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ダンジョン探索 3
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※嘔吐表現がありますのでご注意ください。
「っどわー!」
「邪魔だ!」
「すみません!」
人数が増えたことによって戦闘は楽になった。はず。
けど、それによってお荷物である俺はどう立ち回ったらいいのか分からず、おろおろするだけ。
壁の近くでびくぶると、それこそ小動物よろしく震えているだけなんだけど。
けどねー…。
3人の連携を邪魔しちゃ悪いと思って、あっちこっち移動すれば「邪魔だ」と言われる始末。だって俺、凄い邪魔なとこにいると思ったからさー。
だからもう邪魔にならないように1人離れることにしたんだけど、あんまり離れて路が変わったらどうしようもない。シモン含む4人をその場に待機させておいて迎えに行くのはできる。
でも。
魔物に襲われたら俺がやばい。代わりに4人に来てもらう方法もあるけど、路が変わればたどり着ける保証もない。
そんなどうしようもない状況だから「邪魔」の言葉だけで済んでるんだと思うんだ。
けど、のびのびと戦闘する3人はさっきまで疲労困憊で死にかけていたようには思えない。そう考えるとポーションってスゲーよな。
滅茶苦茶まずいけど。
壁の角の隅っこで指輪の力を借りて小っちゃくなってる俺には魔物は反応しないだけマシ。
あとはひたすら戦闘が終わるのを待つだけ。
そうやって油断してた俺がバカでした。
「うわ?!」
「っとと! 悪い!」
勢いよく下がってきた弓使いの人が俺にぶつかった。
瞬間。
ぐらりとバランスを崩し、目の前に迫った壁に思わず右手を付こうとした。
「え?」
しかし感じたのは堅い感触ではなく、反対側に突き抜ける感覚。
それに驚いて声も出せずにいると、襟首をつかまれ引っ張られた。
「ぐえ?!」
まるでカエルが潰れたような声を出したけど、そんなことなど気にならない。なんせ今、首が締まっているのだから。
「ぐ、ぐるじ…」
「ハルト!」
名前を呼ぶのはシモン。
そして襟首をつかんでいるのも、名前を呼んだ彼だ。
え? 何? いったい何が起きたのさ?!
状況が分からなくて瞳を白黒させていると、襟首を離され空気が肺に入ってくる。
それにげほげほと噎せているとなぜか壁に突っ込んだ手の袖を捲られた。
はい?!
シモンの行動が理解できず、頭に疑問符をたくさんつけていると手、というか腕を見ていた瞳が細くなり眉が寄った。
え? なんかやばいの?
「力が抜けたりしていないか?」
「はえ?」
「腕に力が入らなかったり、だるいなどの症状は?」
「え? いや? ない…けど?」
なぜかシモンの手の上に乗せられたままなんだけど。え? ホントになにこれ。
混乱する俺に、戦闘を終えた3人が戻って来たけど俺にぶつかった弓使いの人が走ってきた。
「本当にすまない!」
「別に怪我とかないからそんな勢いよく謝らなくても…」
「そうじゃない」
「はい?」
俺の言葉を遮ったのはシモン。
何言ってんだ?と首を傾げると、弓使いの人が腰を折って深々と頭を下げる。
だから…。
「手首を捻ったとかじゃないから」
「そういえばお前さんはダンジョンが初めてだって言ってたよな?」
「ああ」
剣を使っていた人がシモンと同じように眉を寄せて、心配そうに俺を見てくるんだけどさ。何なの?
「俺らが倒れてたの見てるよな?」
「ああ」
「っていうか兄ちゃん何も教えてないのか?!」
「…ああ」
「“ああ”じゃないだろ! 教えなきゃこいつ死ぬぞ?!」
「こいつは守る。心配するな」
「そうじゃな…! あー!もう!」
何やらシモンと言い争いを始めた人たちだけど、俺はどうすることもできずにただ黙って見ていることしか出来ない。
すると弓使いの人が、近付いてきてひそりと耳打ちをしてきた。
お? 何々?
「壁に触れると『魔力』を吸い取られるんだが…あんたはその…大丈夫なのか?」
「『魔力』?」
なんだそれ、と逆に聞けば弓使いの人がぽかんと口を開けて俺を見つめている。
あ。そっか。俺がこの世界の人間じゃないって知らないもんな。
それに『魔力』くらい知ってるからな?! ゲームじゃよくMPなんて表記されるあれだよな。
というかこの世界、魔力なんて概念あるんだ。
「おい! こいつ『魔力』も知らないとかどうなってんだ?!」
そう言ってシモンを睨む弓使いの人だけど、俺はただ顔色を悪くする。
この世界の人間じゃないって知られないようにわざわざ服も着替えたのに、これじゃ意味ないじゃないか!
じゃなくて!
「そ、それは…!」
どうにかしないと、と口を開いた時だった。
「オレたちは孤児院育ちだからな」
「はい?」
するっとシモンの口から出たのはそんな言葉。
コジインソダチ?
どういうこと?と疑問はあるけれど、これ以上俺が口を開いて墓穴を掘ることをしないようにしないと。そう思い、気まずそうに視線を落とし口を閉じる。
「育ったところは貧しくてな。このダンジョンを踏破すれば、大金が手に入ると言われた」
「ああ…なるほど。2人とも孤児院育ちなのか?」
そう言いながらちらりと俺を見る剣使いの人に、こくこくと頷けば「そうか」と納得された。
なんだか良く分からんが、ピンチは切り抜けられたらしい。助かった…。ありがとな、シモン。
「となるとあのポーションもだいぶしただろ」
「…シスターがここに行くなら、と渡してくれたものだ」
「あー…。そうか…」
シモンの言葉に、がりがりと後頭部を掻く槍使いの人。あれ? なんか同情されてる?
「わっ?!」
すると俺の頭に手が乗せられ、なぜかわしわしと撫でられる。
取れる! 頭が取れる!
「孤児院育ちなら『魔力』を知らないのも分かる。でもな」
「…………」
「ダンジョンに潜るなら必要最低限は教えないとダメだろ」
「…反省はしている」
おお。シモンが叱られてるぞ。実はめちゃくちゃレアな光景なのでは?
わっしわっしと頭を撫でられているから、ぐわんぐわんと視界が揺れてるけどな。いい人なんだろうけどさ…ちょっと気持ち悪く…うぷっ。
「ちょ…ちょっと気持ち悪い…」
「おい!大丈夫か?! 壁に『食われた』影響か?!」
いえ。あなたが頭を揺らし続けるからです。とはいえず、右手を口元に持って行こうとして違和感に気付いた。
「ハルト?」
「手が…重い?」
右手は壁に突っ込んだ方。その右手の感覚がないことに今気付いた。なんだこれ。
「まずい! 『食われた』影響だ!」
「ポーションを飲ませろ!」
途端にあわただしく動き出す3人とシモン。
ウエストポーチをやや強引に開けて、ポーションを取り出すと栓を抜いてくれた。そして俺の鼻先にそれを突き付けられた瞬間。
「うぐ…っ!」
「おい!」
胃からせりあがってきたものを押さえきれずに、その場に吐き出せば出てきたものは黄色い液体のみ。
そう言えば飯食ってなかったな、とぼんやり思いながら吐き出されたそれを見つめる。
「大丈夫か?」
「ああ…へい…ぐ、うえぇ…!」
シモンに背中を擦られながら、またせりあがったそれを吐き出す。ごほごほと咳き込みながら痙攣する胃の辺りを左手で掴むが、吐き気は治まらない。
やばい。
「吐きたいのならすべて吐き出せ」
「っぐ…、うぇ…!」
シモンの言葉に甘えるようにその場で嘔吐を繰り返す。ツンと鼻を刺激する匂いに涙があふれる。
右手の感覚はすでにない上に、肘の辺りまでそれは浸食されてきている。その恐怖もあり、歯がかみ合わなくなりがちがちと音がする。
「まずいな」
「ポーションをよこせ」
「あ、ああ」
会話の状況でシモンがポーションを飲んだことは分かった。けどこれからどうしたらいいんだ?
俺がいなければきっとここから出ることは出来ない。それは自惚れでも何でもない事実だろう。
だから俺がしっかりしなければいけない。
右手の感覚がない恐怖に叱咤し、中身をすべて吐き出した胃は痙攣もない。
「ハルト」
「だい…じょうぶ」
「…………」
「大丈夫…。全部出た」
「…歩けそうか?」
3人に心配されながら、シモンの手を借りて立ち上がる。途端ふらりとバランスを崩し、シモンに支えられた。
「右手があるのにバランス取れない…」
「無理はするな」
「でも…!」
こんなところでもたもたしてたら時間が…!
ここを見つけるために何人も人が来たら迷い込む人が増える。だから何としても入り口近くまで移動はしたい。
「戦闘を任せてもいいか?」
「もちろん!」
「ポーションをもらったからな! その分は働くぜ?」
「元はと言えば、オレが原因みたいなもんだ。任せてくれ」
弓使いの人が暗い表情で唇を噛んでいるけど、俺だって壁があんな風になってるなんて思わなかったんだ。
だから休憩の時、シモンは壁から離れて布を敷いてくれてたのか。今さら気付いた俺も俺だけど。
「俺がもうちょっと移動してればいいだけだったからさ。気にすんなよ」
「だが…!」
「気にすんなって」
ニッと歯を見せておどけた感じに笑えば、弓使いの人が何か言いかけたけど唇を噛んだ。
「分かった。だがお前は…」
「ああー…どうすっか…」
「それなら心配ない」
「うん?」
何かいい案が?とシモンを見た瞬間。
「でゅわ?!」
「これならいいだろう」
そう言って、俺を背中に乗せた。
え? 俺、背負われてんの? 大人なのに?
やだ。恥ずかしい。
「ああ。それなら大丈夫そうだな」
ぷくくと笑いながら剣使いの人が背負われた俺を見る。それに顔が熱くなっていく。
くそぅ…! 戻ったら覚えとけよ!
ぎぎぎと恨みのこもった視線を向けておくだけに止めて、俺は大人しくシモンに背負われることにする。
ふらふらの足取りじゃ迷惑かけちゃうし。まぁシモンには迷惑をかけるけど、ハワードが間にいるからなんとなく甘えちゃうんだよな。
それからうまく動かせない右腕を弓使いの人に手伝ってもらって、だらりと前に垂らせばシモンの手がそれを掴む。生憎と感覚がないから良く分からんが。
「路は分かるな?」
「そのことなんだけどさ」
「どうした?」
今進んでいる路は南から西に戻るルート。さっき進んだルート。
かくかくと曲がり角が多く、いろんなものを無駄に使うルートだ。
「この人たちも見つけたことだし、最短ルートを行きたいんだけど…」
「……………」
俺の言葉を理解したシモンの眉が寄せられる。
そうだよな。行きたくないよな…。
「最短ルート?」
事情を知らない槍使いの人がそう言って俺を見る。
そう言ってもらえると助かるぜ。
「いま進んでるのは西ルート。つまり体力も時間も全く無駄なルートだ」
「はぁ?!」
「だから最短距離で行きたいんだけど…」
「なんか問題があるのか?」
「…中央を通るルートなんだ」
俺のその言葉に、シモンからピリッとしたものを感じる。
けどさ。
「中央…。ああ。『朔月』が起きた場所か…」
「もしかしてお前らが孤児院育ちなのは…」
「なら行きたくないよな」
3人の会話を聞きながら、俺はシモンの様子を探る。
そして俺の知らない『朔月』という言葉。それを聞いたシモンがピクリと反応していたから、何かあったことだけは理解できた。
「…中央を通るのが最短なんだな?」
「間違いない。南から北に向かう、何もなければ直線ルートだ」
そう。ぐるっと大回りをするのならば、直線で進んだ方が早い。
もちろん路がどうなっているかは分からないけれど。それでも、大回りをするくらいならそっちの方が早い。
急がば回れ、なんて言葉もあるけどな。
「俺らは問題ないが…」
そう言って弓使いの人が今度はシモンを見つめる。
俺はケロッとしてるから問題ない、と判断されたのかもしれない。全部出したとはいっても、まだ吐き気はあるけどな。
「兄さんが平気そうなら行くのも手だな」
「こいつの右手の件もあるし」
どうもすみませんね。なんか少しずつ身体がだるく、重いような気がしてんだよ。
もしかして弓使いの人は壁に触れたからあんな状態になってたのか?
「…分かった」
「兄さん?」
ずっと黙っていたシモンが口を開いた。
「中央ルートを行くぞ」
「いいのか?」
「…ああ」
「なら決定だ。頼めるか?」
「ああ」
帰りのルートが決まったところで、4人が歩き出す。
俺はシモンの頭から見える壁と松明を見ながら、再びマップの更新を始める。
「そこ、曲がり角があるなら曲がってくれ」
俺の言葉に全員が頷くと、歩きから駆け足に変わった。
シモンの顔が見えないことが不安だけど今は全員で戻ること。
いろいろ気になることは多いけど、まずは地上に出なければ。
ただ、それだけだ。
そう目の前の壁を睨みつければ、それが一瞬ブレたような気がした。
「っどわー!」
「邪魔だ!」
「すみません!」
人数が増えたことによって戦闘は楽になった。はず。
けど、それによってお荷物である俺はどう立ち回ったらいいのか分からず、おろおろするだけ。
壁の近くでびくぶると、それこそ小動物よろしく震えているだけなんだけど。
けどねー…。
3人の連携を邪魔しちゃ悪いと思って、あっちこっち移動すれば「邪魔だ」と言われる始末。だって俺、凄い邪魔なとこにいると思ったからさー。
だからもう邪魔にならないように1人離れることにしたんだけど、あんまり離れて路が変わったらどうしようもない。シモン含む4人をその場に待機させておいて迎えに行くのはできる。
でも。
魔物に襲われたら俺がやばい。代わりに4人に来てもらう方法もあるけど、路が変わればたどり着ける保証もない。
そんなどうしようもない状況だから「邪魔」の言葉だけで済んでるんだと思うんだ。
けど、のびのびと戦闘する3人はさっきまで疲労困憊で死にかけていたようには思えない。そう考えるとポーションってスゲーよな。
滅茶苦茶まずいけど。
壁の角の隅っこで指輪の力を借りて小っちゃくなってる俺には魔物は反応しないだけマシ。
あとはひたすら戦闘が終わるのを待つだけ。
そうやって油断してた俺がバカでした。
「うわ?!」
「っとと! 悪い!」
勢いよく下がってきた弓使いの人が俺にぶつかった。
瞬間。
ぐらりとバランスを崩し、目の前に迫った壁に思わず右手を付こうとした。
「え?」
しかし感じたのは堅い感触ではなく、反対側に突き抜ける感覚。
それに驚いて声も出せずにいると、襟首をつかまれ引っ張られた。
「ぐえ?!」
まるでカエルが潰れたような声を出したけど、そんなことなど気にならない。なんせ今、首が締まっているのだから。
「ぐ、ぐるじ…」
「ハルト!」
名前を呼ぶのはシモン。
そして襟首をつかんでいるのも、名前を呼んだ彼だ。
え? 何? いったい何が起きたのさ?!
状況が分からなくて瞳を白黒させていると、襟首を離され空気が肺に入ってくる。
それにげほげほと噎せているとなぜか壁に突っ込んだ手の袖を捲られた。
はい?!
シモンの行動が理解できず、頭に疑問符をたくさんつけていると手、というか腕を見ていた瞳が細くなり眉が寄った。
え? なんかやばいの?
「力が抜けたりしていないか?」
「はえ?」
「腕に力が入らなかったり、だるいなどの症状は?」
「え? いや? ない…けど?」
なぜかシモンの手の上に乗せられたままなんだけど。え? ホントになにこれ。
混乱する俺に、戦闘を終えた3人が戻って来たけど俺にぶつかった弓使いの人が走ってきた。
「本当にすまない!」
「別に怪我とかないからそんな勢いよく謝らなくても…」
「そうじゃない」
「はい?」
俺の言葉を遮ったのはシモン。
何言ってんだ?と首を傾げると、弓使いの人が腰を折って深々と頭を下げる。
だから…。
「手首を捻ったとかじゃないから」
「そういえばお前さんはダンジョンが初めてだって言ってたよな?」
「ああ」
剣を使っていた人がシモンと同じように眉を寄せて、心配そうに俺を見てくるんだけどさ。何なの?
「俺らが倒れてたの見てるよな?」
「ああ」
「っていうか兄ちゃん何も教えてないのか?!」
「…ああ」
「“ああ”じゃないだろ! 教えなきゃこいつ死ぬぞ?!」
「こいつは守る。心配するな」
「そうじゃな…! あー!もう!」
何やらシモンと言い争いを始めた人たちだけど、俺はどうすることもできずにただ黙って見ていることしか出来ない。
すると弓使いの人が、近付いてきてひそりと耳打ちをしてきた。
お? 何々?
「壁に触れると『魔力』を吸い取られるんだが…あんたはその…大丈夫なのか?」
「『魔力』?」
なんだそれ、と逆に聞けば弓使いの人がぽかんと口を開けて俺を見つめている。
あ。そっか。俺がこの世界の人間じゃないって知らないもんな。
それに『魔力』くらい知ってるからな?! ゲームじゃよくMPなんて表記されるあれだよな。
というかこの世界、魔力なんて概念あるんだ。
「おい! こいつ『魔力』も知らないとかどうなってんだ?!」
そう言ってシモンを睨む弓使いの人だけど、俺はただ顔色を悪くする。
この世界の人間じゃないって知られないようにわざわざ服も着替えたのに、これじゃ意味ないじゃないか!
じゃなくて!
「そ、それは…!」
どうにかしないと、と口を開いた時だった。
「オレたちは孤児院育ちだからな」
「はい?」
するっとシモンの口から出たのはそんな言葉。
コジインソダチ?
どういうこと?と疑問はあるけれど、これ以上俺が口を開いて墓穴を掘ることをしないようにしないと。そう思い、気まずそうに視線を落とし口を閉じる。
「育ったところは貧しくてな。このダンジョンを踏破すれば、大金が手に入ると言われた」
「ああ…なるほど。2人とも孤児院育ちなのか?」
そう言いながらちらりと俺を見る剣使いの人に、こくこくと頷けば「そうか」と納得された。
なんだか良く分からんが、ピンチは切り抜けられたらしい。助かった…。ありがとな、シモン。
「となるとあのポーションもだいぶしただろ」
「…シスターがここに行くなら、と渡してくれたものだ」
「あー…。そうか…」
シモンの言葉に、がりがりと後頭部を掻く槍使いの人。あれ? なんか同情されてる?
「わっ?!」
すると俺の頭に手が乗せられ、なぜかわしわしと撫でられる。
取れる! 頭が取れる!
「孤児院育ちなら『魔力』を知らないのも分かる。でもな」
「…………」
「ダンジョンに潜るなら必要最低限は教えないとダメだろ」
「…反省はしている」
おお。シモンが叱られてるぞ。実はめちゃくちゃレアな光景なのでは?
わっしわっしと頭を撫でられているから、ぐわんぐわんと視界が揺れてるけどな。いい人なんだろうけどさ…ちょっと気持ち悪く…うぷっ。
「ちょ…ちょっと気持ち悪い…」
「おい!大丈夫か?! 壁に『食われた』影響か?!」
いえ。あなたが頭を揺らし続けるからです。とはいえず、右手を口元に持って行こうとして違和感に気付いた。
「ハルト?」
「手が…重い?」
右手は壁に突っ込んだ方。その右手の感覚がないことに今気付いた。なんだこれ。
「まずい! 『食われた』影響だ!」
「ポーションを飲ませろ!」
途端にあわただしく動き出す3人とシモン。
ウエストポーチをやや強引に開けて、ポーションを取り出すと栓を抜いてくれた。そして俺の鼻先にそれを突き付けられた瞬間。
「うぐ…っ!」
「おい!」
胃からせりあがってきたものを押さえきれずに、その場に吐き出せば出てきたものは黄色い液体のみ。
そう言えば飯食ってなかったな、とぼんやり思いながら吐き出されたそれを見つめる。
「大丈夫か?」
「ああ…へい…ぐ、うえぇ…!」
シモンに背中を擦られながら、またせりあがったそれを吐き出す。ごほごほと咳き込みながら痙攣する胃の辺りを左手で掴むが、吐き気は治まらない。
やばい。
「吐きたいのならすべて吐き出せ」
「っぐ…、うぇ…!」
シモンの言葉に甘えるようにその場で嘔吐を繰り返す。ツンと鼻を刺激する匂いに涙があふれる。
右手の感覚はすでにない上に、肘の辺りまでそれは浸食されてきている。その恐怖もあり、歯がかみ合わなくなりがちがちと音がする。
「まずいな」
「ポーションをよこせ」
「あ、ああ」
会話の状況でシモンがポーションを飲んだことは分かった。けどこれからどうしたらいいんだ?
俺がいなければきっとここから出ることは出来ない。それは自惚れでも何でもない事実だろう。
だから俺がしっかりしなければいけない。
右手の感覚がない恐怖に叱咤し、中身をすべて吐き出した胃は痙攣もない。
「ハルト」
「だい…じょうぶ」
「…………」
「大丈夫…。全部出た」
「…歩けそうか?」
3人に心配されながら、シモンの手を借りて立ち上がる。途端ふらりとバランスを崩し、シモンに支えられた。
「右手があるのにバランス取れない…」
「無理はするな」
「でも…!」
こんなところでもたもたしてたら時間が…!
ここを見つけるために何人も人が来たら迷い込む人が増える。だから何としても入り口近くまで移動はしたい。
「戦闘を任せてもいいか?」
「もちろん!」
「ポーションをもらったからな! その分は働くぜ?」
「元はと言えば、オレが原因みたいなもんだ。任せてくれ」
弓使いの人が暗い表情で唇を噛んでいるけど、俺だって壁があんな風になってるなんて思わなかったんだ。
だから休憩の時、シモンは壁から離れて布を敷いてくれてたのか。今さら気付いた俺も俺だけど。
「俺がもうちょっと移動してればいいだけだったからさ。気にすんなよ」
「だが…!」
「気にすんなって」
ニッと歯を見せておどけた感じに笑えば、弓使いの人が何か言いかけたけど唇を噛んだ。
「分かった。だがお前は…」
「ああー…どうすっか…」
「それなら心配ない」
「うん?」
何かいい案が?とシモンを見た瞬間。
「でゅわ?!」
「これならいいだろう」
そう言って、俺を背中に乗せた。
え? 俺、背負われてんの? 大人なのに?
やだ。恥ずかしい。
「ああ。それなら大丈夫そうだな」
ぷくくと笑いながら剣使いの人が背負われた俺を見る。それに顔が熱くなっていく。
くそぅ…! 戻ったら覚えとけよ!
ぎぎぎと恨みのこもった視線を向けておくだけに止めて、俺は大人しくシモンに背負われることにする。
ふらふらの足取りじゃ迷惑かけちゃうし。まぁシモンには迷惑をかけるけど、ハワードが間にいるからなんとなく甘えちゃうんだよな。
それからうまく動かせない右腕を弓使いの人に手伝ってもらって、だらりと前に垂らせばシモンの手がそれを掴む。生憎と感覚がないから良く分からんが。
「路は分かるな?」
「そのことなんだけどさ」
「どうした?」
今進んでいる路は南から西に戻るルート。さっき進んだルート。
かくかくと曲がり角が多く、いろんなものを無駄に使うルートだ。
「この人たちも見つけたことだし、最短ルートを行きたいんだけど…」
「……………」
俺の言葉を理解したシモンの眉が寄せられる。
そうだよな。行きたくないよな…。
「最短ルート?」
事情を知らない槍使いの人がそう言って俺を見る。
そう言ってもらえると助かるぜ。
「いま進んでるのは西ルート。つまり体力も時間も全く無駄なルートだ」
「はぁ?!」
「だから最短距離で行きたいんだけど…」
「なんか問題があるのか?」
「…中央を通るルートなんだ」
俺のその言葉に、シモンからピリッとしたものを感じる。
けどさ。
「中央…。ああ。『朔月』が起きた場所か…」
「もしかしてお前らが孤児院育ちなのは…」
「なら行きたくないよな」
3人の会話を聞きながら、俺はシモンの様子を探る。
そして俺の知らない『朔月』という言葉。それを聞いたシモンがピクリと反応していたから、何かあったことだけは理解できた。
「…中央を通るのが最短なんだな?」
「間違いない。南から北に向かう、何もなければ直線ルートだ」
そう。ぐるっと大回りをするのならば、直線で進んだ方が早い。
もちろん路がどうなっているかは分からないけれど。それでも、大回りをするくらいならそっちの方が早い。
急がば回れ、なんて言葉もあるけどな。
「俺らは問題ないが…」
そう言って弓使いの人が今度はシモンを見つめる。
俺はケロッとしてるから問題ない、と判断されたのかもしれない。全部出したとはいっても、まだ吐き気はあるけどな。
「兄さんが平気そうなら行くのも手だな」
「こいつの右手の件もあるし」
どうもすみませんね。なんか少しずつ身体がだるく、重いような気がしてんだよ。
もしかして弓使いの人は壁に触れたからあんな状態になってたのか?
「…分かった」
「兄さん?」
ずっと黙っていたシモンが口を開いた。
「中央ルートを行くぞ」
「いいのか?」
「…ああ」
「なら決定だ。頼めるか?」
「ああ」
帰りのルートが決まったところで、4人が歩き出す。
俺はシモンの頭から見える壁と松明を見ながら、再びマップの更新を始める。
「そこ、曲がり角があるなら曲がってくれ」
俺の言葉に全員が頷くと、歩きから駆け足に変わった。
シモンの顔が見えないことが不安だけど今は全員で戻ること。
いろいろ気になることは多いけど、まずは地上に出なければ。
ただ、それだけだ。
そう目の前の壁を睨みつければ、それが一瞬ブレたような気がした。
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