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26.暗い過去は今でもこちらを見ている

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 信善の横顔に影が走って、低い声が唇から漏れた。

「お前も死ねばよかったのに」

 呪いのように信善の声があゆたを打擲した。

 老いらくの恋という、大旦那様の不始末だと信善が糾弾するのも仕方のないことだと今なら思う。信善の順風満帆であった世界を搔き乱した原因。あゆたはその結果の産物だった。憎くてたまらないのだ。

(でも、俺のせいじゃない)

 声に出して言えたのなら少し楽になれたのだろうか。
 母と大旦那様が出会って、惹かれ合ったことが悪かったのか。
 出会った瞬間に惹かれ合ったふたりの繋がりは、罪であったのか。

 当時まだ二十歳前後だった母と、寡夫であった大旦那様の出会い。

 大旦那様は忙しい人だった。家庭を顧みるようなタイプではなかっただろう。妻を亡くして多忙に拍車がかかった。大旦那様の子供たちである四人姉弟は、きっと寂しい幼少期を過ごしたはずだ。

 梅渓の当主として、先祖伝来の財産を守るのは当主の大きな使命の一つだ。加えて、古い血筋を繋ぐための結婚も、家政を預かる使用人や親族の意向を反映させられる。

 家格や家計などを懸案して目合わせられ、アルファ同士の婚姻が推奨されてきた。目合わせられる二人に愛情が芽生えることもあっただろうが、旧弊な仕来りを重んじるから一緒になるということが多いのは疑いようもない。

 子を生してからは、由緒正しい華族のやり方に則って、子供の育成は乳母と使用人に任せられる。父と息子の繋がりは薄かったのも想像にかたくない。

 父親は家庭を顧みず、家族との絆も儚い家で育った信善が、大旦那様は身勝手だと恨んでいるのは自然の成り行きなのだろう。

 
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