おてんばプロレスの女神たち ~プレジデント日奈子のサバイバル~

ちひろ

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世界一のゲームが会社を救う!?

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 ジュリーとレディーコングSAKIの熱すぎる闘いが引き金となって、バンコクおてんばプロレスの人気は、ひときわ大きく燃えあがった。地元のテレビやラジオ、タウン誌、フリーペーパーなどでも引っ張りだこになり、ジュリーやレディーコングSAKIらの姿を見かけない日はないほど、メディアというメディアを制圧していった。
 ある日なんかは東京のテレビ局から連絡が入り、バンコクでのジュリーの奮闘ぶりを取材したいとかで、異国での話題が日本へ逆移入されたこともあった。しかもジュリーへのインタビューを担当してくれたのが、日本では「超」の字がつくほどの有名タレント。注目を浴びないはずがなく、今やジュリーは日本とタイを股にかけた大人気レスラーとして、ますます熱い視線を浴びるようになっていったのである。
 そんな中、バンコクおてんばプロレスがいよいよゲーム化されるというニュースがタイ全土、いや、東南アジア中を駆け巡った。当然SNSでも話題になり、ゲームの発売前にもかかわらず、攻略サイトまでが出まわる始末。バンコクおてんばプロレスの快進撃に、経営者・日奈子もほくほく顔であった。
 ところが、そうは問屋が卸さないのが、世の中というものである。ゲームの発売まで、わずか一か月というタイミングで、なんとキーマンである武雄さんが緊急入院をしてしまったのだ。その原因というのが、バンコクでは有名なナナという繁華街で、つい飲みすぎてしまい、ふらふらと夜の街をさまよっていたところ、トゥクトゥクという東南アジアではお馴染みの三輪タクシーに轢(ひ)かれてしまったというのだから、これがまた笑える(いや、笑えない)。しかも飲み歩きの理由というのが、ゲーム完成の前祝いとかなんとか。日奈子のお姉さんと日奈子のふたりが「一体何をやっているのよ」とステレオ放送で怒りまくったのはいうまでもないだろう。
 「こんな大事な時期に、まったく頼りにならないんだから。情けないったらありゃしない」と入院先の病院で怒りをぶちまける日奈子のお姉さんに対し、包帯だらけでミイラ男のような武雄さんは、ただただ恐縮する以外になかった。
 「ご、ごめん」なんて、か細い声。
 それからというもの、日奈子と日奈子のお姉さんは武雄さんの会社のスタッフを招集し、「とにかく発売までに間に合わせてほしいの」と泣きついた。ふたりともふだんは見せないような必死の形相だったが、ゲーム自体はすでに試作段階に入っていたため、スタッフの間からは「問題ない」「社員だけでやれる」という声が聞かれ、日奈子と日奈子のお姉さんは、ほっと胸をなでおろすのであった。
 タイ全土がお祭り騒ぎとなる水かけ祭りの初日、ついに「バンコクおてんばプロレス」のオリジナルゲームが発売された。発売を記念したイベントでは、ジュリーやレディーコングSAKIをはじめとする精鋭レスラーが顔を揃えた。イベント会場は、バンコク一の歓楽街として観光客からも大人気のナナ(日本でいう新宿みたいなところか)の中心部にある広場だった。
 エキシビジョンマッチとして「ジュリー vs レディーコングSAKI」の黄金カード(もちろんマットプロレスである)が組まれたが、この試合を最後にレディーコングSAKIは日本へのプロレス遊学を果たすことになっていた。地元のバンコク出身、しかもナナのゴーゴーバーで働いていたことがあるレディーコングSAKIの人気は絶大だった。爆音のように鳴り響く「SAKI」コール。ファンの七割は男性だったが、ゴーゴーバーの常連なのか、欧米人も目立った。
 五分間のエキシビジョンマッチを最高の形で闘い終えたジュリーとレディーコングSAKIは、ひしと抱き合うと、タイ語で「スットヨート」という言葉を投げかけた。スットヨートの意味は「最高」。ジュリーとレディーコングSAKIは、最高のライバルであると同時に、最高の友人でもあったのだ。
 結論からいうと、完全オリジナルのニューゲーム「バンコクおてんばプロレスの女神たち」は売れに売れた。トゥクトゥクに轢かれて、一時は絶望に打ちひしがれていた武雄さんも「ガハハハ」なんて、大笑いが止まらない様子。
 ところが――。
 武雄さんったら、それこそ「スットヨート」な気分だったのか、つい浮かれて自宅に帰る途中、今度はバイクタクシーに轢かれてしまったというのだから笑える(いやいや、笑えない)。バンコクの警察官らが駆けつける中、武雄さんは再び病院送りになってしまった。全治一か月。心の痛手は全治三か月ほど。
 命に別状がなかったのだけは、不幸中の幸いだったが、それ以上に気になるのは、日奈子社長率いる有限会社おてんば企画の未来である。大ヒットゲームをプロデュースした経営者・日奈子は、取引銀行の信頼を勝ち得て、念願の融資をとりつけることができるのだろうか。小説のプロットとして、いささか強引ではあるが、再びバンキング啓介こと山田啓介との一戦(注:もちろん架空のバトルである)を中継してみよう。

―――プレジデント日奈子とバンキング啓介による因縁の再戦。一千万円どころか、ン千万円という売上も夢ではなくなってきたプレジデント日奈子。おーっと、よく見ると、セコンドにはキラー・ザ・アネゴやミスタケちゃんの姿も。新たな未来を切り拓くゲームデベロッパーズとして、銀行に融資の決断を迫っている。この紋所(売上)が目に入らぬかぁなんて。まるでどこかの黄門様のようだ。
 プレジデント日奈子による至近距離でのドロップキックが火を吹いたと思ったら、バンキング啓介のハイキック。あまりの強烈さに一瞬よろめきかけたプレジデント日奈子に対し、スクリュー・ハイキックを爆発させたバンキング啓介が試合の主導権を握った。
 ‥‥かのように思えたが、やはりここはン千万円パワーの凄まじさ。プレジデント日奈子が、ほくそ笑みながらエルボースマッシュを決めると、おっと、いきなり出た。プレジデント日奈子の新兵器・超高速レインメーカーが、バンキング啓介をとらえた。思わずダウンするバンキング啓介。
 「ワン、ツー、ス‥‥」。
 カウント二・五ではね返したバンキング啓介に、プレジデント日奈子の十八番、STF(ステップオーバー・トゥーホールド・ウィズ・フェイスロック)が飛び出した。STF。STF。
 が、ここからすごい。片足を決めたまま、両腕をフルネルソンの態勢にとらえると、新型のSTFの完成だ。名づけてステップオーバー・トゥーホールド・ウィズ・フルネルソン。これはきついか。
 「ギブアップ?」といい、バンキング啓介の頬を叩くレフェリーだが‥‥あっ、どうやらギブアップだ‥‥ギブアップ。プレジデント日奈子のギブアップ勝ち。
 カンカンカンカンというゴングに、会場を揺るがすような「日奈子」コールの大合唱が始まった。「日奈子」「日奈子」‥‥。

 まさか会社で「日奈子」コールは起きないだろうが、これで社員のみんなに安心を届けられると日奈子は安堵していた。経営の危機に直面していた日奈子にとって、まさに起死回生のゲーム開発。ゲームそのものはタイ語版のみならず、英語版や中国語版も発売され、市場としては早くも“世界”が視野に入ってきた。バンコクという世界のハブ都市を発火点にしたのが功を奏したようだ。熱烈なファンによる口コミの力は、いとも簡単に国境を越えていったのである。
 新たなビッグチャンスをつかんだ日奈子は、その後、プロレス事業を独立させて法人化する決心をした。行動の速さは、日奈子の得意技のひとつ。プロレス興行のほか、ゲームの開発やキャラクターグッズの販売などを主たる事業として、日奈子のお姉さんに社長を務めてもらい、タイでの事業を進化(深化)させることにしたのだ。
 天然の日奈子と、キャリアウーマンを気どる日奈子のお姉さん。このふたりなら、もはや恐いものなしだろう。キャラは違っても、W社長をかけ合わせることで、きっと大きな化学反応が起きるはずだ。
 ゲームの発売から数日後のこと。「ね、ジュリー。ひとまず私は日本に戻るけど、これから先あなたはどうしたい?」と問いかけてきたのは日奈子だった。場所は日奈子とジュリーが同棲を続けてきたバンコクのアパートである。窓の向こう側では、隣の建物の屋根の上をリスたちが駆けずりまわっていた。住めば都とはよくいったもので、バンコクで暮らすリスたちも都会での生活には、すっかり慣れっこのようだ。
 「一緒に日本へ帰る? それとも――」と聞き返してくる日奈子に、ジュリーが答えた。
 「日奈子社長にお許しをいただけるなら、私はバンコクにいたいです。バンコクに残って、バンコクおてんばプロレスをさらに盛り上げながら、いずれはレディーコングSAKIと再戦したいなと思っています。バンコク一強い女の座は、誰にも渡したくないんです。どんな強敵が現れようとも、チャンピオンベルトは私が守り続けます」というジュリーに、「だから好きなの」といいながら、日奈子が不意討ちのキス攻撃を仕かけてきた。キスキスキス。キスの嵐。
 「えっ、なんでまた、こんなときに」とジュリーは面食らったが、日奈子がキスを求めてくるということは、心の炎が燃えたぎっている証拠でもあった。海外という無防備なシチュエーションがそうさせるのか、キス魔の日奈子が舌をからませてきた。大人の女性のフェロモンに包まれて「はぁはぁ」とあえぐジュリー。
 「ねぇ、ジュリー。私なんかは、あばずれな生き方しかできないけど、こんな私でもいいと思うんだったら、ずっとついてきていいのよ。ていうか、ついてきて。私とジュリーは永遠のパートナーよ」という日奈子の言葉に、ジュリーの胸は高鳴った。
 社長と社員、大人の女性と男の娘(こ)という禁断の恋ではあったが、「もう自分に嘘はつけないの」と日奈子が告げてきた。蠱惑的な笑みを浮かべながら、ジュリーのスカートに手をかける日奈子。ジュリーの心臓から、不意討ちのアラートが聞こえてきた。例によって官能小説ではないので、これ以上、詳しいことは書けないが、ふたりが深い愛情で結ばれていることだけはたしかだった。
 経営者として、プロレスラー(もどき)として、ひとりの女性としても、日奈子にはチャレンジしたいことが山ほどあった。ジュリーという最愛のパートナー(えっ、まさか結婚するわけじゃ)を得た以上、日奈子はこれから先も自分らしさを武器に、人生というリングで熱い闘いをくり広げていくつもりだった。ゲームの分野では、そうね、今度は男の娘との恋愛シミュレーションゲームでもプロデュースしようかしら。なーんて。
 一途でピュアで無鉄砲で、どこまでもノー天気な日奈子。プレジデント日奈子は、ジュリーの肩を強く抱きしめながら、これからも続くであろうサバイバルに、新たな闘志をみなぎらせた。

―――青コーナー、異次元の経営者、プレジデント日奈子~ッ!
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