おてんばプロレスの女神たち ~レディーコングSAKIの日本上陸~

ちひろ

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本家「おてんばプロレス」との確執

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 「サキちゃん、日本へようこそ」。
 「さ、寒い」と大きな身体を縮こませながら、みちのく国際空港のロビーへ現れたレディーコングSAKIを、バンコクおてんばプロレスの主宰者のひとりである佐藤日奈子が笑顔で出迎えた。日奈子の部下である村上美央も手を振った。
 有限会社おてんば企画の代表取締役。それが日奈子の肩書きだったが、もうひとつ、バンコクおてんばプロレスの発起人という顔もあわせ持っていた。この日はバンコクおてんばプロレスでひと花咲かせたレディーコングSAKIというタイ人女子レスラーを、おてんばプロレスの本拠地・おてんば市へプロレス遊学させるために、最寄りの国際空港まで迎えにきたのである。レディーコングSAKIはリングネームで、タイでのニックネーム(生まれたときからのもうひとつの名前)はサキだ。
 SNSでは「バンコクナンバーワンの荒くれレスラーが、日本のプロレス界に殴り込み」というふれ込みだったが、殴り込みも何もあったものじゃない。じつにのどかな雰囲気の中、サキが温泉で有名な南東北の地方都市・おてんば市へとやってきた。
 暦の上では三月の終わり。どちらかというと、小春日和の穏やかな日であったが、常夏の国・タイで生まれ育ったサキにとっては、生まれて初めて体感する日本の(しかも南東北の)寒さだった。サキの手がかじかむ。手がかじかむって、こういうことをいうのかとサキは実感した。
 レスラーといっても、もちろんプロでもなんでもない。いわゆる社会人プロレスのようなものだが、いち早くその素養を見抜いた日奈子は、サキの将来性に投資すべく、この四月よりおてんば女子大学で聴講生として学べるように仕込んであげたのだ。日奈子の他に、地元でニューおてんば温泉という日帰りの温浴施設を営んでいる会社の社長(おてんばプロレスのOBで、現在はプロとして活躍するスーパーアサコのお父さんだ)にも協力してもらっていた。
 晴れてめでたく日本への遊学を果たしたサキ。当座はニューおてんば温泉で清掃や皿洗いなどの雑務を手伝いながら、大学で日本文化を学ぶための講義を聴講し、それ以外の空いた時間で体を鍛える――という三重生活が始まった。
 サキの住まいに関しては、おてんば市内の実家から通っている社員の美央が手をあげて、自宅の空いている部屋を無料で貸し出してくれた。美央の家は古くからの農家で、部屋がたくさん余っていたのだ。考えてみると、サキと美央は同い年。国籍という壁を超えて、ふたりの間に友情の二文字が芽生えるまで、そう多くの時間はかからなかった。サキ自身、バンコクで日本語の勉強をしていたらしく、日常的な会話にはほとんど困らなかった。
 ゴールデンウィークを目前にしたある日のこと。サキは美央と一緒に、おてんば女子大学の女子プロレスごっこ団体・おてんばプロレスの練習を見学させてもらうことになった。場所はニューおてんば温泉の小宴会場。床の上にマットレスを二枚ずつ重ねて、お手製のリングをつくり、そこで主要メンバーたちがトレーニングを積んでいた。
 主要メンバーも何も現状おてんばプロレスにいるのは、稲辺容子(本名)とファイヤー松本(本名:松本美恵子)のふたりだけだったが、この日はたまたま容子の妹の隆子も応援にきていた。隆子は高校三年生だったが、卒業後はおてんば女子大学へ進み、おてんばプロレスに参戦するのが夢だという。格闘技の経験はなかったが、姉の容子に負けず劣らず運動神経がよく、おてんばプロレスとしては将来期待の練習生として受け入れていたのだ。
 おてんばプロレスには、ザ・グレート・サタケ(本名:佐竹真美)という選手も在籍していたが、今はあいにく心の病気で休学状態が続いていた。
 「タイからきました。私はサキです」というと、容子と松本のふたりが笑顔で握手を求めてきた。
 「サキちゃんのことは、ジュリー先輩から聞いています」と容子がいうように、おてんばプロレスのOG(いや、正しくはOBか)でもあるジュリーとは、今も連絡をとり合っているらしい。ジュリー(本名:木村樹里亜)はタイのバンコク在住で、サキにとっては最大のライバルレスラーでもあった。サキとジュリーの熱き闘いは、それこそバンコク版・名勝負数え歌とも呼ばれていた。詳しくは『バンコクおてんばプロレスの女神たち ~バーニング・スピリット・イン・タイ~』をお読みくださいね。
 初めておてんばプロレスの練習を目の当たりにしたサキの感想。それは生ぬるいということであった。こんなことでは強くなれない。世界に置いてきぼりにされてしまう。ていうか、こんなことではサキ自身、わざわざ日本へきた意味はないというのが、嘘うつわりのない想いだった。
 「タイでのジュリーのファイトは素晴らしかった。それなのに、皆さんのファイトはレベルが低すぎます。こんなことでは、絶対に強くなれません」というサキの言葉に、すぐさま容子が反応した。
 「いや、私たちとしては、つねに全力で練習しているつもりです。何か不服ですか、私たちの練習に」。
 ふだんは冷静な容子が、ムッとした表情で答えると、「いえ、そんな。私はただ思ったことをいっているだけです」と前置きしながら、サキがいい返した。
 「なんていうか。ジュリーとはパッションが違うように思います。背負っているものが何もない。難しい日本語はわかりませんが、危機感というか、切羽詰まったときの必死さがないように思います」。
 必死さがないというひとことが発火点となり、おてんばプロレスのメンバーとサキとの間で不穏な火花が飛び散った。
 「わかりました。だったら、その必死さとやらを私たちに見せてほしいです。今すぐここで」といい、副将格の松本がサキに食ってかかった。
 「いいですよ」なんていいながら、バンコクでは“キングコング”の異名をとるサキが早くも臨戦態勢。またたく間に火の手があがった。
 「えっ、待ってよ。今日はただ見学にきただけだから、試合はまた今度にしましょう」という美央の仲立ちにより、その場は丸くおさまったが、サキや容子、松本らの瞳の奥では何くそという炎が燃えたぎっていた。
 おてんばプロレスという未知のステージで、レディーコングSAKIの波乱含みのプロレス遊学が始まった。
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