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宇宙一強い女は誰だ
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さぁ、おてんばプロレス最強の女は誰なのか。おてんばプロレス創始者のRKクイーンや、女子プロレス三冠のスーパーアサコに次ぐ“第三の女”の座を巡って、壮絶な闘いがくり広げられようとしていた。
上位に進出した女子レスラー三強による抽選の結果、一戦目は「レディーコングSAKI vs ジャッキー美央」の初顔合わせとなったが、結論を先にいってしまうと、スタミナを温存していたSAKIに軍配があがった。内容的には、まるで映画「ロッキー」のような展開。足元がふらつき、ヨレヨレになりながらもSAKIに食らいつく美央だったが、最後はSAKIの新兵器・STSに屈してしまったのである。四分二十七秒、STSからの体固めでSAKIの勝ち。
「エイドリア~ン」ではなく、「こんちくしょー」と叫びながら、マットレスを重ねただけのリングを叩きつけ、悔しさを露わにする美央にスコールのような「美央」コールが降って沸いた。闘っている姿も、悔しがっている姿も超かわいい。これはビジネスチャンスとばかりに日奈子社長が駆け寄ると、すかさずマイクをつかんで「皆さーん、おてんば企画の美央ちゃんをよろしく。まだ二十ン歳、独身。こんなに愛されキャラだったなんて、いつか美央ちゃんの写真集でも出そうかしら。そしたら皆さん買ってくれますか?」とかなんとかわめき立てながら、どさくさにまぎれて客席に問いかけると、「もちろん買う」という声が返ってきた。
「よし、わかったわ。それじゃ美央、明日から撮影だからね。めざすはベストセラーよ」という日奈子社長のマイクパフォーマンスに、ワーッという歓声がとどろいた。ただ単におちゃらけているようにも見えるが、経営者・日奈子にとっては、れっきとした市場調査。恐ろしいことに、その目は決して笑っていなかったのである。
そんな中で「勝者は私」といわんばかりに、自分のことを指さしながら、ファイティングポーズをとるSAKIだったが、そこはさすがにプロの卵。アマチュアとは一線を画し、さっさと控室に消えてしまった。
「美央ちゃん、マイクで何かいって」というファンの声に推されて、とりあえずマイクを握った美央だったが、何をアピールすればいいのかわからず、「写真集はともかくとして、一度でいいから、これをやりたかったんです」といいながら、例の「おてんば企画」バージョンをやってのけたのだから、これがまたすごい。
「えい、えい、おてんば企画~っ!」だなんて、よくやるよ、美央ちゃんったら。プロレスのセンスのよさと、それなりの美貌と、肝っ玉の強さが受けたらしく、美央人気が爆発したのはいうまでもなかった。「美央の写真集発売は社長命令だからね」とわめき立てる日奈子。
これは後日談になるが、有言実行を信念とする日奈子社長が、実際に美央の写真集を発刊したのには驚かされた。いわゆるオンデマンドという印刷方法で、三百部だけ製作したのだが、これがまたよく売れた。たちまちのうちに二百部の増刷。プレジデント日奈子の勘ピュータは、それなりの精度を誇っていたのである。
二戦目は「ジャッキー美央 vs ミスX4」。
しょっぱなから「美央」コールに包まれた場内の雰囲気に、ちょっとやりにくそうなしぐさ(マスクマンなので表情まではわからなかった)を見せるミスX4だったが、プロレスに関しては、かなりの強者(つわもの)と見えて、美央の脇腹にキックの嵐をぶちかますと、滞空時間の長いブレーンバスターや超高速のエルボードロップなどで攻め立てた。一発一発の技が芸術品としかいいようがなかった。インディアンデスロックからの足四の字固め。ドラゴンスクリューからのドラゴンスリーパー。アトミックドロップからのバックドロップetc。
なんとかカウント二・五ではね返し、もはや立っているのがやっとという美央のボディーにからみつくと、ミスX4がそのまま逆十字固めを決め、いともあっさりとギブアップを奪ってしまった。
レスラーとしては、どちらかというと小柄なミスX4だったが、スピードとテクニックには目を見張るものがあったのである。そんな中での逆十字固めは、さすがに渋すぎかもしれないが、三分五十秒、逆十字固めによるギブアップでミスX4の勝ち。これで美央の優勝はなくなった。
それでも美央人気は本物と見えて、リングを去ろうとする美央の全身に「美央」コールが降り注いだ。まるで大スターにでもなった気分。生まれて初めてのリングさばきを披露した美央は、両腕を振りあげながら満面の笑顔で会場をあとにした。悔しさ半分、嬉しさ半分。
さーて、事実上の頂上決戦を迎えることになった。三回戦は「レディーコングSAKI vs ミスX4」である。
素顔はおろかリングネームさえ明かされることなく、リングに立ち続けるミスX4だったが、決勝戦を前に信じられないハプニングに見舞われた。ミスX4がコールされた直後のことである。なんと驚いたことに、謎の怪覆面であるはずのミスX4が、自らのマスクを剥ぎとり、正体をさらけ出したのである。えっ、何が起こったというのか。あっ。いっ。うっ。え~っ。おおっ。あいうえお、あいうえお。
「まさか」。
「本当かよー」。
「えーっ、嘘に決まっている」。
その光景に大きなどよめきが沸き起こった。いざふたを開けてみたら、な、な、なんと――その正体はジュリー。おてんば企画のタイ駐在所で、バンコクおてんばプロレスのレスラー兼プランナー兼ライター兼エディター兼雑用係を務める噂のジュリーが、そこには立っていたのだ。
学生時代、おてんばプロレスでは“男子で、女子大生で、女子プロレスラー”という衝撃のキャラとして話題を独占したことがある。卒業後は、おてんば企画の一社員として自称・OL生活をエンジョイしていたが、社長の日奈子がバンコクにプロレス団体を立ちあげてからは、完全に風向きが変わった。今やバンコクで一番強い女子プロレスラー(本当は男子)として、バンコクヘビー級チャンピオンの座を守り続けていたのであった。
バンコク出身のSAKIとは、因縁浅からぬ間柄。詳しくは歴代のナンバーをお読みいただくとして、ジュリーとSAKIのふたりは最大のライバルでありながら、最高の心友でもあるという、そんな関係にあったのだ。
まるで奇襲攻撃のようなジュリーの登場に、場内はヒートアップした。「ジュリー」「きゃ~っ」なんて。まるで昭和のアイドルを彷彿とさせるような大歓声が場内を包み込んだ。
「ジュリー先輩、頼みます」なんて声を張りあげながらセコンドについているのは、よく見ると美央だった。美央の隣では、心配そうな顔つきで日奈子が見守っていることを考えると、謎のマスクウーマン=ジュリーという構図は、初めてから仕組まれていたのかもしれない。さすがイベントのプロ集団、おてんば企画といったところか。
肝心のジュリーは‥‥というと、それなりに華奢ではあったが、いつの間にやらボディーラインが丸みを帯びていて、えっ、いつの間にか性転換手術を施したのでは、と疑わざるをえないような体つきであった。よーく見ると、バストも本物っぽい。黒を基調としたコスチュームの間(はざま)から見える胸の谷間には、まるで妖精が棲みついているかのようである。リングにまき散らされるフェロモンにも、女子特有の匂いが感じられた。ていうか、百パーセント女子そのものじゃん。
「ジュリーさんって、今も男子なんですよね。お〇んちんはついていると思うんだけど、誰がどう見ても女子にしか見えない」という美央のひとことに、社長の日奈子はミステリアスな笑みを浮かべるだけだった。
社長と従業員、女性と男の娘(こ)という壁を乗り越えて、恋仲になりかけていた日奈子との関係がどうなったのかも気になるところだが、それは別なタイミングで追及するとして、肝心の試合は両者一歩も譲ることのない一進一退の攻防となった。
ジュリーには十八番の卍固めを狙っている節があり、SAKIには必殺のSTSを決めてやろうという目論見があった。プロの卵としての威厳をかざしながら、「カモーン、ジュリー」と挑発しまくるSAKI。ジュリーはジュリーで“バンコク一強い女”というプライドがあった。
生涯のライバル。そういっても過言ではないほど、ジュリーとSAKIの間には、因縁浅からぬ闘いのドラマが渦巻いていた。バンコクの歓楽街として大人気のナナという街で、数奇な運命に導かれながら出会ったふたり。そのふたりが、おてんばプロレス発祥の地・ニューおてんば温泉のリング(宴会場)で相まみえているのには、大きな感動を覚えずにいられなかった。
五分が経過したところで、SAKIが勝負に出た。一撃必殺のSTSへの布石とでもいうべき、ラリアットを二連発で放つと、勝利の雄(雌)たけびをあげながら、アメフト流の強烈タッグルに打って出たのである。あまりの衝撃に場外へ突き飛ばされてしまったジュリーに対し、巨漢のSAKIが、あっと驚きのプランチャをくり出した。百八十ポンドはあろうかというSAKIのボディーアタックは、インパクト絶大であった。客先でうずくまるジュリーを尻目に、「ウッホウホウホ」という唸り声を発するSAKIの姿は、まさに危険な野獣としかいいようがなかった。
場内にこだまする「ジュリー」コールに後押しされ、なんとかリングへ舞い戻ろうとするジュリーに、その野獣が立ちはだかった。丸太のように図太い足から、強烈なキックを何発もぶち込み始めたのである。これでもか、これでもかという獰猛な攻撃に、会場から悲鳴があがった。どさくさに紛れて、ジュリーへの急所攻撃までくり出したSAKI。男子の急所を狙われ、いつもならあまりの痛さにのたうちまわるジュリーだが、もはや悶絶する気力も残っていないのか、この日は脂汗を流しながら、地獄への崖っぷちをさまよい歩いているだけであった。
男子のあそこをめったうちにしてやる。どうだ、どうだといわんばかりの破天荒な反則攻撃。SAKIのぎらついた眼(まなこ)は、完全に獲物をいたぶる獣の目でしかなかった。
「お願いだから、やめて」「ジュリーが死んじゃうわよ」と涙ながらに訴える日奈子社長。同僚の美央も目を真っ赤にして、「誰か試合を止めて」と叫ぶのがやっとだった。
四角いジャングルの片隅で、大の字になりながら天を仰ぐジュリー。激しい息づかいに呼応して、ジュリーのバストが震えて見えた。そこへ容赦なく、獣のようなSAKIがギロチンドロップを放った。バ~~~ンという、むごたらしい音。
「ワン、ツー、ス‥‥」。
これで勝負あったかと思いきや、なんということだろう、SAKIがジュリーの茶髪を引っ張りあげて、自らのフォールを解いてしまった。ジュリーにとっては、まるで公開処刑のような屈辱。半失神状態のジュリーに対し、「立てよ、おらっ」なんて、凄みをきかせる猛女SAKIの血も涙もない攻撃に耐えられなくなったのか、最前列に座っていた幼子たち-きっと姉妹だろう-が大声で泣き出してしまった。
泣け泣け、もっと泣け。
どーれ、今日は楽しませてもらうぞといわんばかりに、右腕をぐるぐるとかきまわし、一撃必殺のSTSの体勢に入ると、SAKIは「ウオ~ッ」という唸り声をあげながら、虚ろな目で立っているのがやっとのジュリーに突進した。完璧に決まったSAKIの十八番、スペーストルネード砲。あまりの衝撃に、ジュリーの細身が一回転半ほど宙を舞った。すべてが終わりへと向かう瞬間であった。
両の手を合わせて、プロレスの神様に祈りを捧げるしかないジュリーのセコンド陣。日奈子社長も美央も、顔面は涙でくしゃくしゃだった。
「ワン、ツー、スリ‥‥」。
もはや絶体絶命と思われた、そのときのことであった。これをミラクルと呼ばずして、何をミラクルと呼ぶのだろう。なんと信じられないことに、ジュリーがカウント二・九九九ではね返し、そのままSAKIの巨体に吸いつきながら、体固めを決めたのである。起死回生のスモールパッケージホールド。
慌てふためきながら、カウントツーで返すSAKIに「お~っ」というどよめきが起こった。消耗しきったジュリーの体内で、プロレスに賭ける神経だけが、辛うじてつながっている状態。負けるわけにはいかないという女子的闘争本能が、きっとそうさせるのだろう。もはや破れかぶれ。
「うぎゃ~」という奇声を発しながら、ジュリーが反転攻勢に打って出た。丸太のようなSAKIの首にからみつくと、チョークスリーパーで締めあげる。これでもかといわんばかりの鬼気迫る形相。
反則を制するレフェリーのカウントが四・五になったところで、パッと手を離すジュリーの攻撃に、「いいぞ、キラージュリー」「もっとやれ」という声がかかった。正統派超絶美女のジュリーもいいが、キラー(殺し屋)と化した悪の世界のジュリーも魅力的であった。
十二分が経過し、「残り三分」というアナウンスが流れると、ジュリーは総仕あげととばかりに、SAKIのボディーにまとわりつき、卍固めを決めにかかった。ああ、これで勝負あったかと思えるほど、インパクト絶大なジュリーの技の後奏曲(アウトロ)。ぐいぐいという全身がきしむ音だけがリング上に充満した。
「ギブアップ?」という問いかけに首を振り、ついには右腕を横一直線に差し出したSAKI。自分は絶対にギブアップしない――という明確な意思表示でもあった。
場内をつんざくような「ジュリー」コールと「SAKI」コールがぶつかり合った。リング上では、闘う女の汗だけがしぶきをあげていた。
やがて自ら卍地獄を解いたジュリーが、体勢を立て直し、あっと驚きのチキンウィングフェイスロックをくり出した。脱出不可能とまでいわれているハンマーロックとフェイスロックの複合関節技に、さすがのSAKIもたまらずギブアップする以外になかった。
カンカンカンカンと打ち鳴らされる終焉のゴング。十四分十一秒、チキンウィングフェイスロックによるギブアップでジュリーの勝ち。人知れず帰国を果たしていたヒロイン・ジュリーが、おてんばプロレスの頂点を決めるべく、O1クライマックスを制したのだ。
勝敗を決した瞬間、社長の日奈子や美央がリングに駆けあがった。興奮したときにだけくり出される日奈子のキス攻撃-今やおてんばプロレスの風物詩のひとつである-が予想通り飛び出した。心身ともに憔悴しきっているはずなのに、日奈子による魔性の女攻撃で、たちまち夢の中を迷走するジュリー。しかも時間にして一分を超えるキス攻撃を見舞ったのだから、たまったものではない。カンカンカンという制止のゴングが鳴り続ける中、「はぁはぁ」という声を発しながら、ジュリーが身もだえを始めた。
「や、やめて」と口にするのがやっとのジュリー。最後はジュリーの額に唇を寄せると、勝者・ジュリーのことをほめたたえて、運営サイドの代表でもある日奈子がマイクを握った。
「は~。なんか私も興奮しちゃったじゃない。ちょっと待って‥‥。今、呼吸を整えるから」といい、ちょっとだけ深呼吸をすると、どうにか気をとり直して経営者の顔に戻った日奈子が続けた。
「ジュリー、優勝おめでとう。夕べバンコクを発って、その翌日には大会を制するなんてさすがだわね。まさかあなたが黒覆面に変身して、台風の目になるなんて、夢にも思わなかったわ。よーく見ると、体型も少し変わったかなぁ。それもそのはずよね、ジュリー。女子の世界へようこそ。これであなたも女子レスラーの仲間入りです。仕事上は念願のOLということで、これからは真の女子力を発揮しながら、仕事でもプロレスでもチャンピオンをめざしてほしいと思います」という意味深な発言に会場がざわついた。えっ、まさか。嘘だろ、おいおい。
「なーんて。嘘ですよ、嘘。タイでの大工事を終えて、ジュリーが正真正銘の女子になりました――とお伝えしたいところですが、さすがにそれはまだみたいね。まぁ私との結婚の噂がある以上(一部で「え~っ」という声)、男子のままでいてほしいというのがホンネだけど、もしジュリーが本物の女子になっちゃったら、そうねぇ、そのときはひとまず私と一緒に女風呂にでも入ろうか。いっそのこと背中を流してあげるわよ。背中よりも、あそこがいい? なんて。あ、ごめんなさい。中年女がマイクを握ると、すぐに卑猥な話になっちゃうわ」。
そう日奈子がアピールすると、「温泉、一緒に入りたいです」といい、美央や容子、松本までもが手をあげた。ジュリーという最強の女神は、美央らにとっても憧れの存在だったのである。
「俺も入りたい」という観客のオッさんのひとことに、どっと沸き返る名湯・ニューおてんば温泉の宴会場。「混浴タイムを設けろ」とかなんとか、常連の酔っ払い連中が騒ぎ出した。いや、だからジュリーは、まだ男子なんだってば――といいたいところだったが、そこはまぁニューおてんば温泉ならではのお祭り騒ぎということで大目に見てほしいかな。
ニューおてんば温泉の社長夫人から「今日はチャンピオンのジュリーが締めるのよ」とマイクを手渡しされたジュリーが、この日の大会を締めくくることになった。
最後はもちろん、いつものあれ。タイ駐在のジュリーにとっては、久しぶりの日本でのマイクパフォーマンスであった。「ジュリー、俺とつき合え」とか「結婚しよう」とか、好き勝手に騒ぎ立てる酔っ払いどもには、ちょっと閉口するジュリーだったが、それでもO1クライマックスの覇者として、こうしてリングに立てることには無上の喜びを感じていた。
「皆さん元気ですか~。久しぶりに戻ってきました。やっぱり日本の温泉は最高ですよね。男湯に入ったのか、女湯に入ったのか、それは皆さんの想像にお任せしますが、やっぱりニューおてんば温泉のお湯は最高のパワーを注入してくれます。タイでの暮らしも長くなってきましたが、私はこの通り元気ですよ」と前置きしながら、ジュリーが人差し指を突きあげると、満百歳を迎えるニューおてんば温泉の宴会場がひとつになった。
「えい、えい、おてんば~~~ッ!」。
えい、えい、おてんば~、おてんば~(リフレインのつもり‥‥笑)。おてんば市民の熱い声援に感きわまったのか、ジュリーの頬をひと筋の涙が伝(つた)った。その姿に心を打たれたと見えて、まるで津波のように押し寄せる大々歓声。
「ジュリー、ジュリー、ジュリー‥‥」。
最後の最後で握手を交わすジュリーとSAKIに、ひときわ大きな拍手が沸き起こった。ノーサイドとはよくいったもので、マットレスを重ねただけのお手製のリング上に、なんともさわやかな笑顔が咲き誇った。試合後は必ずといっていいほど、やさしく温かな空気に覆われるあたりは、おてんばロレスの魅力でもあった。
「またやりましょう。今度はお互いプロとして対戦したいわね」というSAKIの言葉に、ジュリーがほほえんだ。タイのバンコクで苦楽をともにした両雄(いや、雄と雌か)が、バンコクから五千キロ近くも離れた日本の南東北で、女子プロレスごっこの新しい扉をこじ開けた。
「今日は疲れたっちゃ。ゆっくり休んでけさいん」とかなんとか、覚えたばかりの東北弁を口にするSAKI。
「すっかり東北人になってきたわね」と笑うジュリーだったが、次なる高みをめざすべく、ふたりの闘いはこれからも続く。立場こそ違うが、美央も容子も松本も、みんながみんなジュリーという新たな目標に照準を合わせて、走り出そうとしているのだ。憧れへと続く、闘う女たちの花道。
ネバーギブアップという言葉を胸に刻むジュリーだったが、真のチャンピオンになった以上、数えきれないほど新たな可能性がそこには広がっているに違いない。プロレス以外にもネイルだったり、エステだったり、女子会だったり、もっといろいろなことにチャレンジしたいかな。なんてね。
「ニューおてんば温泉から世界へ、宇宙へ。 青コーナー、宇宙一強い女・ジュリー~ッ!」というアナウンスに合わせ、軽快なテーマ曲が鳴り響くと、ジュリーは自分史上最高の笑顔を輝かせながら天に向かって拳を突きあげた。
上位に進出した女子レスラー三強による抽選の結果、一戦目は「レディーコングSAKI vs ジャッキー美央」の初顔合わせとなったが、結論を先にいってしまうと、スタミナを温存していたSAKIに軍配があがった。内容的には、まるで映画「ロッキー」のような展開。足元がふらつき、ヨレヨレになりながらもSAKIに食らいつく美央だったが、最後はSAKIの新兵器・STSに屈してしまったのである。四分二十七秒、STSからの体固めでSAKIの勝ち。
「エイドリア~ン」ではなく、「こんちくしょー」と叫びながら、マットレスを重ねただけのリングを叩きつけ、悔しさを露わにする美央にスコールのような「美央」コールが降って沸いた。闘っている姿も、悔しがっている姿も超かわいい。これはビジネスチャンスとばかりに日奈子社長が駆け寄ると、すかさずマイクをつかんで「皆さーん、おてんば企画の美央ちゃんをよろしく。まだ二十ン歳、独身。こんなに愛されキャラだったなんて、いつか美央ちゃんの写真集でも出そうかしら。そしたら皆さん買ってくれますか?」とかなんとかわめき立てながら、どさくさにまぎれて客席に問いかけると、「もちろん買う」という声が返ってきた。
「よし、わかったわ。それじゃ美央、明日から撮影だからね。めざすはベストセラーよ」という日奈子社長のマイクパフォーマンスに、ワーッという歓声がとどろいた。ただ単におちゃらけているようにも見えるが、経営者・日奈子にとっては、れっきとした市場調査。恐ろしいことに、その目は決して笑っていなかったのである。
そんな中で「勝者は私」といわんばかりに、自分のことを指さしながら、ファイティングポーズをとるSAKIだったが、そこはさすがにプロの卵。アマチュアとは一線を画し、さっさと控室に消えてしまった。
「美央ちゃん、マイクで何かいって」というファンの声に推されて、とりあえずマイクを握った美央だったが、何をアピールすればいいのかわからず、「写真集はともかくとして、一度でいいから、これをやりたかったんです」といいながら、例の「おてんば企画」バージョンをやってのけたのだから、これがまたすごい。
「えい、えい、おてんば企画~っ!」だなんて、よくやるよ、美央ちゃんったら。プロレスのセンスのよさと、それなりの美貌と、肝っ玉の強さが受けたらしく、美央人気が爆発したのはいうまでもなかった。「美央の写真集発売は社長命令だからね」とわめき立てる日奈子。
これは後日談になるが、有言実行を信念とする日奈子社長が、実際に美央の写真集を発刊したのには驚かされた。いわゆるオンデマンドという印刷方法で、三百部だけ製作したのだが、これがまたよく売れた。たちまちのうちに二百部の増刷。プレジデント日奈子の勘ピュータは、それなりの精度を誇っていたのである。
二戦目は「ジャッキー美央 vs ミスX4」。
しょっぱなから「美央」コールに包まれた場内の雰囲気に、ちょっとやりにくそうなしぐさ(マスクマンなので表情まではわからなかった)を見せるミスX4だったが、プロレスに関しては、かなりの強者(つわもの)と見えて、美央の脇腹にキックの嵐をぶちかますと、滞空時間の長いブレーンバスターや超高速のエルボードロップなどで攻め立てた。一発一発の技が芸術品としかいいようがなかった。インディアンデスロックからの足四の字固め。ドラゴンスクリューからのドラゴンスリーパー。アトミックドロップからのバックドロップetc。
なんとかカウント二・五ではね返し、もはや立っているのがやっとという美央のボディーにからみつくと、ミスX4がそのまま逆十字固めを決め、いともあっさりとギブアップを奪ってしまった。
レスラーとしては、どちらかというと小柄なミスX4だったが、スピードとテクニックには目を見張るものがあったのである。そんな中での逆十字固めは、さすがに渋すぎかもしれないが、三分五十秒、逆十字固めによるギブアップでミスX4の勝ち。これで美央の優勝はなくなった。
それでも美央人気は本物と見えて、リングを去ろうとする美央の全身に「美央」コールが降り注いだ。まるで大スターにでもなった気分。生まれて初めてのリングさばきを披露した美央は、両腕を振りあげながら満面の笑顔で会場をあとにした。悔しさ半分、嬉しさ半分。
さーて、事実上の頂上決戦を迎えることになった。三回戦は「レディーコングSAKI vs ミスX4」である。
素顔はおろかリングネームさえ明かされることなく、リングに立ち続けるミスX4だったが、決勝戦を前に信じられないハプニングに見舞われた。ミスX4がコールされた直後のことである。なんと驚いたことに、謎の怪覆面であるはずのミスX4が、自らのマスクを剥ぎとり、正体をさらけ出したのである。えっ、何が起こったというのか。あっ。いっ。うっ。え~っ。おおっ。あいうえお、あいうえお。
「まさか」。
「本当かよー」。
「えーっ、嘘に決まっている」。
その光景に大きなどよめきが沸き起こった。いざふたを開けてみたら、な、な、なんと――その正体はジュリー。おてんば企画のタイ駐在所で、バンコクおてんばプロレスのレスラー兼プランナー兼ライター兼エディター兼雑用係を務める噂のジュリーが、そこには立っていたのだ。
学生時代、おてんばプロレスでは“男子で、女子大生で、女子プロレスラー”という衝撃のキャラとして話題を独占したことがある。卒業後は、おてんば企画の一社員として自称・OL生活をエンジョイしていたが、社長の日奈子がバンコクにプロレス団体を立ちあげてからは、完全に風向きが変わった。今やバンコクで一番強い女子プロレスラー(本当は男子)として、バンコクヘビー級チャンピオンの座を守り続けていたのであった。
バンコク出身のSAKIとは、因縁浅からぬ間柄。詳しくは歴代のナンバーをお読みいただくとして、ジュリーとSAKIのふたりは最大のライバルでありながら、最高の心友でもあるという、そんな関係にあったのだ。
まるで奇襲攻撃のようなジュリーの登場に、場内はヒートアップした。「ジュリー」「きゃ~っ」なんて。まるで昭和のアイドルを彷彿とさせるような大歓声が場内を包み込んだ。
「ジュリー先輩、頼みます」なんて声を張りあげながらセコンドについているのは、よく見ると美央だった。美央の隣では、心配そうな顔つきで日奈子が見守っていることを考えると、謎のマスクウーマン=ジュリーという構図は、初めてから仕組まれていたのかもしれない。さすがイベントのプロ集団、おてんば企画といったところか。
肝心のジュリーは‥‥というと、それなりに華奢ではあったが、いつの間にやらボディーラインが丸みを帯びていて、えっ、いつの間にか性転換手術を施したのでは、と疑わざるをえないような体つきであった。よーく見ると、バストも本物っぽい。黒を基調としたコスチュームの間(はざま)から見える胸の谷間には、まるで妖精が棲みついているかのようである。リングにまき散らされるフェロモンにも、女子特有の匂いが感じられた。ていうか、百パーセント女子そのものじゃん。
「ジュリーさんって、今も男子なんですよね。お〇んちんはついていると思うんだけど、誰がどう見ても女子にしか見えない」という美央のひとことに、社長の日奈子はミステリアスな笑みを浮かべるだけだった。
社長と従業員、女性と男の娘(こ)という壁を乗り越えて、恋仲になりかけていた日奈子との関係がどうなったのかも気になるところだが、それは別なタイミングで追及するとして、肝心の試合は両者一歩も譲ることのない一進一退の攻防となった。
ジュリーには十八番の卍固めを狙っている節があり、SAKIには必殺のSTSを決めてやろうという目論見があった。プロの卵としての威厳をかざしながら、「カモーン、ジュリー」と挑発しまくるSAKI。ジュリーはジュリーで“バンコク一強い女”というプライドがあった。
生涯のライバル。そういっても過言ではないほど、ジュリーとSAKIの間には、因縁浅からぬ闘いのドラマが渦巻いていた。バンコクの歓楽街として大人気のナナという街で、数奇な運命に導かれながら出会ったふたり。そのふたりが、おてんばプロレス発祥の地・ニューおてんば温泉のリング(宴会場)で相まみえているのには、大きな感動を覚えずにいられなかった。
五分が経過したところで、SAKIが勝負に出た。一撃必殺のSTSへの布石とでもいうべき、ラリアットを二連発で放つと、勝利の雄(雌)たけびをあげながら、アメフト流の強烈タッグルに打って出たのである。あまりの衝撃に場外へ突き飛ばされてしまったジュリーに対し、巨漢のSAKIが、あっと驚きのプランチャをくり出した。百八十ポンドはあろうかというSAKIのボディーアタックは、インパクト絶大であった。客先でうずくまるジュリーを尻目に、「ウッホウホウホ」という唸り声を発するSAKIの姿は、まさに危険な野獣としかいいようがなかった。
場内にこだまする「ジュリー」コールに後押しされ、なんとかリングへ舞い戻ろうとするジュリーに、その野獣が立ちはだかった。丸太のように図太い足から、強烈なキックを何発もぶち込み始めたのである。これでもか、これでもかという獰猛な攻撃に、会場から悲鳴があがった。どさくさに紛れて、ジュリーへの急所攻撃までくり出したSAKI。男子の急所を狙われ、いつもならあまりの痛さにのたうちまわるジュリーだが、もはや悶絶する気力も残っていないのか、この日は脂汗を流しながら、地獄への崖っぷちをさまよい歩いているだけであった。
男子のあそこをめったうちにしてやる。どうだ、どうだといわんばかりの破天荒な反則攻撃。SAKIのぎらついた眼(まなこ)は、完全に獲物をいたぶる獣の目でしかなかった。
「お願いだから、やめて」「ジュリーが死んじゃうわよ」と涙ながらに訴える日奈子社長。同僚の美央も目を真っ赤にして、「誰か試合を止めて」と叫ぶのがやっとだった。
四角いジャングルの片隅で、大の字になりながら天を仰ぐジュリー。激しい息づかいに呼応して、ジュリーのバストが震えて見えた。そこへ容赦なく、獣のようなSAKIがギロチンドロップを放った。バ~~~ンという、むごたらしい音。
「ワン、ツー、ス‥‥」。
これで勝負あったかと思いきや、なんということだろう、SAKIがジュリーの茶髪を引っ張りあげて、自らのフォールを解いてしまった。ジュリーにとっては、まるで公開処刑のような屈辱。半失神状態のジュリーに対し、「立てよ、おらっ」なんて、凄みをきかせる猛女SAKIの血も涙もない攻撃に耐えられなくなったのか、最前列に座っていた幼子たち-きっと姉妹だろう-が大声で泣き出してしまった。
泣け泣け、もっと泣け。
どーれ、今日は楽しませてもらうぞといわんばかりに、右腕をぐるぐるとかきまわし、一撃必殺のSTSの体勢に入ると、SAKIは「ウオ~ッ」という唸り声をあげながら、虚ろな目で立っているのがやっとのジュリーに突進した。完璧に決まったSAKIの十八番、スペーストルネード砲。あまりの衝撃に、ジュリーの細身が一回転半ほど宙を舞った。すべてが終わりへと向かう瞬間であった。
両の手を合わせて、プロレスの神様に祈りを捧げるしかないジュリーのセコンド陣。日奈子社長も美央も、顔面は涙でくしゃくしゃだった。
「ワン、ツー、スリ‥‥」。
もはや絶体絶命と思われた、そのときのことであった。これをミラクルと呼ばずして、何をミラクルと呼ぶのだろう。なんと信じられないことに、ジュリーがカウント二・九九九ではね返し、そのままSAKIの巨体に吸いつきながら、体固めを決めたのである。起死回生のスモールパッケージホールド。
慌てふためきながら、カウントツーで返すSAKIに「お~っ」というどよめきが起こった。消耗しきったジュリーの体内で、プロレスに賭ける神経だけが、辛うじてつながっている状態。負けるわけにはいかないという女子的闘争本能が、きっとそうさせるのだろう。もはや破れかぶれ。
「うぎゃ~」という奇声を発しながら、ジュリーが反転攻勢に打って出た。丸太のようなSAKIの首にからみつくと、チョークスリーパーで締めあげる。これでもかといわんばかりの鬼気迫る形相。
反則を制するレフェリーのカウントが四・五になったところで、パッと手を離すジュリーの攻撃に、「いいぞ、キラージュリー」「もっとやれ」という声がかかった。正統派超絶美女のジュリーもいいが、キラー(殺し屋)と化した悪の世界のジュリーも魅力的であった。
十二分が経過し、「残り三分」というアナウンスが流れると、ジュリーは総仕あげととばかりに、SAKIのボディーにまとわりつき、卍固めを決めにかかった。ああ、これで勝負あったかと思えるほど、インパクト絶大なジュリーの技の後奏曲(アウトロ)。ぐいぐいという全身がきしむ音だけがリング上に充満した。
「ギブアップ?」という問いかけに首を振り、ついには右腕を横一直線に差し出したSAKI。自分は絶対にギブアップしない――という明確な意思表示でもあった。
場内をつんざくような「ジュリー」コールと「SAKI」コールがぶつかり合った。リング上では、闘う女の汗だけがしぶきをあげていた。
やがて自ら卍地獄を解いたジュリーが、体勢を立て直し、あっと驚きのチキンウィングフェイスロックをくり出した。脱出不可能とまでいわれているハンマーロックとフェイスロックの複合関節技に、さすがのSAKIもたまらずギブアップする以外になかった。
カンカンカンカンと打ち鳴らされる終焉のゴング。十四分十一秒、チキンウィングフェイスロックによるギブアップでジュリーの勝ち。人知れず帰国を果たしていたヒロイン・ジュリーが、おてんばプロレスの頂点を決めるべく、O1クライマックスを制したのだ。
勝敗を決した瞬間、社長の日奈子や美央がリングに駆けあがった。興奮したときにだけくり出される日奈子のキス攻撃-今やおてんばプロレスの風物詩のひとつである-が予想通り飛び出した。心身ともに憔悴しきっているはずなのに、日奈子による魔性の女攻撃で、たちまち夢の中を迷走するジュリー。しかも時間にして一分を超えるキス攻撃を見舞ったのだから、たまったものではない。カンカンカンという制止のゴングが鳴り続ける中、「はぁはぁ」という声を発しながら、ジュリーが身もだえを始めた。
「や、やめて」と口にするのがやっとのジュリー。最後はジュリーの額に唇を寄せると、勝者・ジュリーのことをほめたたえて、運営サイドの代表でもある日奈子がマイクを握った。
「は~。なんか私も興奮しちゃったじゃない。ちょっと待って‥‥。今、呼吸を整えるから」といい、ちょっとだけ深呼吸をすると、どうにか気をとり直して経営者の顔に戻った日奈子が続けた。
「ジュリー、優勝おめでとう。夕べバンコクを発って、その翌日には大会を制するなんてさすがだわね。まさかあなたが黒覆面に変身して、台風の目になるなんて、夢にも思わなかったわ。よーく見ると、体型も少し変わったかなぁ。それもそのはずよね、ジュリー。女子の世界へようこそ。これであなたも女子レスラーの仲間入りです。仕事上は念願のOLということで、これからは真の女子力を発揮しながら、仕事でもプロレスでもチャンピオンをめざしてほしいと思います」という意味深な発言に会場がざわついた。えっ、まさか。嘘だろ、おいおい。
「なーんて。嘘ですよ、嘘。タイでの大工事を終えて、ジュリーが正真正銘の女子になりました――とお伝えしたいところですが、さすがにそれはまだみたいね。まぁ私との結婚の噂がある以上(一部で「え~っ」という声)、男子のままでいてほしいというのがホンネだけど、もしジュリーが本物の女子になっちゃったら、そうねぇ、そのときはひとまず私と一緒に女風呂にでも入ろうか。いっそのこと背中を流してあげるわよ。背中よりも、あそこがいい? なんて。あ、ごめんなさい。中年女がマイクを握ると、すぐに卑猥な話になっちゃうわ」。
そう日奈子がアピールすると、「温泉、一緒に入りたいです」といい、美央や容子、松本までもが手をあげた。ジュリーという最強の女神は、美央らにとっても憧れの存在だったのである。
「俺も入りたい」という観客のオッさんのひとことに、どっと沸き返る名湯・ニューおてんば温泉の宴会場。「混浴タイムを設けろ」とかなんとか、常連の酔っ払い連中が騒ぎ出した。いや、だからジュリーは、まだ男子なんだってば――といいたいところだったが、そこはまぁニューおてんば温泉ならではのお祭り騒ぎということで大目に見てほしいかな。
ニューおてんば温泉の社長夫人から「今日はチャンピオンのジュリーが締めるのよ」とマイクを手渡しされたジュリーが、この日の大会を締めくくることになった。
最後はもちろん、いつものあれ。タイ駐在のジュリーにとっては、久しぶりの日本でのマイクパフォーマンスであった。「ジュリー、俺とつき合え」とか「結婚しよう」とか、好き勝手に騒ぎ立てる酔っ払いどもには、ちょっと閉口するジュリーだったが、それでもO1クライマックスの覇者として、こうしてリングに立てることには無上の喜びを感じていた。
「皆さん元気ですか~。久しぶりに戻ってきました。やっぱり日本の温泉は最高ですよね。男湯に入ったのか、女湯に入ったのか、それは皆さんの想像にお任せしますが、やっぱりニューおてんば温泉のお湯は最高のパワーを注入してくれます。タイでの暮らしも長くなってきましたが、私はこの通り元気ですよ」と前置きしながら、ジュリーが人差し指を突きあげると、満百歳を迎えるニューおてんば温泉の宴会場がひとつになった。
「えい、えい、おてんば~~~ッ!」。
えい、えい、おてんば~、おてんば~(リフレインのつもり‥‥笑)。おてんば市民の熱い声援に感きわまったのか、ジュリーの頬をひと筋の涙が伝(つた)った。その姿に心を打たれたと見えて、まるで津波のように押し寄せる大々歓声。
「ジュリー、ジュリー、ジュリー‥‥」。
最後の最後で握手を交わすジュリーとSAKIに、ひときわ大きな拍手が沸き起こった。ノーサイドとはよくいったもので、マットレスを重ねただけのお手製のリング上に、なんともさわやかな笑顔が咲き誇った。試合後は必ずといっていいほど、やさしく温かな空気に覆われるあたりは、おてんばロレスの魅力でもあった。
「またやりましょう。今度はお互いプロとして対戦したいわね」というSAKIの言葉に、ジュリーがほほえんだ。タイのバンコクで苦楽をともにした両雄(いや、雄と雌か)が、バンコクから五千キロ近くも離れた日本の南東北で、女子プロレスごっこの新しい扉をこじ開けた。
「今日は疲れたっちゃ。ゆっくり休んでけさいん」とかなんとか、覚えたばかりの東北弁を口にするSAKI。
「すっかり東北人になってきたわね」と笑うジュリーだったが、次なる高みをめざすべく、ふたりの闘いはこれからも続く。立場こそ違うが、美央も容子も松本も、みんながみんなジュリーという新たな目標に照準を合わせて、走り出そうとしているのだ。憧れへと続く、闘う女たちの花道。
ネバーギブアップという言葉を胸に刻むジュリーだったが、真のチャンピオンになった以上、数えきれないほど新たな可能性がそこには広がっているに違いない。プロレス以外にもネイルだったり、エステだったり、女子会だったり、もっといろいろなことにチャレンジしたいかな。なんてね。
「ニューおてんば温泉から世界へ、宇宙へ。 青コーナー、宇宙一強い女・ジュリー~ッ!」というアナウンスに合わせ、軽快なテーマ曲が鳴り響くと、ジュリーは自分史上最高の笑顔を輝かせながら天に向かって拳を突きあげた。
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