上 下
78 / 202

77.一緒に食事をするのは心を許している徴

しおりを挟む

「もっと聞きたいです」
「うん」

 そう率直に言ってくれる八月一日宮が嬉しそうで、あゆたはどういう顔をしていいかわからずもぐもぐと口の中で呟いた。

 ケイトウの華やかな雰囲気に負けない八月一日宮の笑顔が胸に染みてくる。

 秋晴れの空が広い日の鮮やかな微笑を、あゆたはこれからもずっと憶えているだろう。

(誰かとお出かけって、めちゃくちゃ楽しいな……)

 誰かと――否、八月一日宮と一緒だからだろう。あゆたのおもしろくもない与太話でも優しく聞いて受け止めてくれる。

 交友関係の広い八月一日宮には改めて告げるのも気恥ずかしく、くすぐったさを抱えたまま、あゆたは八月一日宮と手を繋いでいた。





            ⁑



 
 結局、店を予約した一時半ぎりぎりまで植物園を堪能した。なんとなく手を繋いだままぶらぶら並んでいる。植物園の正門へ戻り、台地の谷底が以前は川で今は大通りになっているらしい道を進む。

 信夫のおすすめの蕎麦屋は、駅と植物園を結ぶあの桜並木の坂道の手前、角を曲がった大通りから路地に入った静かな場所にあった。

 たぶん近所の人たちに愛されて続いてきたのだろうというこじんまりとした店構え。青い暖簾に白く染め抜いた屋号はひっそりしているが、そういう地味なところに気負いのない味の自信を感じた。

「ここ、蕎麦屋なんだけど秋と冬の鴨鍋がおいしいらしくて、しかも二人以上でしか食べられないそうなんだ」

 さほど親しくない先輩と鍋をつつくなど、潔癖な人間なら避けたいだろう。しかしこの一週間の昼食で八月一日宮は大丈夫だと確信している。自分の食べかけをあゆたに食べさせたり、あゆたの食べているものを横から掠め取るような奴が潔癖症なはずがなかった。

 二人並んでは通れない一枚の引き戸はからからと軽やかに開いた。店の奥からおかみさんらしい中年の女性がいらっしゃいませと愛想よく迎えてくれる。

 二十人も入れば満杯になりそうな、テーブル席がいくつかあるだけの簡素さだった。手書きのお品書きが壁に貼られ、一輪挿しには小さな花がぷふぷふと咲いていた。

 掃除が行き届いている。奥の厨房の一部はガラス張りになっていて、そこで蕎麦を打っている姿が見えた。

 昼時のピークを過ぎたおかげか、あゆた達以外には一人客がぽつぽつ座っているのみだった。案内されるまま窓際の席へ、八月一日宮に背中をそっと促されて壁際の作り付けの椅子へ腰をかけた。

 テーブルが小さくて、八月一日宮の長い足は窮屈そうだった。こつんと互いの爪先がぶつかる。えへへと微笑み合いながら、気にしないことにする。むかいに座る八月一日宮は物珍しそうに店内を眺めている。

(社長令息には庶民的すぎたか……)

 かといって、ほどほどの店というものが見当もつかない。高校生がどういう店で食事をするのか信夫に相談したらここを教えてくれた。ここならあゆたさんもお腹が膨れますと請け負われ、すぐにその提案に飛びついたのだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

君は俺の光

もものみ
BL
【オメガバースの創作BL小説です】 ヤンデレです。 受けが不憫です。 虐待、いじめ等の描写を含むので苦手な方はお気をつけください。  もともと実家で虐待まがいの扱いを受けておりそれによって暗い性格になった優月(ゆづき)はさらに学校ではいじめにあっていた。  ある日、そんなΩの優月を優秀でお金もあってイケメンのαでモテていた陽仁(はると)が学生時代にいじめから救い出し、さらに告白をしてくる。そして陽仁と仲良くなってから優月はいじめられなくなり、最終的には付き合うことにまでなってしまう。  結局関係はずるずる続き二人は同棲まですることになるが、優月は陽仁が親切心から自分を助けてくれただけなので早く解放してあげなければならないと思い悩む。離れなければ、そう思いはするものの既に優月は陽仁のことを好きになっており、離れ難く思っている。離れなければ、だけれど離れたくない…そんな思いが続くある日、優月は美女と並んで歩く陽仁を見つけてしまう。さらにここで優月にとっては衝撃的なあることが発覚する。そして、ついに優月は決意する。陽仁のもとから、離れることを――――― 明るくて優しい光属性っぽいα×自分に自信のないいじめられっ子の闇属性っぽいΩの二人が、運命をかけて追いかけっこする、謎解き要素ありのお話です。

しのぶ想いは夏夜にさざめく

叶けい
BL
看護師の片倉瑠維は、心臓外科医の世良貴之に片想い中。 玉砕覚悟で告白し、見事に振られてから一ヶ月。約束したつもりだった花火大会をすっぽかされ内心へこんでいた瑠維の元に、驚きの噂が聞こえてきた。 世良先生が、アメリカ研修に行ってしまう? その後、ショックを受ける瑠維にまで異動の辞令が。 『……一回しか言わないから、よく聞けよ』 世良先生の哀しい過去と、瑠維への本当の想い。

ハッピーエンド

藤美りゅう
BL
恋心を抱いた人には、彼女がいましたーー。 レンタルショップ『MIMIYA』でアルバイトをする三上凛は、週末の夜に来るカップルの彼氏、堺智樹に恋心を抱いていた。 ある日、凛はそのカップルが雨の中喧嘩をするのを偶然目撃してしまい、雨が降りしきる中、帰れず立ち尽くしている智樹に自分の傘を貸してやる。 それから二人の距離は縮まろうとしていたが、一本のある映画が、凛の心にブレーキをかけてしまう。 ※ 他サイトでコンテスト用に執筆した作品です。

【BL】僕の恋人1

樺純
BL
エニシ&ヒュウのほのぼのラブストーリー♡エニ&ヒュウの日常ラブストーリーをお楽しみください。

その溺愛は伝わりづらい

海野幻創
BL
人好きのする端正な顔立ちを持ち、文武両道でなんでも無難にこなせることのできた生田雅紀(いくたまさき)は、小さい頃から多くの友人に囲まれていた。 しかし他人との付き合いは広く浅くの最小限に留めるタイプで、女性とも身体だけの付き合いしかしてこなかった。 偶然出会った久世透(くぜとおる)は、嫉妬を覚えるほどのスタイルと美貌をもち、引け目を感じるほどの高学歴で、議員の孫であり大企業役員の息子だった。 御曹司であることにふさわしく、スマートに大金を使ってみせるところがありながら、生田の前では捨てられた子犬のようにおどおどして気弱な様子を見せ、そのギャップを生田は面白がっていたのだが……。 これまで他人と深くは関わってこなかったはずなのに、会うたびに違う一面を見せる久世は、いつしか生田にとって離れがたい存在となっていく。 【7/27完結しました。読んでいただいてありがとうございました。】 【続編も8/17完結しました。】 「その溺愛は行き場を彷徨う……気弱なスパダリ御曹司は政略結婚を回避したい」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/962473946/911896785 ↑この続編は、R18の過激描写がありますので、苦手な方はご注意ください。

運命の息吹

梅川 ノン
BL
ルシアは、国王とオメガの番の間に生まれるが、オメガのため王子とは認められず、密やかに育つ。 美しく育ったルシアは、父王亡きあと国王になった兄王の番になる。 兄王に溺愛されたルシアは、兄王の庇護のもと穏やかに暮らしていたが、運命のアルファと出会う。 ルシアの運命のアルファとは……。 西洋の中世を想定とした、オメガバースですが、かなりの独自視点、想定が入ります。あくまでも私独自の創作オメガバースと思ってください。楽しんでいただければ幸いです。

恋のキューピットは歪な愛に招かれる

春於
BL
〈あらすじ〉 ベータの美坂秀斗は、アルファである両親と親友が運命の番に出会った瞬間を目の当たりにしたことで心に深い傷を負った。 それも親友の相手は自分を慕ってくれていた後輩だったこともあり、それからは二人から逃げ、自分の心の傷から目を逸らすように生きてきた。 そして三十路になった今、このまま誰とも恋をせずに死ぬのだろうと思っていたところにかつての親友と遭遇してしまう。 〈キャラクター設定〉 美坂(松雪) 秀斗 ・ベータ ・30歳 ・会社員(総合商社勤務) ・物静かで穏やか ・仲良くなるまで時間がかかるが、心を許すと依存気味になる ・自分に自信がなく、消極的 ・アルファ×アルファの政略結婚をした両親の元に生まれた一人っ子 ・両親が目の前で運命の番を見つけ、自分を捨てたことがトラウマになっている 養父と正式に養子縁組を結ぶまでは松雪姓だった ・行方をくらますために一時期留学していたのもあり、語学が堪能 二見 蒼 ・アルファ ・30歳 ・御曹司(二見不動産) ・明るくて面倒見が良い ・一途 ・独占欲が強い ・中学3年生のときに不登校気味で1人でいる秀斗を気遣って接しているうちに好きになっていく ・元々家業を継ぐために学んでいたために優秀だったが、秀斗を迎え入れるために誰からも文句を言われぬように会社を繁栄させようと邁進してる ・日向のことは家族としての好意を持っており、光希のこともちゃんと愛している ・運命の番(日向)に出会ったときは本能によって心が惹かれるのを感じたが、秀斗の姿がないのに気づくと同時に日向に向けていた熱はすぐさま消え去った 二見(筒井) 日向 ・オメガ ・28歳 ・フリーランスのSE(今は育児休業中) ・人懐っこくて甘え上手 ・猪突猛進なところがある ・感情豊かで少し気分の浮き沈みが激しい ・高校一年生のときに困っている自分に声をかけてくれた秀斗に一目惚れし、絶対に秀斗と結婚すると決めていた ・秀斗を迎え入れるために早めに子どもをつくろうと蒼と相談していたため、会社には勤めずにフリーランスとして仕事をしている ・蒼のことは家族としての好意を持っており、光希のこともちゃんと愛している ・運命の番(蒼)に出会ったときは本能によって心が惹かれるのを感じたが、秀斗の姿がないのに気づいた瞬間に絶望をして一時期病んでた ※他サイトにも掲載しています  ビーボーイ創作BL大賞3に応募していた作品です

これがおれの運命なら

やなぎ怜
BL
才能と美貌を兼ね備えたあからさまなαであるクラスメイトの高宮祐一(たかみや・ゆういち)は、実は立花透(たちばな・とおる)の遠い親戚に当たる。ただし、透の父親は本家とは絶縁されている。巻き返しを図る透の父親はわざわざ息子を祐一と同じ高校へと進学させた。その真意はΩの息子に本家の後継ぎたる祐一の子を孕ませるため。透は父親の希望通りに進学しながらも、「急いては怪しまれる」と誤魔化しながら、その実、祐一には最低限の接触しかせず高校生活を送っていた。けれども祐一に興味を持たれてしまい……。 ※オメガバース。Ωに厳しめの世界。 ※性的表現あり。

処理中です...