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142.次期当主
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「そんな都市伝説を信じるとでも思うのか? 大人を舐めるな」
八月一日宮は冷笑した。
「……あなたは運命に出会えなかったんですね。かわいそうに」
「な?!」
信善は絶句して口をぱくぱく開け閉めした。
言うべきことは言ったというふうに八月一日宮は鼻を鳴らした。
開けっ放しのドアがノックされた。
あゆたは弾かれたようにそちらを見た。
「ちょっと、八月一日宮くん、僕を置いて行かないで」
余程急いだのかさらさらの髪を乱したまま信夫がぼやいていた。
「もう、八月一日宮くん、勝手にさっさと行っちゃわないでくれよ」
「信夫……」
あまりに平生通りの信夫の言いぐさにあゆたは緊迫がどっと緩むのを感じた。
視界がくらりと揺らいだ。体も心も疲れていて、立っている脚が震えそうになっている。
八月一日宮がすぐにあゆたの様子を感じ取ってくれて、支えるように肩を抱いてくれた。
長い腕の確かな強さと、寄り添ってくれる優しい香り。あゆたは息を吸った。心地よい八月一日宮の匂いにざわついた神経が和らぐ。
「信善さん。こんにちは。出張でマカオにいらしたんじゃないんですか?」
にこにこ笑う信夫に、何故か信善は後ずさりした。
「よ、予定が変わった」
「へぇ、それなら僕の秘書にも連絡してくださいよ。尤も、どの面下げて、って話ですけど」
瞼を半ば閉じながら、信夫は長い睫毛の際からちろりと信善を見下ろす。
「信夫?」
こういう状況なのに今になって、あゆたはいつのまにか信夫が信善の身長を越していることに気づいた。
「接待でカジノを使うのは、まあよくある話なんでいいんですけどね、信善さん、この半年間であちらのカジノのお得意様になったみたいですね」
「な、なんのことだ?」
「去年の十二月から今年の五月まで、子会社経由で随分とお金を引き出してますよね」
「っ……、それは、親会社の新しい事業の為の融資で」
「へぇ、融資なんですね。おかしいな。僕のほうへ稟議書回って来てないようですけど。どこかで止まってるんですかねぇ? 不思議ですねぇ? のっぴきならぬ事情でもあるんでしょうか、共同経営者の僕に言えないような?」
梅渓はいくつかの事業をしているが、あゆたには関係ないから経営の内実や繋がりなどは一切知らされていない。次期当主の信夫は高等部に上がる前から少しずつ勉強し、経営に携わっていた。
「ちょっと気になって、うちのグループ内のお金の流れを洗ってみたんですよ」
白い指を考えるように顎に添え、信夫は唇をすぼめる。学校に通いつつ、会社のほうも滞りなく運営する。あゆたは内心で舌を巻いた。ちっとも知らなかった。きちんと財務表などを確認しているらしかった。
「それぞれの子会社の取締役会の決議や賃借契約書が見つからなかったんですよね。事業として杜撰にもほどがある。しかも融資先である信善さんの、使途も不明瞭でした」
「だから、新しい事業と、接待で、交際費だ!」
語尾に被せるように信善は言い放った。しかし信夫は気にもかけずに続ける。
八月一日宮は冷笑した。
「……あなたは運命に出会えなかったんですね。かわいそうに」
「な?!」
信善は絶句して口をぱくぱく開け閉めした。
言うべきことは言ったというふうに八月一日宮は鼻を鳴らした。
開けっ放しのドアがノックされた。
あゆたは弾かれたようにそちらを見た。
「ちょっと、八月一日宮くん、僕を置いて行かないで」
余程急いだのかさらさらの髪を乱したまま信夫がぼやいていた。
「もう、八月一日宮くん、勝手にさっさと行っちゃわないでくれよ」
「信夫……」
あまりに平生通りの信夫の言いぐさにあゆたは緊迫がどっと緩むのを感じた。
視界がくらりと揺らいだ。体も心も疲れていて、立っている脚が震えそうになっている。
八月一日宮がすぐにあゆたの様子を感じ取ってくれて、支えるように肩を抱いてくれた。
長い腕の確かな強さと、寄り添ってくれる優しい香り。あゆたは息を吸った。心地よい八月一日宮の匂いにざわついた神経が和らぐ。
「信善さん。こんにちは。出張でマカオにいらしたんじゃないんですか?」
にこにこ笑う信夫に、何故か信善は後ずさりした。
「よ、予定が変わった」
「へぇ、それなら僕の秘書にも連絡してくださいよ。尤も、どの面下げて、って話ですけど」
瞼を半ば閉じながら、信夫は長い睫毛の際からちろりと信善を見下ろす。
「信夫?」
こういう状況なのに今になって、あゆたはいつのまにか信夫が信善の身長を越していることに気づいた。
「接待でカジノを使うのは、まあよくある話なんでいいんですけどね、信善さん、この半年間であちらのカジノのお得意様になったみたいですね」
「な、なんのことだ?」
「去年の十二月から今年の五月まで、子会社経由で随分とお金を引き出してますよね」
「っ……、それは、親会社の新しい事業の為の融資で」
「へぇ、融資なんですね。おかしいな。僕のほうへ稟議書回って来てないようですけど。どこかで止まってるんですかねぇ? 不思議ですねぇ? のっぴきならぬ事情でもあるんでしょうか、共同経営者の僕に言えないような?」
梅渓はいくつかの事業をしているが、あゆたには関係ないから経営の内実や繋がりなどは一切知らされていない。次期当主の信夫は高等部に上がる前から少しずつ勉強し、経営に携わっていた。
「ちょっと気になって、うちのグループ内のお金の流れを洗ってみたんですよ」
白い指を考えるように顎に添え、信夫は唇をすぼめる。学校に通いつつ、会社のほうも滞りなく運営する。あゆたは内心で舌を巻いた。ちっとも知らなかった。きちんと財務表などを確認しているらしかった。
「それぞれの子会社の取締役会の決議や賃借契約書が見つからなかったんですよね。事業として杜撰にもほどがある。しかも融資先である信善さんの、使途も不明瞭でした」
「だから、新しい事業と、接待で、交際費だ!」
語尾に被せるように信善は言い放った。しかし信夫は気にもかけずに続ける。
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