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63.甘えられているのに、甘やかされている
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「世話になったお礼に、どこか行こう。奢る」
「奨学生のあゆたさんに奢らせるわけにはいきません」
八月一日宮は生真面目に聞こえるような調子できっぱりと言った。
「別に、お前に奢るぐらい……、まぁでも御曹司に満足いかせるような贅沢はさせられないかもしれないな」
「別に、贅沢じゃないです。俺だってイギリスで寮暮らしでしたし、ひとりで買い物したこともあるんですよ?」
「そうか」
まるで威張るように八月一日宮はふんすふんすと胸を反らした。
八月一日宮の留学先はここの姉妹校だから、イギリスだけではなくヨーロッパの上流階級や貴族の子供たちが集っていただろう。
ひとりでの買い物も百貨店などですませた可能性が高い。
が、あゆたは突っ込むのをやめた。八月一日宮がひとりでやり遂げた事実に変わりはないから。
「じゃあ、お弁当持って公園とかでピクニックでもいいですよ」
「それじゃあ学校と変わらないじゃないか」
お祝いと言いながらあゆたに負担にならない提案をしてくる。
こういうところが八月一日宮から頼られても、またいうことを聞いてやるかという気にさせるのだ。うまい。ちょっとずるいとも思う。上手に甘えてきて、その実は八月一日宮の手の上で転がされている。
「あゆたさんがいいなら、俺はそれでもいいです」
「それじゃあお礼にならない」
むすりと断ると、八月一日宮は呆れたというように溜息を吐いた。
「もう、あゆたさんは我儘だなぁ」
「あ? 我儘? おい」
我儘はどちらだ。ぐっとこらえて、しかしこみ上げてくるおかしさをかみ殺した。
「ふ、ふふ」
笑えば調子づくからとあゆたは右手で口元を覆った。それでも肩が揺れてしまい、それを収めるように左手を体に回す。く、く、と腹筋に力が入って、あゆたはやっと笑いの発作をやり過ごした。
「あ? ……どうした?」
八月一日宮がびっくりしたように目をぱちぱちさせている。
「……だって、あゆたさん、笑ってるから」
「そりゃ俺だって笑うさ」
「いやいや、レアでしょ。いつも無表情だし!」
「そうか?」
笑わない自覚はなかったが、表情が固いのはそうかもしれない。あゆたはつるりと自分の頬を撫でた。
「お前のせいだよ」
瞬いた目が大きくなる。それを小気味よく眺めて、あゆたはじっと明るい色の双眸に言った。
「俺が笑っているなら、それはお前のせいだ」
たった数日前出会ったが、八月一日宮の存在は間違いなくあゆたの日々を明るく照らしてくれた。感情を外られないよう心を鎧う必要もなく、ただ息をしてそこにいていいのだと柔らかく受いてくれる。
「あゆたさん」
はくはくと唇を上下させて、しかし八月一日宮は何も言わなかった。
(八月一日宮?)
迷うように唇を結んだ八月一日宮を促すようにあゆたは見つめた。
「――鶯原くん!」
二人の間の沈黙を破って、澄んだ高い声に名前を呼ばれた。
於兎の声でないことは明白で、あゆたは顔をしかめてそちらを振り返った。
案の定、蜂須賀は柔らかな頬に綺麗な笑みを浮かべてこちらに駆け寄ってくる。
「奨学生のあゆたさんに奢らせるわけにはいきません」
八月一日宮は生真面目に聞こえるような調子できっぱりと言った。
「別に、お前に奢るぐらい……、まぁでも御曹司に満足いかせるような贅沢はさせられないかもしれないな」
「別に、贅沢じゃないです。俺だってイギリスで寮暮らしでしたし、ひとりで買い物したこともあるんですよ?」
「そうか」
まるで威張るように八月一日宮はふんすふんすと胸を反らした。
八月一日宮の留学先はここの姉妹校だから、イギリスだけではなくヨーロッパの上流階級や貴族の子供たちが集っていただろう。
ひとりでの買い物も百貨店などですませた可能性が高い。
が、あゆたは突っ込むのをやめた。八月一日宮がひとりでやり遂げた事実に変わりはないから。
「じゃあ、お弁当持って公園とかでピクニックでもいいですよ」
「それじゃあ学校と変わらないじゃないか」
お祝いと言いながらあゆたに負担にならない提案をしてくる。
こういうところが八月一日宮から頼られても、またいうことを聞いてやるかという気にさせるのだ。うまい。ちょっとずるいとも思う。上手に甘えてきて、その実は八月一日宮の手の上で転がされている。
「あゆたさんがいいなら、俺はそれでもいいです」
「それじゃあお礼にならない」
むすりと断ると、八月一日宮は呆れたというように溜息を吐いた。
「もう、あゆたさんは我儘だなぁ」
「あ? 我儘? おい」
我儘はどちらだ。ぐっとこらえて、しかしこみ上げてくるおかしさをかみ殺した。
「ふ、ふふ」
笑えば調子づくからとあゆたは右手で口元を覆った。それでも肩が揺れてしまい、それを収めるように左手を体に回す。く、く、と腹筋に力が入って、あゆたはやっと笑いの発作をやり過ごした。
「あ? ……どうした?」
八月一日宮がびっくりしたように目をぱちぱちさせている。
「……だって、あゆたさん、笑ってるから」
「そりゃ俺だって笑うさ」
「いやいや、レアでしょ。いつも無表情だし!」
「そうか?」
笑わない自覚はなかったが、表情が固いのはそうかもしれない。あゆたはつるりと自分の頬を撫でた。
「お前のせいだよ」
瞬いた目が大きくなる。それを小気味よく眺めて、あゆたはじっと明るい色の双眸に言った。
「俺が笑っているなら、それはお前のせいだ」
たった数日前出会ったが、八月一日宮の存在は間違いなくあゆたの日々を明るく照らしてくれた。感情を外られないよう心を鎧う必要もなく、ただ息をしてそこにいていいのだと柔らかく受いてくれる。
「あゆたさん」
はくはくと唇を上下させて、しかし八月一日宮は何も言わなかった。
(八月一日宮?)
迷うように唇を結んだ八月一日宮を促すようにあゆたは見つめた。
「――鶯原くん!」
二人の間の沈黙を破って、澄んだ高い声に名前を呼ばれた。
於兎の声でないことは明白で、あゆたは顔をしかめてそちらを振り返った。
案の定、蜂須賀は柔らかな頬に綺麗な笑みを浮かべてこちらに駆け寄ってくる。
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