろ? 言葉じゃなくて経験したんだから。
あんなダンジョンに挑む冒険者も、その冒険者を探す騎士団も純粋にすごいと思う。
俺は安全が保障されて潜ったわけだし。
戦闘はシモンが、そしてあの3人がしてくれた。そして魔物からはハワードに渡された指輪が守ってくれた。
皆に守られているから、今こうしてここにいるのだ。
「それで。この国が危機に瀕しているのは分かったけど、それとこれと何か関係があるのか?」
重い空気になったところで話題を変える。
とはいっても話を戻しただけなんだけど。
「そうだねー…。多分関係ないと思うんだ」
「なんだそりゃ」
国の危機関係なく俺に一方的に契約しやがった大精霊様とやらは一体何を考えてんだ?
「…監視か」
「は?」
シモンの言葉に間の抜けた声が出た。
監視?
「そうだろうね」
「なんで?!」
「落ち着け。ハルト」
「落ち着けって言われても…!」
「そのことについても話すから。ちょっと落ち着いて」
2人にそう言われて、ぐっと唇を噛んで乗り出していた身体をソファの背もたれに預ける。
落ち着けっていわれても、な。
「お茶、飲もう?」
「クッキーも用意させよう」
なんで、どうしてという疑問と、監視という言葉の不安。
それがぐるぐると頭を回っている。なんとか2人が落ち着かせようとしてくれる声を聞きながら、肺にたまった空気をすべて吐き出すようにゆっくりと吐き出していく。
すると鼻孔をくすぐるいい匂いに意識を向ければ、温かな紅茶とクッキーが用意されていて。
「このクッキーおいしいんだよー。ハルトも食べなよ」
そう言いながら、ぽいっと口にクッキーを放り込むハワードと、静かにカップを傾けるシモン。
のろのろと背もたれから身体を起こそうとしたけどうまくいかなくて、シモンに助けてもらいながら起き上がる。
そして紅茶を一口飲んでから、クッキーをもそりと食べる。
「うまい」
「うんうん。よかった」
「ゆっくり食え」
「ん」
さくさくとゆっくりとクッキーを食べながら、紅茶を飲む。紅茶で身体が温まったのか、不安は多少あるものの落ち着いたように思う。
ハワードもにこにことしながら俺を見ている。
「大丈夫? 落ち着いた?」
「うん。大丈夫。落ち着いた」
「そっか。なら食べながら聞いてね?」
ハワードの言葉にこくりと頷くと「いい子だね」となぜか褒められる。だから、俺は子供じゃないって。
「監視って言ったのは大精霊様と契約すると、大精霊様が契約者の危機にいち早く気付くために身体のどこかに紋が浮かび上がるんだ。そこから契約者を見守る」
「だが、今のお前にはその紋がない」
「合意で契約すると、どこかに紋が浮かび上がるんだな?」
「そう。けど、一方的に契約されると紋は浮かび上がらず、身体の一部に支障が出るんだ」
「あー…。俺の場合はそれが右手だった、ってわけか」
だから右腕が動かなくなったわけか。そして俺はその大精霊様に監視されている、と。
「でもなんで腕が動いたんだ?」
「多分『見たくなかった』からなんじゃないかなーって思うんだ」
「『見たくなかった』?」
「そうそう。他人のセックスとか見たい?」
「あぁー…」
そういうことかー。と、いうことは?
「大精霊様が『見たくない』ことがあれば、右腕が動く?」
「君たちの話を聞いての仮説だけど、ね?」
仮説でもそれが分かればなんとなく安心…できる、な?
「それとさ」
「まだなんかあんの?」
ものすごく言いにくそうに頬を指で掻きながらハワードが告げる。
「一方的に契約されるのってその人が大精霊様にとって“危険”だと判断された時だけっぽいんだ」
「危険…」
そう呟きながら右腕を見つめる。
今も一方的に俺のことを見られている、と思えば気分がいいものではない。
「でも、逆を言えばハルトは大精霊様にとって脅威だと認識されたんだよ」
「どっちも嫌だな」
「まぁまぁ。あのダンジョンにとっての脅威であるとされたんだ。ある意味すごいことだよ」
はは、と自虐気味に笑う俺の頭を撫でてくれるシモン。
慰めてくれてるんだろな。
「それに、大精霊様が絡んでいると分かっただけでもすごい事なんだ。今までは原因が分からなかったんだから!」
「大精霊様が絡んでいるとなると、我々も動きを変えなければならないから作戦は立てやすい」
「けど、それは大精霊様に伝わるけどね」
あははと笑うハワードだけど、さらっととんでもないこと言ったな。
「映像だけじゃなくて音声も伝わってんのかよ…」
「そらそうよ。大精霊様はこの国の礎なんだもの」
「ああ…そうだった」
全く。とんでもないことをしやがったな。
その大精霊様は。
何度目かのため息を吐くのはもうしょうがない。許してくれ。
「それでね…」
「まだなんかあんのかよ…」
もう十分さっきの情報で、お腹いっぱいなんだけど。
「一方的な契約の破棄なんだけど…」
「うん」
あ、なんか嫌な予感。
「大精霊様に言わないとどうしようもないんだ☆」
「デスヨネー!」
どうせそんな事だろうとは思ってたよ! ちくしょう!
結局分かったのは、この右腕が動かせるのはまだまだ先になりそうなことだけか…。
はぁ…。
それまで誰かの助けを借りなきゃならんわけだ。
できるなら助けなしで生活したいんだけど、利き手が使えないのはかなり辛い。
着替えも満足にできなんだからな。
「だからハルトのサポートをよろしくね! シモン!」
ああ…。やっぱり。
いや。流れ的にそうじゃないかと予想はついたけど…。
ちらっと横を見れば、シモンも俺を見ていて。それからすぐに正面を向いた。
「ああ。任されよう」
「いいんだ」
「ま。そういうことだから、次のダンジョンに潜るまでお世話になってね☆」
次。
ハワードのその言葉に、俺はぎゅっと左手で拳を作った。
次、ダンジョンに潜ったらその先はどうなるか分からない。
万が一、右腕が動かないままなら俺は詰む。それだけはどうにか…いや、絶対に避けなければならない。
握った拳に力がこもり、小さく震えたことにハワードもシモンも気付いているということを知らないまま、俺はじっと空になったカップを見つめた。
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母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。
「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」
魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。
俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/11……完結
2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位
2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位
2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位
2023/09/21……連載開始
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
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ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
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BL
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