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ダンジョン探索 4
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「ハルト! 聞こえるか?! ハルト!」
誰かが俺の名前を呼んでる…。
ああ、やめてくれ。すごく眠いんだ。起こさないでくれ。
心地いい振動と温もりに、瞼を持ち上げたくない。身体を揺さぶられるけど、それ以上に眠いんだよ。
「ハルト!」
「―――ッ?!」
左手に走った痛みにハッと意識が戻される。
あれ? 俺寝てた?
「シモ…ン?」
「目が覚めたか。気分は?」
「あー…」
まだ頭がふわふわするけど、体調は悪くない。あれだけあった吐き気も今ではすっかりとよくなっている。
「大丈夫。吐き気もない」
「そうか」
「眠いのか?」
「ん? あー…割と?」
シモンと剣使いの人に尋ねられて、そこで俺自身がとんでもない眠気に襲われていることに気付いた。
鈍すぎないか?
「っと。そういえば路案内してないな」
「気にするな。さっきまで戦ってたから」
「あー…悪い」
となると戦闘の間だけ寝てたのか。でもまだふわふわするし、なんならもう寝れる。
それじゃあダメだと右手で目をこすろうとして、ぞわりと腹が冷えた。
「あ…れ?」
「肩まで感覚がないか?」
「あ、うん…」
右手はあるのに、血がそして神経が通っていない感覚に寒気がする。
それに気付いた時、眠気が飛んだ。
「手は温かい。別に死んでいるわけではないから安心しろ」
そう言ってシモンが右手を握る。けれどその感覚がなくて泣きそうになる。
「ん。なら…大丈夫、だな」
「悪いが今すぐ路案内を頼めるか?」
「分かった」
そうだ。泣きそうになってる場合じゃない。
ぐっと唇を強く噛んで前を見ると、路案内を再び始めた。
しばらくあっちへこっちへと遠回りしながら、中央部分を目指す。
この辺りはシモンが何度か来たことがあるのか、俺が声を上げる前に足を進める。
助かるね。
それでも行き止まりは頻発するし、行きたい方向には角だらけ。曲がってる最中に路が変わってるんじゃないかとも思えてくる。
腹立つわー。
戦闘を3人にお任せして、俺とシモンは避難。その間に指輪を使って、ガラスの幕を張る。
ほーんとこれ何なんだろうな?
これが魔法なんだろうか。なんてぼーっと考えてたら、どこからか変な音が聞こえた。
「うん?」
「どうした?」
「あ、いや…。なんか変な音が…」
「方向は分かるか?」
「あーっと、ちょっと待って」
魔物の声と剣劇の音、それに弓の風を切る音とその不思議な音を聞き分ける。
すると。
「あっちだな」
そう言って左手で指をさすと、シモンの表情が険しくなった。あ。もしかして…。
「中央部分?」
「ああ」
なるほど。なら結構近くまで来たのか。
方向は間違ってないか、と頷くと脳内マップを更新。
すると。
ぐうー…。
あ。腹なった。
「なんだ。腹減ってんの…まぁあれだけ盛大に吐けばそうなるか」
「お、終わったのか?」
「ばっちり。ドロップ品とかすごいことになってんだけど、どうすればいい?」
槍使いの人と、弓使いの人が笑いながら俺たちの方へと歩いてくる。剣使いの人は?とにょっと首を伸ばすと、両手に何かを持って歩いてきた。
「しばらく宝石とか見たくねぇな」
そう言って苦笑いを浮かべながら、肉やら大ぶり小ぶりの宝石を置いていく。
高級な宝石なんだろうけど、見慣れてもう何も感じなくなってきた。女性が見たら怒り出すことは間違いない、雑な扱いで宝石を俺たちに渡してきた。
え?
「ほら。兄ちゃんたちにやるよ」
「でも戦ったのはそっちだろ?」
「何言ってんだ。この宝石だけでもらったポーション1本分くらいにしかならん」
「うげ。そうなんだ」
って。これ用意したのハワードだよな?
あいつなんちゅーもんを渡してくれたんだ?!
「あんたはダンジョンが初めてだったな。戻ったら兄ちゃんに、ちゃんといろいろ教わっておけよ?」
「あ、うん」
そこでこの3人が戻った後のことを考えてくれていることに嬉しさがこみ上げる。出発した時はやっぱりちょっと不安そうだったけど。
「それで? ここは?」
「なんか中央部分の近くみたい」
「そうか」
すると3人の表情が引き締まった。
あれ? なんかやばそう?
「そういえばさっき言ってた『朔月』って…」
俺がそう3人に質問した時だった。
「走るぞ」
「え?!」
「これはまずそうだ。入り口が近いのか」
なんだか良く分からんが冒険者とシモンの表情を見れば、やっぱりよくないことだと察するには十分で。
俺を背負い直してから、シモンと3人が走り出した。
「おおー」
直線が続く路に感動する。だって角が一つもないんだぜ?
感動しないわけがないだろ?
はぁーはぁーと息を荒くする3人と、涼しい顔はしてるけどちょっとだけ息が上がっているシモンが休憩中。
もちろん壁から少し離れて。
俺は…というとシモンに下ろしてもらって、地面に座って直線が続く路を見てる。
それの何が楽しいのかって?
久しぶりに直線という直線を見たんだぞ?! ずっと見てられる!
壁が遠くにあるだけでこんなに感動できるんだな!
「楽しいか?」
「もちろん!」
ははっと小さく笑う槍使いの人に、力強く頷けば「子供の好奇心はすごいな」と弓使いの人も笑う。
子供?
「俺、もう成人してるぞ?」
「はぁ? 何言ってんだ」
「お前はどう見てもまだ15歳くらいだろうが」
「はい?」
え? まじで?
俺そんな風に見られてんの?
「大人ぶりたい年頃なんだ。そうからかわないでくれ」
「ああ。悪い悪い」
っておい!
シモンまでなんつーことを言い出すんだ?!
ぎろりと4人を睨めば「子猫が威嚇してるようにしか見えんな」という槍使いの人の言葉に頷いている。シモンもこっそりと頷いてるの気付いてるからな。
ぎぎぎとまた恨みがましく4人を睨んでから、視線を直線の先へと向ける。
ここが中央だとしたら、後は北に向かって歩いていくだけ。
なんだけど。
「絶対、曲道のオンパレードだろうなぁ…」
うへぇとうんざりしながらそう言えば「そういや」と剣使いの人が声をあげた。
「オレ達があの場所まで行った時は、あそこまで曲がり角はなかったぜ?」
「そういえば」
ふーん。そうなんだ。
俺たちが進んでるときは右に左に振られて、方向感覚が狂うかと思った。
けど、俺のマッピング能力の前ではそれは無残に散ったがな。ふふふ。
「どうやら知らない間に路が変わってるみたいでな」
「はぁ?! マジかよ?!」
どうやらこの3人は気付いてなかったみたいだ。まぁ路がいきなり変わってる、なんて思いもしないよな。
シモンですら気付かなかったみたいだし。
それと感覚が狂うのは同じ景色だからだろうな。木があるわけでも空があるわけでもない。ただただ無機質な同じ壁が続いているだけなのだから。
こうなると目印なんてものはない。だから一度迷いだすと焦りでさらに周りが見えなくなって、方向感覚が失われる。
そして…。
そこまで考えてぶるりと身震いする。
「寒いのか?」
「ううん。大丈夫」
シモンが声をかけてくれて、それに答えを返せば「そういや今何時だ?」と槍使いの人が聞いてくる。
すまん。俺は分からん。
腕時計はつけてるけど、これ日本の時刻なんだよ。だから分からんのだ。
「オレ達にそんなことが分かると思うのか?」
「だよなー」
悪い悪い、とばしばし背中を叩く槍使いの人。てかその人、騎士団長ですよーと思いながらも、ぽけーとやり取りを見ているとまたもや眠気が襲ってくる。
抗いがたいそれに身をゆだねれば、がくんと身体から力が抜けた。
「おい!」
誰かの叫びがぼんやりと聞こえたけど耳もあんまり聞こえない。
ただぼよんぼよんと音が響くだけ。
「ハルト!」
シモンの声にびくりと意識が浮上する。
あ。またやっちまったか。
「大丈夫か?」
「ああ…うん。なんとか」
ぶるぶると頭を振って眠気を覚まそうとするけど、身体がふわふわする。
あー…眠い。
「おい。これ相当やべぇんじゃ…?」
「そうなの?」
ふわふわとした身体と意識の中でそう聞けば「食われた影響だろうな」と弓使いの人が言う。
「ポーションを飲ませたいが…」
「あれまずいからいや」
「しかもさっき匂いだけで吐いてるからな。無理に飲ませて吐かれたらたまらん」
「ああー…」
そうだよなー。背中に吐かれるのは嫌だよなー。
それを察した3人が納得するように、同時に声を出す。ふへへ。楽しい。
「けどおれもこのままねちゃうのはまずいとおもうんだ」
「ふわふわしてんな」
「ねむいんだもん」
眠すぎて呂律が怪しくなってきた。やばい。
自分でもちょっとだけ焦りながら、どうしたら眠くなくなるかふわふわな頭で考える。
「えーっと…えーっと…」
確か歯が痛いとか、頭が痛いとなかなか眠れないよな。
戦闘中に寝た時も、シモンが左手を強めに握ってくれたから目が覚めたわけで。
と、なるとこの眠気には痛みが効きそうだな。
なら。
「怪我ってすぐ治せる?」
「…ポーションを飲めば」
「味覚と嗅覚を犠牲にするのか」
でも吐くよりはマシ…か?
痛みと吐き気を天秤にかけて俺は痛みを取った。
もう吐くのは嫌だ。というか1日で2回吐いてるからか、身体もつらい。
「ハルト? 何をしようとしている?」
「んー?」
シモンの質問を聞き流しながら俺はぐいぐいと歯で左腕の裾を捲って、そこに勢いよく噛みつく。
躊躇いなどない。
「おい!」
「ん゙ーっ!」
シモンが俺を止めようとするけど、それを俺が視線で止める。
噛みついただけでは痛みは直ぐに引いてしまう。ならば。
「んぐぐッ!」
「ハルト!」
ぶち、と犬歯で皮膚をかみ切ると、途端に流れ出る熱くて鉄臭い液体。
ぷあ、と口元を赤くした俺を3人が信じられないような目で俺を見ている。
「いってーぇ!」
「当たり前だ! バカが!」
慌ててポーションを取り出そうとウエストポーチに手を伸ばすシモンの腕を、身体を捻ってかわす。
「おい!」
そんな俺に、シモンが吠える。
けど俺には通用しないぞー! なんせハワードに激おこしてるところを見てるからな! ふふん!
というか血をだらだら流し続けるのもやばいよな。
よし。
「じゃあポーション飲む代わりに、止血だけしてくれねぇ? 右手が使えないからさ」
そう言って動かない右腕を見れば、シモンが何やら言いたげな表情を浮かべたのち「はぁ」とそれはそれは大きなため息を俺に聞こえるように漏らす。
怖ッ。
「戻ったら説教だからな」
「起きてればね」
俺たちのやり取りを聞いていた3人だけど、こっちもこっちで何か言いたそう。だけど何も言わずに見ていてくれる。
それからシモンがカバンから包帯らしきものを取り出し、てきぱきと応急処置をしてくれる。手際が良すぎる。
ぎゅっと少し強めに包帯が巻かれたのはわざとだろうけど、止血を頼んだんだから強めでちょうどいいかも。
「ほら」
「おー。すげー。ありがとな!」
ぶんぶんと左腕を上下に振ってお礼を言えば、呆れた視線が向けられた。
「さて。俺の眠気が飛んだところで行きますか!」
「…分かった」
ふんふんと鼻息荒く3人にそう言えば、こくりと頷いた。
よし! 痛みで眠気はないし、頭もクリア! マップは…ああ、そうそう。ここだ。
よいせ、とシモンの背中に自分からのっしと覆いかぶさると、ひょいと持ち上げられた。うーん。ここまで軽々と持ち上げられると、男としてはすっごい憧れるね。
プランとした右腕は、やっぱり弓使いの人が前に垂らしてくれた。ホントありがたい。
さて。残りは約半分。
このまま何事もなく行ければいいんだけど、少し気になることがある。
「なぁ。ちょっといい?」
「なんだ?」
右腕を前に垂らしてくれた弓使いの人に声をかければ、首を傾げられた。
「俺たちが通った路と、あんたたちが通った路が違うって言ってたよな?」
「ん? ああ。曲道が多いとかって話か」
「そうそう。それでさ、さっきの路もおかしかった?」
「さぁ…どうだろうな。オレには良く分からんが…」
うーんと思い出しながらそう話す弓使いの人。なら他の2人は?と視線を向ければ「そういえば?」と剣使いの人が口を開く。
「中央部分は分からんが、どっちに進むか話してた後は曲がり角が多かったような?」
「ああ。そう言われてみれば」
剣使いの人の言葉に心当たりがあるのか、槍使いの人がうんうんと頷く。
なるほど?
「ダンジョンが会話を聞いて路を変えている?」
「その可能性は高いと思うよ? なんせ俺があっちこっちって言う度に路が複雑になって、方向感覚が狂いそうになるもん」
「よく平気だったな!」
「方向感覚だけはしっかりしてるからね。だけど今後はできるだけ路について話さない方がいいかもしれない」
俺の言葉に腕を組む剣使いの人。
会話を聞かれて路が変化する可能性がある以上、今まで通り進めば最悪遠回りよりも歩かされることは確定する。
今のところは体力があって問題ないけど、時間経過とともに体力も精神力も削られていくことになる。それに戦闘もあるから、体力の消耗は倍になる。
「かといって大声で話しながら歩けば魔物に居場所を教えることになる」
「厄介だな」
「それにどうやって俺たちの居場所を感知しているのかも気になる」
「会話が聞かれているのなら、見られている可能性もあるのか」
これが生きているダンジョンの怖さか。
ダンジョンに潜る、ということは生き物の腹の中に飛び込んでいくのと同じなのかもしれない。
それを今更知るとは。
ズキズキと痛む腕に眉を寄せると、傷口を撫でたくなる。けれど。
「ああー…そうだったー…」
「とにかく行くぞ。ハルト、今後は指で行きたい路を指せ」
「分かった」
ぎゅうと右手首を握られ俺を背負い直す。そんなシモンに3人も「分かった」と頷くと、直線を歩く。
そして北に近い路に向かって歩き始めるのだった。
そんな俺たちを見つめる何かがあるとは気付かずに。
誰かが俺の名前を呼んでる…。
ああ、やめてくれ。すごく眠いんだ。起こさないでくれ。
心地いい振動と温もりに、瞼を持ち上げたくない。身体を揺さぶられるけど、それ以上に眠いんだよ。
「ハルト!」
「―――ッ?!」
左手に走った痛みにハッと意識が戻される。
あれ? 俺寝てた?
「シモ…ン?」
「目が覚めたか。気分は?」
「あー…」
まだ頭がふわふわするけど、体調は悪くない。あれだけあった吐き気も今ではすっかりとよくなっている。
「大丈夫。吐き気もない」
「そうか」
「眠いのか?」
「ん? あー…割と?」
シモンと剣使いの人に尋ねられて、そこで俺自身がとんでもない眠気に襲われていることに気付いた。
鈍すぎないか?
「っと。そういえば路案内してないな」
「気にするな。さっきまで戦ってたから」
「あー…悪い」
となると戦闘の間だけ寝てたのか。でもまだふわふわするし、なんならもう寝れる。
それじゃあダメだと右手で目をこすろうとして、ぞわりと腹が冷えた。
「あ…れ?」
「肩まで感覚がないか?」
「あ、うん…」
右手はあるのに、血がそして神経が通っていない感覚に寒気がする。
それに気付いた時、眠気が飛んだ。
「手は温かい。別に死んでいるわけではないから安心しろ」
そう言ってシモンが右手を握る。けれどその感覚がなくて泣きそうになる。
「ん。なら…大丈夫、だな」
「悪いが今すぐ路案内を頼めるか?」
「分かった」
そうだ。泣きそうになってる場合じゃない。
ぐっと唇を強く噛んで前を見ると、路案内を再び始めた。
しばらくあっちへこっちへと遠回りしながら、中央部分を目指す。
この辺りはシモンが何度か来たことがあるのか、俺が声を上げる前に足を進める。
助かるね。
それでも行き止まりは頻発するし、行きたい方向には角だらけ。曲がってる最中に路が変わってるんじゃないかとも思えてくる。
腹立つわー。
戦闘を3人にお任せして、俺とシモンは避難。その間に指輪を使って、ガラスの幕を張る。
ほーんとこれ何なんだろうな?
これが魔法なんだろうか。なんてぼーっと考えてたら、どこからか変な音が聞こえた。
「うん?」
「どうした?」
「あ、いや…。なんか変な音が…」
「方向は分かるか?」
「あーっと、ちょっと待って」
魔物の声と剣劇の音、それに弓の風を切る音とその不思議な音を聞き分ける。
すると。
「あっちだな」
そう言って左手で指をさすと、シモンの表情が険しくなった。あ。もしかして…。
「中央部分?」
「ああ」
なるほど。なら結構近くまで来たのか。
方向は間違ってないか、と頷くと脳内マップを更新。
すると。
ぐうー…。
あ。腹なった。
「なんだ。腹減ってんの…まぁあれだけ盛大に吐けばそうなるか」
「お、終わったのか?」
「ばっちり。ドロップ品とかすごいことになってんだけど、どうすればいい?」
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「しばらく宝石とか見たくねぇな」
そう言って苦笑いを浮かべながら、肉やら大ぶり小ぶりの宝石を置いていく。
高級な宝石なんだろうけど、見慣れてもう何も感じなくなってきた。女性が見たら怒り出すことは間違いない、雑な扱いで宝石を俺たちに渡してきた。
え?
「ほら。兄ちゃんたちにやるよ」
「でも戦ったのはそっちだろ?」
「何言ってんだ。この宝石だけでもらったポーション1本分くらいにしかならん」
「うげ。そうなんだ」
って。これ用意したのハワードだよな?
あいつなんちゅーもんを渡してくれたんだ?!
「あんたはダンジョンが初めてだったな。戻ったら兄ちゃんに、ちゃんといろいろ教わっておけよ?」
「あ、うん」
そこでこの3人が戻った後のことを考えてくれていることに嬉しさがこみ上げる。出発した時はやっぱりちょっと不安そうだったけど。
「それで? ここは?」
「なんか中央部分の近くみたい」
「そうか」
すると3人の表情が引き締まった。
あれ? なんかやばそう?
「そういえばさっき言ってた『朔月』って…」
俺がそう3人に質問した時だった。
「走るぞ」
「え?!」
「これはまずそうだ。入り口が近いのか」
なんだか良く分からんが冒険者とシモンの表情を見れば、やっぱりよくないことだと察するには十分で。
俺を背負い直してから、シモンと3人が走り出した。
「おおー」
直線が続く路に感動する。だって角が一つもないんだぜ?
感動しないわけがないだろ?
はぁーはぁーと息を荒くする3人と、涼しい顔はしてるけどちょっとだけ息が上がっているシモンが休憩中。
もちろん壁から少し離れて。
俺は…というとシモンに下ろしてもらって、地面に座って直線が続く路を見てる。
それの何が楽しいのかって?
久しぶりに直線という直線を見たんだぞ?! ずっと見てられる!
壁が遠くにあるだけでこんなに感動できるんだな!
「楽しいか?」
「もちろん!」
ははっと小さく笑う槍使いの人に、力強く頷けば「子供の好奇心はすごいな」と弓使いの人も笑う。
子供?
「俺、もう成人してるぞ?」
「はぁ? 何言ってんだ」
「お前はどう見てもまだ15歳くらいだろうが」
「はい?」
え? まじで?
俺そんな風に見られてんの?
「大人ぶりたい年頃なんだ。そうからかわないでくれ」
「ああ。悪い悪い」
っておい!
シモンまでなんつーことを言い出すんだ?!
ぎろりと4人を睨めば「子猫が威嚇してるようにしか見えんな」という槍使いの人の言葉に頷いている。シモンもこっそりと頷いてるの気付いてるからな。
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なんだけど。
「絶対、曲道のオンパレードだろうなぁ…」
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「そういえば」
ふーん。そうなんだ。
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けど、俺のマッピング能力の前ではそれは無残に散ったがな。ふふふ。
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どうやらこの3人は気付いてなかったみたいだ。まぁ路がいきなり変わってる、なんて思いもしないよな。
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あ。またやっちまったか。
「大丈夫か?」
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「おい。これ相当やべぇんじゃ…?」
「そうなの?」
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「あれまずいからいや」
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「ああー…」
そうだよなー。背中に吐かれるのは嫌だよなー。
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「けどおれもこのままねちゃうのはまずいとおもうんだ」
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「ねむいんだもん」
眠すぎて呂律が怪しくなってきた。やばい。
自分でもちょっとだけ焦りながら、どうしたら眠くなくなるかふわふわな頭で考える。
「えーっと…えーっと…」
確か歯が痛いとか、頭が痛いとなかなか眠れないよな。
戦闘中に寝た時も、シモンが左手を強めに握ってくれたから目が覚めたわけで。
と、なるとこの眠気には痛みが効きそうだな。
なら。
「怪我ってすぐ治せる?」
「…ポーションを飲めば」
「味覚と嗅覚を犠牲にするのか」
でも吐くよりはマシ…か?
痛みと吐き気を天秤にかけて俺は痛みを取った。
もう吐くのは嫌だ。というか1日で2回吐いてるからか、身体もつらい。
「ハルト? 何をしようとしている?」
「んー?」
シモンの質問を聞き流しながら俺はぐいぐいと歯で左腕の裾を捲って、そこに勢いよく噛みつく。
躊躇いなどない。
「おい!」
「ん゙ーっ!」
シモンが俺を止めようとするけど、それを俺が視線で止める。
噛みついただけでは痛みは直ぐに引いてしまう。ならば。
「んぐぐッ!」
「ハルト!」
ぶち、と犬歯で皮膚をかみ切ると、途端に流れ出る熱くて鉄臭い液体。
ぷあ、と口元を赤くした俺を3人が信じられないような目で俺を見ている。
「いってーぇ!」
「当たり前だ! バカが!」
慌ててポーションを取り出そうとウエストポーチに手を伸ばすシモンの腕を、身体を捻ってかわす。
「おい!」
そんな俺に、シモンが吠える。
けど俺には通用しないぞー! なんせハワードに激おこしてるところを見てるからな! ふふん!
というか血をだらだら流し続けるのもやばいよな。
よし。
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そう言って動かない右腕を見れば、シモンが何やら言いたげな表情を浮かべたのち「はぁ」とそれはそれは大きなため息を俺に聞こえるように漏らす。
怖ッ。
「戻ったら説教だからな」
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ぎゅっと少し強めに包帯が巻かれたのはわざとだろうけど、止血を頼んだんだから強めでちょうどいいかも。
「ほら」
「おー。すげー。ありがとな!」
ぶんぶんと左腕を上下に振ってお礼を言えば、呆れた視線が向けられた。
「さて。俺の眠気が飛んだところで行きますか!」
「…分かった」
ふんふんと鼻息荒く3人にそう言えば、こくりと頷いた。
よし! 痛みで眠気はないし、頭もクリア! マップは…ああ、そうそう。ここだ。
よいせ、とシモンの背中に自分からのっしと覆いかぶさると、ひょいと持ち上げられた。うーん。ここまで軽々と持ち上げられると、男としてはすっごい憧れるね。
プランとした右腕は、やっぱり弓使いの人が前に垂らしてくれた。ホントありがたい。
さて。残りは約半分。
このまま何事もなく行ければいいんだけど、少し気になることがある。
「なぁ。ちょっといい?」
「なんだ?」
右腕を前に垂らしてくれた弓使いの人に声をかければ、首を傾げられた。
「俺たちが通った路と、あんたたちが通った路が違うって言ってたよな?」
「ん? ああ。曲道が多いとかって話か」
「そうそう。それでさ、さっきの路もおかしかった?」
「さぁ…どうだろうな。オレには良く分からんが…」
うーんと思い出しながらそう話す弓使いの人。なら他の2人は?と視線を向ければ「そういえば?」と剣使いの人が口を開く。
「中央部分は分からんが、どっちに進むか話してた後は曲がり角が多かったような?」
「ああ。そう言われてみれば」
剣使いの人の言葉に心当たりがあるのか、槍使いの人がうんうんと頷く。
なるほど?
「ダンジョンが会話を聞いて路を変えている?」
「その可能性は高いと思うよ? なんせ俺があっちこっちって言う度に路が複雑になって、方向感覚が狂いそうになるもん」
「よく平気だったな!」
「方向感覚だけはしっかりしてるからね。だけど今後はできるだけ路について話さない方がいいかもしれない」
俺の言葉に腕を組む剣使いの人。
会話を聞かれて路が変化する可能性がある以上、今まで通り進めば最悪遠回りよりも歩かされることは確定する。
今のところは体力があって問題ないけど、時間経過とともに体力も精神力も削られていくことになる。それに戦闘もあるから、体力の消耗は倍になる。
「かといって大声で話しながら歩けば魔物に居場所を教えることになる」
「厄介だな」
「それにどうやって俺たちの居場所を感知しているのかも気になる」
「会話が聞かれているのなら、見られている可能性もあるのか」
これが生きているダンジョンの怖さか。
ダンジョンに潜る、ということは生き物の腹の中に飛び込んでいくのと同じなのかもしれない。
それを今更知るとは。
ズキズキと痛む腕に眉を寄せると、傷口を撫でたくなる。けれど。
「ああー…そうだったー…」
「とにかく行くぞ。ハルト、今後は指で行きたい路を指せ」
「分かった」
ぎゅうと右手首を握られ俺を背負い直す。そんなシモンに3人も「分かった」と頷くと、直線を歩く。
そして北に近い路に向かって歩き始めるのだった。
そんな俺たちを見つめる何かがあるとは気付かずに。
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【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
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恐怖症な王子は異世界から来た時雨に癒やされる
琴葉悠
BL
十六夜時雨は諸事情から橋の上から転落し、川に落ちた。
落ちた川から上がると見知らぬ場所にいて、そこで異世界に来た事を知らされる。
異世界人は良き知らせをもたらす事から王族が庇護する役割を担っており、時雨は庇護されることに。
そこで、検査すると、時雨はDomというダイナミクスの性の一つを持っていて──
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運悪く放課後に屯してる不良たちと一緒に転移に巻き込まれた俺、到底馴染めそうにないのでソロで無双する事に決めました。~なのに何故かついて来る…
こまの ととと
BL
『申し訳ございませんが、皆様には今からこちらへと来て頂きます。強制となってしまった事、改めて非礼申し上げます』
ある日、教室中に響いた声だ。
……この言い方には語弊があった。
正確には、頭の中に響いた声だ。何故なら、耳から聞こえて来た感覚は無く、直接頭を揺らされたという感覚に襲われたからだ。
テレパシーというものが実際にあったなら、確かにこういうものなのかも知れない。
問題はいくつかあるが、最大の問題は……俺はただその教室近くの廊下を歩いていただけという事だ。
*当作品はカクヨム様でも掲載しております。
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いつかコントローラーを投げ出して
せんぷう
BL
オメガバース。世界で男女以外に、アルファ・ベータ・オメガと性別が枝分かれした世界で新たにもう一つの性が発見された。
世界的にはレアなオメガ、アルファ以上の神に選別されたと言われる特異種。
バランサー。
アルファ、ベータ、オメガになるかを自らの意思で選択でき、バランサーの状態ならどのようなフェロモンですら影響を受けない、むしろ自身のフェロモンにより周囲を調伏できる最強の性別。
これは、バランサーであることを隠した少年の少し不運で不思議な出会いの物語。
裏社会のトップにして最強のアルファ攻め
×
最強種バランサーであることをそれとなく隠して生活する兄弟想いな受け
※オメガバース特殊設定、追加性別有り
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失恋して崖から落ちたら、山の主の熊さんの嫁になった
無月陸兎
BL
ホタル祭で夜にホタルを見ながら友達に告白しようと企んでいた俺は、浮かれてムードの欠片もない山道で告白してフラれた。更には足を踏み外して崖から落ちてしまった。
そこで出会った山の主の熊さんと会い俺は熊さんの嫁になった──。
チョロくてちょっぴりおつむが弱い主人公が、ひたすら自分の旦那になった熊さん好き好きしてます。
【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件
白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。
最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。
いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。
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