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59.あまりにもさりげなく

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 内緒話のように囁き合う。校舎裏の、こんなすみっこまで来るような者はいないのに、秘密を分かち合うように声を抑さえた。

「色白いから、日焼けがよくわかる」
「八月一日宮?」

「ここ」

 低く言いながら、しっとり濡れている八月一日宮の指があゆたの首筋を撫でた。

「っ」 

 あゆたはばっと項を押さえた。すでに離れていたそれに、まるで電流を流されたように身が竦んだ。心臓が速くなる。八月一日宮はじっとあゆたの襟首のあたりを見下ろしている。

「暑いですかね。麦茶飲みます?」

 何事もなかったように八月一日宮は言った。
 どぎまぎする自分がどうかしているのかもしれない。あゆたは濡れたように犬のように首を振った。

「たっぷり飲んでたから、大丈夫だ。八月一日宮、ほら、お前も飲め」

 水筒の本体を胸の辺りに持ち上げてみせると、受け取るかと思った八月一日宮はすっとカップのほうを何気ない調子で差し出してきた。その迷いのなさ。

 八月一日宮はあゆたが注ぐものだと決めているのだ。子供が母親を信頼して甘えてくるようなその信頼しきった動作に、なんとも面映ゆくなってくる。あゆたは唇をむずむずさせながら麦茶を注いだ。

「はい、ありがとうございます」

 動く白い喉仏を見上げていた。ふうっとおいしそうに飲み終えて、八月一日宮は水筒のふたを閉める。

「そろそろ行こう。お前も次の授業の準備があるだろ」

 八月一日宮の手を借りずとも、折り畳み椅子に捕まるようにして立ち上がることができるようになっていた。折り畳み椅子は初日以来借りっぱなしで、手近な用具棚にじょうろなどと一緒に片づける。

「だいぶん、よさそうですね」
「そうだな。この調子だとお前の手を煩わせるのもあとわずかだな」

 八月一日宮もそろそろおんぶも止めたくなっているかもしれない。自分から拘りなくこれまでの礼を言って、八月一日宮のおんぶも送り迎えも断ればいい。一言あゆたが労えば、八月一日宮もお役御免だとほっとするだろう。

 なのに。
 ブレザーを脱いだ白いシャツの背中。
 あゆたは眩しいものを見るように目を細めた。

「さ、あゆたさん」

 八月一日宮はいつものようにあゆたの前に屈んだ。きゅっと唇を結ぶと、あゆたは無言で肩に手をかけた。日向で作業をしていた彼のシャツは熱かった。薄いその生地越しに八月一日宮の肩の肉、骨のしっかりした感触が触れていた。

「しっかりつかまって下さいね」
「ん」

 いつものように肩越しに腕を伸ばし、弁当の風呂敷を八月一日宮の前にぶら下げる。脇腹辺りで八月一日宮の体を内腿に挟み込んだ。この五日ですっかり定着したおんぶのスタイルである。ほふっと背中に胸を押し付けるようにして寄りかかる。膝の裏に八月一日宮の腕が回り、しっかりと支えられた。

 そのままゆさりゆさりと揺すり上げられ、あゆたはおんぶで運ばれていく。

(もう、このおんぶともお別れしないとな……)

 八月一日宮は校内の人目を気にせずおんぶで運んで、一時は耳目を集めてしまったが、あゆたを怪我させた八月一日宮が償いの為に使役されているという話が広まってからは大人しいものである。
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