イケメンプロレスの聖者たち

ちひろ

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学生プロレスナンバーワンの座は!?

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 そんな青山らイケメンプロレスと、おてんばプロレスの間で、学生プロレスナンバーワンを決めるべく、真夏のリーグ戦がくり広げられたのは、おてんば市の夏の風物詩でもある、おてんば七夕祭りの前夜のことであった。言葉は悪いが、どちらかというと、おてんばプロレスのお飾り程度のポジションしか与えられていなかったイケメンプロレス。「こんなことでは納得できない」といい、青山と中村が直談判したところ、「だったら白黒つけましょ」といって、おてんばプロレス代表のRKクイーンが英断を下したのだ。
 会場にはラクロス同好会のてんこちゃんも駆けつけてくれた。嬉しいことに、同好会の女子を五人も連れて。「レッツゴー!イケメン」なんていう黄色い声援が、本来は日帰り温泉の宴会場として使われている会場を盛りあげてくれたことはいうまでもないだろう。フリルの飾りがついたミニスカートを着用し、五人が五人、アイドル気どりのてんこちゃんたちは、まさに令和のキャンディーズのようであった。
 リーグ戦の参加レスラーは六人。三人ずつふたつのリーグに分かれ、それぞれのリーグ戦を制したレスラーによる優勝決定戦が行われることになった。
<Aリーグ>
 イケメン青山(イケメンプロレス)、スーパーアサコ(おてんばプロレス)、カー子(おてんばプロレス)
<Bリーグ>
 イケメン中村(イケメン)、RKクイーン(おてんばプロレス)、ジュリー(おてんばプロレス)
 Aリーグでは、イケメン青山とアサコによるリベンジマッチに注目が集まったが、十分を超える死闘を制したのは青山であった。アサコのパワーファイトぶりに終始圧倒されっぱなしの青山だったが、最後は一瞬のスキを突いて、伝家の宝刀・スモールパッケージで丸め込んだのである。
 おてんばプロレスの伏兵ともいうべき、カー子の善戦も目立ったが、残念ながら一歩力が及ばず。Aリーグは青山が制した。
 Bリーグでは、おてんばプロレスのエース・RKクイーンが本命視されていたが、いざふたを開けてみたら、男の娘(こ)レスラーのジュリーが隠れた才能を発揮。RKクイーン、中村という難敵をサブミッションで仕とめ、Bリーグを制覇した。
 見た目的に誰がどう見ても超絶美女のジュリーは、会場の最前列を占拠したオッさん連中から熱い支持を受けていた。「お姉ちゃん、こっち向いて。ほら、一緒に写真撮るべ」とか「俺んちの息子の嫁にきてけろ」とか、ハラスメントともとれない言葉のシャワーに打ち克って、勝利の二文字を手にしたのだから、たいしたものである。
 さーて、優勝決定戦はイメメン青山 vs ジュリーの一戦となった。高校時代は、ともに甲子園をめざした間柄。野球部引退後、二年という歳月を経て、同じおてんば市内の大学でプロレスの魅力にとりつかれた者同士が、今こうして同じリング(といっても、マットレスを重ねただけの簡便なものでしかないのだが‥‥)に立っているのだ。
 「これを奇跡といわず、なんて呼ぼう。プロレスのリングこそが第二の甲子園という想いを胸に、かつてのエースとそのチームメイトがぶつかる。イケメンプロレス vs(バーサス) おてんばプロレス。頂上決戦は、このふたりに託された!」というアナウンスが流れると、スポットライトが激しく明滅した(ていうか、会場のスタッフが場内の照明のスイッチを点けたり消したりしているだけであったが‥‥苦笑)。
 ジュリーは、この日のために新調したピンクのドレスで入場を果たした。ドレスはもちろんネットのコスプレショップから購入したものだ。例によって、飲んだくれのオッさん連中からは「ヒューヒュー」という声があがり、「エロいぞ」とか「やりたい」とか、言葉のハラスメントをいくつも投げつけられた。
 しかししかし。こんなことで簡単にギブアップをするようなジュリーではない。リング上でドレスを脱ぎ捨てると、ピンクの水着姿でオッさん軍団に投げキッスをしてみせたのである。「ヒューヒュー」「ワーワー」なんて。場内は早くもヒートアップ。体感では室温三十八度五分ぐらいはありそうだ。
 続いて入場した青山がこだわったのは、入場テーマ曲の選定であった。高校野球ではお馴染みの「栄冠は君に輝く」、これをテーマ曲にチョイスしたのである。コスチュームは、なんと高校時代に着用した野球部のユニフォームで、背番号はもちろん「1」であった。
 「赤コーナー、イケメンプロレスのリーダー、イケメン青山~っ!」とコールされたときは、ピッチングのポーズをして、サイン入りのボール(もちろん柔らかめのボールだ)を会場に放り投げたのだから、これがまたしびれる。場内からは、ちびっ子たちのワーッという歓声が降って沸いた。
 「よーし、こうなったら勝負だ。お前にだけは負けるわけにいかないんだよ。どこからでもかかってこい、ジュリー」と青山は雄叫びをあげた。
 青山がジュリーと初めて出会ったのは、小学校三年生のときであった。青山が地元のリトルリーグ・おてんばジャイアンツに入団した日のこと。もうひとり新たに加わったメンバーがいて、それがジュリーこと樹里亜だった。
 ジュリーは隣接する地区の小学校に通っていた。ちょっと色白で華奢に見えたが、いざグラウンドに飛び出すと、めちゃくちゃ足は速いし、バッティングのセンスは抜群だしで、野球にかけては天才ぶりを発揮した。青山とジュリーはすぐに親しくなり、リトルリーグの練習がない日は、よく一緒に遊んだものだ。釣りやカブト虫採り、探検ごっこも。男の子がするような遊びは、すべて体験した。それこそ兄弟のように、子ども時代を謳歌した青山とジュリー。
 それから十年という歳月を経て、まさかジュリーが女子大生になろうとは――。しかも、おてんばプロレスの顔ともいうべき女子大生レスラーとして、青山の前に立ちはだかっているのだから、人生なんてわからないものである。
 まぁ、たしかに振り返ってみると、ジュリーには女子っぽいところがなくはなかった。ある日のこと、青山のユニフォームがほつれてしまい、ちょっとみっともないかも――なんて思っていたときに、それを縫い合わせてくれたのがジュリーだった。「えっ、縫いものをしてくれるのか。だいいち裁縫道具を持っているなんて、嘘だろ、おい」と青山は驚いたが、「百円ショップで買ったやつ」とかなんとかいいながら、ジュリーがユニフォームの傷みを整えてくれたのである。女子っぽいというか、お母さんみたいというか、青山の不吉な予感が的中し、ジュリーの体内では少しずつ雌化が進んでいたようだ。
 試合が始まるやいなや、挨拶代わりにサッカーボールキックを打ち込む青山に対し、ジュリーはローリングソバットをくり出すと、しなやかなボディーでドロップキックをぶっ放してきた。思わず場外へエスケープする青山の鼓膜に、場内をつんざくような「ジュリー」コールがとどろいた。
 ふふ、やるじゃないか。今の一発は効いたぜと思いながら、体勢を整えようとしている青山に、今度はジュリーのトペ・スイシーダが襲いかかる。あっと驚きの人間ロケット砲が、青山のボディーをとらえた。衝撃で顔をゆがませながら、その場にひれ伏すイケメン軍団のトップ(といっても、現状ではふたりしかいないのだが)。
 ワン、ツ―、スリー、フォー‥‥。
 レフェリーのカウントが進む中、自分の頭を掻きむしりながら、どうにか這いつくばって、リングに戻ろうとする青山に、ラクロス同好会の女子親衛隊から黄色い声援がはじけ飛んだ。ゴーゴー、青山。エル(L)オー(O)ヴィ(V)イー(E)。
 フォーティーン、フィフティーン、シックスティーンとカウントが進む中、ジュリーはレング上でファイティングポーズを見せると、すぐさま青山の頭部を抱え込み、もう一方の腕で青山のタイツをつかみながら、そのまま逆さまに持ちあげてブレーンバスターの体勢に入ったが、とっさのところで青山が意地を見せた。自らの重心を移動してブレーンバスターを切り返した青山が、なんと力まかせの逆ブレーンバスターでやり返したのだ。
 バーンというド派手な音とともに、ジュリーの全身をマットに投げつけた青山。そこへ強烈なギロチンドロップを振り落とすと、「この試合はもらった」とばかりに得意満面な表情を浮かべ、青山が一気に勝負に出た。至近距離からのラリアットを二発、三発‥‥いや、四連発。半失神状態のジュリーに平手を放ち、強引に抱えあげると、仕あげだといわんばかりの大技・サンダーファイヤーパワーボムを爆発させて、そのままピンフォールの体勢に持ち込んだ。
 ワン、ツ―、スリ‥‥。
 カウントはニ・九九九。闘う女(一応は男)の本能がそうさせるのか、無意識のうちにジュリーの右肩があがったのだ。キャーッという悲鳴が、一転してオ~ッというどよめきに変わった。まるでスコールのように降り注ぐ「ジュリー」コール。
 が、ぐったりとして立ち上がることもできないジュリーの姿を見てとり、レフェリーが試合続行不可能と判断しようとした、そのときのことであった。
 なんとなんと。ジュリーがレフェリーの足にからみつき、「お願い、や・ら・せ・て」とアピールしたのであった。この試合のレフェリングは、もちろんニューおてんば温泉の社長が務めていたが、その表情は明らかに困惑気味。「無理や無茶だけはしない、させない」がモットーの学生プロレスなだけに、ちょっとでも危険があるとすれば、止めにかかるのが筋だった。
 が、「まだやれる」というジュリーの強烈なアピールに、「本当に大丈夫なのか?」と念押ししたレフェリーが、「よし、わかった」と告げると、場内はひときわ大きな「ジュリー」コールに包まれた。
 「ファイト」というレフェリーのかけ声を合図に、ジュリーが息を吹き返した。青山の袈裟斬りチョップを両の手で防ぐと、ここぞという場面でしか出さない伝家の宝刀・延髄斬りをくり出したのである。ジュリーの急襲を受けて、その場に崩れ落ちる青山。ここはチャンスと見たジュリーは、すぐさま青山の左腕をつかむと、得意の腕ひしぎ十字固めで勝負に出た。
 ぐいぐいぐいぐい。ぐいぐいぐいぐいぐいっ。
 鬼の形相で締めあげるジュリーの神通力に、イケメンプロレスのエース・青山が悲鳴をあげた。「ギ、ギブアップ」という青山の声が聞こえると、ゴングの代用品であるバケツが乱打された。
 ガンガンガンガン。七分二十七秒。ジュリーのギブアップ勝ち。完全なる逆転の勝利であった。野球でいうと、九回の裏に劇的なサヨナラホームランが飛び出したみたいな劇的幕切れ。まさに元・高校球児のふたりにはふさわしい激闘だったのである。
 「ジュリー、よくやった」といいながら、リングに駆けあがるRKクイーンとアサコ。イケメンプロレスの片割れである中村もリングにあがった。
 「学生プロレスのナンバーワンを決める真夏の決戦は、ジュリーの優勝です!」というアナウンスに、惜しみない拍手が送られた。
 「はぁはぁ」と息を切らしながら、マイクをつかむと、敗者である青山が訴えかけた。
 「おい、ジュリー。今日は僕の完敗だ(はぁはぁ)。そしてジュリーの勝利に乾杯だなんて、ダジャレをいっている場合じゃねえよな。笑うなら笑ってもいいんだぞ、ジュリー。高校時代、野球部の部室でふざけ合ったみたいに、思いっきり笑ってくれ(はぁはぁ)。もうひとつの甲子園じゃないけど、僕と中村は大学でプロレス団体を立ち上げた。地域の子どもたちを相手に、ちびっ子プロレス教室を開いたり、高齢者施設でお年寄りの皆さんとゲームに興じたり、僕たちなりに活動を続けていたが、大きな目標がほしくなってさ。おてんばプロレスに挑戦状をたたきつけることは、僕たちのかけがえのない通過点になったんだ。RKクイーンさんやアサコさん。みんながみんな雲の上の存在だったけど、いつか超えてやろう。そんな気にさせてくれたのが、ジュリーという存在だった。
 プロレスは、やっぱり力だけじゃないんだなぁ。プロレスにとって大切なのは、愛かもしれないっていうことを今日は教えてもらったような気がするよ。ジュリー。いい女になれ。そしてもう一度、僕らと闘おうぜ」。
 そんな青山の言葉に、会場から「よしっ」という声が飛んだ。青山の言葉に感涙するラクロス軍団。
 この日の締めは、もちろんジュリーが務めることになった。青山や中村を前に、マイクを握るのにはちょっと照れがあるのか、珍しくもじもじする姿も見られたが、最後は女(いや、男)らしく、満面の笑顔で会場を熱くした。
 「皆さーん、元気ですか~っ! いみじくも青山君がいったように、プロレスには、やはり愛が大切なのかなと感じます。対戦相手への愛情。仲間への愛情。地域への愛情。今日も愛情いっぱいに心をひとつにして、燃え尽きましょう」と叫ぶと、人さし指を天にかざして「えいえい、おてんば~っ! えいえい、イケメン~っ!!」という大合唱がこだました。ジュリーのかけ声に、会場が‥‥いや、おてんば市がひとつになった瞬間であった。おてんば市という地方都市から噴き出した学生プロレスの炎。そんな時代のうねりに、多くの市民が共鳴してくれたのだ。青山の応援で声をからしていたラクロス同好会のギャルたちもリングにあがっていた(これがまたすごい人気。やっぱりオッさん連中が多いからかな――著者談)。みんながみんな何かをなし遂げたような満ち足りた表情。興奮さめやらぬ場内の雰囲気に、青山は胸の高まりを抑えきれずにいた。
 いいぞー、プロレスという名のもうひとつの甲子園。試合後、青山は「ジュリーのやつ。もう、なんていったらいいのかよくよくわからないけど、ちょっとイカしているかもしれない」なんて思いながら、かつてのチームメイトの横顔(プロフィール)を尊敬のまなざしで見つめるのであった。
 イケメンプロレスの闘いはまだ始まったばかり。青山と中村は、かつてのチームメイトであるジュリーの背中を追いながら、青春ロードを駆け抜ける覚悟でいた。いつかはおてんばプロレスを追い抜いてみせる。エースで四番、学生プロレスの雄、イケメンプロレス~~~っ!!(ワーワー)。
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