上 下
26 / 202

25.ふきこまれる怨嗟

しおりを挟む
 信善が愚痴をこぼしていくうちに、空気は気のせいではなく重くなる。アルファである信善から威嚇のフェロモンが漏れ始めているのだ。ここで嫌な顔をすれば、また叱責の種になる。務めて無表情であゆたは詫びた。

「はい。すみません」

「誰に似たんだか。うちの家系ではないな」

「すみません」

 典型的なアルファの一族である梅渓にはオメガはほとんど生まれない。あゆたのオメガとしての不具合は、すべて母方のせいだろうと決めつけるような言いぐさだった。

「父さんはとんだ置き土産を残してくれたよ。てっきり慈善事業の一環で昔馴染みの孫を引き取ったと思ったんだが、とんだ不始末だな。本当に忌々しい」

 苦々しそうに信善は唇を歪めた。言葉が降り注がれる度に、憎しみの汚泥の中に沈められるように感じた。

 捻挫で立っているだけで辛いのに、あゆたは頭に錘を載せられたように重くなっていく。足が痛いから失礼するだなんて言えば、絶対に癇癪を起される。返事をしなければそれでまた、平気な顔をして反省してないなどと嫌味を言われる。あゆたは俯いたまま立っているしかなかった。

「お前の母も我儘が過ぎる。いい面の皮だ。婚外子など、いくらでも始末できただろうに。日陰の身ならわきまえて、それらしく堕ろせばよかったんだ」

 母のことをあげつらわれることが一番堪える。自分が矢面なのはいい。しかし母への侮蔑は見逃せない。

 息が詰まりそうになりながら、母の遺影を思い浮かべて自分を奮い立たせた。あゆたはごくりを唾を飲み込んだ。

「俺のことは、何を言われてもいいです、でも母は、悪くありません」

 あゆたの反抗が予想外だったのか、気に障ったのか、信善は一瞬不快そうに顔を歪めたが、すぐに嘲笑を浮かべた。

「は! 大した厚かましさだな」

 母は悪くない。ただ、恋に落ちただけだ。それだけだ。
 
 大旦那様に別れを切り出したのも母のほうだ。孫かわいさに祖母が連絡を取ってしまったのは咎かもしれないが、それも母がいなくなってからのことだ。母には関係ない。くじけそうになりながら必死で母を弁明した。


「母は、一度だって大旦那様に連絡しなかった。大旦那様がご自分で突き止められて、それで」

「うるさいうるさい! 黙れ!」

 言い終わらないうちに一喝されて、あゆたは口を引き結んだ。

 取り乱した自分に驚いたように信善はばつが悪そうに横を向いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

君は俺の光

もものみ
BL
【オメガバースの創作BL小説です】 ヤンデレです。 受けが不憫です。 虐待、いじめ等の描写を含むので苦手な方はお気をつけください。  もともと実家で虐待まがいの扱いを受けておりそれによって暗い性格になった優月(ゆづき)はさらに学校ではいじめにあっていた。  ある日、そんなΩの優月を優秀でお金もあってイケメンのαでモテていた陽仁(はると)が学生時代にいじめから救い出し、さらに告白をしてくる。そして陽仁と仲良くなってから優月はいじめられなくなり、最終的には付き合うことにまでなってしまう。  結局関係はずるずる続き二人は同棲まですることになるが、優月は陽仁が親切心から自分を助けてくれただけなので早く解放してあげなければならないと思い悩む。離れなければ、そう思いはするものの既に優月は陽仁のことを好きになっており、離れ難く思っている。離れなければ、だけれど離れたくない…そんな思いが続くある日、優月は美女と並んで歩く陽仁を見つけてしまう。さらにここで優月にとっては衝撃的なあることが発覚する。そして、ついに優月は決意する。陽仁のもとから、離れることを――――― 明るくて優しい光属性っぽいα×自分に自信のないいじめられっ子の闇属性っぽいΩの二人が、運命をかけて追いかけっこする、謎解き要素ありのお話です。

ハッピーエンド

藤美りゅう
BL
恋心を抱いた人には、彼女がいましたーー。 レンタルショップ『MIMIYA』でアルバイトをする三上凛は、週末の夜に来るカップルの彼氏、堺智樹に恋心を抱いていた。 ある日、凛はそのカップルが雨の中喧嘩をするのを偶然目撃してしまい、雨が降りしきる中、帰れず立ち尽くしている智樹に自分の傘を貸してやる。 それから二人の距離は縮まろうとしていたが、一本のある映画が、凛の心にブレーキをかけてしまう。 ※ 他サイトでコンテスト用に執筆した作品です。

【BL】僕の恋人1

樺純
BL
エニシ&ヒュウのほのぼのラブストーリー♡エニ&ヒュウの日常ラブストーリーをお楽しみください。

しのぶ想いは夏夜にさざめく

叶けい
BL
看護師の片倉瑠維は、心臓外科医の世良貴之に片想い中。 玉砕覚悟で告白し、見事に振られてから一ヶ月。約束したつもりだった花火大会をすっぽかされ内心へこんでいた瑠維の元に、驚きの噂が聞こえてきた。 世良先生が、アメリカ研修に行ってしまう? その後、ショックを受ける瑠維にまで異動の辞令が。 『……一回しか言わないから、よく聞けよ』 世良先生の哀しい過去と、瑠維への本当の想い。

これがおれの運命なら

やなぎ怜
BL
才能と美貌を兼ね備えたあからさまなαであるクラスメイトの高宮祐一(たかみや・ゆういち)は、実は立花透(たちばな・とおる)の遠い親戚に当たる。ただし、透の父親は本家とは絶縁されている。巻き返しを図る透の父親はわざわざ息子を祐一と同じ高校へと進学させた。その真意はΩの息子に本家の後継ぎたる祐一の子を孕ませるため。透は父親の希望通りに進学しながらも、「急いては怪しまれる」と誤魔化しながら、その実、祐一には最低限の接触しかせず高校生活を送っていた。けれども祐一に興味を持たれてしまい……。 ※オメガバース。Ωに厳しめの世界。 ※性的表現あり。

切なさを愛した

林 業
BL
妻を失った当麻には半年前に恋人が出来た。 妻子を失ったタクマという恋人。 彼の家へと通う平和な日々を満喫中。

記憶の欠片

藍白
BL
囚われたまま生きている。記憶の欠片が、夢か過去かわからない思いを運んでくるから、囚われてしまう。そんな啓介は、運命の番に出会う。 過去に縛られた自分を直視したくなくて目を背ける啓介だが、宗弥の想いが伝わるとき、忘れたい記憶の欠片が消えてく。希望が込められた記憶の欠片が生まれるのだから。 輪廻転生。オメガバース。 フジョッシーさん、夏の絵師様アンソロに書いたお話です。 kindleに掲載していた短編になります。今まで掲載していた本文は削除し、kindleに掲載していたものを掲載し直しました。 残酷・暴力・オメガバース描写あります。苦手な方は注意して下さい。 フジョさんの、夏の絵師さんアンソロで書いたお話です。 表紙は 紅さん@xdkzw48

君がいないと

夏目流羽
BL
【BL】年下イケメン×年上美人 大学生『三上蓮』は同棲中の恋人『瀬野晶』がいても女の子との浮気を繰り返していた。 浮気を黙認する晶にいつしか隠す気もなくなり、その日も晶の目の前でセフレとホテルへ…… それでも笑顔でおかえりと迎える晶に謝ることもなく眠った蓮 翌朝彼のもとに残っていたのは、一通の手紙とーーー * * * * * こちらは【恋をしたから終わりにしよう】の姉妹作です。 似通ったキャラ設定で2つの話を思い付いたので……笑 なんとなく(?)似てるけど別のお話として読んで頂ければと思います^ ^ 2020.05.29 完結しました! 読んでくださった皆さま、反応くださった皆さま 本当にありがとうございます^ ^ 2020.06.27 『SS・ふたりの世界』追加 Twitter↓ @rurunovel

処理中です...