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41.やさしく白き手をのべて

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「早く食べないと昼休み終わるし、遠慮なくいただくな。ありがとう、いただきます」

 ちらっと腕時計を見やると、ゆっくりしている時間はなくなりそうだった。

「いえ、その為に持って来たんで。むしろたくさん食べて下さい」

 八月一日宮が二の重と三の重を膝の上に引き取る。

 二の重はおかずが綺麗に並べてあった。唐揚とエビフライ。付け合わせに丁度良い茹で野菜が数種。彩のよいピクルスはキュウリとパプリカらしい。他にも肉巻きのようなころころしたもの。ポテトサラダまで詰めてある。 

 三の重は果物とデザートなのだそうだ。かなり豪華な昼食になっている。
 どこかの料亭の仕出しだという予想を裏切って、どうやら手作りらしい。

「しかしすごい量だな。用意するの大変だったろうな」
「厨房にお願いしました」

 自転車のカゴには入らないので、あとで学校に届けてもらったのだという。この学園の生徒なのだから、日常に使用人がいる生活なのだ。

 それでもこの素晴らしい重箱の為に、余分に働いてもらったことに感謝と申し訳なさがあった。自分以外の誰かにご飯を作ってもらうことがどんなに贅沢なことか、あゆたは身に染みて実感している。

「ありがたいな……。もし残ったら、もったいないから後でおやつで食べようぜ」
「おやつ。ふふ」

 八月一日宮は口元を覆って顔をそむけた。その肩が小刻みに揺れているので笑っているのは明らかだ。むっとしてあゆたは唇を尖らせた。

「なんだよ」
「いや、言い方、おやつって、……かわいいなって」

 大きな手で口元を隠している。それでも細くなった目尻に小さな皺がある。その微笑が優しくて、あゆたは少しどきりとしてしまった。

「……別に」

 気恥ずかしさをごまかすように肉巻きに噛みつく。じゅわりと口に広がったおいしさにあゆたは目を瞠った。中に巻いてあるのはプチトマトだった。豚肉の脂とトマトの酸味がまったりと交じり合って、いくつでも食べたくなる。

「うわ、おいしいなぁ。くれぐれもお礼、伝えておいてくれよ」

 ひょいぱくっとまた口に放り込む。できたらこの作り方を教えてもらいたいくらいだ。味付けはなんだろう。お醤油と、お砂糖と、お酒。下味はなんだろう。舌で一つ一つの味を解きほぐすようにあゆたは肉巻きを咀嚼した。

 指先についた米粒をぺろりと舐める。米自体がいいものを使っている。もう片方には別のおにぎりを持っているので、おいしさで忙しい。また噛みついてはもぐもぐと味わう。

「鶯原先輩! この炊き込みご飯もおいしいですよ」

 おにぎりを食べ終えたのを見計らったように、八月一日宮が弾んだ声で言う。一口噛みついたところから小さな肉やニンジンの細切れも混ぜ込んであるのが見えた。八月一日宮の一口は大きいなぁなどと感心してしまう。

「先輩、味見してみてくださいよ、はいどうぞ。あーん」

 我が耳を疑った。
 
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