おてんばプロレスの女神たち ~青森の純情娘・カー子の片想い~

ちひろ

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カー子のネバーギブアップ

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 そんなカー子の中で、恋の炎が再燃したのは、おてんば市内の街路樹が赤や黄色に染まり始めた十月の日曜日のことであった。試合前の練習で、今度はなんと青山君がケガを負ってしまったのである。イケメンプロレスの盟友・中村君と空中殺法のイメージトレーニングをしているとき、中村君の膝が青山君の顔面を直撃したのが原因だった。いわゆる誤爆というやつ。
 えっ、えー。「青山君がケガ」と聞きつけたカー子は、すぐさま男子の控え室に駆けつけた。鼻血が止まらない青山君に、思わず「痛いの痛いの、飛んでけー」と口にしたカー子だが、当の青山君は苦悶の表情を浮かべるだけだった。
 青山君青山君。愛しのプリンス。今度は私が守ってあげるという一心で、カー子は青山君の介抱にあたった。一生懸命さが身上のカー子にしてみれば、もはや青山君以外は眼中に入らない鬼気迫る状況。
 「だ、大丈夫だ。ありがとうな、カー子」という青山君の返事さえ耳に届かない状況の中、カー子は半泣きで青山君に抱きついてしまった。
 「そ、そこまで心配してくれるのか。俺なんかのこと」といい、困惑の表情を浮かべる青山君の頬っぺたに、カー子の涙がこぼれ落ちた。まるで真珠のようなひと粒、ひと粒が、青山君のハートを首飾りのような優しさで包み込んだのである。ありったけの愛情をプレゼントしたいという、カー子の切なる想い。
 このできごとがきっかけとなったのかどうかはわからないが、やがて青山君自身、カー子に関心を示すようになってくれた。友達以上、恋人未満の関係。いや、限りなく友達に近い立ち位置か。同じ市内とはいえ大学が違うため、おてんばプロレスの興行を除けば、ふたりが会えるのはせいぜい月に一、二度だったが、カー子としては少しずつでも心の距離が縮まっていくことを願わずにいられなかった。
 勇気を出して、カー子は青山君に「私の部屋へこない?」と誘おうとしたことがあるが、緊張のせいか「た、たわしの‥‥部屋に」なんて、しどろもどろになる始末。
 「たわしがどうかした?」という青山君に「た、たわし。そう、部屋の掃除にはたわしがないのよ」なーんて。何をいっているんだろう、たわし。じゃなくて‥‥私。
 「大丈夫なのか、おい。たわしぐらい俺が買ってやろうか」だなんて。あーん、青山君ったら。たわしじゃなくて、私の部屋へきてほしいのに。
 夕べはほとんど徹夜で、せっかく手料理を用意したのにな。八戸のせんべい汁とか、わざわざ地元産のものをおとり寄せしたのに、すべては水の泡かなぁ。青山君を自分の部屋へ誘う作戦は、どうやら失敗。今夜はきっと八戸のせんべい汁を、ひとりでやけ食いしているんだろうな。
 千里の道も一歩からとはいうが、万里はありそうな青山君との恋の成就まで、まだ五歩ぐらいしか進んでいないカー子としては、いわゆる「告(こく)る」ということができぬまま、季節だけが無情に流れていくのであった。
 カー子や青山が三年生になってすぐのこと。どっちつかずの恋の行方に終止符が打たれる瞬間(とき)がきた。仮に四字熟語で表現するとすれば、まさに驚天動地のごとく、それはなんの前ぶれもなくカー子に襲いかかってきた。
 大学からの帰り道、カー子がちょっとだけ遠まわりをして、おてんば市の中心部のアーケード街を歩いていたときのことである。おてんばプロレスの大会で、時折イケメンプロレスの応援に顔を見せている、みちのく学院大学のラクロス同好会の女子学生。その中のひとりとおぼしき女子(一番派手な子だ)が、青山君の左腕にまとわりつきながら、街の中を歩いていたのだ。茶髪をポニーテールにまとめて、ミニスカートがよく似合うその姿からは、街中に女子のフェロモンがまき散らされているかのようだった。
 「あっ、青山君」――。
 カー子の姿には気づかなかったと見えて、青山君はポニーテールの子に何か語りかけながら、商店街の傍らで市(いち)を出している地元の八百屋さんの前を通り過ぎていく。
 「今度の日曜日、みんなでお花見に行こうよ」とかなんとか、ボニーテールの子の甘ったるい声だけがカー子の耳に残った。
 あ~~~っっっ。終わったかも。世界で一番好きな青山君に特定の“彼女”がいたなんて。ていうか、いて当たり前だよね。あんなにイケメンなんだもん。私なんて、ぜーんぜん、お呼びじゃないし。
 その日、カー子が商店街に立ち寄った理由。それは間近に控えた青山君への誕生プレゼントを探すためだった。何がいいかなぁなんて、あれこれ想いを巡らせていたら、これだもんな。タイミングが悪すぎるでしょ。
 そのまま街の中で泣き崩れたい心境だったが、そこは青森女の意地。このままじゃ終われないし、終わるわけがない――と自分にいい聞かせたカー子は、おてんばプロレス第三の女(涼子先輩と浅子先輩の次が自分だと思っている。ていうか、“男子の女子大生”という特異なポジションのジュリーを除けば、実質的に女子は三人しかいないんだけど)としての威信をかけて、恋の勝負に出ることにした。名づけて「ゴー・フォア・ブレイク作戦」。当たって砕けて、それですべてを忘れ、これからはプロレスと就活に専念するしかないだろうとカー子は決心したのである。
 カー子の発案はものの見事にヒットし、おてんばプロレスの特別企画として、なんとコスプレ大会が開催されることになった。それこそが「ゴー・フォア・ブレイク作戦」の正体。参加レスラー全員が思い思いの仮想をして、もうひとりの自分をアピールしようという企画であった。
 どさくさにまぎれてカー子が涼子先輩に頼み込んだ結果、セミファイナルで「カー子 vs 青山」の試合が組まれることになった。計画的な犯行とでもいうべきか、個性満載の晴れ舞台で、なんとカー子はウェディングドレス姿で入場を果たしたのである。ドレスはもちろんレンタル。純白がいいか赤(りんごの赤である)がいいか、さんざん悩んだ結果、自分のイメージカラーでもある、まっ赤なドレスをネットで見つけた。
 「私の想いを受け止めてほしい。青山命のカー子降臨」というアナウンスに合わせて、燃える女心を印象づける深紅のドレスを着て、プリンス青山に投げキッスを送るカー子。ウェディングケーキならぬウェディングパイを持ち込み、「ふたりで食べよう」といい出したと思ったら、ドレスの裾につまずき、自分の顔をパイにぶち込んでしまった(‥‥もちろん、わざとではあったが)。クリームまみれになりながら、青山君のことを追いかけまわすカー子に場内は大受け。カー子はカー子らしく、いつものお笑いプロレスで、さっそく観客の心をつかんだのである。
 だ・け・ど。最後は青山君のハートをいただくからね、とカー子は肝に銘じるのであった。
 カ~~~ンというゴングが鳴るなり、いきなりカー子が仕かけた。この試合のためだけに練習を積み重ねてきた「ハートしてグッド!」という技を連発したカー子。技の内容としては、両手でハート型をつくってから、グーパンチをくり出すという、いたって単純なものだったが、これが受けに受けた。
 青山君のリングサイドで声援を送っていたラクロス同好会の女子は、露骨に嫌そうな顔をしていたが、そんなのは別にいいっちゃ(宮城弁)。みんなが幸せな気分になれればいいわけだから。もちろん私自身、おてんばプロレス一の幸せ者になってみせる。これこそがカー子のレスリングスタイルといわんばかりに、コミカルなアクションで笑いを誘いながら、勝負しまくる今日のカー子には観客らも圧倒されっぱなしになった。
 「五分経過」のコールがとどろく中、ついにカー子が勝負に出た。青山君の手を自分の胸に当てて、うっとりした表情を浮かべてから、張り手をくり出すという「ハートしてグッド!」のスペシャルバージョンを披露したと思ったら、「愛の卍固め」という超密着型のオクトパスホールドを決めにかかったのである。
 ぐいぐい。
 好き好き。
 ぐいぐいぐいっ。
 好き好き、だーい好き。
 プリンス青山~っ!
 もう一生離さないから――。
 その執念があまりにもすごすぎて、一部の女性ファンから、半ば悲鳴のような「青山」コールが降り注いだが、六分四十一秒、青山君のセコンドについていた中村君が、たまりかねてタオルを投げ込んだ。
 ガンガンガンガンガーン。
 けたたましく鳴るゴングならぬバケツの音に後押しされて、双方のセコンドがリングになだれ込んだ。番狂わせともいうべき大勝利をたたえる涼子先輩と浅子先輩。「えっ、まさか」という表情で、涙を浮かべるラクロス同好会の女子。リアルな世界での恋愛には勝てずにいるが、男女の枠を超えたプロレスという閉ざされた世界では、カー子が初めて男子のエース・青山君を打ち破ってみせた。
 あとになって「吸いつくような執念の技には、手も足も出なかった」と青山君が語るように、カー子の決め技には執念がみなぎっていたのである。執念というよりも女の怨念か。試合後のインタビューに、思わず嬉しさ満載のカー子弁で応じたカー子。
 「勝ったっす(大歓声)。わだす、嬉しくて涙がちょちょぎれそうだっきゃ。これも皆さんのお陰だっちゃね~」と前置きしながら、「今日は、いつものあれをカー子バージョンでやらせていただきます」というと、いつものあれを自分流でやってのけた。
 「えい、えい、おてんば~っ! もうひとつおまけに、えい、えい、カー子!!」なーんて。場内はすごい盛りあがり。会場全体から「最高だっきゃ」という青森弁の声援がはじけ飛んだ。
 この試合を境に、カー子はまたいつものような訛り言葉に戻った。カー子らしくないスカートもやめて、今はまたパンツ姿に逆戻りである。お化粧もやめて、まんまる頬っぺのすっぴんにリターン。まぁ、その方がカー子らしいといえばカー子らしいのだが、りんごをモチーフにしたアクセサリーだけは、決して譲ることのできないこだわりとして身につけていた。
 やがてパンツルックからリクルートルックにチェンジし、卒業後は青森市内の観光施設で販促やPRの仕事についたカー子。青森湾に面した三角形が目印の建物といえば、きっと地元の皆さんにはピンとくるのかな。試験やら面接やらで頑張りぬいたカー子は、地元でも結構いいところに就職できたのである。
 じつは青山君が東京の会社から内定をもらったと聞いたとき、カー子自身、「俺(おら)も東京へ行ぐだ」なんて、しきりにおどけてみせたが、一応は婿とり予定の長女の身。郷里・青森へ戻らないわけにいかず、地元就職の道を選んだのだった。
 「お婿さん、大募集中」なんて、自分自身のSNSを通じて呼びかけるカー子だったが、あいにくレスポンスはなかった。卒業後、東京で働いている青山君のことは、それこそSNSで近況を知る程度になってしまったが、カー子はカー子らしく、わが道を進もうと心に誓っていた。
 プリンス青山への想いは叶わぬままだったが、〇・〇〇〇〇一パーセントぐらいの可能性は残っているはず。いつの日か、おてんばプロレスの同窓会があるかもしれないし、もしかすると、もしかするとだけど、「おっ、カー子、久しぶりだな。もしよかったら、俺とつき合わないか。大人の恋でもしようぜ」なんて、世界一のプリンス・青山君がアプローチをしてこないとも限らないというわけでもなくはないかな、たぶん(おいおい、どっちなんだよ)。そんなことをポジティブに考えながら、カー子は今日も青森の販促やPRのために命を燃やすのであった。
 カー子は、いくつになってもカー子のまま。チャップリンは永遠の憧れだっが、チャップリンどころか、恋心たっぷりんの永遠(とわ)なる少女、それがカー子の魅力でもあった。
 そう遠くない日、青山君が白馬の王子になって、迎えに来てくれることを信じて。燃えろ、いい女。燃えろ、カー子。
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