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ダンジョン探索 1
しおりを挟む「シモン様。そっちの路は大丈夫ですよ」
「…分かった」
狼の魔物に襲われた後。俺たちはとりあえず部屋を目指すことにした。
部屋、とはいってもシモンによればだだっ広い空間らしい。そこは所謂セーフティーゾーン。この階の安全な場所で、冒険者たちが休憩できるようになっているらしい。
その話を聞いた後、脳内マップの四角形の四隅に部屋を設置する。
なんてことはない。何度かここに潜っているシモンの情報だ。
部屋の位置自体は「体感では変わらない」ということを聞いたから。ならば、ということで脳内マップを更新。
そしてぽてぽてと曲がり角を進んで戻ったら路が変わっていたことに苦笑いを浮かべると、俺たちは西の角へと歩いている。
途中お互いの名前を知らないことに気付き「さて、どうしたものか」と腕を組んだ。だって俺、ハワードからは『シモン』という名前しか知らないのだ。
まぁ短いから苗字ではないだろう。
かといって苗字で呼ぼうにも、それを知らない。
だから転移者特権ということで、名前を聞いてみた。
そしたら。
「…ハワードから聞いてないのか?」
思いっきり眉を寄せられたんだよね。
それにちょっとだけ恐怖したけど、出会ったときもめっちゃ怒ってたから怖さは直ぐに引いた。
あの時のシモンを知らなかったら、恐怖で足が震えていたかもしれない。
「あ、いえ。名前だけは聞いたんですが、さすがにいきなり名前呼びはどうかと…と思いまして」
シモンの問いにそう答えると、すっと瞳が細くなった。おっふ。ちょっと怖い。
だが「それもそうか」と告げると、前を向いた。それにほっと息を吐くと再びシモンの顔がこちらを向いた。
「シモン。シモン・リットベルガーだ」
「私は…」
「ハルト…だったか?」
「ああ、はい。古宮遥都です」
どうやら名前だけは知っていたようなので一安心。というかシモンが俺の名前を知っているのは、ハワードが連呼してたからだよな。
だけど名前を知っているのならいざという時、どっちでも名前が呼べるのは助かる。
「リットベルガー…様?」
うん。普通に言いづらいな。
『り』から始まる苗字の奴が俺の周りにいなかったから、違和感がすごい。
もごもごと口を動かして「リットベルガー様、リットベルガー様」とぶつぶつ言っていると、何とも言えない表情をされた。
「すみません。舌を慣らしておかないといざという時、噛みそうなので」
素直にそう言えば、何か言いたげに口を開きかけたがすぐに閉じた。
言えばいいのに、なんて思いながらリットベルガー様を見ていると「お前は」と口が開いた。
「フルミヤ、というのか」
「はい。こちら風に言えば『ハルト・フルミヤ』ですね」
「フルミヤ…」
俺の苗字をもごもごと口にするリットベルガー様だけど、やはり慣れない言葉の羅列なのか眉間に深い皺ができている。
イケメンは何をしてもイケメンだな、なんてことを思いながら俺は口を開く。
「ハルトで構いませんよ」
「…悪い」
「いえ。苗字で呼ばれるより、名前で呼ばれた方が慣れてますから」
これは嘘ではない。
会社ではほとんど先輩と一緒にいたためか、苗字で呼ばれる方が稀だった。だからか、違う人に苗字で呼ばれるとくすぐったかったのを覚えている。
…そう言えばうちの会社のほとんどは名前で呼んでたな。学生時代、コンビニでバイトしてた時は苗字呼びだったけど。
うちの会社が変わっているのかもしれない可能性の方が高いけどな。
「…ならオレも名前で呼べばいい」
「え? いいんですか?」
まさかの名前呼びに少し驚く。いや、確かに苗字はついさっき知ったばっかなんだけどさ。
だからと言って、すぐに名前呼びかぁ…。
別に嫌とかじゃないんだけどさ。
「その方が呼びやすいんだろう?」
「おっと」
バレてたか。
まぁ、何度も練習すればそうなるか。
「すみません。私も言い慣れないもので」
素直にそう言えば「構わん」と視線を逸らされ、すたすたと歩いていく。
その背中に「あ」と声をあげて、俺は走出す。
「シモン様! そっちは行かなくていいですよ!」
そんなこんなで無駄な路には進まず、西の角部屋へと真っすぐ向かう。
道中、当然のように魔物が現れたが、シモンの華麗な剣さばきの餌食になっていた。俺が指輪を使う暇もないほどの速さなので、魔物が出たときはシモンの邪魔にならないように静かに後ずさりをする。
あれだ。クマが出た時の対処とほぼ同じだな。
戦闘をしながらも、西の角部屋を目指しひたすら歩く。
時に魔物と戦い、時にトラップなんかに俺が引っかかったりしながら、ふとあることを思い出した。
「そう言えば、中央には部屋はあるんですか?」
大体こういう四角い空間には四つ角の他に、中央部分に何かがある。
特別な何かがなくとも部屋くらいはありそうだな、なんて軽い気持ちで聞いたんだけど…。
「…なぜそう思う?」
「え?」
途端にシモンの雰囲気が変わった。
それは聞かれたくない、隠したいという雰囲気で細い瞳がさらに細くなり、ぞわりとした本能的な恐怖が俺を襲う。
じっと見つめてくる視線から顔ごと逸らせば、どくどくと心臓が早鐘を打つ。
怖い。
魔物に襲われたとき以上の恐怖に、震えが遅れてやってきた。
カタカタと小刻みに揺れる手で思わず自分の身体を抱くと、ざり、という音が聞こえた。それに顔をあげれば、そこにはシモンがいて。
それにひゅっと息を飲むと、ぽん、と頭に何かが乗せられた。
そして。
「わ?! わわわ?!」
突然わしわしと乱暴に頭を撫でられる。
意味が分からな過ぎて、恐怖がどこかへと飛んでいった。
わしわしと首がもげそうなほど撫でられた後、頭から重みがなくなると恐る恐るもう一度、顔を上げた。
「…悪い」
「はい?」
何が? 頭を撫でたこと?
シモンの謝罪の意味が分からず、きょとんとすれば恐怖だった瞳がわずかに柔らかくなっている。
なんなんだ?
「ここの中央は今回の捜索には関係がない」
「はぁ…」
「急ぐぞ」
言葉少なにそう告げた後、背中を向けるシモン。
俺は結局、中央についても、シモンの謝罪の意味についても分からず首を傾げたが「おい、行くぞ」というシモンの言葉に、とりあえず今は捜索が最優先だと頭を切り替えることにした。
「少し休むか」
「あ、はい。もしかしたらそこに何かあるかもしれません」
相変わらず襲ってくる魔物はシモンの剣の餌食となり、残ったものを回収しつつ歩いてはいたけど…。
うん。歩くのは慣れてるとはいえ、さすがに足が痛くなってきたんだ。
だからシモンからのその言葉に、思わずほっと息を吐く。
こっちに来てからずっと履いてるスニーカーは、残念ながらお留守番。
どうやら異世界から来たことは偉い人しか知らされていないらしい。それに俺たちが今、捜索しているのはここの世界の人。見慣れないものを身に着けていると魔物と勘違いをする人がいるかもしれないとのことで、着ていた服も着られない。
だから冒険者風の服なんだけどさ。
そして俺が提案したのは、気になっていた空間。西の角にしては違うような気もするけど、かといって路の長さにしては少しある。だから気になってんだ。
シモンも「行ってみるか」と同意をしてくれたから、まずはそこの入口を探す。
その間も路が変わりややこしくなってはいるけど、大体の場所は把握済み。
入口が変わっていなければいいなぁ…。
そんなことを思いつつ、シモンが二つ目の気になる角を曲がれば「あったぞ」と報告をしてくれた。
よかった。結構すんなり見つかって。これでもう半周しなきゃいけないのかと思った…。
「よくここが分かったな」
「あー…。妙に長い直線があるなーと思ってましたから」
「曲がり角もあったと思うが?」
「なんというか…こう…。曲がり角が多いと『行かせたくない』って意志を感じるんですよね」
「ふむ」
俺の説明に「良く分からん」という表情を浮かべるシモンに「野生の勘、ってやつです」と言ってみる。
それはあながち間違いでもないしな。俺の場合。
とにかく直感と路の距離、そしてマッピングがあるからこそできたことだと思うから。
それに。
「鬼ごっこしてませんからね」
「オニゴッコ?」
俺の言葉に振り向いたシモンの表情は、眉を寄せていて。だけどそれが「何だそれは」という疑問を浮かべているんだと理解する。
無表情でいて、実は感情が分かりやすく出ていることに気付いたときは嬉しかった。なんせまともに会話をし始めてまだ数時間しか経っていないんだから。
まぁ、ハワードに何か言われたんだろうけど。
でもここに入る前に言われた通り、守ってくれてる。
ハワードに言われて仕方なく、でもいいんだけどね。俺としては。それが仕事なんだろうし。
でもこうして会話ができることが楽しいんだよ。
「なんだそれは?」
俺がなかなか答えないからか、シモンが口を開く。おっと。少しだけトリップしてた。
その間にぽっかりと空いた空間へと足を踏み入れ、シモンが敷物を敷いてくれたみたいだ。さすが騎士だよなー。
アウトドアとか俺はさっぱりだから。
座れ、とシモンが手で叩いている所へと遠慮なくお邪魔する。とはいっても隣なんだけどね。
あー…。でもできれば壁に背をもたれさせて休みたかったな。
準備してくれたから文句は言わないけど。
「鬼ごっこは鬼役が追いかけて、他の子たちが追いかけられる子供の遊びですね」
「オニとやらは何なのだ?」
「えーっと…私の国にいた怖いもの、でしょうか?」
「怖いものが追いかけて、他の者が逃げるということか」
「そうそう! そんな感じです!」
俺のあやふやな説明をシモンは的確に理解してくれたことに感謝する。
というかシモンってめっちゃ頭いいんじゃ?
「なるほど」
「追いかけっこ、って言った方がよかったですかね?」
「ああ。街で子供がよくしているあれか」
しまった。こっちの方が分かりやすかったかー。
あちゃーと目元を手で覆って天を仰げば「オニゴッコの方が言いやすいな」とフォローされてしまった。
それに肩を落としながらも、ウエストポーチに手が当たった。それは革でできた丈夫なもの。これもハワードに貸してもらったもの。
だけど中身は良く分からない。
ただ。
「生存者を見つけた時に、この中身を飲ませてね!」
と言われただけ。
本当に何が入ってるんだろう。ファーストエイドキットかな?
それを一撫ですると、かちゃりと音がした。ということは瓶が入っているのか。割れ物なら割れ物だっていっておいてくれよ! ハワード!
「どうした?」
「あ、いえ。ウエストポーチの中身が分かったので」
「ああ。その中身は恐らくポーションだな」
「おお! ポーション!」
ゲームではお世話になりまくる飲み薬。某ゲームのポーションは飲み物として本当に世に出されてたけどな。
そんなものを持っているのか! あ、ちょっとテンションが上がるな!
「っと。大事なものならシモン様が持っていた方がいいのでは?」
「戦闘で激しく動くオレが?」
「すみませんでした」
そうでした。
戦闘はシモンにまかせっきりなんだよ。だから極力動かない俺にこれを渡したんだろうな。
「…ハルトは」
「はい?」
「なぜ、ここに来ようと思ったんだ?」
シモンの質問が一瞬分からなくて、ぱちりと瞬きを一つ。
そして。
「ダンジョンがあるっていうなら、俺の特技が生かされるんじゃないかと思いまして」
「マッピング能力…だったか」
「はい」
「初めは信じてはいなかったが、最短で休憩場所まで来られたからな」
「そうなんですか?」
「ここは入るたびに…いや、移動している最中にも路が変わるからな。普段なら倍以上の時間をかけてやっと部屋を見つけるんだ」
「なるほど」
ここまで来るときも、シモンは何度か関係なさそうなところに入っていったからなぁ。一つずつ、それこそ虱潰しに路に入ってたら時間がかかるわな。
「あ。そう言えば今何時くらいなんでしょう?」
「そうだな。ここに入って大体4時間位、といったところか」
「もうそんなに?!」
「先ほども言ったが、十分早い」
ここまで来るのに4時間もかかったことに俺は驚いた。まさかこんなに時間がかかるなんて…。
なら、目指してる西部屋をスルーして南部屋に向かうべきでは?
「シモン」
「なんだ?」
「西部屋で生存者を見かけたことはありますか?」
「…ないな。俺たちがいつも辿り着くころには誰もいない」
やっぱりそうか。
「なら、西部屋の近くに出口はないと思ってよさそうですね」
「なぜだ?」
「いつも辿り着けるのが西部屋なんですよね?」
「ああ」
「だからですよ」
「どういう?」
「何もないから辿り着けるんだと思うんです」
「なるほど」
シモンから角部屋のことを聞いて引っかかったのはこれだ。いつも辿り着ける、というのならばそこには大事なものはないといっていいだろう。
これで入口に近いであろう北部屋と、いつも辿り着ける西部屋は何もないことは確定した。
人もダンジョンも隠したいものは入り口から一番遠い場所にするんだなぁ…。
「部屋を変えて、東と南。それと…」
中央エリアにも行ってみたい。
ダメもとで、ちらりとシモンを見る。
すると。
「中央は何もない」
返ってきた言葉は予想通りで。
シモンにスパッとそう言われてしまえば無理だろう。仮に指輪の力を借りて進んでも、俺はその場にとどまることしか出来ないのだからダンジョンの餌になることは間違いない。
ダンジョンの栄養になるのはごめんだ。
なら、今は諦めるしかない。
「分かりました。では東と南に変更しましょう」
「分かった」
行く方向を決めたところで、シモンから水をもらい喉を潤す。それからしばらく休憩をしたのち、敷物を畳み再びダンジョンへ。
幸い入口は変わっていなかったけど、すぐ路が変わっていたことに笑いしか出てこない。
さて。目指すは東と南。
できれば生存者に会いたい。
「行くぞ」
「はい!」
シモンの言葉に力強く頷くと、ふっと頬がゆるんだ様に見えたが気のせいだろう。
変わってしまった路へと再び歩き出した。
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