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ダンジョン探索 5
しおりを挟む「ハルト」
「んあ?」
シモンに声をかけられて反応するけど、その表情は険しい。どうした?
「発熱してるな?」
「あー…やっぱりそうなんだ」
「無茶をしすぎだ」
「こうでもしなきゃ戻れないんだから無茶もするよ。俺も死にたくないしな」
「……………」
疲れて免疫が下がったところに、腕に噛みついたから発熱したかな? 元々腕の感覚がなくなった時に、だるさとか感じてたけど。
「発熱位で戻れるなら安いもんだよ」
「おまえとんでもないこと言ってんの分かってんのか?」
「うん?」
心配そうに見てくる弓使いの人に首を傾げれば「はぁ」と大きなため息を吐かれた。
む。なんだよ。
「兄さん。こいつ兄さんが見てないとあっさり死ぬぞ?」
「…まさかこんな無茶をするとは思わなかった」
「なんか酷くない?」
「酷くないだろ。事実だろ」
呆れたようにそう言うのは弓使いの人。
つん、と人差し指で額を突かれた。
「なんだよー!」
「はいはい。元気になったら文句を言いに来い」
完全に子ども扱いする3人にムッとはするものの、そこまで嫌じゃない。
兄貴…というより親戚が3人できたみたいでなんか楽しい。
「まぁ、まずはポーションが飲めるようになったらだな」
「うぐ」
シモンにそう言われ、あの匂いと味を思い出し「うへぇ」と鼻に皺を寄せれば3人に笑われた。
「お前さんの舌にはまだ早かったか!」
「いやいやいや! あれまずいだろ!」
「飲み慣れれば癖になるぜ?」
「ポーションを飲み慣れちゃダメだろ…」
わいわいとたわいのない話をしながらダンジョンを歩く。
行先を聞かれている可能性を考えて路が分かれたときは、俺がシモンだけに分かるように指をさしながら進んだ結果…。
色々なことが判明した。
まずは指さしで行先を知らせるというもの。
初めのうちは順調だった。
けれどダンジョンも学習するのか、行った先で路が変わり始めた。それまでは曲がり角が少なかったのに…。
指さし作戦に限界が見え始めたころ、次の作戦はシモンに耳打ちするように行先を告げる作戦。
行き止まりや、左右に分かれた路、それに直線と左右どちらかの路しかない場合もこそりと耳打ちしながら進んだ。
これもまた初めのうちはよかったが、やはり曲がり角が急に増え左右に振られるようになった。
一体何が原因何かが分からず、一度シモンが俺とは違う道を進みだしたときに慌てて修正をしたことがあった。
するとあら不思議。
しばらくは何も起こらず、すいすいと進めた。しかしやはりというかなんというか。
順調に進んでいたけど、あからさまに遠回りをさせられる路に変わった。
そこでこのダンジョンはフェイントをかければすぐさま対応できないことが分かった。
これだけか、と思うことなかれ。
全く情報がない状態でこれだけでも分かっていれば、対処はしやすくなる。
1人のフェイントで混乱するなら、複数人なら?
これを提案したけど、それは却下。
俺が元気ならばあっちこっちと歩けるけど、今の状態なら許可は出来ないとシモンに言われてしまった。
しかも3人にも「ダメだ」とバッサリと言われる始末。
頭は痛くないから問題ない、と言っても「熱出してるやつに無理はさせられない」と弓使いの人に頭を撫でられてしまった。
子供扱いに腹を立てる元気はあったけど、しおらしくしておいた。
「で? だいぶ歩いたが?」
「うーん…もうそろそろ出口だと思うんだけど…」
休憩しながら中央部分から北への路をあちこち変え、歩いてきたから結構時間も経ってる。
とりあえず火の刻までに戻らねば。
シモンは時間は分からない、と3人に言ってあるから時間を知ることもできない。
けど、マップ的に入り口近くにはもう戻って来てるはずなんだよなー。
脳内マップを確認しても、あともう少しなんだ。
距離で言えばもう一キロもない地点。
けどここからが酷かった。
フェイントをかけても進む先に曲がり角のオンパレード。
曲がってはまた曲がり角。
ふざけんな。
曲がり角ばっかだから、同じ地点をぐるぐる回ってるんじゃないかって錯覚する。
けど曲がりながらも実は少しずつ外には出られたんだよ。実感がないだけで。
それでも早く戻りたいという焦りが出始めたのか、熱が少しずつ上がっているのが分かる。
それに。
「体力やばそうだし」
「ああ。だいぶ消耗してるな」
シモンでさえ少しの疲労が見えているから、戦闘をしている3人はもっと消耗しているだろうし。
ここまできて誰かが脱落するなんて絶対に嫌だ。
ぐっと左手を強く握ると「やめろ」とシモンに静かに言われた。
「でも早めに出ないと…!」
「それとお前の怪我は関係ないだろう」
「俺の怪我なんかどうでもいいんだよ!」
俺の怪我はポーションを飲めば治る。
けど、ここで『食われれば』戻れないのだ。
「ハルト」
「だから…! 俺は…!」
「ハルト!」
シモンの大きな声にビクリと肩を震わせると、ハッとして視線を彷徨わせる。
背負われて顔が見えなくてよかったと思う反面、見えないからこそ怖い。
「あのな。俺たちだってもちろんここから出たいさ。でもな」
そう言ってやっぱり俺の頭を撫でるのは、槍使いの人。
「俺たちだって、お前が怪我したりするのは嫌なんだよ」
「でも…。でも…ッ!」
「何を焦ってるのか知らんが、俺たちだって冒険者だ。体力はまだある。だから安心しろ」
ふんっと鼻息を付きながら腕を組んで胸を張るのは剣使いの人。
「落ち着け。俺たちにはお前だけが頼りなんだから」
「―――ッ!」
弓使いの人にそう言われると、喉がひりつき痛くなる。
そしてシモンの背中に顔を押し当てると、背中を撫でられた。
「俺はお前を信じてる。ゆっくりでいい。路を示してくれ」
シモンにそう優しく言われ、俺の目からじんわりと温かな液体があふれ出す。
「うー…」
「おう。ずっと気を張りっぱなしで、お前も疲れるよな」
わしわしと髪を混ぜられる感覚に、次から次へとあふれ出すそれが止められない。
ずびずびと鼻を鳴らしながらしばらく泣いてしまった。めっちゃ恥ずかしい。けど、それ以上に泣いて感情が落ち着いて頭がすっきりとしてる。
俺が泣き止むまで待っててくれた4人に「ごめん」と謝れば「気にすんな」と笑われた。
「さて。出口が近いとなると俄然やる気が出るな」
「ああ。こいつもそうだろうがな」
「そこでさ」
泣いてすっきりとした俺がここで酷なことを提案する。
時間も体力も無駄にするであろうもの。下手をすれば俺がいない方が路に迷う可能性が高い提案。
けれど。
「さっきは反対したが、出口に近いならいいんじゃないか?」
「いいのか?」
「ああ。構わん。こっちもいい加減腹に据えかねてたんだ」
路が変わることにいい加減うんざりしていた剣使いの人がにやりと笑えば、2人も笑う。
ああ。すごいな。この人たちは。
そしてすぐに俺とシモン、それに弓使いの人。それと剣使いの人と槍使いの人とパーティを分ける。
更に俺はシモンの背中から、弓使いの人の背中に変わった。ここからはシモンが戦闘を1人でこなすことになる。
残りのポーションを1本ずつ渡して、握手を交わす。
「出口で会おうぜ」
「死ぬなよ」
「もちろん」
「待ってるからな」
これが最後になるかもしれない。
だから後悔がないように。
そして。
「じゃあな! 出口で会おう!」
片手をあげて2人が背を向け別れると、俺たちも反対の路に走り出した。
■■■
ふと意識が持ち上がった瞬間、それを口にする。
「出口…」
「どうかしましたか? ハワードさん」
足を伸ばして座っていたそれを蹴飛ばし、事務仕事をしていたユナと厳つい顔のテレンスが俺を訝し気に見る。
けれどそれどころじゃない。
「戻ってくる! シモンとハルトが!」
「なに?!」
それがどういうことか理解したテレンスが俺と同じように椅子を蹴飛ばし立ち上がると、机を両手で叩く。瞬間、積んでいた書類が崩れ紙が舞う。それにユナの眉が寄ったけどそれどころじゃない。
「急いで第一騎士団と第二騎士団、それに医者をダンジョン入り口に向かわせろ!」
「はっ!」
俺の言葉にテレンスが駆け出し、俺自身も部屋を飛び出そうとしてぽかんとしているユナに声をかける。
「そうだ、ユナ。ちょっとお着換えしよっか」
「はい?」
その言葉に眉間に寄った皺が深くなるけど気にしない。
「着替えるといわれましても…」
「大丈夫、大丈夫。素敵なシスターにしてあげるからね!」
「はい?」
俺のテンションの高さについてこれないのかちょっと引いたユナだけど、これも大切なお仕事だからね!
「誰かー! ユナの着替えを手伝って!」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「これもお仕事だから、我慢してね☆」
ばちこんとユナにウインクを一つ送ると、ひくりと彼女の口元が引きつった。後からなら文句はいくらでも聞いてあげるけど、今はそれどころじゃないんだ!
時間がないからね!
とにかく人を集めて、5人の無事を確かめないと!
ああ! でもとにかくハルトの怪我を治すのが第一だよね!
いくら眠気を飛ばすためにっていっても自分で腕に噛みつくなんて! なんて子だ!
でもシモンのお説教の後でいっぱい甘やかしてあげよう!
ふんふんと興奮しているのは戻ってきたのがシモンだけじゃないから。
いつもはシモン1人だけだけど、今度は違うんだ!
疲れてるからお風呂も入れてあげたいし…ああ! お腹もすいてるよね! ご飯も準備しないと!
あれもこれも準備を急がせなきゃ!
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本当、面倒くさい!
でも戻ってきてくれたことが嬉しすぎてにまにましながら廊下を走り抜けるのは仕方ないだろう?
侍女も侍従も騎士たちもぎょっとしてるけど、関係ない!
今の俺はすごく気分がいいからね!
さあ! さっさと報告して迎えに行こう!
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