事務職員として異世界召喚されたけど俺は役に立てそうもありません!

マンゴー山田

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いざ! ダンジョンへ!

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「これが…ダンジョン…」

世界樹の挿し木と呼ばれる樹の下から、上を見上げれば淡く光っている樹冠がさわさわと音を立てて揺れる。
そして視線を元に戻せば目の前には重厚な扉と、鎧を身に着けた兵士が2人左右に立っていた。

「時間は約一日、そうだな…明日の火の刻(12~16時)までに出てこなかったら後は頼む」
「はっ! どうかお気をつけて」
「ああ、行くぞ」
「あ、はい」

彼、シモンに顎で「こっちだ」と言われ俺はその背中を追いかけようとした時、その左右の兵士の視線が鋭く突き刺さった。
その意味が分からず少し後退ると「早く来い」と言われ、二人に会釈をしてから駆け足でシモンの元へと急ぐ。
シモンは今日、第一騎士団の制服ではなくラフな冒険者風の服装をしている。ついでに俺も冒険者風の格好だ。ハワードに渡された時は困惑したが、シモンと並べば恥ずかしさはマシになった。
兵士の視線はまだ背中に突き刺さっていてなんとも居心地が悪いが、今日の任務はダンジョン25階の探索だった。

ハワードに食堂で「ダンジョンに潜ってもらうからね!」と宣言されてから二週間。
言葉通り、俺はダンジョンへと潜ることになった。
「一人じゃ行かせられないから」とハワードが用意してくれた相手は第一騎士団のシモン。あのイケメンだ。
他にもいただろう団員ではなく彼なのは俺と面識があるのがシモンだけ、ということなのだろうか?
そんな彼と二人でまだ踏破していない、未探索の階層を調べることとなった。
とはいっても冒険者が結構踏破してくれるから情報を聞き、それを知らせているらしい。もちろん初踏破した人たちには報奨がもらえるようだ。
それもあって未踏破のダンジョンは人気だ。しかしそれと同時に危険が付きまとい、騎士団の仕事も増える。

それに…。

そこまで考えて俺はぶんぶんと首を横に振った。
大丈夫。俺のマップ把握能力を信じろ。
路に迷わなければきっと戻ってこれる。大丈夫。
ぐっと拳を作って不安を誤魔化す。右手に中指にはハワードに渡された魔道具だ。
それがなぜか安心できてつい頬が緩む。

「こっちだ」
「はい!」

どうやらここは騎士団が緊急用に使う場所らしい。俺というお荷物がいるからささっと目的地まで行った方が早いと踏んだのだろう。
ギッと扉を開けた先には光る地面。
あれ? デジャヴ?

「あの…」
「この上に乗れ」
「ええ…」

光る地面はちょっと…。
引きずり込まれた恐怖が蘇り、足がすくむ。だがとん、と背中に温かな物が触れそれに振り返れば当然シモンがいて。
その後の行動が予想できてひくりと口元が引き攣ったが、案の定その背中を押された。

「やっぱり?!」
「さっさと行け。時間の制限があるんだ」
「ちょ…まだ心の準備…」

行き先が分かってる取引先なら緊張も不安もないけれど、今から行くところは完全に未知の場所。しかも命のやり取りがあるところだ。
そんなところにほいほい行けるか、といえばそうではないだろう。
ゲームとは違うのだ。

「…ハワードに言われているからな」
「え?」

シモンの言葉に思わず振り向けば、じっと俺を見つけてくる瞳に瞬きを一つ。

「守ってやる」
「へ?」

シモンの言葉に変な声が出ると、俺の足は光るそこを踏んでいた。


■■■


ふわりとした浮遊感から次第に重力が戻ってくる。召喚された時もそうだけど上から落ちる感覚は慣れない。
眩しさと恐怖で閉じていた瞼をゆっくりと持ち上げれば、目の前には巨大な迷路の入り口らしきものがある。
薄暗いが光源がない訳ではない。松明のように揺らめく光は青白く、それが一定間隔で置かれている。
マップ作製には優しい作りでほっとした。

「ここ…」
「ここが25階。戻らずの階と呼ばれている」
「戻らず…」

シモンの言葉にぞっとし身体が急に冷える。
そんな俺の背中をぽんぽんと叩いてくれる手に、シモンを見れば視線は真っ直ぐ入り口を見つめている。

「ここは何度も来ているが…」

そう言って視線を左右に動かすシモンと同じように視線を左右に動かす。
感覚的には冷えた巨大な壁と青白く揺らめく光があるだけ。なのにも関わらずどこかじめっとした嫌な空気が漂う。

「行くぞ」
「あ、はい!」

そうだ。今日は25階の調査に来たんだった。
気を引き締めて歩き出したシモンの背中を追う。

ヌールダンジョン25階。
それは何度も冒険者が遭難、または戻れなくなるという人食いダンジョン。
シモンは戻らずの階と言っていたけど冒険者の間では人食いダンジョン、という名の方で通っているらしい。
情報はもちろんハワードから。
原因は入る度に部屋や通路配置が変わるランダム迷宮。
それゆえ、魔物に襲われて逃げようとしてもしっかりとマップを把握していなければ途端に道に迷うという鬼畜仕様。
その鬼畜な迷宮の調査。
ゲームではない、現実の迷宮。それもランダムと来た。
どきどきと高鳴る胸を抑えながら、ずんずんと迷いなく歩を進めるシモンの背中はとても逞しい。

ハワードから渡された指輪の魔道具。これの実験も兼ねているから魔物に襲われることは分っている。
けれど今まで戦いというものに縁が全くなかった俺にとっては不安しかない。
だがハワードは「大丈夫だって! シモンが、ちゃーんと守ってくれるから!」と胸を張ってそう言った。
それを信用して俺はダンジョン行きを了承したのだけれども。

「それに、この魔道具。これがうまくいけばダンジョン内の死亡者、行方不明者は減ると思うんだ」と真剣な表情で告げたハワード。
彼に何があったのかなんて分からないし、聞こうとも思わないけどその瞳の奥に隠された何かが少し気になった。

「今回は随分と大人しいな」

シモンのその声にハッとすると、俺は慌てて脳内でマッピングを開始する。
幸いまだ入り口の近くだったこともあり、ほっと息を吐いた。

脳内マッピングのやり方はそれぞれだけど、俺はまず入り口を起点として四つの方角に分ける。
入り口から見て真っ直ぐが南、右手側が西、左手側が東。それに中央エリアを加えた四つのエリア。
目指すのは出口。
その出口がどこにあるか分らないから、とりあえず全方向に出口がある物としてマッピングしながら歩いていく。
真っ直ぐ歩き、右に曲がりまた歩く。曲がり角が一番怖いんだけど、シモンはそんなことは気にせずすたすたと歩いていく。
行き止まりを確認すると先程見つけた小さな部屋へと入っていく。
その瞬間。
グルルルと獣の唸り声を聞き、俺の身体は固まった。シモンは既に剣を構え戦闘態勢に入っている。
俺はなるべく戦闘の邪魔にならないように、と壁に背を預け小さくなってなるべく空気になるよう気配を消す。気配を消す、といっても「俺は空気、俺は空気」と念じるだけだけど。
いきなり気配を消せ、なんて言われても分らないからな。

「ギャウ!」

狼っぽい魔物がシモンに襲い掛かるがそれを避け、剣を一振り。だが狼もそれを予想しているのか、ひらりと躱される。
すると別の角度から更に噛み付こうとするがそれを見抜いていたシモンは慌てることなく身体を斜めに引いて水平に剣を振れば狼の魔物の身体が上下に分かれた。
血が吹き出し鉄の匂いが鼻まで届くと、初めて見る戦闘に俺は少し気分が悪くなった。口を片手で押さえ、胃から込み上げてくるものを必死に押し返す。
だがそんな抵抗虚しく、その場でそれを吐き出せば幾分かは楽になった。

「え?」

しかし気付いた時には狼の魔物が俺を食い殺さんと鋭い牙を向け口を大きく開けているのが見えた。
思わず顔を守るように腕でかばいながらできるだけ身体を小さくする。意味があるのかは分からないが、本能に従う。

「ギャウン!」

だが、狼の魔物は俺に触れる前にバヂッ!という電気がショートしたような音と共に後ろへと飛び退き離れた。
それに怒ったのか、歯をむき出しにしながら唸り俺の周りをうろうろとし始める。
何が起こったのかが分からずきょとんとしていると、右手の中指が光っている事に気付く。それに視線を移せば再び「ガウウウ!」と狼が襲ってくる。
再び腕で顔を覆い瞳を閉じるとガチン!とガラスに何かが当ったような音がしてびくりと肩を震わせる。そしてガリガリと引っ掻く音に恐る恐る瞼を上げれば狼がつるつるとした何かを鋭い爪で引っ掻いていた。
その紅い瞳は怒りで吊りあがり、ぐるぐると喉を鳴らすその口は奥歯を噛みしめ悔しそうに牙を剥けている。
時折「ガウッ!」と吠えながら、俺と狼の間にあるガラスのようなものをただ引っ掻き、ガチガチと噛み付くがすべてそれに阻まれる。

襲われない、と認識した途端身体から力が抜けそのまましゃがみ込む。それにしてもこの魔道具すごいな。
きらきらと光る指輪をまじまじと見ていると「ギャウン!」という声と共に、薄いそれにびしゃりと黒い液体がかかった。それにまたもや胃からせり上がってくるものに逆らえず、俺はまたその場にそれを吐き出した。

「大丈夫か?」
「だい…じょうぶ、とはいいがたい…です」

狼の魔物を倒してもらい、水で口を洗いしばらく動けなくなった俺を責めるでもなくただ側にいてくれるシモンに感謝をしながら気分が落ち着くのを待つ。

「魔物を見るのも倒すところを見るのも初めてだったか」
「…はい」
「…そうか」

その場でぐったりしてる俺を見て何を思っているのかは分からないが、じっと見つめてくる瞳は柔らかい。
なんだろう…先輩の視線に似てる気がする。
会社でよくしてくれた先輩。俺が初めての部下らしく、バカなことを言っては笑うそんな先輩だった。俺を初めてカーナビ扱いしたのも先輩だ。
そんな見守るような視線をいつも感じてたけど、それと同じような視線が上から向けられている。

「…新米の兵も似たようなものだからな」
「え?」
「兵になって初めて戦闘を終えた後、気分を害するものは珍しくもない。寧ろ通過儀礼みたいなものだ」
「そ…ですか…」

あれを見て吐かない人間はいるのだろうかと思いながら、瞳を閉じる。
俺が吐いたものはものの数分で地面に吸収されていったことに驚きつつもシモンが以前言っていた「餌」という言葉を思い出しこれでもいいのかと変に感心した。
ついでに狼たちの亡骸も地面に吸収され、残った牙や爪、肉なんかはシモンが回収していた。
ここではそれが普通なんだろうな、と俺はぼんやりと身体を休めながら動くシモンを見つめていた。

「気を失わないだけマシだ」
「ありがとうございます…?」

褒められるんだかよく分らない言葉に一応礼を告げると、足に力を入れて立ち上がる。ふらりとする身体に「まずい」と思った瞬間、腕を掴まれ支えられた。

「無理はするな」
「いや。そろそろ行かなきゃ間に合わないかな、と思いまして」
「今日探索を終わらせなきゃならない、ということはない」
「でも、急務なんですよね?」
「……………」

ふう、と一息を吐きながら「ありがとうございます」とシモンに礼を告げれば腕を離された。
ふらふらとはするが歩けないことはない。

「行方不明者が増えているとハワードから聞きました。その人たちの探索も兼ねてるんですよね?」

じっとシモンの目を見つめてそう言えば、こくりと頷く。

「だから早く探しましょう」
「…気分が悪くなったら言え」
「助かります」

ははっと笑いながら俺に背を向けて歩き出すシモンの後をゆっくりと付いていく。真っ直ぐ歩き丁字路を右に回ろうとして違和感に気付いた。

「ちょっと待ってください」
「どうした?」

シモンが足を止めて数歩戻り俺の側に来ると眉をひそめ俺を見る。
路なんか一本しかないだろうという視線だが、彼は気付いていないのだろうか。

「路が…」
「?」
「路が変わりました」
「何だと?」

俺の言葉に、眉間に寄せた皺が深くなった。そして正面を見て後ろを見る。

「変わった様子はないが?」
「直線の距離が変わったんです。短くなった」
「どういう…」
「あそこの光源、さっき通った時は二つでしたが今は一つしか見えないんです」
「何?」

シモンが光源に視線を向けると同時に俺も脳内マップを更新する。
見えるだけの範囲だからそれ程困ったことにはなっていないが、進んでいる最中に路が変わるのは勘弁願いたいなと思う。

「行きましょう」
「…分かった」
「入り口までの路が変わってないと願いたいですね」

はぁと溜息を一つ吐いてシモンを見れば「そうだな」と硬い声色で返される。
ダンジョンからの洗礼は俺にとってはささやかなものだったが、今後を考えると憂鬱になった。


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