モノの神様

黒助さん

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第一章 目覚め編

第五話 街灯の燈

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「アイテム化……怒りに触れる……?」

 ユキはテレビの内容を噛み砕いて理解しようと努める。記憶がないため、その言葉の意味をしっかり理解しておかねばならないのだ。
 ジェームズおじさんはその努力を良く思う反面、危うんでいた。そんな複雑な心境の中、ジェームズおじさんは一旦考えるのを止めて、椅子から立ち上がった。
 そろそろ夕食時だ。
 リビングからキッチンへと移ると、冷蔵庫の側面にある表に目が行く。
 円の形に作られた表にはジェームス達の名前が書かれており、時計のように針でジェームスの名前を指していた。
 円の上には「今日の食事当番表!」と書かれている。そう、今日はジェームスが夕食作りの当番なのだ。

「さて、何を作ろうかな……?」

 ジェームスは顎に手を当て、冷蔵庫の中身とにらめっこをする。今ある材料から、ジェームスは何か思いついた。

「そうだ! 今日はハンバーグにしよう!」

 一度手を叩き、ガッツポーズを取ると、フライパンやまな板などの準備をし始めた。
 一方、ユキはニュースをテレビで見て、世界情勢や身近な事件などを学んでいた。
 そのニュースを見ている最中に、ジェームスに言われていたことを思い出す。
 それは「メディアの言葉を完全に鵜呑みにしてはいけないこと」と「見た上でしっかり自分で考えること」ということである。だがユキはまだ物を覚える勉強が必要で、すべてを鵜呑みにはしないまま、とりあえず様々な物の名前や形状を見て覚えていた。
 すると、玄関の扉の開く音がした。どうやら、外で遊んでいた子供たちが帰ってきたようで、「ただいまー!」と元気のいい挨拶が続いて響く。
 と同時に、廊下にあった大きな置き時計が、ボーン、ボーンと鐘を鳴らした。現在時刻は十八時。言いつけをしっかりと守るいい子達である。

「おじさん! 今日の夕飯は何ー?」

 廊下からでも聞こえる、元気のいい声は、ドタドタと走ってくる音と共にリビングに近づき、ゆっくりドアがスライドする。現れたのは、やはりルーイだった。サッカーボールを脇に抱えて、服を少し土で汚している。
 ジェームスは、その反応にクスリと笑いながら答える。

「今日はルーイの好きなハンバーグだよー」
「やっりぃ~!」

 ジェームスの返事にルーイは拳を上げて喜ぶ。そして、「イェ~イ!」とはしゃぎながら扉をスライドさせ、どこかへと向かう。それと入れ替わる形で、他の四人が入ってきた。

「……あー……おかえり……かな?」

 ユキは、先程ルーイには言えなかった言葉を言う。少し小っ恥ずかしいのか、頬を掻きながら。それに四人は笑顔で無邪気にこう言った。

「ただいま~」「……ただいま」



 少し経ち、出来上がった料理を、ユキを含めた六人がテーブルに並べる。木製のテーブルには薄桃色の花が描かれたテーブルクロスが敷いてあった。
 椅子も木製で、それぞれに異なる椅子カバークッションが用意されていた。ユキのクッションは藍色をベースとし、白の水玉模様である。

「おじさん!早く早く!」

 ルーイがジェームスに急かすように言う。ハンバーグとサラダ、ご飯、お味噌汁がテーブルに各々用意出来ており、残るのはジェームスの分だけであったからだ。
 ジェームスはハハハと笑いながら、椅子へと向かう。

「急かさなくとも、食べ物は逃げやしないよ……さて、みんな揃ったことだしいただこうか」

 彼がそう言うと、子供達は皆姿勢を正して何かを待つ。ユキは何が起こるのか分からず、少し動揺した。そして、ジェームスはこう言い出す。

「 Our Father, who art in heaven
hallowed be thy Name, 
thy kingdom come, 
thy will be done, 
on earth as it is in heaven.
Give us this day our daily bread
And forgive us our trespasses,
as we forgive those 
who trespass against us. 
And lead us not into temptation,
but deliver us from evil.
For thine is the kingdom, 
and the power, and the glory, 
for ever and ever. 
Amen. 」
『Amen』
「……?」

 ユキは更に分からなくなった。彼らのその呟きは、ユキの全く知らない言語だからだ。
 気になったユキは、ジェームスに聞く。

「その、食べる前に言う言葉は……一体……?」
「ん? あぁ、君は知らないで当然か……これは食事前の祈りだよ」

 ジェームスは優しく微笑んで答えた。子供達は忙しそうに食べ始め、とても美味しそうに見える。ユキはその言葉に手を止め、ふとある言葉が頭を過った。

「ジェームスおじさん、何故かわからないけど、『いただきます』という言葉を思い出したんです。……どういう意味でしょうか?」
「!」

 ジェームスは手を止め、ユキを見た。その目はとても不思議そうにジェームスを見つめ、答えを待つ。

「そうだねぇ……それは、日本人の食事前の祈り、感謝だよ」
「そうなのですか……えっと、『いただきます』」

 ジェームスはにこやかに見守る反面、内心では心配していた。この少年ユキが、に成らないか、と。目の前の食事に舌鼓をうちながら、古い記憶を呼び戻す彼の脳内では、ある出来事、ある人物を思い出していた。……どことなく似ているのだ。奴に。
 その心配とは裏腹に、今日のディナーはとても楽しいものとなった。

「ジェームスおじさん、そのドレッシングとってー!」
「はいはい、これだね」
「ユキ兄! 美味しいでしょ!?」
「うん。とても美味しいです!」
「はっは、ありがとう」



  ◆


 いくつか並んだオレンジ色の街灯が輝き照らし、辺りは奇妙な静かさを纏っていた。一歩その街灯から離れると、もう目の前は闇夜である。
 そんな夜道を、ある一人の男は歩いていた。口にタバコを咥え、散歩でもするようにペースを落として、只々歩く。何度目かの街灯に照らされたあたりで、彼は前方に誰かがいるのに気づいた。

「やぁ、ジェームス。今日は良く星の見える、いい夜だよ」
「あぁ、そうだねハワード。……少し、歩こうか」

 彼らはそう言うと、二人並んで歩き始めた。
 ジェームスはポケットからタバコを取ると口に咥え、ライターを探す。だが、見つからないのかその手を止めて見ていたハワードに苦笑いをした。

「ライターぐらいなら貸せるが?」
「いや、この際だ。子供達からもタバコをやめろと言われたしね」

 そう言って口元のタバコを取ると、元の箱に入れる。ハワードはフッと短く笑い、ジェームスとは逆向きに煙をふかした。

「で、何のようなんだ?」

 それから数歩、歩いた先でハワードは口を開いた。ジェームスはその言葉に苦笑する。
 その表情を見たハワードはため息をついた。大抵、このような顔をジェームスがする時は、何か無茶なお願いをされるのだ。

「こんな夜更けに、好き好んで歩く奴は俺くらいしかいない。何のようなんだ?」
「すまないね。少しの間、彼らに授業を開いてくれないか?」

 「やっぱりな」と言いながらため息をつく。ジェームスがハワードに子どもたちの授業を頼む時というのは、大抵は仕事に出かける時だった。いつも授業の後にハワードの仕事を手伝って仕事としているが、それらとは違う。その内容は……

「……アイテム化事件の予防。もしくは事件発生後のアイテム化失敗……それの対応……処理、かな?」
「処理、か……その言い方はよしてくれないか?」
「あぁ、す、済まない。……辛い仕事だ」

 ハワードは少し俯き呟く。視線を戻すも、ジェームスを見ることができないのか、前を向いて。アイテム化の失敗等は、起きてしまえば災厄を齎す。それを起こさせない為に宿り先の物を……モノを『壊す』必要があるのだ。それが彼の本来の仕事だ。
 ハワードは煙を吐くと、ジェームスに聴いた。

「今回のも、食器とかナイフだとか……そういった物なのか?」

 アイテム化は、今は一般的な発動を法律でも禁じている。だが、それを行う人もいるわけで。たいていの仕事の場合はそういった、身近で、しかも愛用していた物なら大丈夫だ、と勘違いして付喪神をアイテム化しようとする人のが多い。それどころかアイテム化することで得られる効果が大きいからする、という人が増えているとも言える。失敗して都市が消えたらたまったもんじゃないが。

「まぁ、そうだね。ただ……」
「ただ?」
「……もしかしたら、近々大きく動くかもしれない」

 珍しく険しい顔をしたジェームスの横顔を見て、ハワードは聞き返す。

「何があると言うんだ」
「住民の避難準備はしておいたほうがいい。さて、急で済まないが明日から頼むよ」
「お、おい!」

 ジェームスはそのままハワードから数歩離れ、夜の闇へと文字通り消えていった。残されたハワードは行き場がなくなった伸ばす手を、タバコへと向かわせ、燻らす。
 そしてそのまま、ジェームスが消えた方とは反対側へと歩いて行くのだった。
 そこはもう静寂だけが、その夜道を支配していた。
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