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恋のインターンシップで勝負
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起承転結のある小説であれば、このへんで何かきっかけとなるようなハプニングが起きるのかもしれないが、美央とナオキの間では、とりたてて大騒ぎするようなできごとは何もなかった。だからといって、早くもペンならぬパソコンの電源をオフにするわけにはいかない。ナオキとの関係をつなぎとめなければ‥‥と焦りまくる美央だったが、くる日もくる日も編集の仕事に追われ、こいはこいでも恋ではなく、まな板の鯉のような息苦しい毎日を送っていた。
そんな美央の切なる想いに、小さな明かりを点(とも)すようなできごとが起きたのは、梅雨入りが発表された六月中旬のことであった。
美央の会社にとってはクライアントでもある、みちのく学院大学の先生から「うちのゼミ生をインターンシップで受け入れてもらえないか」という打診があり、会社としてOKを出したところ、なんと驚いたことに経営学部三年生の田中直樹ことナオキがインターンシップを希望しているというのだ。
「えーっ、大歓迎に決まっているじゃない」といい、ひとりでお祭り騒ぎを始めたのは、もちろん美央である。田中直樹というのは、もちろんナオキのことだ。これはたまたまなのだが、おてんば企画の社長と、その先生というのが、市の商工会議所主催の会合で名刺交換をしていたらしいのだ。
「ああ、ようやく自分の神様がほほ笑みかけてくれたわ。インターンシップ生の面倒は私が見ます」といい切り、美央が自ら手をあげたことはいうまでもないだろう。
インターンシップ担当に任命されてからの美央は、すさまじかった。自分の机のすぐ隣にナオキの机を用意すると、花は飾るわ、香水は吹きかけるわ、これでもかというぐらいの演出を施すのであった。ナオキ命。美央の顔には、そんな四文字がのり移っているかのようだった。恋の呪(まじな)いというよりも、恋の呪(のろ)いにとりつかれているかのような美央の言動に、社内の同僚らは押し黙る以外になかった。
ナオキが有限会社おてんば企画に姿を見せたインターンシップ初日のこと。この日は朝からよく晴れ渡り、ナオキという好男児が風薫る初夏の香りを会社に運んできてくれたかのようであった。
「みちのく学院大学経営学部三年の田中直樹です。地元では老舗の編集プロダクションとして、地域密着型の経営を続けているおてんば企画に興味を持ちました。編集だけでなく、イベントやプロモーションなど、さまざまな側面から地域の元気づくりに寄与している姿勢には惹かれています。今日から二週間お世話になります。どうぞよろしくお願します」というと、いつもは殺伐とした雰囲気の朝礼が温かな拍手に包まれた。
おてんば企画の社員は十二名。そのうち九名は女子という女の園であったが、女子パワーに気おされることなく、しっかりとしたあいさつができるあたりは、ナオキの魅力のひとつであった。
さーて。これから二週間、ナオキは私のものと喜びいさんだ美央であったが、自社媒体の『おてんばだより』の締め切りが迫っている関係もあり、ナオキとはコミュニケーションの「コ」の字も持てないほどの忙(せわ)しさ。
こ、恋のインターンシップはどうなったのよ?と焦りまくる美央だったが、ナオキのお相手はとりあえず後輩の安子ちゃんに任せて、美央自身はマック(デザイン専用のパソコンである)の画面と格闘を続けるのであった。
安子の肩書きはアシスタント・デザイナー。地元のおてんば女子大学の出身で、ナオキと同じようにインターンシップがきっかけとなり、二年前におてんば企画に入社した。
ナオキと安子は意外に気が合うようだった。社内では「あんこ」というニックネームで呼ばれていた安子だが、美央よりも二歳年下。ナオキから見て、安子はおてんば企画内でもっとも年齢の近いお姉さんということもあり、どうやら安心して接することができるらしい。キャッキャなんて、日を追うごとに若いふたりの笑い声が社内で聞かれるようになっていった。
あら、意外に仲がいいのね。ちょっとだけジェラシー。美央の立場でいうと、自分の推しであるナオキが安子と親しげに話している光景は、ちょっと受け入れがたかったのである。
うーん、やっぱり年の差は大きいのかな。いやいや、まさかそんなことはない。自分の女子力でならカバーできるでしょ――と美央は自分にいい聞かせながら、雪崩のような仕事の忙しさに耐えていた。
ナオキのインターンシップが二週目に突入した、ある昼休みのことであった。「せめてお昼ぐらいご馳走したいわ」と思った美央は、激務の合間をぬって、ナオキと安子のふたりをランチに誘った。鳥クイーン通いの後遺症で、いまだに重篤な金欠病にあえいでいた美央であったが、恋の起死回生を狙うべく、ここは大奮発するしかないと思い、地元の名物である牛タン定食の人気店に連れ出したのである。
定食とはいうものの、三人で六千円超え。顔で笑って、心で大泣きしながら、美央が定食を頼むと、「ナオキ君も安子ちゃんも頑張っているから、今日は私におごらせて」といい、「それよりもナオキ君はどうなの。卒業後はどうするつもりなのよ。おてんば市には残るの?」と聞いてみた。
「あっ、そうですねー。できれば地元に残りたいです。どんな仕事も勉強だと思うので、とにかく頑張って働いてお金を貯めたら、自分で起業をするのが夢なんですよ。今回のインターンシップは、経営を学ぶ意味でも貴重な経験だと思っています」。
「ナオちゃんは経営学部だもんね。さすが将来の大社長」なんて、安子が口をはさんできた。
えっ、ちょっと待って。ナオちゃんだなんて。まさか“ちゃんづけ”なの? 慌てふためく美央のハートを打ち砕くかのように、安子が続けた。
「じつは先週末、ナオちゃんと飲みに行ったんですけど、ネットをうまく使って、今も小さな会社を始めているんですって。自分の授業料ぐらいは稼いでいるなんていうんですもん。私びっくりしちゃったわ」という安子の言葉に驚いたのは美央の方だった。
えっっ。「ナオちゃんと飲みに行った」だなんて。まさか噓でしょ。この私を差し置いて。なんなの、なんなのなんなの。
聞いてみれば、すでにSNSを活用して、こまめに連絡をとり合っているというナオキと安子。美央にとっては恋のインターンシップのはずが、まさかまさかの失恋のインターンシップなるなんてさ。せっかくの牛タンも喉を通らぬまま、今夜は別な居酒屋でも探して、ひとり酔いしれるのも悪くないかと思う美央なのであった。ダークホース・安子の存在に、ただひたすら恐れおののく美央。せっかくの牛タンも今日は失恋の味しかしなかった。
そんな美央の切なる想いに、小さな明かりを点(とも)すようなできごとが起きたのは、梅雨入りが発表された六月中旬のことであった。
美央の会社にとってはクライアントでもある、みちのく学院大学の先生から「うちのゼミ生をインターンシップで受け入れてもらえないか」という打診があり、会社としてOKを出したところ、なんと驚いたことに経営学部三年生の田中直樹ことナオキがインターンシップを希望しているというのだ。
「えーっ、大歓迎に決まっているじゃない」といい、ひとりでお祭り騒ぎを始めたのは、もちろん美央である。田中直樹というのは、もちろんナオキのことだ。これはたまたまなのだが、おてんば企画の社長と、その先生というのが、市の商工会議所主催の会合で名刺交換をしていたらしいのだ。
「ああ、ようやく自分の神様がほほ笑みかけてくれたわ。インターンシップ生の面倒は私が見ます」といい切り、美央が自ら手をあげたことはいうまでもないだろう。
インターンシップ担当に任命されてからの美央は、すさまじかった。自分の机のすぐ隣にナオキの机を用意すると、花は飾るわ、香水は吹きかけるわ、これでもかというぐらいの演出を施すのであった。ナオキ命。美央の顔には、そんな四文字がのり移っているかのようだった。恋の呪(まじな)いというよりも、恋の呪(のろ)いにとりつかれているかのような美央の言動に、社内の同僚らは押し黙る以外になかった。
ナオキが有限会社おてんば企画に姿を見せたインターンシップ初日のこと。この日は朝からよく晴れ渡り、ナオキという好男児が風薫る初夏の香りを会社に運んできてくれたかのようであった。
「みちのく学院大学経営学部三年の田中直樹です。地元では老舗の編集プロダクションとして、地域密着型の経営を続けているおてんば企画に興味を持ちました。編集だけでなく、イベントやプロモーションなど、さまざまな側面から地域の元気づくりに寄与している姿勢には惹かれています。今日から二週間お世話になります。どうぞよろしくお願します」というと、いつもは殺伐とした雰囲気の朝礼が温かな拍手に包まれた。
おてんば企画の社員は十二名。そのうち九名は女子という女の園であったが、女子パワーに気おされることなく、しっかりとしたあいさつができるあたりは、ナオキの魅力のひとつであった。
さーて。これから二週間、ナオキは私のものと喜びいさんだ美央であったが、自社媒体の『おてんばだより』の締め切りが迫っている関係もあり、ナオキとはコミュニケーションの「コ」の字も持てないほどの忙(せわ)しさ。
こ、恋のインターンシップはどうなったのよ?と焦りまくる美央だったが、ナオキのお相手はとりあえず後輩の安子ちゃんに任せて、美央自身はマック(デザイン専用のパソコンである)の画面と格闘を続けるのであった。
安子の肩書きはアシスタント・デザイナー。地元のおてんば女子大学の出身で、ナオキと同じようにインターンシップがきっかけとなり、二年前におてんば企画に入社した。
ナオキと安子は意外に気が合うようだった。社内では「あんこ」というニックネームで呼ばれていた安子だが、美央よりも二歳年下。ナオキから見て、安子はおてんば企画内でもっとも年齢の近いお姉さんということもあり、どうやら安心して接することができるらしい。キャッキャなんて、日を追うごとに若いふたりの笑い声が社内で聞かれるようになっていった。
あら、意外に仲がいいのね。ちょっとだけジェラシー。美央の立場でいうと、自分の推しであるナオキが安子と親しげに話している光景は、ちょっと受け入れがたかったのである。
うーん、やっぱり年の差は大きいのかな。いやいや、まさかそんなことはない。自分の女子力でならカバーできるでしょ――と美央は自分にいい聞かせながら、雪崩のような仕事の忙しさに耐えていた。
ナオキのインターンシップが二週目に突入した、ある昼休みのことであった。「せめてお昼ぐらいご馳走したいわ」と思った美央は、激務の合間をぬって、ナオキと安子のふたりをランチに誘った。鳥クイーン通いの後遺症で、いまだに重篤な金欠病にあえいでいた美央であったが、恋の起死回生を狙うべく、ここは大奮発するしかないと思い、地元の名物である牛タン定食の人気店に連れ出したのである。
定食とはいうものの、三人で六千円超え。顔で笑って、心で大泣きしながら、美央が定食を頼むと、「ナオキ君も安子ちゃんも頑張っているから、今日は私におごらせて」といい、「それよりもナオキ君はどうなの。卒業後はどうするつもりなのよ。おてんば市には残るの?」と聞いてみた。
「あっ、そうですねー。できれば地元に残りたいです。どんな仕事も勉強だと思うので、とにかく頑張って働いてお金を貯めたら、自分で起業をするのが夢なんですよ。今回のインターンシップは、経営を学ぶ意味でも貴重な経験だと思っています」。
「ナオちゃんは経営学部だもんね。さすが将来の大社長」なんて、安子が口をはさんできた。
えっ、ちょっと待って。ナオちゃんだなんて。まさか“ちゃんづけ”なの? 慌てふためく美央のハートを打ち砕くかのように、安子が続けた。
「じつは先週末、ナオちゃんと飲みに行ったんですけど、ネットをうまく使って、今も小さな会社を始めているんですって。自分の授業料ぐらいは稼いでいるなんていうんですもん。私びっくりしちゃったわ」という安子の言葉に驚いたのは美央の方だった。
えっっ。「ナオちゃんと飲みに行った」だなんて。まさか噓でしょ。この私を差し置いて。なんなの、なんなのなんなの。
聞いてみれば、すでにSNSを活用して、こまめに連絡をとり合っているというナオキと安子。美央にとっては恋のインターンシップのはずが、まさかまさかの失恋のインターンシップなるなんてさ。せっかくの牛タンも喉を通らぬまま、今夜は別な居酒屋でも探して、ひとり酔いしれるのも悪くないかと思う美央なのであった。ダークホース・安子の存在に、ただひたすら恐れおののく美央。せっかくの牛タンも今日は失恋の味しかしなかった。
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