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101.知らない温度
しおりを挟む「僕たち、きっとうまくいくよ」
鼻腔をくすぐる何かを感じた。
馬鹿な。
そんなはずはないと思いつつ、不意に走った気味の悪さにあゆたは思わず眉をひそめた。
オメガであることをかさに着て、誘惑するようなフェロモンが少し滲み出ているような気がしたのだ。
こんな学校の、アルファとふたりきりの教室で、あからさまに発情しても構わないというようにアルファを誘う行為は、褒められた態度ではなかった。それともアルファからすれば、それだけ必死なのだというアピールを好ましく思うのだろうか。
アルファは。
――八月一日宮は。
反射的に嫌だと思った。心音は鳴りやまない。頭の芯が溶かされたゴムのようにぐにゃぐにゃに乱れている。
いやだ。
見たくない。
引き返すチャンスはいくつもあった。それでもあゆたは動けなかった。
これ以上は無理だ。
今度こそ、震えながらあゆたは屈んでいた足をそろそろと延ばした。
「あはは、気持ち悪い」
乾いた笑い声だった。
あゆたは今度こそぎょっとした。
八月一日宮の笑い声なのに、まるで別の何かに操られてしゃべらされているかのように聞こえたからだ。
(ほづみや?)
あゆたは弁当箱がただ一つの命綱でもあるように抱き締めた。
「俺、そういうの間に合っているんで」
にべもなく断る八月一日宮は容赦なかった。
自分に言われているわけではないのに、胃が竦むようになった。
聞いたことのないような、冷たい声だった。
こういう言い方もできるのか。驚愕にあゆたは胸がどきどきした。
弟が甘えるようにあゆたに拗ねてみせたり、障害物があればあゆたが何か言う前にひょいっとどかしてくれる八月一日宮。
有無も言わさずおんぶするくせに、あゆたの機嫌をちらちら窺ってくる八月一日宮。
あゆたの知っている八月一日宮はいつもあゆたに優しかった。
「八月一日宮くん?」
戸惑いもするだろう。あゆたにも蜂須賀の困惑が伝わってくる。あゆただって自分の耳を疑った。
八月一日宮の声は冷え冷えと続いた。
「そういうの、やめたほうがいいですよ。わざとらしいですし、自分の価値を自分で下げる」
瞬間、蜂須賀の薔薇色の頬は無残に青ざめた。
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