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男子の黒船襲来にジュリー覚醒
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女子大生として大学生活も軌道に乗ってきたころ、おてんばプロレスの中でも、とりわけジュリーにとって、大地を揺るがすような一大事件が勃発した。同じおてんば市内にある、みちのく学院大学のプロレス研究会―その名もイケメンプロレス―が、こともあろう、おてんば女子大学のおてんばプロレスに果たし状を叩きつけてきたのである。詳しくは小説『おてんばプロレスの女神たち』の本編を読んでほしいが、突如として押し寄せた黒船の襲来。しかもイケメンプロレスの首謀というのが、ジュリーのかつての盟友・青山と中村のふたりとあっては、黙って見過ごすわけにいかなかった。
「男子が女子にケンカをしかけてくるなんて、なんなのよ」「きっと話題になりたいだけでしょ、あいつら」「んもう、ぶっつぶしてやるから」と涼子先輩も浅子先輩もいきり立っていたが、ジュリーの気持ちだけは深い霧に包まれていた。
きっと彼らの狙いは自分かもしれないとジュリーは考えていたのである。女子大生になった私のことを見くだしているんだわ、きっと。冷やかし半分、好奇心半分。あるいは私をだしにして、女子大生に近づきたいだけとか。だとしたら最低だし、元・男子(いや、今も男子か)としては許しちゃおけない。
でもね、青山君と中村君のこと。気持ちのどっかでは信じてあげたいような。まさかとは思うんだけど、甲子園初出場をかけた高校三年の最後の試合で、負けたのは自分たちのせい。だから、今度はジュリーへの借りを返そうとか、ジュリーのいるプロレス団体を盛りあげてあげようとか、まさかそんなことを思ってはいないよね、ふたりとも。
だとしたら、おかど違いよ。こう見えても、自分自身、ようやく女子大生という居場所が見つかり、それなりに大学生活をエンジョイしているんだから。私の聖域を荒らさないで。もう私に近づかないでほしい――そんなことまで考えてしまう。
ところが「男女の決戦だなんて、おもしろいじゃないの」といい、身を乗り出してきたのは、浅子先輩のお母さんとお父さんだった。そこはふたりともニューおてんば温泉の経営陣。これはお金の雨を降らせるチャンスとでも思ったのか、女子対男子の対決を前面に、「おてんばプロレス vs イケメンプロレス」をニューおてんば温泉発の一大手づくりイベントとして発信することになったのである。
ニューおてんば温泉の来場客には、プロレスの優待券を配りまくり、市内の全町内会にお願いして「おてんばプロレス vs イケメンプロレス」の特製ポスターまで張り出す始末。ポスターの隅っこの方には、来場者の中から抽選で二十名様にアサコズマザーのサイン入り色紙プレゼントなんて書いてあるけど、うーん、一体誰がほしがる(苦笑)。
いとこで大親友でもあるサッちゃんとは、ふだんからスマホで連絡をとり合っていたが、ありがたいことにサッちゃん自身、職場(商工会議所)の上司にかけ合ってくれたらしく、おてんばプロレスのポスターは市内のアーケード街にも掲示された。なんだかんだいいながら、紙媒体のパワーは健在と見えて、本当にびっくりするほど多くの皆さんから「ポスター見たわよ」ともてはやされ、おてんばプロレスの知名度はさらに上昇していったのである。
女子対男子という天下分け目のメインイベントは「ジュリー vs イケメン中村」の一戦だった。おてんばプロレスの女子的(正体は男子の)レスラーと、イケメンプロレスの絶対的エースの直接対決。かつては甲子園に想いを馳せていた高校時代の野球部の三、四番対決でもある。
「バ~ン」というけたたましいゴング音(いや、例によってバケツ音)が鳴ると、「ファイト」といい、浅子先輩のお父さんがリングを仕切った。
いつもはポーカーフェイスのジュリーも、今日ばかりは緊張しているように見えた。この日のために、ちょっとだけ染めた茶髪をかき分けながら、妙に色っぽいしぐさで、イケメン中村のことを挑発するジュリー。イケメン中村は、一瞬やりにくそうな表情を見せたが、自分で自分に気合を入れるつもりなのか、バンパーンと頬っぺたを叩くと、「さぁ、こい」と臨戦態勢を整えた。それに呼応するかのように、いきなりジュリーが張り手を浴びせた。
「なんだよー」と絶叫しながら、やり返すイケメン中村。バンパーン。パーン。女子同士の闘いとは、比べものにならないほど、激しい張り手の応酬。キラー・ジュリーの降臨だった。ジュリーは反則すれすれで鉄拳パンチまでくり出した。
しかしながら、パワーでまさるイケメン中村は、巧妙な反則技(急所攻撃)もおりまぜながら、ジュリーのことを追い込んでいった。悶絶するジュリーを手玉にとったイケメン中村は、アルゼンチン・バックブリーカーからのエアプレーン・プレスへ。それをなんとかカウント二で返したジュリーに対して、イケメン中村は切り札のフランケンシュタイナーに打って出た。もはや万事休すかと思われたジュリーが、カウント二・九で返すと、会場からは「おおっ」というどよめきが起こった。
「よっしゃ~。これで終わりだー」と息巻くイケメン中村が、決め技としてくり出したのは、ランニングスリーという大技だった。相手を持ちあげ、指をさしてから三歩前へ走り、その勢いで相手をマットに叩きつける荒技中の荒技。バーンという激しい音が響き渡ると、場内から悲鳴が聞こえた。
ワン、ツー、ス‥‥。レフェリーの手がカウント二・九九で止まった。オーッという歓声の中、大の字になりながらも、ジュリーは劣勢からの一発大逆転を狙っていた。半ば頭を抱えて、一体どんな技を出せば決まるんだといわんばかりの顔を浮かべるイケメン中村が、ジュリーの体をコーナーポストもどきの脚立の近くにたぐり寄せると、「今度こそおしまいだぞー」と絶叫しながら、ひねりをくわえながらの改良型ムーンサルト・プレスをくり出した。ジュリーとの対戦に備えて練習を積み重ねてきたという必殺技だったが、イケメン中村がジュリーの体をとらえる直前に、ジュリーがひざを立てた。ジュリーの膝に砕かれて悶絶を打つイケメン中村。ううっという悲鳴。
あっ、もし男子の急所に当たっていたら、ごめんなさいと心の中で詫びるジュリーだったが、これはチャンスと見るや、すぐさま立ちあがり、イケメン中村をファイヤーマンズギャリーで肩に担ぎあげると、そのまま横に倒れ込んでイケメン中村の頭部をマットに沈めた。名づけてラスト・オブ・ザ・ジュリー。見よう見まねで何度も練習を重ねてきた一撃必殺の大技だった。浅子先輩のお父さんが、大きく手を振りかざすと、スリーカウントが入った。ジュリーのミラクルな逆転劇に、会場は割れんばかりの大々々歓声。ジュリーがヒロインになった瞬間だった。
ジュリーがかつての同級生と闘うのには、さまざまな葛藤があった。性の壁を越えて、新たな可能性を追求しようとしているジュリーに、イケメン中村がマイクを通して語りかけてきた。汗にまみれながら、ぜいぜいという荒い息。鬼気迫る表情。
「ジュリー。今日は俺の完敗だ。いくらやられそうになっても、あきらめずにはね返し続ける、そんなお前の姿に俺は心を打たれたよ。今日は負けてしまったが、俺たちにとって、ここは“もうひとつの甲子園”なのかもしれないなぁ。お前はもっと強くなれる。そしてもっといい女になれ、ジュリー。今日はありがとうなー」。
イケメン中村がジュリーにかけ寄って、握手を求めると、ひときわ大きな拍手に包まれた。「もっといい女になれ」と叫んだときの中村の表情には、どことなく照れのようなものが感じられた。場内で交錯する「ジュリー」コールと「中村」コール。「いっそのこと、もう一回、甲子園をめざすか」という中村のマイクに場内が沸騰した。イケメンプロレスとの名勝負数え唄の始まりだった。
「男子が女子にケンカをしかけてくるなんて、なんなのよ」「きっと話題になりたいだけでしょ、あいつら」「んもう、ぶっつぶしてやるから」と涼子先輩も浅子先輩もいきり立っていたが、ジュリーの気持ちだけは深い霧に包まれていた。
きっと彼らの狙いは自分かもしれないとジュリーは考えていたのである。女子大生になった私のことを見くだしているんだわ、きっと。冷やかし半分、好奇心半分。あるいは私をだしにして、女子大生に近づきたいだけとか。だとしたら最低だし、元・男子(いや、今も男子か)としては許しちゃおけない。
でもね、青山君と中村君のこと。気持ちのどっかでは信じてあげたいような。まさかとは思うんだけど、甲子園初出場をかけた高校三年の最後の試合で、負けたのは自分たちのせい。だから、今度はジュリーへの借りを返そうとか、ジュリーのいるプロレス団体を盛りあげてあげようとか、まさかそんなことを思ってはいないよね、ふたりとも。
だとしたら、おかど違いよ。こう見えても、自分自身、ようやく女子大生という居場所が見つかり、それなりに大学生活をエンジョイしているんだから。私の聖域を荒らさないで。もう私に近づかないでほしい――そんなことまで考えてしまう。
ところが「男女の決戦だなんて、おもしろいじゃないの」といい、身を乗り出してきたのは、浅子先輩のお母さんとお父さんだった。そこはふたりともニューおてんば温泉の経営陣。これはお金の雨を降らせるチャンスとでも思ったのか、女子対男子の対決を前面に、「おてんばプロレス vs イケメンプロレス」をニューおてんば温泉発の一大手づくりイベントとして発信することになったのである。
ニューおてんば温泉の来場客には、プロレスの優待券を配りまくり、市内の全町内会にお願いして「おてんばプロレス vs イケメンプロレス」の特製ポスターまで張り出す始末。ポスターの隅っこの方には、来場者の中から抽選で二十名様にアサコズマザーのサイン入り色紙プレゼントなんて書いてあるけど、うーん、一体誰がほしがる(苦笑)。
いとこで大親友でもあるサッちゃんとは、ふだんからスマホで連絡をとり合っていたが、ありがたいことにサッちゃん自身、職場(商工会議所)の上司にかけ合ってくれたらしく、おてんばプロレスのポスターは市内のアーケード街にも掲示された。なんだかんだいいながら、紙媒体のパワーは健在と見えて、本当にびっくりするほど多くの皆さんから「ポスター見たわよ」ともてはやされ、おてんばプロレスの知名度はさらに上昇していったのである。
女子対男子という天下分け目のメインイベントは「ジュリー vs イケメン中村」の一戦だった。おてんばプロレスの女子的(正体は男子の)レスラーと、イケメンプロレスの絶対的エースの直接対決。かつては甲子園に想いを馳せていた高校時代の野球部の三、四番対決でもある。
「バ~ン」というけたたましいゴング音(いや、例によってバケツ音)が鳴ると、「ファイト」といい、浅子先輩のお父さんがリングを仕切った。
いつもはポーカーフェイスのジュリーも、今日ばかりは緊張しているように見えた。この日のために、ちょっとだけ染めた茶髪をかき分けながら、妙に色っぽいしぐさで、イケメン中村のことを挑発するジュリー。イケメン中村は、一瞬やりにくそうな表情を見せたが、自分で自分に気合を入れるつもりなのか、バンパーンと頬っぺたを叩くと、「さぁ、こい」と臨戦態勢を整えた。それに呼応するかのように、いきなりジュリーが張り手を浴びせた。
「なんだよー」と絶叫しながら、やり返すイケメン中村。バンパーン。パーン。女子同士の闘いとは、比べものにならないほど、激しい張り手の応酬。キラー・ジュリーの降臨だった。ジュリーは反則すれすれで鉄拳パンチまでくり出した。
しかしながら、パワーでまさるイケメン中村は、巧妙な反則技(急所攻撃)もおりまぜながら、ジュリーのことを追い込んでいった。悶絶するジュリーを手玉にとったイケメン中村は、アルゼンチン・バックブリーカーからのエアプレーン・プレスへ。それをなんとかカウント二で返したジュリーに対して、イケメン中村は切り札のフランケンシュタイナーに打って出た。もはや万事休すかと思われたジュリーが、カウント二・九で返すと、会場からは「おおっ」というどよめきが起こった。
「よっしゃ~。これで終わりだー」と息巻くイケメン中村が、決め技としてくり出したのは、ランニングスリーという大技だった。相手を持ちあげ、指をさしてから三歩前へ走り、その勢いで相手をマットに叩きつける荒技中の荒技。バーンという激しい音が響き渡ると、場内から悲鳴が聞こえた。
ワン、ツー、ス‥‥。レフェリーの手がカウント二・九九で止まった。オーッという歓声の中、大の字になりながらも、ジュリーは劣勢からの一発大逆転を狙っていた。半ば頭を抱えて、一体どんな技を出せば決まるんだといわんばかりの顔を浮かべるイケメン中村が、ジュリーの体をコーナーポストもどきの脚立の近くにたぐり寄せると、「今度こそおしまいだぞー」と絶叫しながら、ひねりをくわえながらの改良型ムーンサルト・プレスをくり出した。ジュリーとの対戦に備えて練習を積み重ねてきたという必殺技だったが、イケメン中村がジュリーの体をとらえる直前に、ジュリーがひざを立てた。ジュリーの膝に砕かれて悶絶を打つイケメン中村。ううっという悲鳴。
あっ、もし男子の急所に当たっていたら、ごめんなさいと心の中で詫びるジュリーだったが、これはチャンスと見るや、すぐさま立ちあがり、イケメン中村をファイヤーマンズギャリーで肩に担ぎあげると、そのまま横に倒れ込んでイケメン中村の頭部をマットに沈めた。名づけてラスト・オブ・ザ・ジュリー。見よう見まねで何度も練習を重ねてきた一撃必殺の大技だった。浅子先輩のお父さんが、大きく手を振りかざすと、スリーカウントが入った。ジュリーのミラクルな逆転劇に、会場は割れんばかりの大々々歓声。ジュリーがヒロインになった瞬間だった。
ジュリーがかつての同級生と闘うのには、さまざまな葛藤があった。性の壁を越えて、新たな可能性を追求しようとしているジュリーに、イケメン中村がマイクを通して語りかけてきた。汗にまみれながら、ぜいぜいという荒い息。鬼気迫る表情。
「ジュリー。今日は俺の完敗だ。いくらやられそうになっても、あきらめずにはね返し続ける、そんなお前の姿に俺は心を打たれたよ。今日は負けてしまったが、俺たちにとって、ここは“もうひとつの甲子園”なのかもしれないなぁ。お前はもっと強くなれる。そしてもっといい女になれ、ジュリー。今日はありがとうなー」。
イケメン中村がジュリーにかけ寄って、握手を求めると、ひときわ大きな拍手に包まれた。「もっといい女になれ」と叫んだときの中村の表情には、どことなく照れのようなものが感じられた。場内で交錯する「ジュリー」コールと「中村」コール。「いっそのこと、もう一回、甲子園をめざすか」という中村のマイクに場内が沸騰した。イケメンプロレスとの名勝負数え唄の始まりだった。
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