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(強制)引っ越し

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「んぁ…?」

空腹を感じて目が覚めた。
切なく鳴る腹をそっと撫でてなだめてから、すぐに閉じようとする瞼を叱咤しつつ無理やり持ち上げる。

「あれ?」

そして俺の目に入ってきたのは、全く知らない場所。
けどちゃんと柔らかいベッドの上にいる。
部屋を見回しても見覚えがない。たくさんの疑問符を頭の上に付けながら、目についたカーテンが閉められている窓を見る。けれど当然ながら外の景色は全く見えないわけで。
だるく、重い体を持ち上げてベッドから降りることにする。

「おっとっと」

右手が重くて、うまくバランスが取れずにふらついたけど、サイドテーブルに左手を付いたことで転倒を免れる。

「…っつ」

けれどそのせいで左手首に負担がかかった。

「いってぇ…」

負担がかかった左手首をぷらぷらと振れば、少し痛みが走る。

「捻ったか?」

痛みに眉を寄せてどうするかな、とぼんやりと思ったところで「カチャ」と音がした。
それに視線を向ければ、驚いた表情を浮かべているシモンの姿。

「ああ。起きたか」
「ついさっき、ね」
「腹が減っているだろう。飯にしよう」
「ああ。うん」

そうだった。腹が減って目が覚めたんだった。
またもや切なく鳴く腹を撫でようとして、左手首を痛めたことを忘れていた。

「いって…!」
「怪我をしたのか?」
「あー…なんか捻った?みたいで」

あははーと笑えば、大股で俺に近付いてくるシモン。けれどその表情は険しい。
寝起きで怪我ってどういうことだよって感じか?
けれど、シモンに機嫌を損なわれては俺が困る。

「いっ!」
「他には?」

そして左手首を掴まれ、思わぬ痛みに顔を顰めれば瞳が細くなった。
あ。これは怒ってるな。

「…ない」
「ならいい」

素直にないと視線を逸らしながらそう言えば、ほっとした息が漏れたように見えた。

「先にポーションだな」
「うえぇ…あれまずいんだって」
「ダンジョンで飲んだあれは特別製だ」
「そうなの?」
「ああ。とにかく先に怪我を治すぞ」
「はーい」

左手首を掴んでいた手が今度は左の肩を掴む。おっと。

「バランスがまだ取れないんだろう?」
「…はい」
「この部屋はあっちよりも物が多いからな。悪いがこのまま連れていくぞ」
「っとそうだ。ここどこなんだ?」
「それも飯を食いながらにする。いいな?」
「あ、うん」

ぐーと鳴る腹を聞いたからだろうなー、なんてのんきに思いながらシモンに肩を抱かれたまま移動する。
言われた通り、寝る前まで使ってた部屋とは違って、妙に生活感があるというかなんというか。でも汚部屋じゃない。

一言で表現するなら、実家のような安心感。

テーブルとか椅子とかに当たらないようにしてくれながら、部屋を一つ移動。
うん?
次のドアを開ければ、応接室みたいな感じの部屋。ローテーブルがあって、革張りの椅子がある。
まずは俺を座らせてから、シモンが何やら隣の部屋に移動。
ポーションを取りに行ったんだろうな。お手を煩わせて申し訳ない。
でも意識はテーブルの上にある食事。
いい匂いが鼻孔をくすぐるから、腹も元気に鳴る。一度物を入れているからか、ちょっと固形のものがある。やった!

「食事の前にポーションだ」
「そういえばあのポーションは特別だって言ってたけど、何なの?」

俺の質問に、返ってきた答えは「キュポン」といういい音。
そして流れるように俺の隣に座って、ポーションをまたもや口移しで飲まされる。

なんかだんだんと慣れてきた。

いや。左手首を心配してなんだろうけどさ。ちょっと痛むけど、動かないことはないんだよ。
右腕は動かないけど。
まぁいいか、なんて思ってる自分にもびっくりだけどさ。
そしてなぜか口移しでポーションを飲み終えると、くしゃりと髪を掻きあげられる。

「痛みは?」
「…ない」

じっと見つめられるのが気恥ずかしくて視線を逸らせば、くしゃくしゃと頭を撫でられる。
なんなんだろうな。これ。
犬でも撫でてる感じなんだろうか。
頭を撫でられた後は、髪を整えてもらう。両手が使えれば問題ないんだけどな。

「飯にするぞ」
「あ、うん」

そして何もなかったように、飯に誘うシモンが分からなくて。
でも。

「ほら、こっちだ」

そう言ってシモンが座る隣を叩く姿に、苦笑いが浮かぶ。
まぁ。

「分かったって」

悪くはない。



俺が片手でも食べられるようにか、サンドイッチとサラダとスープがテーブルに並んだ。
けれど、スープは俺一人じゃ飲めないからシモンに飲ませてもらう。これもなんか慣れてきた。
それに熱々スープを飲ませたことが効いたのか、冷ましてもらいながらちびちと飲んだ。
固形物を入れた胃は、痙攣することもなく消化を頑張っているようで一安心。

食事をしながら分かったことが一つ。

ここがどこなのか、という疑問だ。
それは早々にシモンの口から出てきた。

「ここは俺の私室兼仕事場だ」

どうやら私室というのはシモンの立場故、城内に用意されたものらしい。
そして仕事場は…。

「何かあった時にすぐに出られるように、だな」

第一騎士団の今の仕事は専ら魔物退治。
だからダンジョン内の行方不明者や助けを求めに来た人たちの救出も、第一騎士団の仕事らしい。

「じゃあなんで俺がここに来たんだ?」

疑問二つ目。
ハワードに用意された部屋でも問題はなかった。それが今になってなんでまた?

「少々厄介なことになったからな。あっちよりもこっちの方がいいだろう、とハワードの考えだ」
「ハワードが?」
「ああ。ここなら面倒ごとにならない…と思う」

シモンの言う面倒ごとはどうやら俺のこと…なのだろうか。
もしそうなら申し訳ない。

「だから寝ているときにこちらに移させてもらった。もちろん荷物と共に、な」
「全然気付かなかった…」
「よく寝ていたからな」

その方がちょうどよかった。なんて言うもんだから少しだけむっとしたけど、理由もなしに移動なんて言われたらそれはそれでちょっと嫌かもしれない。

「移動はもちろん背負ってだよな?」
「…ああ。もちろん」

なんとなく聞いただけなのに、少しの間があったのはなんだ。聞いてみたいけど、聞いたら後悔しそうだからやめとく。
飯を食っても腹にまだ余裕があったから、シモンにビワっぽい果物の皮をむいてもらっている。

右手が使えないものでね…。

それを食いながら話してたんだけど、左手をシモンに拭かれてふと思い出した。

「風呂入ってねぇ…」
「今更だな」
「いやいやいや。4日くらい入ってないとか嫌だわー…」

髪とかすごいことになってそう。
なんせダンジョンから戻ってからなのだ。埃に汗に…。
そう思うと急に自分が臭くなったような気がして、すんすんと腕の匂いを嗅いでみる。
けれど、異臭はしていない。安心した…。

「クリーン魔法をかけてあるからな。風呂に入らずとも問題ない」
「魔法って便利だな」
「これを使えばトイレも行かなくて済むからな」
「へー」

だからトイレに行きたい!とか感じなかったんだな。魔法ってすげぇ。
でも。

「風呂に入りたい」
「別に臭わないぞ?」
「ってなにしてんだ!」

突然頭の匂いを嗅ぎだすシモンにドン引きしながら距離を取る。
何すんだ?! 突然?!

「ああ。すまない。だが本当に臭わないからな」
「もういい! 臭いのことはもういい!」

急に恥ずかしくなって左手で借りている寝間着を握る。
ドキドキと心臓が早くなっているのはびっくりしたからだ。うん。そうに決まっている。
そう言い聞かせながら、深呼吸をすれば少しだけ落ち着いたような気がしてくる。

「風呂に入りたいのか?」
「…できれば」

少し開いた距離そのままで会話をすれば「ふむ」とシモンが何やら考え事をしている。
なんだ?

「この部屋には風呂もトイレもあるが…」
「え? 風呂あんの?!」
「ああ。いつでも使えるようにな」

そうだった。シモンの仕事、今は魔物退治だった。
それが終われば汗もかくだろうし、血も浴びるだろう。それを綺麗にするために、だろうな。

「風呂に入りたいなら使ってもいいが」
「え? 使わせてくれんの?!」

やったー!と喜んだのもつかの間。

「右手が使えない状態でどうやって髪を洗うんだ?」
「あ」

そうでした。右手が使えないから髪も洗えないんだった。
それに。

「身体も洗えないんじゃないか?」
「あ、洗える! 身体は洗える!」
「背中まで洗えるのか?」
「ぐっ」

瞳を細めて「無理だろう?」と言外に言ってくるシモンに、俺は何も言い返せなくて。
だって本当のことだからな…。
だがそこで風呂をあきらめるなんてできない!

「誰かに洗ってもらうのは?」

そこで思いついたのがこの「誰かに洗ってもらう」作戦。
髪と背中を洗ってもらえれば、後は自分でできるからな! うん!
そのことばにシモンの細い瞳がさらに細くなったのは気のせいだろうか。いや。きっと気のせいだ!

「侍女にか?」
「いや。できれば男がいい」

さすがに女性に洗ってもらうのは恥ずかしい。だが、男なら…。同性なら幾分羞恥は和らぐし、腰にタオルを巻けば何とかなる!
スーパー銭湯だと思えばいいだけだ!
ふんすと鼻息を吐いてそう言えば、シモンがまた何やら考え始めた。

「…男であればいいんだな?」
「おうよ!」
「分かった。なら、風呂に入るか」
「よっしゃー!」

これで風呂に入れる!と、うっきうきな俺はシモンの言葉に気付かなかったがために、あんな…。
あんなことになるなんて、この時の俺は思いもよらなかった。


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