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174.この人の前にいられることの幸福*

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 耳を欹てる。心臓が早鐘を打つ。体の中心がどくどくいっている。じっとしていると、自分の五感が鋭敏になっているのを感じた。触れ合っているところに熱がこもって溶けてしまいそうだった。

「……失礼しました。あゆたさんのフェロモンちょっと漏れてますね」
「うん、そうかも……、興奮してきたのかな」

 上体を持ち上げて八月一日宮があゆたを見下ろしてくる。その額に汗が浮いている。こんな時でも八月一日宮は綺麗だ。胸がきゅんとする。この男に抱かれるのか。

「初めて、ですよね」

 真剣な目に気圧されそうになる。あゆたは頷いた。

「……、う、……うん」

 今さら尻込みしたりしないが、改めて言葉にされると顔の熱さが増した。

 八月一日宮があゆたを抱く覚悟を決めた。

 自分も八月一日宮に抱かれる覚悟を決めている。

「ゆっくり、行きましょう。怖かったらそこでストップ。無理はしない」

 額にかかる前髪を撫であげられた。気持ちよくてあゆたは目を細めた。

「うん、お互いに、な」

 八月一日宮はしばし黙り込んだ。何かを確かめるような真剣なまなざしをあゆたに注いだ。

「八月一日宮?」

 沈黙にあゆたが彼の背中に回した手でタップすると、八月一日宮はくしゃりと顔を歪めた。

「……間に合って、本当によかった」

 今更ながら実感がこみ上げてきたのか、八月一日宮は噛み締めるように言った。

「うん、ありがとう、ほんとうに。ありがとう。お前のおかげだよ」

 八月一日宮のおかげで、あゆたは何事もなくこうやって彼の前にいることができる。

 あそこで信善の思惑通り事が運んでいれば……。想像するだけでぞっとした。自分の体に回る腕が嬉しくて、あゆたもしがみ付く。

「好きです、あゆたさん」

 囁きが落とされて耳たぶ、こめかみとキスをされた。

「あなたとの、大事な初めてです。ヒートでわけわからないまま終わりたくなかった」

 指の一本一本を組み合わせるようにして手を握り直す。

「ちゃんと憶えておいてくださいね。あなたのアルファは俺です」
「……うん」

 八月一日宮の顔面の良さに耐えかねて、顔が発火しそうに赤くなった。
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