ヒノ

ひげん

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第一章

転生

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「…まあ、そんなわけで君は死んだのじゃ」

「はぁ…そうですか」

今、目に前に立っているのが…浮いているのが神様らしい。
というより、俺は死んだらしい…
工事現場の落下事故に遭ったあと病院に運ばれて…気が付けば雲の上のような場所に。

勉強も運動も、何を努力しても報われず、バイトで暮らす底辺の人生…
楽しいことがほぼなかった33年の人生が終わったのか…

しかし、神様って割とイメージ通りの姿だな。
白い服に白髪と長いひげ。

「私はこれかどうなるのでしょうか?」

「特に決まっておらんよ」

「決まってないんですか!じゃあ、天国とかには行けたりします?」

「それはちょっとな…天国はわしの家じゃからな。他人を家に上げるのはな…わしにもプライベートがあるからの」

「天国はマイホームなんですか…」

「君は消滅か転生かのどっちかを選べるよ」

「消滅はちょっといやなので、転生でお願いします」

「そうか。転生したい希望の世界はあるかね?ちょっとした事情で君を元の世界に転生させられないんじゃよ」

「元の世界はだめなんですか?」

「うむむ、お前はちょっとした転移の実験じゃったから、元の世界に戻すと歪が生まれるんじゃよ」

「もしかして私はその実験のために死んだんですか?」

「いやいやいやいや、お前は…ちゃんとお前の運命通りに死んだよ…本当じゃよ」

「なんか怪しいですね。まあ、神様だから何してもいいんでしょうけど…」

「なんか嫌な攻め方をしてくる奴じゃの。だから代わりにってわけじゃないが、ある程度は君の望みは叶えるよ」

「魔法とか竜とかが存在するファンタジーな世界に転生させてくれることも出来るんですか?」

「え?普通はもっと未来チックな進んだ世界で楽しく過ごそうと思うんじゃがな。わざわざ危険で苦労が多い世界がいいのか?」

「いや、なんか…定番なのかと思いまして…」

「うむむ、そういえばずいぶん昔に創ってそのまま放置しておった世界があったような…」

「世界って何個も持っているんですか?」

「若気の至りでな、意味もなくいっぱいつくった時期があっての。その時に君の言うファンタジーな世界もつくったんじゃが、思ったより魔法が安定する世界は難しくてのう、その内飽きてしまってずっと放置していたんじゃ」

「…やりたい放題なんですね」

「わしも若かったからのう。おお、これじゃこれじゃ。この世界には確かに魔法とか竜とかちゃんとあるぞ」

「おお。じゃ、それでお願いします」

「なんか冷めた感嘆じゃな。感情の起伏が乏しいのか君は。まあいいわい。よしこれにっと。他になにか要望とかはあるかね?王様になりたいとか金持ちになりたいとか」

「うむむ、王様は業務とか政略戦争とかが大変そうでちょっといやですね、金持ちも…最初から金持ちだとなんか歪みそうだしな、俺の性格だと…」

「お前、意外といいやつじゃな」

「うむむ。そうですね…早々に死にたくないので死に難い体にしてもらえたらと、あと頑張れば伸びるような人にしてほしいですね。前の人生では努力があまり報われなかったので」

「そっかあ、わかった…これでよしっと。あとは君次第じゃ。準備はいいか?」

「はい。お願いします。なんか、いろいろありがとうございました」

「ふぉふぉ。わしも久ぶりに人と話せて楽しかったわい。じゃあ、頑張れよ。ほいっ」



おお、一瞬で移動したな。すごい…

気が付けば、どこかの浜辺にいた。

というか、転生って赤ん坊からじゃないのか…
あれ?身長が少し低いし、手足も小さい…声も若い…
というより子供だ…
まあ、いいか…しかし、すごい体験だったな。これから第二の人生が始まるのか。

「おおい!君大丈夫?」

女性の声が聞こえ振り返ると20半ばくらいの女性が手を振ってこちらに歩いて来るのが見えた。オレンジ色の長い髪に白い肌、綺麗な人だ。

「君、こんなところで何してるの?親は?」

うむむ、どうしたものか。本当のことはさすがに言えないしな。
ここは海で遭難して記憶がないということにしとこうか…

「船が遭難したような記憶があるんですけど」

「この周辺に船なんてなかったけど…遠くから流されてきたのかな」

「すいません、遭難にあった以外の記憶がなくて…」

「そっかあ…よかったらうちにくる?食べ物あるわよ。お腹すいてるんじゃない?」

「ありがとうございます。すみません、お腹結構すいてます」

綺麗な女性は俺を見て優しく微笑んだ。いい人なのが表情からにじみ出ていた。

少し気が引けるが、本当の事はさすがに言えないしな…
遭難して記憶喪失になったと押し通すしかない…

「あたしはナヴィ。あなたは?」

「日野です」

「ヒノ君か」

ナヴィさんは見ず知らずの俺の手を握って、歩幅を合わせくれながら浜辺を後にした。まるで子供に接するかのように優しく丁寧に俺を扱ってくれた。

というか、俺は子供に見えてるんだろうな…

少し歩いた先に数軒の家とその近くに小舟や網などがある。家の前を通り過ぎると、物干し竿のような木の棒からひもを通された魚が干されてあった。どうやら小さな漁村ようだ。

そこからさらに歩くと、数十軒の家が立ち並ぶ小さな集落があった。その中の一つがナヴィさんの家だった。ナヴィさんは俺の手を引きながら家の中に入っていき、テーブルの横にある椅子に俺を座らせた。そして、彼女はご飯の支度をしながら、この村について教えてくれた。

ここはダイレ村という100人くらいの小さな漁村で、隣のイシル村と共に漁だけで生計を立てていた。ジグル男爵という貴族が領主で、村人に優しく人望があるらしい。

というかこの国は貴族社会のようだ。まあ、ファンタジーの世界ってだいたいそうだよね…

男爵の長男イグルがこの村の村長をしており、村の魚製品の販売を担当しているが、ここから少し歩いた先にある小さな丘の上に住むバルというじいさんがこの村をまとめているのだそうだ。隣のイシル村も、男爵次男ミグルが村長をやっているが、実際は他の老人が村人をまとめているらしい。そして、1000人規模のルハンという町がここから二時間ほど歩いた先にあるという。遠くのエルンという市から二週間に一回ほど商人が干し魚を買い取りに訪れる時にしか、ここでは買い物出来ないので、海産物以外の食料などはルハン町に行くしかないのだとか。そして、ここジグル男爵領土はラグナ王国のレオルド辺境伯爵という大貴族の領土の中にあるという。一応、国の宗教は月神教という一神教らしいが、田舎の地域ではそれほど信仰されていないようだった。

ナヴィさんは現在25歳で、10年前に結婚した夫が5年前に病気で亡くなってしまったらしい。
それから一人で住んでいて、村で捕れた魚などの加工をして生計を立てているとのこと。いろいろと苦労をしたようだが、それを少しも見せずに力強く生きていた。

そうしているうちに、ナヴィさんの料理が完成した。ラタという魚のスープとパンだ。

おお、なんか感動するな…よく中世の映画とかでみた食事だ。昔からひそかに憧れていたからな。

何気なく手渡されたこの木のスプーンも新鮮だ。よく見ると皿も木製だ。魚のうまみがしっかり出ていておいしいスープだった。パンは少し、というよりかなり固くスープにつけてからでないと噛み切れなかった。食事のあと少しお話をして、ベッドの上でナヴィさんの隣で寝入った。

次の日、魚の商品を届けつつ、その他にもちょっとした用事があるというナヴィさんを手伝いながら町に行った。ルハン町は周辺の漁村と農村の中心地で、町の中ほどには大きな広場と時計台があった。広場には青果市場やダイレ村の海産物などが売られていた。そして、ちょっとした日常用品や衣服を売っている店も数軒並んでいた。

ナヴィさんは、友人に会ってくるから、その間この周辺を散策してみてはと言われ、二時間後に時計台の前で待ち合わせをして別れた。その際、銅貨一枚をお小遣いとして俺にくれた。

広場を中心に並んでいる店を歩きながら見ていくと、店の前にはそれぞれ雑貨屋や薬屋、癒し屋という看板があった。癒し屋という響きに少し怪しさを感じ、中に入ることが出来なかった。

あれ?普通に違和感なく看板とか読めるな。明らかに違う文字だが理解できるし、書こうと思えば書ける…ありがとう神様…

ぶらぶら歩きながら物色してみたが、銅貨一枚で買えるものは何気に少ない。野菜一本とかいらないし…

さらにしばらく見ていくと、青果屋台で売っているラーズの果実汁というものが銅貨一枚で買えた。酸味と甘みがちょうどよく口の中に広がり、後味も香り豊かでおいしい。ほどよく滑らかで飲みやすいざくろのジュースみたいだ。機会があれば是非また飲んでみたいと思わせる味だった。ジュースいっぱい銅貨一枚ってことは、だいたい100円に近い価値なのだろう。

中心から少し外れて歩いていると、冒険者ギルドという看板があった。少し感動しながら中に入るとテーブルが八つに受付のカウンターがある。ご飯を食べてる人もいるので、レストランも兼ねているようだ。

「すいません、レベルの鑑定お願いしてもいいですか?」

カウンターの前で立っている男が受付の女性に聞いた。

「はい、銅貨3枚になります」

おお、レベルの鑑定か。さすがファンタジー…というかファンタジーゲームか…

しばらくして、受付の女性が何かを男に渡した。男は明らかに浮足立ってギルドから出て行った。きっと良い鑑定結果だったのだろう。

ちょっと聞きたかったが…他の人がいる前で口頭で言うわけないもんな。個人情報だし…

少し残念だった俺はいろいろ聞いてみようと思い、カウンターの方に行ってみた。受付の横に掲示板があり、少し厚手の木の皮みたいな素材に書かれた依頼書が何枚か貼ってあった。

俺が知る普通の紙はやはり高価なものなんだろうか…

*ダイレ村西の森でトレントの目撃情報あり討伐希望 報奨金 銀貨15枚
*イシル村とエルン市 往復護衛 報奨金 銀貨25枚 (5日間)
*イシル村とサルカルド市 往復護衛 報奨金 銀貨40枚 (5日間、女性希望)

などの依頼が掲示板に貼ってあった。全体的に護衛の依頼が多いようだ。銀貨1枚は銅貨10枚ということを考えても、報酬が高いのかどうかがわからなかった。

「いらっしゃい、坊やは近くに住んでるの?」

カウンターから受付の女性が話しかけてきた。20代前半で可愛い人だった。自分が可愛いと少し分かっていて、それを効果的に使っていそうな魔性の雰囲気をほんのり醸し出している。なんだか、おっさんみたいな見方をしてしまったが、男のお客が多そうな冒険者には効果絶大だろう。

「ダイレ村から来ました。初めて町に来たのでいろいろと見て回っていたんです」

「へえ、初めてなんだ。君が見ている掲示板にはこの冒険者ギルドへの依頼の内容が書いてあるのよ」

「このトレントってなんですか?」

「え?」

誰でも知っている当たり前の物なのかな…

この世界の常識をあまりに知らない俺は、少し恥ずかしく感じながら、

「すいません、いろいろ疎くて、このトレントについて教えてもらえませんか?」

「いや、そうじゃなくて読めるのですか?」

「え?はっ、はい、読めます」

うん?この世界では誰もが読めるわけではないのか…

「すごいですね。その年で文字が読めるなんて」

受付の女性は驚いたあと、何かを思い立ったように急に目を大きく開けながら、

「坊や、ここで少し働く気はない?前に働いてた人が結婚して遠くの町に行くことになっちゃって、代わりの人を探してたの」


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