事務職員として異世界召喚されたけど俺は役に立てそうもありません!

マンゴー山田

文字の大きさ
上 下
1 / 48

異世界召喚は突然に

しおりを挟む

「古宮さん、これを第一騎士団までお願いできますか?」
「分かりました」

はい!と手渡された両手いっぱいの書類。
どうしたらこんなに書類がたまるのか不思議だが、俺の仕事はそんな詮索ではない。この書類を届けることなのだ。

(第一騎士団は…と)

頭の中で地図を描きながら第一騎士団詰め所までの道のショートカットを描く。
俺は地図を覚えるのが得意だ。マップの把握能力が高い、というやつだ。
なので一度通った道と交差する道なんかは大体一度で覚えることができる。それは地図で見るだけでも可能だ。固定されている地図は勿論、ゲームなんかでよくあるランダムマップで似たような景色のものだとこの能力は真価を発揮する。
だから会社ではよくカーナビ扱いをされていた。免許は持ってるけど車がないから所謂ペーパードライバー。
それでも標識なんかは分かってるから外回り、とりわけ初めていく場所はよく助手席に乗って道案内をする。
もちろん一通や進入禁止等々の道路標識も覚えているから「そこ右です」とか「次の信号を左に回ってすぐ左折してください」などと案内をする。
カーナビは付いてるはずなんだけど、俺の方が指示が早いからという理由で今は俺がカーナビだ。
けれど車に乗っている間も業務時間だから俺は座って案内をするだけでいいから楽なんだけど。

正直パソコンと向き合っている時間の方が短いかもしれない。

そんな俺が出先の駐車場、しかも目の前でそこの会社の従業員と思われる制服を着た女性がなぜか光る地面に吸い込まれているという場面を目撃。
その意味の分からない状況に、おれはプチパニックを起こしながらも「助けて!」という女性従業員さんの声にハッとすると慌てて駆けだした。

「大丈夫ですか?!」
「助けて! 足が…!」

必死に伸ばすその手を掴み引っ張り出そうとするが、引き込まれていく方の力が強い。

(アリジゴクってこんな感じか?!)

なんて思いながらも綱引きのように腕を引っ張る。痛みで眉を寄せた女性だが、引きずり込まれるよりはマシなのだろう。
女性も必死に俺の手を握るが、終わりは突然だった。

「古宮?!」
「せんぱ…っ!」

ちょうど駐車場に来てくれた先輩の顔を見て、ほっとしたのがまずかった。
一瞬力が抜けたその時。
引き摺られる力が強くなり、女性の頭が光に消えた。そして俺もその引きずり込まれる力に抗えず、その女性の後を追うようにその光へと吸い込まれた。

最後に聞こえた先輩の声は分らなかった。



◆◆◆



どすん、と上から落ちた俺は強かに尻を打ちその痛みに目を閉じた。

「いっててて…」
「大丈夫ですか?」
「あ、はい。だいじょう…」

尻、というより腰を擦りながらかけられた声に「大丈夫です」と顔を上げれば、そこには先程の女性とその後ろにフードを被ったいかにも怪しい人物にびくりと肩を跳ねさせる。
俺の視線に気付いたのか「ああ」と困ったように笑いながらさっきとは逆に手を差し伸べてくれる女性。
その手を掴み、立ち上がらせてもらうとやはり腰が痛い。
痛む腰を擦りながら女性を見れば、薄暗いことに気付いた。光源は蝋燭…と光る何か。

「えっと…?」
「先程は助けていただこうとしてありがとうございます」
「あ…その…すみません」

ぺこりと頭を下げる女性に言葉の棘はない、純粋なお礼だろう。けれどもあの場所に俺じゃなくて先輩がいたなら助けられただろうかという思いがよぎり、素直に礼を受けとれない。
そんな俺のことなど知らない女性は「寧ろ巻き込んで申し訳ないです」と眉を下げた。

「あの…それよりここは?」
「ここは魔道具開発部だよ。ようこそ、異世界人さんたち」

その声は見た目に反して爽やかだ。
それにぱちりと瞬きをすると「まどう…ぐ?」と言いなれない言葉を口にすれば、女性も「はい、魔道具だそうです」と告げた。

「魔道具…ってなんですか?」
「魔道具はその名の通り、魔法が使える道具だね。魔法で便利なものを作り出すのがここ」
「は…はぁ」

魔法?
何を言ってるんだ?
そんなもの使えるはずがないだろう。

フードを被った男性に眉を寄せて「何言ってんだこいつ」という視線を向ければ、近くにあったものを一つ手に取るとそれを起動させた。

「うわっ?!」

それを腕につけた途端、男性の指先から炎が現れた。
簡単に言えば腕輪式のチャッカマンだな。ただし炎は指先から出る。
ゆらゆらと指先で揺れているその炎をあんぐりと口を開けたまま見ている俺を、その男性はからからと笑いながら火を消した。

「異世界じゃあ、魔法が使えないんだって? 不便な世界だな」
「……………」

きっとこの世界は魔法がない代わりに科学がないんだろうと思っていると、男性が「そうだ」と俺たちを見た。

「俺はハワード。ハワード・シュラウス。ここ、魔道具開発部、副主任をしている。あんたは?」
古宮ふるみや遥都はると、です」
「花村優奈ゆなです」
「あ、どうも。古宮です」
「花村です」

俺と花村さんが同時に礼をすれば、ハワードと名乗った男性が珍しそうに俺たちを見ている。
つい癖で名刺を取り出そうとしてカバンを探すが手にしていなかった。

そうだ女性を助けるために車から飛び出たからカバンは車の中だ。

それに気付いた女性が「名刺はお気になさらず」ところころと笑う。
すみません、と頭を掻きながらそう言えば口に手を当てて笑っていた。

「へぇ、異世界ではそうするのか。変な挨拶だな」
「…………」

そう言ってまたもやからからと笑うハワードに、俺たちは顔を見合わせる。

「あの、ここってどこなんですか?」
「ここ? ここはルーセントヌール国。んでここはそのほぼ中央にあるルーセントヌール城」
「城?」
「そうだよ。君たちの世界には城はないの?」
「城って…」
「おい! ハワード! いつまでしゃべってるんだ!」

ガチャリという扉が開いた音と突然聞こえた怒声に俺はぎょっとすると、ドアの前にはハワードよりも背の高いフードを被った男性。
男性だと判断できたのはその渋い声。段ボールに隠れてそうなキャラの渋いイケオジ声だったからだ。
そのイケオジ声の男性が俺たちを見ると「早くしろ!」と怒鳴られる。

ええー…普通に怖いんだけど…。

俺が委縮していると、花村さんはケロッとしている。思わずまじまじと見ていると「ああいう人、たまにいますから」と眉を下げて笑う。

あれ? もしかして花村さんって…。

「んじゃいきますか。今日が期限なのがたくさんあるからね」
「期限?」

何の?という俺の質問に、花村さんは心当たりがあるのか眉間にしわを寄せた。

ああ、せっかく美人なのに…。

「はいはい。じゃあ出ようか」とハワードさんに背中を押されて強制的にドアから出されれば、そこにあったのは机に積まれた山のような書類。
思わず「はえー…」と感心してしまう程の書類に、花村さんの眉間の皺がどんどんと深くなる。

「お前らを呼んだのはこの書類を処理してもらうためだ! 分ったらさっさと取りかかれ!」

はい?
今、なんて?

「と、言うわけでここら辺の書類、今日の土の刻までに終わらせなきゃいけないんだよね」
「土…?」
「ああ、え…っと」

えーっと、と言いながら指を折りながら数を数え始めたハワードに少しの不安を覚える。
そして数を数え終わったハワードが「そうだそうだ!」と俺たちを見て、にっこりと笑う。

「20時までに終わらせなきゃいけないんだ!」
「20時って…」

ハワードの言葉に腕時計を見れば、もうすぐ15時を示す。
おやつの時間だが、そんなものは期待していない。だが外に出た時は会社に戻る前に喫茶店に寄って何かしら食べたり飲んだりして帰る俺としてはおやつという表現が正しいのかもしれない。

そんな時間から約5時間で山のように積まれた書類を処理しろと?!
というか俺たち文字が読めるかどうかも分らないのに?!

「文字はたぶん大丈夫。ほら、今もこうして会話できてるだろ?」
「はぁ…」
「ハワード! お前も書類に取りかかれ!」
「はいはい、分かりましたよっと」

イライラとしているさっき怒鳴りつけたイケオジ声がそう叫ぶと、ハワードがやれやれと肩を竦めた。
すると、今まで黙って見ていた花村さんがすっと一歩前に出ると一番上の書類を手にして瞳を左右に動かす。そしてカッと瞳を見開いたかと思えば次々と書類を手にしていく。

え、怖い。

「古宮さん!」
「ふぁい?!」

目つきが変わっている花村さんに気迫ある声で名前を呼ばれ、しゃきんと背を伸ばすと俺をじっと下から見上げてくる。

「今日期限の物を分けてください」
「え、あ、はい」
「あ、机はこっちの使ってねー」

ハワードが言うや否や花村さんがきょろ、と周りを見渡す。

「資料はこっち」
「失礼します」

書類に埋もれてて気付かなかったけど俺の横の棚、資料置き場だったんだ?
すると花村さんがさくさくと資料を手にし、ハワードが言っていた机に座るとものすごい勢いで資料をめくり始めた。

「ペンは…使えそう?」
「使えそうなのではなく、使います」

瞳を左右に動かしながらそう告げる花村さんは鬼気迫るものがある。
やっぱり花村さんは事務職だったか…。かくいう俺も元は事務で採ってもらったが、今は俺専用の机すらない状態だ。

まぁ…机に座ってるより助手席に座ってる方が多いからなぁ…。

仕事を始めてしまった花村さんの邪魔をしないようにどうしようかと思っていると、ばたばたと外が騒がしくなった。
何だ?と思うよりも早くノックもなしにやはり扉が勢いよく開いた。

「おい! さっきの光はなんだ!」

怒鳴りながら入ってきたのはやはりイケオジ…ではなく、若い男性だ。
ハワード…はローブ?を着ているから服装は分らないが、腰に剣を下げているから騎士か? それとも兵士?
じっと怒鳴りこんできたその人を見ていれば、彼のつり上がった瞳が俺に向いた。

「もー、そんな怒んないでよー」
「怒るに決まっているだろう! 今度は何をした!」

ずかずかと俺たちに向かって距離を詰めるその人に俺は「え? え?」とハワードの顔を見る。
すると彼はあろうことか俺の背後にささっと回り、まるで盾のように俺を突き出す。
すると目の前には怒りを露わにしている美形。
所謂イケメンがものすごい視線で俺を見下している。

ちょっと待て。

俺だって何でここにいるか聞いてないんだけど?

「ハワードさん、俺もなんでここにいるか分らないんですけど?!」

これは好機だとイケメンの言葉を借りてハワードにそう問えば、にんまりと笑った。
その笑みにいささかの不安を覚えながらハワード見つめる。

「何って…事務処理が滞ってたからちょーっと異世界から事務処理が得意な人間を呼んだだけだよ?」

けろりとそう言い放つハワードに俺はめまいを覚えた。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。 間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。 多分不具合だとおもう。 召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。 そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます ◇ 四巻が販売されました! 今日から四巻の範囲がレンタルとなります 書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます 追加場面もあります よろしくお願いします! 一応191話で終わりとなります 最後まで見ていただきありがとうございました コミカライズもスタートしています 毎月最初の金曜日に更新です お楽しみください!

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

新訳 美女と野獣 〜獣人と少年の物語〜

若目
BL
いまはすっかり財政難となった商家マルシャン家は父シャルル、長兄ジャンティー、長女アヴァール、次女リュゼの4人家族。 妹たちが経済状況を顧みずに贅沢三昧するなか、一家はジャンティーの頑張りによってなんとか暮らしていた。 ある日、父が商用で出かける際に、何か欲しいものはないかと聞かれて、ジャンティーは一輪の薔薇をねだる。 しかし、帰る途中で父は道に迷ってしまう。 父があてもなく歩いていると、偶然、美しく奇妙な古城に辿り着く。 父はそこで、庭に薔薇の木で作られた生垣を見つけた。 ジャンティーとの約束を思い出した父が薔薇を一輪摘むと、彼の前に怒り狂った様子の野獣が現れ、「親切にしてやったのに、厚かましくも薔薇まで盗むとは」と吠えかかる。 野獣は父に死をもって償うように迫るが、薔薇が土産であったことを知ると、代わりに子どもを差し出すように要求してきて… そこから、ジャンティーの運命が大きく変わり出す。 童話の「美女と野獣」パロのBLです

【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件

白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。 最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。 いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。

俺の推し♂が路頭に迷っていたので

木野 章
BL
️アフターストーリーは中途半端ですが、本編は完結しております(何処かでまた書き直すつもりです) どこにでも居る冴えない男 左江内 巨輝(さえない おおき)は 地下アイドルグループ『wedge stone』のメンバーである琥珀の熱烈なファンであった。 しかしある日、グループのメンバー数人が大炎上してしまい、その流れで解散となってしまった… 推しを失ってしまった左江内は抜け殻のように日々を過ごしていたのだが…???

失恋して崖から落ちたら、山の主の熊さんの嫁になった

無月陸兎
BL
ホタル祭で夜にホタルを見ながら友達に告白しようと企んでいた俺は、浮かれてムードの欠片もない山道で告白してフラれた。更には足を踏み外して崖から落ちてしまった。 そこで出会った山の主の熊さんと会い俺は熊さんの嫁になった──。 チョロくてちょっぴりおつむが弱い主人公が、ひたすら自分の旦那になった熊さん好き好きしてます。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

処理中です...