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73.そこにある特別な何か

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「無表情の中にも、なんとなく伝わってきますよ、あゆたさんの気持ち」

 あゆたは驚愕に目をぱちぱちさせた。
 そんなこと、誰にも言われたことがなかった。

「そうなのか? 八月一日宮はすごいな」
「あゆたさんのこと、よく見てますから」 

 優しい目の色にどきりとした。あゆたに目を合わせる為に、少し傾げた額に金色の前髪がさらさら落ちかかる。

 気負ったところのない八月一日宮の表情に、これがいつものことなのだとどぎまぎする自分を宥めた。

 八月一日宮は気持ちをあけっぴろげに口にするきらいがある。手を繋ぐことと一緒だ。別に特別な何かが込められた言葉ではない。

「いや、広いから、全部見て回れないかもしれんなと思って」
「確かに。あゆたさんならじっくり見たいですよね」
「うん……、やっぱりお前の言った通り弁当持ってくればよかったな」

 あゆたはいささかしょんぼりしてしまう。

 一応あらかじめ植物園のホームページを確認していたのだ。広大な敷地に様々な植物が存在する。

 実際に来てみれば、あゆたが思うよりもずっと大きかった。八月一日宮が以前提案してくれたように弁当のほうがよかったのかもしれない……と少し後悔し始めていた。

「売店もありますよ」

 八月一日宮はリーフレットを見ている。

 ホームページで軽食やおやつの類は扱っているのは知っていたが、大食漢の八月一日宮の腹を満たすには心許ない。

「いや、お前の腹が不穏なことになる」
「不穏って」
「絶対に足りないから」

 あくまで軽食である。あゆたも高校生男子だから小食ではない。物足りない自信があった。

「また来ればいいですよ。その時はお弁当にすれば、きっと一日中ここにいられますよ」

 八月一日宮は呆れることなく優しく提案してくれる。

「……うん、そうだな」

 八月一日宮をがっかりさせなかったことにほっとしたが、そもそもお出かけ初心者なのだから、もっと予習が必要だったのかもしれない。

(よし、この失敗から次があればもっとちゃんとしよう)

 わざわざ後輩に気を遣わせるのもなんだから、信夫か於兎に付き合ってもらうのもありかもしれない。出かける楽しさに味を占めて、もうちょっと外へ目を向けようと思う。

 桜の約束と一緒で、八月一日宮はぽんぽん気軽に未来の話をしてくれる。

 きっと友人との外出や誰かとのデートが多い八月一日宮だったら、もっとうまく計画してエスコートもばっちりだろう。あゆたのあたふたする様が、心の中では歯がゆいかもしれない。
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