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永遠のライバル・スーパーアサコとの一戦
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「エースの座は譲れない。世界一の女子プロレス団体-ジャパンなでしこプロレス-に、輝けるツートップとして君臨するRKクイーン&スーパーアサコ。学生プロレス時代から宿命のライバルとして、最高のパフォーマンスを続けてきたふたりが真っ向勝負に挑む。さぁ宇宙で一番強いのはどっちだ!?」というアナウンスが流れると、場内は怒涛のような大歓声に包まれた。
RKクイーンこと木下涼子 vs スーパーアサコこと船橋浅子。かつてはおてんば女子大学の女子プロレスごっこ団体・おてんばプロレスに在籍し、苦楽をともにしてきたふたりが、ジャパンなでしこプロレスへの入団以来、初めてのシングルマッチで相まみえることになった。ふだんはタッグを組むことが多く、「おてんばギャルズ」のチーム名で爆発的な人気を誇っていたが、ジャパンドームの設立三十周年を記念して企画された「ファンが熱望する女子プロレス☆夢の対決」の投票で断トツの一位に選ばれたのである。この試合の勝者には、新設されたばかりのグレーテストなでしこクラブ王座の称号が与えられることになっていた。
「よっしゃ~ッ」というかけ声とともに、“闘女”の二文字をあしらった鉢巻きをして、ドームの花道を突き進むスーパーアサコ。かつては寅をモチーフにした覆面をかぶっていたこともあったが、「覆面をかぶっていたのでは、上にあがれない」という理由から、現在は素顔でリングに立っていた。降り注ぐ「アサコ」コール。二万人を超える大観衆の歓喜の声が、ジャパンドームという小宇宙にこだました。
一方のRKクイーンは、ネバーギブアップという言葉を胸に、神妙な面持ちで花道へと向かうゲートの舞台裏に立っていた。すべては今日のために闘ってきた――RKクイーンの中には、いつもそんな想いが渦巻いていた。今日が終わるということは、自分のレスラー生命も息絶える。常にそれくらいの覚悟で闘ってきたという自負はある。そしてそれこそがRKクイーンの強さのバックボーンでもあった。RKクイーンの雄姿がジャパンドームのビジョンに大映しになると、地響きのような「RK」コールがとどろいた。
「カ~~~ン」という軽やかなゴングとともに、世紀の一戦が始まった。お互いに手の内を知り尽くしたトップ同士の対戦である。
学生時代はお金がなかったので、バケツをゴングの代わりに使用していたこともあった。「カ~~~ン」ではなく「ガ~~~ン」という、あの鈍い音とともにRKクイーンの頭の中にフラッシュバックされるのは、マットレスを重ねただけのお粗末なリングであった。学生プロレスの予算では、リングなんて夢のまた夢。試合がある日は、自宅から使い古しのマットレスを何枚も持ってきて、浅子と一緒に汗をかきながら、せっせと手づくりのリング(リングもどき)を設置したものである。
試合は序盤から一進一退の攻防となった。スーパーアサコが手四つの態勢に出ると、RKクイーンも手四つの態勢で応じる。RKクイーンが軽めのキックを放つと、スーパーアサコも軽めのキックで応える。まるで合わせ鏡のような技の探り合い。
RKクイーンが、いきなり至近距離でのバットドロップを放つと、スーパーアサコがショートレンジでのラリアットを打ち込んできた。それぞれの得意技をチラ見させるあたりは、さすがにプロフェッショナル。いつでも決めてみせるぞというポーズを見せつけることで、相手にプレッシャーを与えているのだ。
「きてみろよー、おらッ。ビビってんのかよ」といい、一気呵成にまくしたてたのはスーパーアサコである。早くも始まった浅子祭り。RKクイーンが情熱を内に秘めるタイプなら、スーパーアサコは感情を表に出しまくるタイプだった。
「どうなっているんだよ。ほら、こいって」と雄たけびならぬ雌たけびをあげながら、スーパーアサコが張り手を仕かけてきた。ビシッビシッという激しい音。みるみるうちにRKクイーンの頬がまっ赤に腫れあがっていく。
「なんだよ、かかってこいよー」と口撃をくり返しながら、大会場を埋めつくす観客のことを煽りまくるスーパーアサコ。お客さんを手のひらの上にのせるのが得意なスーパーアサコならではの常とう手段でもあった。RKクイーンは、何くそという表情を露わにしながら、張り手攻撃でやり返した。
六年余り前。浅子が大学の女子プロレスごっこ団体・おてんばプロレスの門戸を叩いたときのことを、涼子はいまだによく覚えている。おてんばプロレスを立ちあげたのはいいが、団員が集まらず、困り果てていた涼子のもとへブラっと現れたのが浅子だった。入団の動機を聞いてみると、「彼氏と別れることになって、むしゃくしゃした気持ちをリングにぶつけたい」とかなんとか。覆面レスラーに憧れていたらしく、「これ、あたしのお手製なんです」といいながら、入団初日から寅のマスクを被ってきたのには度肝を吹かれた。
そんな浅子とプロとして対戦できる日がこようとは、人生なんてわからないものである。学生時代はプロレス“ごっこ”でしかなかったが、やがて人気に火がつき、浅子のお母さんの人脈もあって、女子プロレス界の大御所-ジャパンなでしこプロレスの総帥・花形結衣である-からスカウトをされたのだ。今日の試合は、ジャージ姿の結衣もリングサイドで見守っていた。
試合が大きく動き出したのは、「五分経過」というアナウンスが流れてからだった。パワーに勝るスーパーアサコが、へそで投げるバックドロップをくり出すと、苦悶の表情で頭を押さえながら立ちあがったRKクイーンに、豪快なアサコズラリアットをなんと五連発もぶち込んできた。リングに大の字で横たわるRKクイーン。これで勝負ありと確信したスーパーアサコは、余裕しゃくしゃくでフォールの態勢に入ったが、惜しくもカウント二・九九で決まらず。それどころかRKクイーンがゾンビのような顔つきで、すくっと立ちあがったのだからたまらない。
「こんなもんかよ、へへへ」なんて薄笑いを浮かべるRKクイーンに、ドーム全体が騒然となった。「な、なんなんだよー、てめーは」とわめき散らしながら、スーパーアサコが一撃必殺のランニングスリーを決めようとしたが、とっさのところでRKクイーンが切り返し、電光石火の逆さ抑え込みをくり出した。
「ワン、ツー、ス‥‥」。
慌てふためきながら、カウント二・五ではね返すスーパーアサコに「おおっ」という驚きの声があがった。たとえどんな劣勢に立たされようとも、虎視眈々と攻守逆転を狙うRKクイーンのファイト。負けられない闘いが、そこにはあった。
あれはたしか大学二年生の頃だったか。ファンの前では絶対に弱さを見せたことのないスーパーアサコが、一度だけ涼子の前で涙を見せたことがある。誰もがうらやむほど、圧倒的なラブラブぶりを誇っていた浅子のお父さんとお母さんの間に亀裂が走り、離婚の二文字が現実のものになろうとしていたときのことだった。地元では有名な日帰り温泉・ニューおてんば温泉を営む一家として、地域から一目置かれていた浅子ファミリーだったが、温泉経営の危機に端を発した夫婦の不仲という、予想外の場外乱闘に見舞われたのである。
「時間の問題かもしれないなぁ、あのふたり。夕べも大げんかが始まって、わが家のお皿が四枚ぐらい割れたかな」という浅子の頬を涙の川がつたった。夫婦円満のためには、まず経営の安定が必要と判断した涼子は、おてんばプロレスの後輩たちの力も借りながら、あの手この手の秘策を講じた。裸のおつき合い作戦やら、ちびっ子を対象にしたプロレス教室やら、温泉とプロレスの相乗効果を狙った作戦が功を奏した。詳しくは小説『おてんばプロレスの女神たち』をお読みいただくとして、その後どうにかよりを戻した浅子のお父さんとお母さんに、涼子はほっと胸をなでおろしたのであった。
“全身が凶器の女戦士”と呼ばれるスーパーアサコに対し、女子プロレス界では“百年にひとりの逸材”とまでいわれたRKクイーンが反転攻勢に打って出た。高速バック・エルボーから滞空時間の長いブレーンバスター。頭をふらつかせながら、スーパーアサコが立ちあがったところに、不意討ちのシャイニング・ウィザード。RKクイーンは右手を突きあげると、すぐさまコーナーの最上段に駆けのぼり、十八番のムーンサルトプレスを決めにかかったが、RKクイーンのしなやかなボディーがスーパーアサコを圧殺する直前に、スーパーアサコのごつい両ひざが目の前に現れた。
「あぎゃ~ッ」という声にならない声を発しながら、その場に崩れ落ちるRKクイーン。ムーンサルトプレスで反転したRKクイーンの腹部が、スーパーアサコの岩のようなひざに直撃してしまったのだ。左わき腹を押さえながら、もがき苦しむRKクイーン。
これをチャンスと見たスーパーアサコは、一気に攻め立てた。意表をついたトラースキックから、あっと驚きのアルゼンチンバックブリーカーへ。苦痛にゆがみながら絶叫を続けるRKクイーンを、まるで赤子扱いするかのようにリングへ放り投げると、得意のスコーピオンデスロックに持ち込んだ。
「RK」コールと「アサコ」コールがぶつかり合う中、勝利を確信したのだろう。どっぷりと腰をおろしたスーパーアサコは、左手を突きあげながら、余裕のガッツポーズをしてみせた。ブロンドに染め抜かれた髪を乱しながら、大絶叫を続けるRKクイーンの姿に、場内から悲鳴があがった。
しかしながら、そこで終わらないのがクイーンの底力である。R=涼子、K=木下はもちろん、R=Revolution(革命)、K=Kudos(栄誉)という言葉を胸に、ロープブレイクを狙うRKクイーンが、両腕をふらつかせながら、一歩、二歩と立ちあがる。ロープまでの距離は、あと五十センチ、三十センチ‥‥。必死の形相でにじり寄ると、どうにかサードロープをつかんだ。レフェリーが「ロープブレイク」といい、スーパーアサコの肩を叩くと、ドーム全体が大きな拍手の渦にのみ込まれた。
スーパーアサコの悔しがる表情がビジョンに大映しになった瞬間、今度は自分の番だとばかりにRKクイーンが勝負に出た。まさにゾンビのごとく、すくっと立ちあがると、自分より十センチ以上も大きなスーパーアサコに平手打ちをくり出した。まさにチョップの雨あられ。足もとがふらつき始めたスーパーアサコの胸もとに、強烈なローリングソバットをぶちかましたRKクイーンは、たまらず場外へ逃れた永遠のライバルに対し、ここぞというときにしか出さないトペ・スイシーダを敢行した。肉弾の衝撃に耐えきれず、スーパーアサコの巨体が床に突き飛ばされた。ガツンという鈍い音。
「ワン、ツー、スリー‥‥セブン、エイト、ナイン‥‥」。
レフェリーがカウントを数える中、いち早くリングに舞い戻ったRKクイーンは、遅れてリングに戻ろうとしたスーパーアサコをとらえて、トップロープ超しの垂直落下式ブレーンバスターをくり出した。思いきり頭を打ちつけて、リング上に倒れ伏すスーパーアサコに高速のセントーンをぶちかますと、すぐさま態勢を入れ替えて掟破りの逆スコーピオンへ。容赦なく締めあげるRKクイーン。レフェリーが「ギブアップ?」と聞き返すが、スーパーアサコは自らの拳をマットに打ちつけながら、首を横に振り続けた。やがて自分から技を解いたRKクイーンは、この日のために練習を積んできた新兵器のダイビング・ローリング・ギロチンドロップを放つと、半ば意識が朦朧としたスーパーアサコのバックをとり、ジャーマンスープレックスと見せかけて、最後は二段式のドラゴン・スープレックスで激戦を制した。
「ワン、ツー、スリ―」という観客の大合唱。試合終了のゴングが鳴り響く中、レフェリーがRKクイーンの右手をあげると、会場に豪雨のような「RK」コールが降り注いだ。
「十二分三十七秒、RKクイーンの勝利です」。
汗が飛び散る中、RKクイーンの脳裏で学生時代の浅子とプロになってからのスーパーアサコという、ふたりの“あさこ”が重なり合った。ふと気がついてみれば、おてんばプロレス時代の思い出が走馬灯のようによみがえってくる。プロレスラーである以上、リングでは孤独を感じることも多いが、自分にはかけがえのない仲間がいるのだ。
「浅子、ありがとう」と声をかけながら、涼子は浅子に握手を求めた。「これからもよろしくね」といい、浅子が両手で握り返してきた。するとそこへ女子プロレス界のレジェンドでもある結衣がリングインし、「ベストバウト」と声をかけながら、ふたりの肩を抱き寄せた。三人の信頼関係が、まばゆいばかりの結晶体となって、リング上で光を放っているようにも見えた。
ジャパンなでしこプロレスという戦慄の舞台で、自分たちの闘いはこれからも続く。何度倒れても立ちあがればいい。ファンの後押しさえあれば、恐いものなんて何もないのだ。盟友・浅子とともに、女子プロレスならではの強くて美しい空間を演出できることに、この上ない喜びを感じていた涼子は「青コーナー、RKクイーン!」というコールに合わせて、右手こぶしを突きあげると、これまでのプロレス人生の中で最高の笑顔を輝かせた。
RKクイーンこと木下涼子 vs スーパーアサコこと船橋浅子。かつてはおてんば女子大学の女子プロレスごっこ団体・おてんばプロレスに在籍し、苦楽をともにしてきたふたりが、ジャパンなでしこプロレスへの入団以来、初めてのシングルマッチで相まみえることになった。ふだんはタッグを組むことが多く、「おてんばギャルズ」のチーム名で爆発的な人気を誇っていたが、ジャパンドームの設立三十周年を記念して企画された「ファンが熱望する女子プロレス☆夢の対決」の投票で断トツの一位に選ばれたのである。この試合の勝者には、新設されたばかりのグレーテストなでしこクラブ王座の称号が与えられることになっていた。
「よっしゃ~ッ」というかけ声とともに、“闘女”の二文字をあしらった鉢巻きをして、ドームの花道を突き進むスーパーアサコ。かつては寅をモチーフにした覆面をかぶっていたこともあったが、「覆面をかぶっていたのでは、上にあがれない」という理由から、現在は素顔でリングに立っていた。降り注ぐ「アサコ」コール。二万人を超える大観衆の歓喜の声が、ジャパンドームという小宇宙にこだました。
一方のRKクイーンは、ネバーギブアップという言葉を胸に、神妙な面持ちで花道へと向かうゲートの舞台裏に立っていた。すべては今日のために闘ってきた――RKクイーンの中には、いつもそんな想いが渦巻いていた。今日が終わるということは、自分のレスラー生命も息絶える。常にそれくらいの覚悟で闘ってきたという自負はある。そしてそれこそがRKクイーンの強さのバックボーンでもあった。RKクイーンの雄姿がジャパンドームのビジョンに大映しになると、地響きのような「RK」コールがとどろいた。
「カ~~~ン」という軽やかなゴングとともに、世紀の一戦が始まった。お互いに手の内を知り尽くしたトップ同士の対戦である。
学生時代はお金がなかったので、バケツをゴングの代わりに使用していたこともあった。「カ~~~ン」ではなく「ガ~~~ン」という、あの鈍い音とともにRKクイーンの頭の中にフラッシュバックされるのは、マットレスを重ねただけのお粗末なリングであった。学生プロレスの予算では、リングなんて夢のまた夢。試合がある日は、自宅から使い古しのマットレスを何枚も持ってきて、浅子と一緒に汗をかきながら、せっせと手づくりのリング(リングもどき)を設置したものである。
試合は序盤から一進一退の攻防となった。スーパーアサコが手四つの態勢に出ると、RKクイーンも手四つの態勢で応じる。RKクイーンが軽めのキックを放つと、スーパーアサコも軽めのキックで応える。まるで合わせ鏡のような技の探り合い。
RKクイーンが、いきなり至近距離でのバットドロップを放つと、スーパーアサコがショートレンジでのラリアットを打ち込んできた。それぞれの得意技をチラ見させるあたりは、さすがにプロフェッショナル。いつでも決めてみせるぞというポーズを見せつけることで、相手にプレッシャーを与えているのだ。
「きてみろよー、おらッ。ビビってんのかよ」といい、一気呵成にまくしたてたのはスーパーアサコである。早くも始まった浅子祭り。RKクイーンが情熱を内に秘めるタイプなら、スーパーアサコは感情を表に出しまくるタイプだった。
「どうなっているんだよ。ほら、こいって」と雄たけびならぬ雌たけびをあげながら、スーパーアサコが張り手を仕かけてきた。ビシッビシッという激しい音。みるみるうちにRKクイーンの頬がまっ赤に腫れあがっていく。
「なんだよ、かかってこいよー」と口撃をくり返しながら、大会場を埋めつくす観客のことを煽りまくるスーパーアサコ。お客さんを手のひらの上にのせるのが得意なスーパーアサコならではの常とう手段でもあった。RKクイーンは、何くそという表情を露わにしながら、張り手攻撃でやり返した。
六年余り前。浅子が大学の女子プロレスごっこ団体・おてんばプロレスの門戸を叩いたときのことを、涼子はいまだによく覚えている。おてんばプロレスを立ちあげたのはいいが、団員が集まらず、困り果てていた涼子のもとへブラっと現れたのが浅子だった。入団の動機を聞いてみると、「彼氏と別れることになって、むしゃくしゃした気持ちをリングにぶつけたい」とかなんとか。覆面レスラーに憧れていたらしく、「これ、あたしのお手製なんです」といいながら、入団初日から寅のマスクを被ってきたのには度肝を吹かれた。
そんな浅子とプロとして対戦できる日がこようとは、人生なんてわからないものである。学生時代はプロレス“ごっこ”でしかなかったが、やがて人気に火がつき、浅子のお母さんの人脈もあって、女子プロレス界の大御所-ジャパンなでしこプロレスの総帥・花形結衣である-からスカウトをされたのだ。今日の試合は、ジャージ姿の結衣もリングサイドで見守っていた。
試合が大きく動き出したのは、「五分経過」というアナウンスが流れてからだった。パワーに勝るスーパーアサコが、へそで投げるバックドロップをくり出すと、苦悶の表情で頭を押さえながら立ちあがったRKクイーンに、豪快なアサコズラリアットをなんと五連発もぶち込んできた。リングに大の字で横たわるRKクイーン。これで勝負ありと確信したスーパーアサコは、余裕しゃくしゃくでフォールの態勢に入ったが、惜しくもカウント二・九九で決まらず。それどころかRKクイーンがゾンビのような顔つきで、すくっと立ちあがったのだからたまらない。
「こんなもんかよ、へへへ」なんて薄笑いを浮かべるRKクイーンに、ドーム全体が騒然となった。「な、なんなんだよー、てめーは」とわめき散らしながら、スーパーアサコが一撃必殺のランニングスリーを決めようとしたが、とっさのところでRKクイーンが切り返し、電光石火の逆さ抑え込みをくり出した。
「ワン、ツー、ス‥‥」。
慌てふためきながら、カウント二・五ではね返すスーパーアサコに「おおっ」という驚きの声があがった。たとえどんな劣勢に立たされようとも、虎視眈々と攻守逆転を狙うRKクイーンのファイト。負けられない闘いが、そこにはあった。
あれはたしか大学二年生の頃だったか。ファンの前では絶対に弱さを見せたことのないスーパーアサコが、一度だけ涼子の前で涙を見せたことがある。誰もがうらやむほど、圧倒的なラブラブぶりを誇っていた浅子のお父さんとお母さんの間に亀裂が走り、離婚の二文字が現実のものになろうとしていたときのことだった。地元では有名な日帰り温泉・ニューおてんば温泉を営む一家として、地域から一目置かれていた浅子ファミリーだったが、温泉経営の危機に端を発した夫婦の不仲という、予想外の場外乱闘に見舞われたのである。
「時間の問題かもしれないなぁ、あのふたり。夕べも大げんかが始まって、わが家のお皿が四枚ぐらい割れたかな」という浅子の頬を涙の川がつたった。夫婦円満のためには、まず経営の安定が必要と判断した涼子は、おてんばプロレスの後輩たちの力も借りながら、あの手この手の秘策を講じた。裸のおつき合い作戦やら、ちびっ子を対象にしたプロレス教室やら、温泉とプロレスの相乗効果を狙った作戦が功を奏した。詳しくは小説『おてんばプロレスの女神たち』をお読みいただくとして、その後どうにかよりを戻した浅子のお父さんとお母さんに、涼子はほっと胸をなでおろしたのであった。
“全身が凶器の女戦士”と呼ばれるスーパーアサコに対し、女子プロレス界では“百年にひとりの逸材”とまでいわれたRKクイーンが反転攻勢に打って出た。高速バック・エルボーから滞空時間の長いブレーンバスター。頭をふらつかせながら、スーパーアサコが立ちあがったところに、不意討ちのシャイニング・ウィザード。RKクイーンは右手を突きあげると、すぐさまコーナーの最上段に駆けのぼり、十八番のムーンサルトプレスを決めにかかったが、RKクイーンのしなやかなボディーがスーパーアサコを圧殺する直前に、スーパーアサコのごつい両ひざが目の前に現れた。
「あぎゃ~ッ」という声にならない声を発しながら、その場に崩れ落ちるRKクイーン。ムーンサルトプレスで反転したRKクイーンの腹部が、スーパーアサコの岩のようなひざに直撃してしまったのだ。左わき腹を押さえながら、もがき苦しむRKクイーン。
これをチャンスと見たスーパーアサコは、一気に攻め立てた。意表をついたトラースキックから、あっと驚きのアルゼンチンバックブリーカーへ。苦痛にゆがみながら絶叫を続けるRKクイーンを、まるで赤子扱いするかのようにリングへ放り投げると、得意のスコーピオンデスロックに持ち込んだ。
「RK」コールと「アサコ」コールがぶつかり合う中、勝利を確信したのだろう。どっぷりと腰をおろしたスーパーアサコは、左手を突きあげながら、余裕のガッツポーズをしてみせた。ブロンドに染め抜かれた髪を乱しながら、大絶叫を続けるRKクイーンの姿に、場内から悲鳴があがった。
しかしながら、そこで終わらないのがクイーンの底力である。R=涼子、K=木下はもちろん、R=Revolution(革命)、K=Kudos(栄誉)という言葉を胸に、ロープブレイクを狙うRKクイーンが、両腕をふらつかせながら、一歩、二歩と立ちあがる。ロープまでの距離は、あと五十センチ、三十センチ‥‥。必死の形相でにじり寄ると、どうにかサードロープをつかんだ。レフェリーが「ロープブレイク」といい、スーパーアサコの肩を叩くと、ドーム全体が大きな拍手の渦にのみ込まれた。
スーパーアサコの悔しがる表情がビジョンに大映しになった瞬間、今度は自分の番だとばかりにRKクイーンが勝負に出た。まさにゾンビのごとく、すくっと立ちあがると、自分より十センチ以上も大きなスーパーアサコに平手打ちをくり出した。まさにチョップの雨あられ。足もとがふらつき始めたスーパーアサコの胸もとに、強烈なローリングソバットをぶちかましたRKクイーンは、たまらず場外へ逃れた永遠のライバルに対し、ここぞというときにしか出さないトペ・スイシーダを敢行した。肉弾の衝撃に耐えきれず、スーパーアサコの巨体が床に突き飛ばされた。ガツンという鈍い音。
「ワン、ツー、スリー‥‥セブン、エイト、ナイン‥‥」。
レフェリーがカウントを数える中、いち早くリングに舞い戻ったRKクイーンは、遅れてリングに戻ろうとしたスーパーアサコをとらえて、トップロープ超しの垂直落下式ブレーンバスターをくり出した。思いきり頭を打ちつけて、リング上に倒れ伏すスーパーアサコに高速のセントーンをぶちかますと、すぐさま態勢を入れ替えて掟破りの逆スコーピオンへ。容赦なく締めあげるRKクイーン。レフェリーが「ギブアップ?」と聞き返すが、スーパーアサコは自らの拳をマットに打ちつけながら、首を横に振り続けた。やがて自分から技を解いたRKクイーンは、この日のために練習を積んできた新兵器のダイビング・ローリング・ギロチンドロップを放つと、半ば意識が朦朧としたスーパーアサコのバックをとり、ジャーマンスープレックスと見せかけて、最後は二段式のドラゴン・スープレックスで激戦を制した。
「ワン、ツー、スリ―」という観客の大合唱。試合終了のゴングが鳴り響く中、レフェリーがRKクイーンの右手をあげると、会場に豪雨のような「RK」コールが降り注いだ。
「十二分三十七秒、RKクイーンの勝利です」。
汗が飛び散る中、RKクイーンの脳裏で学生時代の浅子とプロになってからのスーパーアサコという、ふたりの“あさこ”が重なり合った。ふと気がついてみれば、おてんばプロレス時代の思い出が走馬灯のようによみがえってくる。プロレスラーである以上、リングでは孤独を感じることも多いが、自分にはかけがえのない仲間がいるのだ。
「浅子、ありがとう」と声をかけながら、涼子は浅子に握手を求めた。「これからもよろしくね」といい、浅子が両手で握り返してきた。するとそこへ女子プロレス界のレジェンドでもある結衣がリングインし、「ベストバウト」と声をかけながら、ふたりの肩を抱き寄せた。三人の信頼関係が、まばゆいばかりの結晶体となって、リング上で光を放っているようにも見えた。
ジャパンなでしこプロレスという戦慄の舞台で、自分たちの闘いはこれからも続く。何度倒れても立ちあがればいい。ファンの後押しさえあれば、恐いものなんて何もないのだ。盟友・浅子とともに、女子プロレスならではの強くて美しい空間を演出できることに、この上ない喜びを感じていた涼子は「青コーナー、RKクイーン!」というコールに合わせて、右手こぶしを突きあげると、これまでのプロレス人生の中で最高の笑顔を輝かせた。
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