おてんばプロレスの女神たち ~レディーコングSAKIの日本上陸~

ちひろ

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レディーコングSAKI試練の七番勝負・後編

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 さてさて。ここまで三連勝のレディーコングSAKIだが、いよいよこれからが正念場。四戦目以降は、本気で女子プロレスラーをめざす現役女子大生との対戦が待ち受けていた。
 「ああ、緊張する」というサキに、「無理しないでね」となだめる美央。ふたりの間で「ちょっとひと休みも必要かしら」ということになり、社長の日奈子にも声をかけ、九月の連休を利用しながら、美央らは日本三景・松島にある温泉で骨休みすることになった。
 松島はおてんば市から車で一時間ほど。サキ、美央、日奈子という三人組女子(いや、約一名は熟女か)は、さっそく松島の海が見える露天風呂で羽を伸ばしていた。
 「ふぅ、気持ちいい。たまには海もいいわね」なんて、日奈子が誰にともなく言葉を投げかけると、「はい、本当です」とサキが呼応した。タイのバンコク出身のサキにとって、日本の温泉は至宝の体験でもあった。
 「おてんば温泉以外の温泉に入るなんて久しぶりかも」と美央。松島には二百六十余りの島々が浮かんでいるといわれるが、絵に描いたような光景を目の当たりにしながら、自然からの恵みである温泉に浸れるのは奇跡に近かった。
 風光明媚な松島の風景と海鮮料理は、サキにとっていい充電になったようだ。美央や日奈子との絆も心強かったらしく、サキは「後半の試合もベストを尽くします。Xが誰であろうと、全力でガンバりぬくだけ」と笑顔をのぞかせた。
 あっ、でも、待って。そういえば、Xを誰にするか、まだ決まっていなかったわ。だなんて。
 いけない、いけない。明日にも手配をかけなくちゃ。日奈子は、相変わらず日奈子のペースであった。
 試練の七番勝負。第四戦が開催されたのは、九月の最後の土曜日の午後だった。
 レディーコングSAKIの対戦相手は、おてんばプロレスの副将・ファイヤー松本。パワーファイターとして名を馳せる者同士の闘いである。力と力、魂と魂。試合は予想通り、お互いのプライドのぶつかり合いとなった。
 最初に仕かけたのは松本だった。至近距離のラリアットからゴッチ式パイルドライバー、カナディアンバックブリーカーと立て続けに大技をくり出してきた。
 「何くそ」という熱い想いがぶつかり合う。何くそ、何くそッ。その激闘を目の当たりにして、日奈子は「おてんばプロレス vs バンコクおてんばプロレス」の全面抗争もおもしろいかも――なんて、ほくそ笑んでいた。ゲームだけでなく、将来はメタバースの世界でも展開できるかもしれないと想いを広げていたのである。
 試合は一進一退の攻防が続いたが、最後はレディーコングSAKIが大技中の大技であるランニングスリーを決めて、勝負をものにした。
〇レディーコングSAKI vs ✕ファイヤー松本
 七分四秒、ランニングスリーからの体固めでレディーコングSAKIのフォール勝ち。悔しがる松本がマイクで再選をアピールしたが、「十年早いんだよ」というサキの言葉に一蹴されてしまった。
 「ウッホウホウホ」というサキの叫び声。常勝レスラーサキの強さは、今やおてんば温泉の名物のひとつになっていた。
 十月の体育の日。第五戦は、おてんばプロレスのエース・稲辺容子との一戦であった。
 「おてんばプロレスの牙城は私が守る」という想いで試合に臨んだ容子だったが、はなはだ残念なことに、試合の途中で容子がケガを負うというアクシデントに見舞われてしまった。試合を優位に進めていた容子が、ここぞという場面でトペ・スイシ―ダを放ったところ、勢い余って本部のテーブルに誤爆してしまい、鼻血を出してしまったのだ。
 「鼻血なんてケガのうちに入らない」といい、あくまでも試合続行をアピールした容子だったが、安全面を考えて不戦勝となった。セコンドについていた妹の隆子が、半泣きでリングに駆けあがると、「えっ、なんで」といい、悔しさをにじませる容子。悲運のエースが、血まみれになる中、無情のゴングが鳴り響いた。
〇レディーコングSAKI vs ✕稲辺容子 ※不戦勝
 これでレディーコングSAKIの五連勝。タイのバンコクでプロレス魂を燃やしてきたサキが、日本の女子プロレス(ごっこ)を圧倒しているのだ。
 じつをいうと、この時点でサキの六戦目の相手は、まだ決まっていなかった。「ど、どうしよう」なんて焦りまくる日奈子だったが、救いの手を差しのべる者はいるもので、土壇場で対戦相手が名乗りをあげた。その名もザ・グレート・サタケ。本名は佐竹真美で、かつては容子らと同じマットプロレスで闘い抜いてきた仲間であるが、あいにく心の病気に襲われて、今は休学状態が続いていた。
 ところが、女子プロレスラー(もどき)としての血が騒いだのか、容子が出したHELPのメールに、真美が呼応してきたのである。私でよければ試合に出たい。久しぶりに大暴れしようかな――という短いメールの文面からは、真美のじっとしていられない気持ちが伝わってきた。
 第六戦が実現したのは、木枯らしが吹き始めた十一月の日曜日のこと。南国生まれのサキにとって、この時期の日本の寒さは耐え難いところだが、決して弱さを見せないこと、それがサキのすごさでもあった。
 容子や松本が心配そうに見守る中、ついにザ・グレート・サタケがリングに立った。一時はヒールとして脚光を浴びたザ・グレート・サタケのことを知っている観客がいるのか、一部で「ワーッ」という歓声が渦巻いた。いきなり降ってわいた注目の一戦。どちらかというと、巨漢の部類のふたりが相対すると、ただでさえも狭いリングが窮屈に感じられる。レディーコングSAKIが“キングコング”の異名をとるなら、ザ・グレート・サタケはまるでティラノサウルスのよう。肉食系の獰猛な女子対決に場内の期待は高まった。
 「ガ~~~ン」というお手製ゴング(正体はバケツ)の音。予想通り試合は好勝負となった。パワー vs パワー。レディーコングSAKIの豪快なラリアットを三連発で食らっても倒れないザ・グレート・サタケ。と思ったら、ザ・グレート・サタケのバックドロップを五連発で食らおうとも、すぐさま立ちあがり、不敵な笑みを浮かべるレディーコングSAKI。どちらも譲らなかった。
 試合が動き出したのは、五分経過後である。ザ・グレート・サタケが強烈なアトミックドロップをぶちかますと、苦悶の表情を浮かべるレディーコングSAKIにローリングクレイドルをくり出した。和名は回転揺り椅子固め。
 意表を突いた必殺技に、誰もが勝負あったと思ったが、いかんせんリングが狭すぎた。ふたりの肉体の塊が場外に転げ落ち、回転揺り椅子の呪縛を解かれたレディーコングSAKIが、ザ・グレート・サタケのバックをとると、「お返し」とばかりにアトミックドロップを決め、そのままザ・グレート・サタケをへそ投げ式のバットドロップで後方に投げつけた。アトミックドロップとバックドロップの複合技に、カウントスリーが入った。
 タイ語で何かを叫びながら、レディーコングSAKIが両手をあげると、「やったよ、やった」といい、美央がリングになだれ込んだ。大の字になり、リングにひれ伏したザ・グレート・サタケには、容子と松本のふたりが駆け寄った。
〇レディーコングSAKI vs ✕ザ・グレート・サタケ
 八分十六秒、新兵器のアトミックバックドロップでレディーコングSAKIのフォール勝ち。プロも顔負けの圧倒的な名勝負に、惜しみない拍手が送られた。
 レディーコングSAKIが、生まれて初めての“雪”を体感した十二月のことである。試練の七番勝負も、ついに最終局面を迎えることになった。相手はアナザーX。Xも何もまだ対戦相手が決まっていないというのが、本当のところだったが、主催者の日奈子いわく、「最悪、私(プレジデント日奈子)がもう一回出るわ」だなんて。
 「あっ、日奈子社長が出るんだったら、自分(ジャッキー美央)の方がまだましでしょ」と美央は思ったが、さすがに口にはできなかった。
 おてんば市民への贈りものという意味を込めて、第七戦はクリスマスの日に開催された。気になる対戦相手が誰なのかは、試合の直前になっても、なお謎のヴェールに包まれたまま。プレジデント日奈子がスーパープレジデント日奈子になって出るんじゃないかとか、ザ・グレート・サタケがリベンジのために再戦を要求するんじゃないかとか、さまざまな憶測が乱れ飛んだ。
 王者の風格さえ漂わせるようになったレディーコングSAKIも、この日ばかりは緊張しているように見えた。未知の相手との対戦。アナザーXの入場に緊張感が走った。
 「今日の日を待っていた。レディーコングSAKIの全力ファイトは私が受け止める。アナザーX選手の入場です」というアナウンスに合わせて、ピンクのガウンに身を包んだ女子選手が疾風のごとく現れた。あっ、ジュリーだ。ジュリー。レディーコングSAKIとは、タイのバンコクで死闘を演じたジュリーがリングインすると、「ジュリー」コールが沸き起こった。
 「マイヘンナーン」。一瞬だけ笑顔をのぞかせたサキが、「久しぶり」という意味の言葉をタイ語で口にした。
 「カ~~~ン」というゴングが鳴ると、しばしの間、両者のにらみ合いが続いた。
 一週間ほど前。社長の日奈子から「一時帰国して、サキとのクリスマス決戦に臨んでほしい」といわれたとき、ジュリーはふたつ返事でOKを出した。ライバルのサキの成長ぶりを確かめたい。郷里のおてんば市で、ジュリー自身の成長を多くの方に観てもらいたい。そんな想いを胸に、緊急帰国を決めたのだった。
 序盤は静かな闘いが続いた。相手の出方をうかがいながら、得意のサブミッションに持ち込もうとするジュリー。そうはさせまいと、ショットレンジのキックで応酬するレディーコングSAKI。
 試合が大きく動き出したのは、五分を過ぎてからだった。パワーで勝るレディーコングSAKIが、新技のドラゴンバックブリーカーでジュリーを打ちのめすと、ジャンピング式のパワーボムで勝負に出たのだ。カウント二・五で返すジュリーだったが、これをチャンスととらえたレディーコングSAKIは、大技を連発してきた。迫力満点のラリアットをくり出すと、ひねりを加えたバットドロップ。滞空時間の長いブレーンバスターからのランニングスリー。ジュリーの華奢な体を赤子のようにもてあそぶ試合展開に、場内から悲鳴があがった。
 ところが――。
 「ああ、もうやめて」という日奈子の声が轟く中、予期せぬミラクルが起こった。闘う女(正確には男の娘(こ)だが‥‥)の本能がそうさせるのか、一瞬のスキをついて、延髄切りをくり出したジュリーが、レディーコングSAKIの巨体に吸いつき、卍固めを決めにかかったのだ。絶対に決めてみせるというジュリーの必死の形相。いや、決してギブアップだけはしないというレディーコングSAKIの決意。ふたつの魂がリング上で火花を散らした。結果はフルタイムドロー。
〇レディーコングSAKI vs ジュリー ※十五分、時間切れによる引き分け。
 試合後は両選手の希望により、再試合が決定した。会場をつんざくような「サキ」コールと「ジュリー」コールの二重奏。日奈子や美央がリングに駆けあがり、名勝負をくり広げたふたりのヒロインをたたえた。感きわまったのか、珍しくサキの頬を涙の川が伝(つた)った。
 レディーコングSAKI試練の七番勝負。結果は六勝一引き分けに終わったが、じつをいうと、このイベントに熱い視線を注いでいた女子プロレス団体・ジャパンなでしこプロレスから、ぜひともレディーコングSAKIを練習生として迎え入れたいという打診が入った。ジャパンなでしこプロレスには、おてんばプロレスの創始者であるRKクイーンこと木下涼子や、そのライバルでもあるスーパーアサコこと船橋浅子もいた。
 これはあとになった知ったことだが、RKクイーンとスーパーアサコのWエースが、ジャパンなでしこプロレスのフロントにかけ合ってくれたらしい。おてんばプロレスに素晴らしい逸材がいるからと――。本当であれば、ジュリーのことも招き入れたいようなのだが、ジュリーはあくまでも男の娘。女子プロレスの規定に反するということで、残念ながら対象外とされていた。戸籍上の問題さえ解決できれば、ジュリーのプロ入りも夢ではないのだが。
 「サキちゃん、おめでとう」というジュリーや日奈子、美央からの祝福の言葉に、サキが「コップンカー(ありがとう)」と答えた。今度はジュリーが感きわまり、瞳を潤ませていた。
 トレードマークでもある「ウッホウホウホ」という雌たけびが、日本中を震撼する日はそう遠くないのかもしれない。レディーコングSAKIの日本でのプロレス人生はまだ始まったばかり。年が明けて、おてんば市に新たな季節(とき)が巡りくる頃、レディーコングSAKIの周辺も慌ただしくなることだろう。雪化粧を施して美しい輝きを放つ蔵王山にも負けないほど、壮大な未来がそこには広がっているのだ。
―――青コーナー、蔵王山もひとまたぎ、レディーコングSAKI~ッ!
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