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77.一緒に食事をするのは心を許している徴
しおりを挟む「もっと聞きたいです」
「うん」
そう率直に言ってくれる八月一日宮が嬉しそうで、あゆたはどういう顔をしていいかわからずもぐもぐと口の中で呟いた。
ケイトウの華やかな雰囲気に負けない八月一日宮の笑顔が胸に染みてくる。
秋晴れの空が広い日の鮮やかな微笑を、あゆたはこれからもずっと憶えているだろう。
(誰かとお出かけって、めちゃくちゃ楽しいな……)
誰かと――否、八月一日宮と一緒だからだろう。あゆたのおもしろくもない与太話でも優しく聞いて受け止めてくれる。
交友関係の広い八月一日宮には改めて告げるのも気恥ずかしく、くすぐったさを抱えたまま、あゆたは八月一日宮と手を繋いでいた。
⁑
結局、店を予約した一時半ぎりぎりまで植物園を堪能した。なんとなく手を繋いだままぶらぶら並んでいる。植物園の正門へ戻り、台地の谷底が以前は川で今は大通りになっているらしい道を進む。
信夫のおすすめの蕎麦屋は、駅と植物園を結ぶあの桜並木の坂道の手前、角を曲がった大通りから路地に入った静かな場所にあった。
たぶん近所の人たちに愛されて続いてきたのだろうというこじんまりとした店構え。青い暖簾に白く染め抜いた屋号はひっそりしているが、そういう地味なところに気負いのない味の自信を感じた。
「ここ、蕎麦屋なんだけど秋と冬の鴨鍋がおいしいらしくて、しかも二人以上でしか食べられないそうなんだ」
さほど親しくない先輩と鍋をつつくなど、潔癖な人間なら避けたいだろう。しかしこの一週間の昼食で八月一日宮は大丈夫だと確信している。自分の食べかけをあゆたに食べさせたり、あゆたの食べているものを横から掠め取るような奴が潔癖症なはずがなかった。
二人並んでは通れない一枚の引き戸はからからと軽やかに開いた。店の奥からおかみさんらしい中年の女性がいらっしゃいませと愛想よく迎えてくれる。
二十人も入れば満杯になりそうな、テーブル席がいくつかあるだけの簡素さだった。手書きのお品書きが壁に貼られ、一輪挿しには小さな花がぷふぷふと咲いていた。
掃除が行き届いている。奥の厨房の一部はガラス張りになっていて、そこで蕎麦を打っている姿が見えた。
昼時のピークを過ぎたおかげか、あゆた達以外には一人客がぽつぽつ座っているのみだった。案内されるまま窓際の席へ、八月一日宮に背中をそっと促されて壁際の作り付けの椅子へ腰をかけた。
テーブルが小さくて、八月一日宮の長い足は窮屈そうだった。こつんと互いの爪先がぶつかる。えへへと微笑み合いながら、気にしないことにする。むかいに座る八月一日宮は物珍しそうに店内を眺めている。
(社長令息には庶民的すぎたか……)
かといって、ほどほどの店というものが見当もつかない。高校生がどういう店で食事をするのか信夫に相談したらここを教えてくれた。ここならあゆたさんもお腹が膨れますと請け負われ、すぐにその提案に飛びついたのだった。
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