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プレジデント日奈子の大暴走
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「おてんば企画 vs(バーサス) おてんば女子大学。本当に強いのはどっちだ!? おてんば市のプロレス大戦争、勃発」というアナウンスが流れると、割れんばかりの大歓声が巻き起こった。
会場はニューおてんば温泉の宴会場。それこそ三百人も入ればキャパオーバーになるような超ローカルな会場でしかなかったが、SNSによる情報の波が渦巻いて、今や女子プロレスごっこ(あくまでも“ごっこ”である)の聖地ともいうべき、名スポットに生まれ変わっていた。何の変哲もない昔ながらの日帰り温浴施設の宴会場が、日本中、ややもすると世界中のプロレスファンに注目されるようになっていたのだ。
この日のメインイベントは、ジャッキー美央 vs 稲辺容子。OLプロレスラーとして急成長を遂げた美央と、女子大生プロレスの雄(いや、雌か)・容子による初の一騎打ちである。
おてんば企画でグラフィックデザイナーとして働いている美央は、当年とって二十ン歳。残業疲れの身体に鞭打って、デザイナーとプロレスラーという二足のわらじを履いていた。もっといえば、美央は大の酒好き。デザイナーとプロレスラーのほかに、ドリンカー(しかも超の字がつくほどのスーパードリンカー)という三つの顔を併せ持っていたのである。
一方の容子は、おてんば女子大学の四年生。おてんばプロレスのエースというプライドから、決して負けるわけにいないという想いで、リングならぬマットレスを重ねただけの四角いジャングルに立っていた。容子自身、卒業後は小学校の教壇に立つことになっているが、教職についてからもプロレスだけは続けるつもりでいた。しかしながら、子どもたちや保護者の手前、卒業後は謎のマスクウーマンとしての再デビューを模索するしかないだろう。マスクの力を借りられるのであれば、ちょい悪女・ヨーコに変身するのも悪くないと容子は考えていた。
カ~~~ンという軽やかなゴングが鳴り響くと、激しいにらみ合いが始まった。強さとかわいらしさを持ち合わせた両雄ならぬ両雌。美央のセコンドでは、おてんば企画の名物社長・プレジデント日奈子が「やっちゃえ、やっちゃえ」といい、ひとりでまくしたてていた。容子のセコンドには、おてんば女子大学の盟友・ファイヤー松本がついていたが、リングネームに合わせて、その顔にはファイヤー(炎)を連想させるようなペイントが施されていた。
手四つの体勢からキックをぶち込む美央。容子がひるんだ隙に、エルボースマッシュを決めると、容子の背後にまわり込んで、美央がスリーパーホールドを決めた。両の手を宙で泳がせながら、もがき苦しむ容子。どちらかというと、スピードが命の容子の動きを締め技で封印しようという美央の作戦であった。
スリーパーホールドからドラゴンスリーパーへ。苦しまぎれにバタつかせた容子の右足を、たまたま美央が左手でキャッチすると、足とりドラゴンスリーパーという変形技が決まった。たまたまとはいえ、これは苦しい。
「うぎゃ~~~っ」という苦悶の悲鳴を発する容子。百年にひとりの逸材とまでいわれた女子大生プロレスのアイコン・容子がいきなり劣勢に立たされた。
「ギブアップ?」と問いかけながら、しきりに容子の頬を叩きならスレフェリーは、会場を提供しているニューおてんば温泉の社長である。何を隠そう、ひとり娘の浅子がおてんば女子大学・おてんばプロレスのOGという関係から、おてんばプロレスの興行には全面的に協力していた。娘の浅子はスーパーアサコというリングネームで、今や日本を代表する女子プロレス団体・ジャパンなでしこプロレスのエースとして大暴れを続けている。
レフェリーの声に、「ノーノー」と顔を振る容子。もはや脱出不可能と思われた容子だが、そう簡単に終わらないのが容子というレスラーのすごさでもあった。
薄れゆく意識の中で美央にパンチをくり出すと、美央の顔をもみくちゃにしながら、アイアンクローに打って出たのだ。手のひらで相手の顔を握りつける荒技中の荒技に、今度は美央が「うわ~っ」という絶叫をあげた。雷鳴のごとく響き渡る「美央」コールと「容子」コール。容子の握力が尋常ではなかったと見えて、美央はドラゴンスリーパーの手をほどくしかなかった。
容子が息を吹き返すと、一転してリング上は空中戦の応酬となった。意表を突いたゼロ戦キックで美央を場外へぶっ放すと、まるで水のないプールへ飛び込むようにな人間ロケット砲をくり出す容子。美央が場外で崩れ落ちるのを見てとると、今度はそこへ虹を描くようなラ・ケブラーダをぶちかました。
‥‥セブン、エイト、ナイン。
‥‥フォーティーン、フィフティーン、シックスティーン。
カウントが進むにつれ、勝利を確信したかのように、リング上で両腕をあげる容子だったが、なんとそこへ美央が舞い戻り、不意討ちのバックドロップをぶっ放したではないか。と思ったら、起きあがりこぼし式トリプルジャーマンの連続弾。首をさすりながら、どうにか立ちあがろうとした容子に対し、美央は勝負とばかりに新技のタイムボムをくり出した。後頭部から垂直落下式に突き刺す変形のダイナマイト・プランジャー。これにはさすがの容子も身動きひとつできず、スリーカウントが決まった。
「ワン、ツ―、スリー」。
カンカンカンカンというゴングが乱打される中、肩で息をしながら美央が手をあげた。八分二十五秒、タイムボムからの体固めで美央の勝ち。
「やったー」といいながら、リング上で小躍りをする美央を日奈子が抱きかかえた。「よくやったわ、美央ちゃん。ほとんどプロの域よ」という日奈子の声が弾んでいた。ワーッという大歓声の中、「皆さーん」といいながら、日奈子がマイクを鷲づかみにした。
「私は‥‥私は今日の試合に大満足です。容子ちゃんもすごかったし、美央ちゃんも強かった。この試合はもうプロの世界だと思っていて、できれば私たちは本気でプロをめざすことを、ここに宣言します!」だなんて。あらら、また始まった。プレジデント日奈子の大暴走。
「どうせやるんだったら、女子最強のプロレス団体にでも挑戦状をたたきつけようかしらね~。待ってろよ、ジャパン〇〇〇〇プロレス!」とかなんとか。走り出したら止まらない日奈子のたわごとは、その後の女子プロレス界に一石どころか、百石ぐらいの雨あられを投じることになったのである。
会場はニューおてんば温泉の宴会場。それこそ三百人も入ればキャパオーバーになるような超ローカルな会場でしかなかったが、SNSによる情報の波が渦巻いて、今や女子プロレスごっこ(あくまでも“ごっこ”である)の聖地ともいうべき、名スポットに生まれ変わっていた。何の変哲もない昔ながらの日帰り温浴施設の宴会場が、日本中、ややもすると世界中のプロレスファンに注目されるようになっていたのだ。
この日のメインイベントは、ジャッキー美央 vs 稲辺容子。OLプロレスラーとして急成長を遂げた美央と、女子大生プロレスの雄(いや、雌か)・容子による初の一騎打ちである。
おてんば企画でグラフィックデザイナーとして働いている美央は、当年とって二十ン歳。残業疲れの身体に鞭打って、デザイナーとプロレスラーという二足のわらじを履いていた。もっといえば、美央は大の酒好き。デザイナーとプロレスラーのほかに、ドリンカー(しかも超の字がつくほどのスーパードリンカー)という三つの顔を併せ持っていたのである。
一方の容子は、おてんば女子大学の四年生。おてんばプロレスのエースというプライドから、決して負けるわけにいないという想いで、リングならぬマットレスを重ねただけの四角いジャングルに立っていた。容子自身、卒業後は小学校の教壇に立つことになっているが、教職についてからもプロレスだけは続けるつもりでいた。しかしながら、子どもたちや保護者の手前、卒業後は謎のマスクウーマンとしての再デビューを模索するしかないだろう。マスクの力を借りられるのであれば、ちょい悪女・ヨーコに変身するのも悪くないと容子は考えていた。
カ~~~ンという軽やかなゴングが鳴り響くと、激しいにらみ合いが始まった。強さとかわいらしさを持ち合わせた両雄ならぬ両雌。美央のセコンドでは、おてんば企画の名物社長・プレジデント日奈子が「やっちゃえ、やっちゃえ」といい、ひとりでまくしたてていた。容子のセコンドには、おてんば女子大学の盟友・ファイヤー松本がついていたが、リングネームに合わせて、その顔にはファイヤー(炎)を連想させるようなペイントが施されていた。
手四つの体勢からキックをぶち込む美央。容子がひるんだ隙に、エルボースマッシュを決めると、容子の背後にまわり込んで、美央がスリーパーホールドを決めた。両の手を宙で泳がせながら、もがき苦しむ容子。どちらかというと、スピードが命の容子の動きを締め技で封印しようという美央の作戦であった。
スリーパーホールドからドラゴンスリーパーへ。苦しまぎれにバタつかせた容子の右足を、たまたま美央が左手でキャッチすると、足とりドラゴンスリーパーという変形技が決まった。たまたまとはいえ、これは苦しい。
「うぎゃ~~~っ」という苦悶の悲鳴を発する容子。百年にひとりの逸材とまでいわれた女子大生プロレスのアイコン・容子がいきなり劣勢に立たされた。
「ギブアップ?」と問いかけながら、しきりに容子の頬を叩きならスレフェリーは、会場を提供しているニューおてんば温泉の社長である。何を隠そう、ひとり娘の浅子がおてんば女子大学・おてんばプロレスのOGという関係から、おてんばプロレスの興行には全面的に協力していた。娘の浅子はスーパーアサコというリングネームで、今や日本を代表する女子プロレス団体・ジャパンなでしこプロレスのエースとして大暴れを続けている。
レフェリーの声に、「ノーノー」と顔を振る容子。もはや脱出不可能と思われた容子だが、そう簡単に終わらないのが容子というレスラーのすごさでもあった。
薄れゆく意識の中で美央にパンチをくり出すと、美央の顔をもみくちゃにしながら、アイアンクローに打って出たのだ。手のひらで相手の顔を握りつける荒技中の荒技に、今度は美央が「うわ~っ」という絶叫をあげた。雷鳴のごとく響き渡る「美央」コールと「容子」コール。容子の握力が尋常ではなかったと見えて、美央はドラゴンスリーパーの手をほどくしかなかった。
容子が息を吹き返すと、一転してリング上は空中戦の応酬となった。意表を突いたゼロ戦キックで美央を場外へぶっ放すと、まるで水のないプールへ飛び込むようにな人間ロケット砲をくり出す容子。美央が場外で崩れ落ちるのを見てとると、今度はそこへ虹を描くようなラ・ケブラーダをぶちかました。
‥‥セブン、エイト、ナイン。
‥‥フォーティーン、フィフティーン、シックスティーン。
カウントが進むにつれ、勝利を確信したかのように、リング上で両腕をあげる容子だったが、なんとそこへ美央が舞い戻り、不意討ちのバックドロップをぶっ放したではないか。と思ったら、起きあがりこぼし式トリプルジャーマンの連続弾。首をさすりながら、どうにか立ちあがろうとした容子に対し、美央は勝負とばかりに新技のタイムボムをくり出した。後頭部から垂直落下式に突き刺す変形のダイナマイト・プランジャー。これにはさすがの容子も身動きひとつできず、スリーカウントが決まった。
「ワン、ツ―、スリー」。
カンカンカンカンというゴングが乱打される中、肩で息をしながら美央が手をあげた。八分二十五秒、タイムボムからの体固めで美央の勝ち。
「やったー」といいながら、リング上で小躍りをする美央を日奈子が抱きかかえた。「よくやったわ、美央ちゃん。ほとんどプロの域よ」という日奈子の声が弾んでいた。ワーッという大歓声の中、「皆さーん」といいながら、日奈子がマイクを鷲づかみにした。
「私は‥‥私は今日の試合に大満足です。容子ちゃんもすごかったし、美央ちゃんも強かった。この試合はもうプロの世界だと思っていて、できれば私たちは本気でプロをめざすことを、ここに宣言します!」だなんて。あらら、また始まった。プレジデント日奈子の大暴走。
「どうせやるんだったら、女子最強のプロレス団体にでも挑戦状をたたきつけようかしらね~。待ってろよ、ジャパン〇〇〇〇プロレス!」とかなんとか。走り出したら止まらない日奈子のたわごとは、その後の女子プロレス界に一石どころか、百石ぐらいの雨あられを投じることになったのである。
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